通じ合った思い
重い足取りで道を進むアルトは、ミーナと喧嘩して以来の憂鬱な気持ちだった。
これから彼女に告げないといけない言葉。多分、悲しんでしまうのだろうと考える。その時に、どうすればいいのか。なんて声を掛けたらいいのか。考えても考えても答えは出ない。しかし、宿屋エイドに向かうしかなかった。
誰かの言葉で伝えてはいけないことぐらいはわかっている。
宿屋の扉が重い。力を込めて開けると、誰もいなかった。何回か深呼吸をして、呼ぶ。
「こんにちは! 誰かいますか!?」
「はーい。すぐに行きます!」
奥から声が聞こえた。ミルテナだ。あの時、頼まれていたのにミーナ達を置いて行った負い目があり、会うのが気まずい。
「アルト君。いらっしゃい。どうしたの?」
「あの、あの時はすいませんでした!」
アルトは頭を下げて、ミルテナに謝罪をした。あっけに取られたミルテナは暫く黙り込んだ。
「・・・」
「・・・ふっ、ふふふ。ごめんね。意地悪して。頭を上げてちょうだい。あたし達は、アルト君に感謝してるんだよ」
「え?」
頭を上げたアルトを面白そうにミルテナは見ていた。
「あの時、逃げてくれることが一番だって思っていたけど、あたしや夫もミーナと別れたくなかった。あたし達とミーナを助けてくれたのは、アルト君なんだよ。御礼こそすれ、アルト君に謝ってもらう必要はないよ。アルト君、ミーナと、あの子が大切にしていたものを守ってくれてありがとう」
ミルテナはアルトに感謝を送った。
「そんな、俺の勝手で」
「それでも救われたのよ。本当にありがとう」
アルトは、その言葉に安心した。自分の勝手でミルテナやコーゼルを悲しめたと感じていたから。
「それでどうしたの? ミーナに会いに来たの?」
「はい。大事な話があって。実は・・・」
マーラのこと。教会騎士のこと。さっき決まった自分の人生の事をミルテナに話した。
「そう。・・・アルト君が、教会へ。こればかりはアルト君自身で話すしかないわね。でも、大丈夫よ。何かあったら、あたしがフォローしておくから。ミーナは地下の酒蔵にいるわ」
「ありがとうございます」
地下には大樽、小樽は所狭しと並んでいた。リンド村で採れたブドウを樽熟成しているのだ。静かな空間に、鼻歌が聞こえる。童話で聞かせれる歌だ。
奥に行くと、ミーナはいた。樽に漏れが無いか確認していた。内容を思うと声を掛けるのも躊躇ってしまう。
「ミーナ」
「わっ!」
アルトの声にミーナはビクリと体を震わせた。
「ビックリした~。誰もいないと思ってたから。どうしたの?」
「ビックリさせてごめん。ミーナに、話があって来たんだ」
アルトは思わず強張った声で話した。その様子にミーナは移動しようと言った。
ミーナが指し示した椅子に二人は腰かけた。
「それで、どうしたの? 緊張してるみたいだけど」
「わかる?」
「うん。もう二年くらいの付き合いじゃない」
クスクスと笑うミーナに場違いにも、可愛いなと思った。それでも言わなければならない。
「実は、俺がマーラの感知者ってことがバレた」
「え?」
「父さん達を助けに行った時に、教会騎士達とも一緒に戦ったんだ。その時にマーラの力を使って魔物を倒した。それでマーラの感知者って気付かれた」
「それじゃあ、アルトは教会に行かないといけないの・・・?」
「うん」
ミーナは両手で口元を抑え、瞳が潤んでいく。
「私のせいで」
青い瞳からポロポロと雫が零れていく。アルトは抱き寄せて、背中を優しく擦る。
「泣かないで。いずれ来る時が、今、来ただけなんだ。ミーナが悪いんじゃない。それに後悔してる訳じゃないんだ。ミーナ、聞いて」
ミーナが顔を上げる。アルトは優しく笑いかけて告げた。
「俺は一番大切ものを守れたんだ。それは、ミーナだよ。あの時に考えたのは、結局、どっちがミーナが笑顔でいてくれるかだったんだ。もちろん、父さん達も大切だけど。全部を含めた時に、どの選択がミーナを笑顔にするかだったんだ。だから、泣かないで」
アルトの腕の中でミーナは顔を振った。
「・・・ありがとう。でも、アルトが、いてくれないと笑顔になれないよ」
ミーナが顔を上げてアルトを見上げる。自分を見つめる綺麗な青い瞳から目が離せなかった。
「アルト。私、アルトのことを愛してる」
「・・・俺も、ミーナを愛してる。俺の大切な人」
ミーナを抱きしめる腕に力が入る。
お互いの思いを聞いた二人は見つめ合う。ミーナはアルトに腕を回し密着する。
「行かないでほしい」
「うん」
「ずっと村にいてほしい」
「うん」
「私の側にいてほしい」
「うん」
「それでも、行かないといけないのね」
「・・・うん」
その返事に体に回されたミーナの腕に力が入る。
「アルト、愛してる。ずっと、愛してる」
「俺もミーナを愛してる。ずっと、愛してる」
その言葉を聞き、ミーナはアルトの胸元に顔を埋めた。冷たく静かな地下室に、小さな啜る声が響いた。
お互いを大切に想い愛し合う二人の熱が、別れを惜しむ、お互いの心を慰める。
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