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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第一部:教会騎士 第二章:ザクルセスの塔
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激情と余裕

 

 朝に戦いが始まり、ようやく日が傾き始めた。

 スピナーの大群を相手に、戦闘経験の無い村人達は懸命に戦っていた。それでも、スピナーの数は減った実感が誰にもわかない。柵を乗り越えて来たスピナーは教会騎士ラウと門番モルの活躍で倒せているが、それでも数体。柵を壊そうとスピナーは叫びながら突進する。

 最初に使っていた槍は砕け、効果があるのかわからない弓を放ち続ける。


 物見櫓にいるアーブは村人の数が減っていることに気付いた。傷を負い、仮設治療所に向かった人達の戻りが少ないのだ。

 彼らは傷をたくさん負ったが、致命傷の人はとても少ないと判断していた。


「逃げたか・・・」


 アーブも彼らの気持ちは理解できる。アーブ自身も初めて魔物と戦った時は怖くてしょうがなかった。


(村に逃げれる場所はないのに!)


 焦りと怒りを抑えるように深呼吸をして、自身も弓を放ち続けた。奥にいる三体のドヴォルが動いた時こそ、教会騎士として動く時なのだと自分の気持ちを抑えた。



 ***



 仮設治療所は怪我人で溢れた。薬師と薬師見習い、勇気を出して来てくれた三人の手伝いでは間に合わなくなってきた。


「この人をお願いします!」


「はい! こっちに来てください!」


 マールとアルトは深い傷を負った所だけを治療し、軽い怪我は三人の手伝いに任せていた。

 だが、問題は治療した人が門に戻らないことだった。何人かは村の奥に逃げて行った。

 彼らは体を動かせる状態になっても、心が折れかけていた。

 スピナーが叫びながら襲い掛かって来る光景に恐怖し、攻撃も当たらずにあっという間に目の前まで来る魔物に逃げたくて堪らない。


 アルトは、怪我人が来る度にモルが来てないか目線だけで探し。いないことに安心するが、まさかとも考えてしまう。


(モルさんは無事だ。信じるんだ!)


 目の前で深い傷が治っていくが、この人が助かったことに安堵は出来なかった。治療所の周りに座り込む人が増えただけだ。

 走って門に戻ってくれる人もいたが、大体は、ここに留まり話し合っている。『戻る』か『戻らない』かを。

 その光景に苛立ちを募らせて、頭が爆発するのではないかと思った。


(何で戻らないんだよ! それなら俺に行かせてくれよ!)


 アルトの中に激情が渦巻く。すぐにでも駆けだしたいが、戦ってくれる人の為にもここを離れられない。 


 そんな中、誰かが小声で言った。この喧騒の中、その言葉だけはよく聞こえた。


「もう逃げよう。すぐに門もやつらも殺される。騎士のやつらに騙されて死ぬなんて馬鹿だ」


 その言葉にアルトの思考が真っ白になった。


「......な、」


「ふざけるな! 何のためにお前達を治してるか、わからないのか!?」


 アルトの激情が爆発する前に、マールが叫んだ。


「村を守ってもらう為に、治療してるんだ! 僕は、剣で戦えるほど強くない。薬を作って治療することしか出来ない! だから、戦えるお前達を治して皆を守ってもらおうと頑張っているんだ。戦うのが怖いなら、門に行って戦ってる連中の盾になって死ね! そうすれば敵に隙ができて、代わりに倒してくれる。死にたくなかったら戦え! 逃げ場は無いんだ。この場所で死ぬか、門で死ぬかの違いだ。ここで立ち止まるな。行け!」


 マールの剣幕に気圧された人達は、門へだらだらと歩き始めた。


「ふぅ。ちょっと水を飲んでくる。この人をお願い」


 診ていた怪我人をアルトに託し、その場を離れた。


 いつも冷静なマールの激情に触れ、逆に冷静になれたアルトは治療を続けた。


(そうだ。ここを離れるわけにはいかない。モルさん、生きてて)


 ***



(さすがに疲れたな。交代はまだか)


 乗り越えて来たスピナーを、また一体切り伏せたモルは疲れを感じていた。一度、交代してから夕暮れまで戦いっぱなしだった。奥に控えるドヴォルへ対応してもらう為にも教会騎士に負担が掛からないように立ち回っていたのだ。


「門番の方、無理に立ち回らなくていいですよ! スピナーならすぐに斬れますから!」


 ラウはモルに伝えるが、首を横に振った。


「いや。あんたらには奥の奴らが来た時に戦ってほしいんだ。俺やここの連中に、あれは勝てる気がしない」


「......わかりました。すいません」



 日が沈み、薄暗い空がリンド村を覆い始めた。


 夜がやって来た。

 松明を地面に投げて明かりを広げ視界を確保するが、夜は見えずらい。しかし、スピナーにとって視界は無関係だった。その長い耳で音を察知し迫って来る。何度も体をぶつけて柵を破壊しようとしている。


