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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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父の過去

これはBLではありません! 

ただ、超仲良しなだけです!

 

「リー。最近、良い香りするわ。なんだか薔薇の香りね」


 ホールに降りるエレベーターの中で、リークトの近くにいたエリーが香りに気付き、顔を肩に寄せる。


「あぁ、これ。そのアルトが、ラーグと、その、・・・薔薇の香油で遊んでいた時に部屋に満ちた香りが服に付いたんだと思う」


「歯切れの悪い言い方ね。アルトとラーグが薔薇の香油で遊んでた?」


「エル。二人の為にも、悪いけど深く聞かないでくれ」


 気まずそうに顔を逸らすリークトに、エリーは驚きの顔をアルトに向けた。


「アルト。まさか、ラーグと。・・・そうよね。複雑な想いを抱える二人だもの。慰め合っていたのね。でも、そういうことだったのね。ラーグとすれ違った時に、この薔薇の香りがしていたの。納得したわ。その、ラーグは貴族だから心得があると思うけど、アルトにも心構え教えましょうか?」


 切なそうな顔でリークトの腕を抱きしめ、リークトは腕に絡まるエリーと手を重ね、閉じた瞳からは少し涙が浮かんでいた。アルトを見るエリーの目は真剣だった。


「何の心構えだ! リークト、言ってるだろう。ラーグの秘密を聞かない代わりに薔薇の香油でマッサージしてもらってたんだ」


「ラーグの秘密の聞かない代わりにマッサージ、ね。アルト、何も言わなくて大丈夫。慰めが欲しくなるのは悪いことじゃないわ。前々から二人は、お互いが特別な存在なんだなって思っていたから。これは派閥問わず女子グループの統一見解だったの。アルトはラーグに憧れているのは知っているし。アルトと一緒にいるラーグは本当に楽しそうで、いつも私達に見せている貴族の笑顔じゃないの。心から楽しそうで、ラーグの本来の笑顔なんだって。それに二人の時だけ、ラーグは一人称を『私』から『俺』って言ってるの他の女子が聞いていたの。それで皆、察したわ。二人の心の距離がどれほど近いか」


 その指摘で今更ながら、ラーグの言葉使いと普段の笑顔の違いに気付く。


(って、何で俺はラーグの笑顔の種類がわかるんだよ!?)


 アルトが頭を抱えて、苦悩している様子にエリーはソッとアルトの背中に手を当て、優しく諭すように話した。


「アルトがミーナさんのことを一途に思っているのは知ってるわ。だけど、その分、大きな孤独を抱えるのもわかる。それはきっとラーグも一緒なのよ。だから、慰め合っても誰も非難なんて出来ないわ。それは浮気にはならないから安心して。リーも、その時は配慮してあげて欲しいの」


「あぁ、そうだな。アルト、恥ずかしいかもしれないけど言ってくれれば部屋には戻らないから」


 二人はアルトを抱きしめ、大丈夫と言って手を繋ぎデートに行った。


「あー、もう!」


 アルトの叫びが虚しく、ホールに着いたエレベーターに響いた。


 ***


 訓練が始まり六か月。座学の内容は教会に関するものから、現地での魔物や異教徒の調査方法など、実務に即した内容に変わった。その中に、アルトが楽しみにしていた薬作りの授業があった。

