言葉
訓練が始まり八か月、選抜試験まで残り四か月。
平和の型の追い込みにアルトとラーグは取り掛かった。平和の型の基本理念である防御力を鍛えていた。
今日は決闘者の型を用いた攻撃をどれほど防げるか試す事にした。
「受けるだけじゃなくて、避け方も上手くなったな!」
「真っ向から受けると、疲労が溜まりやすいから、流したり、避けるのも大事って書いてあった!」
「そうか。その調子だ! だが、これはどうだ!」
正面特化の構えからラーグはアルトの側に駆け寄り、全面防御の構えで打ちつけに来た。離れていれば、高い防御力のある構えだが、至近距離でやられると、様々な方向から剣が襲ってくる。
「っ!」
ラーグの身体強化で向上した能力を活かした早い剣戟に間に合わず、アルトの体を打ちつける。
「早いな~」
「あぁ、自分でも驚くよ。マーラを使えばこんなに早く動けるなんて」
「剣術試験の時って、身体強化なしでやらない?」
「構わないが、アルトはそれでいいのか?」
「・・・いやだ」
軽く鼻を鳴らし、座っているアルトを引き上げる。
「今日はこのくらいにするか?」
「いや、まだまだ」
その言葉にラーグは笑い、容赦のない剣の嵐でアルトを襲う。
***
「訓練の調子はどう?」
夕食を済ませたアルトとリークトはベッドに寝転がりながら雑談をしていた。
「そこそこ仕上がってると思う。真剣だったら八つ裂きにされてるけど、木剣なら勝負にはなるかなって感じ」
「真剣だと八つ裂きって・・・。まだ実力差はあるんだな」
「うん。相手は小さい頃から剣を学んでるんだ。それを本格的な剣術を習い始めて八か月の俺だと及ばないのはしょうがない。それでも、その時が来るまでやり続けるよ。俺は強くなって魔物のいない世界を目指すんだ」
「すげーな。でも、今ならその気持ちはわかるよ。大切な人を守りたいよな。俺はマーラの感知者って事がわかって、家族と別れさせられた思いしかないから、教会騎士になる事に特に思い入れは無かった。けど、エルと出会って交際する事になって、世界を大切に思うようになった。穏やかな世界でエルと一緒に暮らしたい。お互い教会騎士だけど、争いが無くなれば暇だろ? その時に塔を出て、城下町に家を買って二人で暮らすんだ。子供も欲しいなぁ」
天井を見ながら想像を広げていくリークトは笑い、アルトもその想像に茶々を入れて笑う。
「それならリークトも魔物退治を手伝ってよ。そのために強くならないと」
「ははは。アルト、お前は上を見過ぎて気付いてないようだけど、俺とエルは盾の型で教官と三回戦えば二回は勝てるくらい強くなってるんだぞ。上級剣術は難しくても、いずれ追いつくからな。その時は、ラーグと一緒に俺とエルに上級剣術を教えてくれ」
「そうだったんだ! わかった。それまでに俺も上級剣術をマスターして、準備しておくよ」
「あぁ、頼むな」
光り輝くパルメラ石に照らされた部屋で、二人は将来の自分達の姿を思い描いた。
***
「来たー!」
パトロの叫び声が、男子寮の談話室に響いた。アルトもまさかの届け物に驚いていた。
朝を迎え、訓練所に向かおうとしている時に、談話室のそれぞれの荷物置き場に手紙が置かれていた。
パトロ宛の差出人は『セラーナ・ファン・ニクス』
アルト宛の差出人は『ミーナ』
「返信が来るなんて思わなかった・・・」
「良かったな、アルト!」
ご機嫌なパトロに肩を組まれ手紙を置き、訓練所へ向かう。すぐに読みたかったが、時間がなかった。だが、今日の訓練をいつも以上に頑張れる理由が出来た。
朝の体力、筋力向上の授業ではいつもの倍以上の力を発揮して、同じく力溢れるパトロと競争をした。
座学では薬学の課題の薬をあっという間に作り、その時間が早く過ぎないかとソワソワしていた。
ようやく来た昼休憩では、手紙が来た事を話、大急ぎで昼食を食べて寮に戻った。
封筒の封を切る手が少し震えて、中の手紙を破らないように慎重に開けた。手紙には香りがついていた。白檀の香りだ。旅立つ前に、ミーナに渡した白檀の木屑を詰めた匂い袋から取ったのだろう。封筒の中には木屑が入っていた。懐かしい香りに瞳が潤む。
アルトは手紙を広げて読んだ。
『アルトへ。
手紙を送ってくれてありがとう。すごく、うれしかった。アリアさんやマールさん達の所にも手紙は届いたよ。皆、返信を送ろうと思っていたけど郵便屋へのお金の都合もあって私からしか出せなかったの。皆が謝っていたわ。
アルトが元気そうで良かった。訓練も大変みたいね。頑張り屋のアルトだから、自覚が無くても頑張りすぎていると思うの。だから、休憩する時間はいっぱい取るのよ。それと、お酒は飲み過ぎないこと!
マールさんとモルさんが言っていたわ。ウェールドの麦酒を飲んだんですってね。すごく美味しいみたいだけど、飲み過ぎ注意!
自分で薬は作れるって言っても、体は大事にしてね。
それと、アルトがエストに行ってからリンド村も変わったわ。手紙にも書いてあったけど、リンド村の西にあったダボンの町は酷い状態になってる。あの魔物の大群が原因でリンド村の北と西はもう村や町がないわ。ダボンの町を生き残った人達はリンド村に来て、大拡張が始まったの。それに合わせて聖地コバクを治める代官の命令で、リンド村を千人が住めるような要塞都市にするのよ。バラール地方の地域を書き直して西側に住む人を要塞都市リンドに住まわせる。あの小さな村だったリンド村が千人が住む要塞都市よ。工事が始まって人がたくさん集まり宿屋は毎日大忙し。アルマさんのレシピも大好評で、要塞都市リンドの名物は間違いないわ。
魔物との戦いでボロボロだった村も工事の活気で力を取り戻しつつあるわ。アルトが、帰って来た時にはビックリすると思う。どんな顔をするのか見てみたいな。
あと、アリルちゃんが私の名前を呼んでくれたのよ。本当に可愛かったな。モルさんは、門番からリンド村の守備隊の隊長になったの。新しく来る人が多いから、治安と周辺の警戒をしてくれてるわ。マールさんの所には、新しいお弟子さんが入ったの。ダボンの町で薬師見習いをしていた子よ。マールさんがいつも兄弟子のアルトの話をするって言ってたわ。
皆、忙しい毎日だけど頑張ってるわ。アルトも選抜試験を頑張ってね。でも、無理はしないでね。もっと、書きたい事があるけど余白が無くなって来たわ。書き直すの三回目なの。だから最後に、私の心をありったけ込めて書くわ。
アルト、愛してる。
ミーナ』
アルトは手紙を胸にソッと押し付けた。溢れる気持ちを吸い取らせるように。手紙も嬉しかったが、最後のたった一言に胸が熱くなり、力が溢れて来た。
「昔から思ってたけど、ミーナの言葉ってすごいな」
ゴル村で会った時、落ち込むアルトを励ました言葉。移住して大変な毎日を過ごす中で『お疲れ様』と一言で安らぎを覚えた言葉。今のように力を分けてくれる言葉。
数々の言葉を思い出してアルトの顔は赤くなっていく。しゃがみ込み、腕で顔を隠す。
「どんだけミーナのこと、好きなんだよ・・・」
顔の熱はなかなか引かなかった。
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