「柵が揺らぎ始めたぞ!」


 その叫びに何人かが抑えに行く。


「くそ! 押される!」


 スピナー達も状況を理解したのか。柵を乗り越えるよりも押し込みに回った。


 二十から十体くらいまで減らしたが、柵が崩れれば、一気に雪崩れ込まれる。


「ラウ! 崩れる前に全員、門に入れろ。援護する!」


「わかった! 柵を抑えてる人も全員、門に入れ!」


 物見櫓から、弓を放ち門前の人が撤退できるように援護を始めた。

 門前はラウの命令に従い、急いで門内へ逃げた。


「門を閉めろ!」


 軋む音を立てながら門は閉まった。少しすると、柵は崩れスピナーはようやく門に辿り着いた。

 アーブは棒に火をつけて村の方に向いて振った。

 すると、村の鐘が鳴り響いた。柵が突破されたことを知らせる鐘だ。



 ***



 鐘の音はアルト達にも聞こえていた。


「門まで来た・・・」


 誰かがそう呟いた。

 治療所にいる人達の空気が重くなる。


「まだ門の前まで来ただけじゃないか。俺は見たぞ。奴らが柵を飛び越えた時に騎士が両断したんだ。数も減ってる!」


 怪我人の一人が明るい声で言った。この村人は怪我を負いながらも何度も門へ行き戦っていた。アルトは、この村人からモルの無事を聞き、これまで治療に専念できていた。


「ウジャウジャいたのが、何匹も死んでた! 大丈夫だ! さぁ、門に戻ろう」


 その声に従い急いで戻る人と、躊躇いがちに戻る人は去った。彼は去る間際、治療所に手伝いに来ていた女性に目を合わせ頷いた。


 しばらくすると、門に入って少し余裕が出来たのか、怪我人が続々とやって来た。軽症者が多く、手早く処置をしていると声がかかった。


「アルト!」


 その声に振り返るとボロボロの服と軽い怪我を負ったモルがいた。


()()()!」


 濡らしたタオルを持って走った。


「これで顔拭いて。怪我は痛む?」


「・・・ありがとう。大丈夫だ。でも、疲れた」


「それなら、こっちに座って」


 アルトは椅子を出して水筒を渡した。依怙贔屓えこひいきだと言われても構わない。アルトにとって今一番に大事なのはモルだ。


「今、どんな状況になってるの?」


「門前の柵は突破されたけど、今は門で防いでる。数も二十から十体くらいまで減らせた。柵より頑丈だから、騎士に言われて少し休みに来たんだ。・・・門番として、ここまで真面目に働いたのは初めてだ」


 冗談を飛ばすと、モルの知り合い達は笑った。


「確かに! 普段は、門の側で椅子に座ってるのが仕事だもんな!」


 笑いが周囲に起きて、治療所の緊張した空気がほぐれる。


「初めてアルト君に胸を張って、仕事してるぞって言えることができたんじゃない。良かったね」


「そんな言い方ないだろ、マール。魔物に襲われてやっと息子に誇れるってあんまりだ」


 処置が落ち着き、手伝いの三人に残りを任せたマールがやってきた。そのマールとのやり取りに笑いができ、夕暮れ前の緊迫感が嘘のようだ。

 ふと思い周りを見渡すと、その人達はゴル村を生き残った者達だった。


(二回も経験すると余裕ができるのかな?)


 笑っているモル達を見ていると、アルトも気が抜けて肩の力が抜けた。


「よし、休憩は終わりだ。戻るぞ! あいつらだけじゃ心配だ。アルト、行って来る」


「うん。気を付けて」


 村人達を率いてモルは門へ戻った。


「モル! ありがとう!」


 マールはモルに礼を言った。返事の代わりに手をヒラヒラと振った。アルトにはその意味がわからなかった。



 ***



「昔から仲が良かったが、成人した子供にあそこまで気に掛けてもらえるなんて、すごいな。俺の時は喧嘩ばっかりしてた」


「ははは。うちの子供達は良い子ばっかりだからな。息子は強くて賢いし、娘は可愛い。あ~、幸せ」


 モルの自慢に隣を歩いている男は、やれやれと思った。


「親バカも入り始めたか」


「事実だ。お前だって、うちの子が作った優れた薬に世話になってるだろう」


「まぁ、そんな自慢の息子があんな顔をしてたら親バカとしては放っておけないよな」


「ありがとな。付き合ってくれて」


 治療所と門を行き来していた知り合いから、アルトの状態を聞き、落ち着かせるために治療所に来たのだ。家族にしか出来ない、安心を与えるために。


「いいさ。オーロンさんにも、アルトにも世話になってる。それにしても、いよいよって感じだな」


「あぁ」


 スピナーを二十体から十体まで減らせたが、戦いに出た村人達、四十人の内、生きているのは二十五人。相手には、モルと教会騎士達が警戒しているドヴォルが三体がいる。


 着実に余裕が無くなってきていた。

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