 そして、今日のアルトは授業で使う薬草の準備をするために目的地である薬草店に来た。以前、リークトに教えて貰ったオーロンと知り合いの老婆が営む店だ。


「こんにちは!」


「・・・いらっしゃい。おや、坊やかい」


 本を読んでいた老婆は顔を上げてアルトを見ると笑った。


「お久しぶりです。エレーデンテの授業で薬草が必要になったので買いに来ました。あと、父オーロンの話しを」


「そうかい、そうかい。坊やなら、どの薬草が必要かわかるだろう。好きにしておくれ。わしはお茶のの準備をしようかね。薬草を取ったら、そのまま奥へ上がり」


 そう言うと、老婆は奥へと去った。

 アルトは必要な薬草と個人的に使いたい薬草を選んで奥へ上がる。


 季節は春から夏に変わりつつあり、冷たく香ばしいお茶を出される。ミントの爽やかな香りが鼻を抜け、心地良い。

 老婆はアルトが持って来た薬草を見て尋ねる。


「また、回復薬の材料とは別に変わった薬草を持ってるね。その組み合わせは、消臭かの?」


「はい。これを別の製法で作ると普通の消臭薬より強い効果のある物を作れるんです。それを霧吹き器で撒くと体をもちろん。部屋や服の匂いも取れるんです」


「ほーう。面白いね。若いのに体臭でも気にしておるのか?」


「・・・まぁ、ちょっと気になることがありまして」


 マッサージの時に付けた薔薇の香油の香りは、まだアルトの体を纏ったままだった。ラーグと一緒の匂いを消そうと強力な消臭薬を作ろうとしていた。


「さて、オーロンの話しをするかね。そういえば、わしの名前は言ったかの?」


「いえ、まだです」


「それはすまんの。わしはファーニじゃ。確か坊やはアルトじゃったかの?」


 アルトの返事を聞くとファーニはお茶を飲み、話はじめた。


「昔、オーロンはドンゴ地方のバルニア島で兵士兼任で見習い薬師をしておってな。わしは、薬師長として働いておったんじゃ。そこでオーロンと会った。オーロンは兵士としての才よりも薬師としての才を持った男じゃった。わしの下で薬学を学び、鉱山労働で傷ついたオーク達の傷を癒し、病を治した」


 遠い目でファーニは語る。でも、懐かしさを思うような目ではなかった。


「あの、バルニア島って奴隷のオーク達を鉄鉱山で採掘させてる所ですよね。そんな所に何で父が?」


「ん? オーロンがドンゴ地方の生まれも知らんのかの?」


 アルトの返事を聞きファーニは少し悩む様子を見せた。


「・・・オーロンはドンゴ地方の北の村の生まれでな。その領地を治める貴族に徴兵されて働いておった。その貴族はバルニア島の鉄鉱山の利益を受けるために自分とこの領軍をバルニア島に派遣したんじゃ。それでオーロンはバルニア島に来た」


「父さんが兵士だったって事もですが、ドンゴ地方の生まれって初めて聞きました」


「そうか・・・。オーロンは若い頃から薬草に興味があったらしくてな。稼いだ金で『薬草全集』を買って、独学で学んでおった」


 ファーニが言った『薬草全集』にアルトは思い当たる物があった。昔、オーロンがアルトとティトに読み聞かせてくれた、形見の本だ。


「オーロンは奇特な男での。オーク達と積極的に関わり、治療をしておった。わしら薬師の役目は人間族で犯罪を犯し鉱山労働の刑となった者の治療じゃった。オーク達は使い捨ての道具。治療する必要も無かった。だが、オーロンは違った。種族なんて関係ないとばかりに治療をした。体調が悪い者を看護し、何より、励ました」


「励ました?」


「そうじゃ。オークにとっては何もしていないのに捕らえられ、家族と別れさせられ、いつまでも続く苦役に涙し、自殺を計る者もおった。そんな彼らを励まし、『いつか、この苦しみは終わる。勇者様が来て、お前達を助けてくれる。だから頑張れ』と言っておった」


「勇者様?」


「あぁ。何人にも同じ事を言っておったから、よく覚えてる。オーロンにその話の事を聞いたら、夢を見るって言ってた。たしか『黄金の目をした男が現れて変わったメイスでオーク達の鎖を砕く。その男はオーク達に崇められて勇者のようだった』と」


(夢、黄金の目、勇者)


 アルトはこの三つの言葉に、ある事とある人物の姿を思い出す。

 自分も見続けた『夢』。それは『未来予知』だった。オーロンに未来予知が、と思ったがある人物に意識は流れていく。

 かつてゴル村で出会った黄金の瞳を持った男。会った時、勇者と思わせるような雰囲気を持った男。

『キケロ・ソダリス』


「父さんは、その勇者様の特徴は他にも言ってましたか? 例えば髪色とか」


「いや。オーロンもおぼろげな光景でそれを見ていたようでの。ただ、振り降ろされたメイスがオークを縛っていた鎖を砕いた。砕いた男の目がハッキリとわかるくらい綺麗な黄金の目。これだけはしっかりと覚えていたらしい。何とも変な話で励ますものかと思っておった。それに励ます意味もわからなかった」


「オークは異教徒だからですか?」


「そうじゃ。当時のわしからするとオークは生まれながらにして咎人。助ける理由も励ます理由も無い。オーロンの行動が理解できんかった。だが、オーロンの行動と言葉は勇気を与えた。自分達にも献身的に治療を施してくれる、自分達を助けてくれるオーロンの言葉にオーク達も夢物語とわかっていながら少しでも長く生きようとした。あいつが担当しておった区画のオーク達は助け合い、生きようと足掻いておった。あの場所だけは暗く閉ざされた山の中で、別世界のようじゃった」


「別世界・・・」


「あぁ。つるはしで山を削る音。鎖を引き摺る音。鞭を打つ音。苦しみを訴える音。その中に小さく歌が聞こえたんじゃ。言葉の意味はわからん。歌の名前は『彼は来る』とオーロンは言ってた。小さな歌声と軽快な山を削る音。どうじゃ、別世界じゃろ?」


 アルトの返事を聞き、ファーニはお茶を飲む。小さく息を吐き。しばらく目を閉じ黙った。


「・・・・・・オーロンはオークとの仲を深めこっそりと酒を持って行って飲み交わしていた。もし、お偉方にバレれば間違いなく処刑される。そんな危険を冒すなとわしは言った。だが、あいつは『人を助けるのが薬師の仕事だ』って言い残し、酒を持って行った。驚いたよ。オーロンにはオークが『人』に見えておった。わしはそこで気付いた。彼らとわしらは何が違うのかと。せいぜい、見た目が違う程度じゃ。サドミア様を信じていないだけで、これほどの苦しみを味わないといけないのかと気付かされた。だけど、わしにはオーロンの様に勇気が無かった。今まで通り、人間族しか相手に出来なかった。理解しても怖かったんじゃ」


 自分の罪を告白するような表情で最後の一言を言った。


「オーロンは相変わらずオーク達と友好を築き、励ましておった。だが、それは突然崩れた。鉱山で働いていた一部のオーク達が暴動を起こしたんじゃ。その暴動は次第に大きくなり、わしらの担当地区まで広がった。そして、最悪な事に魔物も出て来た」


「魔物!?」


「あぁ。見た兵士の話ではオークが魔物に変わったっと。その魔物は辺りを破壊しながら、同族であったオークを殺し鉱山を破壊尽くそうとした。そして、逃げて来たオーク達はわしらの区画に殺到し、更に混乱した。暴動、魔物。どさくさに紛れて、オーク達は看守や守備兵を殺し始めた。当然、わしらの所まで来た。本当に死を覚悟した。そしたら、オーロンと関わっておったオーク達が守ってくれたんじゃ。そのお陰で、薬師達は助かった。憎かったわしらを助けたんじゃ。オーロンだけなら助かる理由もわかる。だが憎かったであろう、わしらまで助けてくれたんじゃ。あの時ほど、自分を恥じた事はなかった。

 それで何とか、避難して魔物をどうするかとなった時に教会騎士がやって来た。彼らは魔物をあっという間に倒したが、地獄はそこからだった」


 ファーニの体が震えていた。アルトは側により背中を擦った。


「何があったんですか?」


「鉱山にいるオーク達を皆殺しにする様に命令が出された」


「え・・・」


「邪神を召喚できるオークがいたからこんな事になったと、上官たちは話しておった。それで、一度すべてのオークを殺し、新しい者を入れると。兵士は集められ、教会騎士もそこに加わった。そして、オーロンは兵士でもあった」


「まさか・・・」


 アルトは悪寒が走った。父の運命に。


「兵士達はオークを殺し始めた。オーロンも。大勢でオークを追い込み槍で刺していった。抵抗が激しい者は教会騎士が。最後は死体の山ができておった。まさに山じゃ。数日後、オーロンは手紙一枚を置いて姿を消した。手紙には、『この地獄に耐えられない』と。わしは、オーロンが死んだのかと思っていた。だが数十年後、ゴル村のオーロンの噂を聞いた。バラール地方一の薬師と。あのオーロンなのか確信は無かったが、あっても会いに行かなかった。わしの存在は、あの日を思い出させると思っての」


 ファーニはアルトの方を向き、優しく手を握った。


「まさか、オーロンの息子に会えるとはの。しかも、村では薬師をして。わしの孫弟子じゃの」


 涙を溢したファーニはアルトを握る手が強くなる。


「ただ、運命とは皮肉なもんじゃ。オーロンが助けていたオークを殺したのが教会騎士で、その教会騎士に息子がなるとはの」


 静かに泣くファーニの背中をアルトは優しく擦った。アルトも自分がマーラの感知者になったと言った時のオーロンの様子を思い出す。そして、多分、この話を知っていたであろうアルマの様子も。どれほどの悲しみがあったのだろうか、アルトには想像が出来なかった。そこに息子ティトの死と妻アルマの死。それらを見届けた父の思いと悲しみは本当に想像が出来ない。アルトも静かに涙を落とす。


 しばらくして気持ちが落ち着いた二人は別れた。


「今日は、色々と話て下さりありがとうございました」


「あぁ。かまわんさ。わしもオーロンの息子に会えて良かった。また薬草が必要な時はおいで。割引してあげよう」


 ファーニの言葉に感謝してアルトは店を出た。


 目の前を足が擦り切れた獣人が通った。この光景を見たら父はどうするのか。しばらく考え込んだ。

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