初めての酒場と初めての二日酔い
日が傾いた頃、リンド村の人々は仕事を終えて帰路につく。治癒院で働いているアルト達も店じまいをした。
「アルト君、せっかく成人になったから一緒に酒場にでも行かないかい?」
「酒場? そういえば配達以外で行ったことなかった」
「そうだろう! たまには営業している時に行ってみるのもいいでしょ。お金の心配はしなくても大丈夫。僕が奢るよ」
「そんな、悪いよ」
「遠慮はいらない。酒場でお酒を飲み過ぎた人達を眺めて、自分達の仕事の有意義を実感しよう。それに飲み過ぎても、自分で作った薬があるし」
マールからの誘いもあり、初めての酒場体験をすることになった。
酒場を兼ねた宿屋エイドに近づいているうちに、中の喧騒が伝わってきた。
普段、配達で開けている扉が緊張で重々しく感じる。ドキドキしながら扉を開けると、普段は見ないような人だかりの光景だった。
「リンド村って、こんなに村人いるんだ・・・」
「ははは、僕達も移住してきたから昔よりも人はいるさ。あの席に座ろう」
マールの指差す場所に座り、店内を見渡した。普段見ている光景とは違い新鮮な気持ちになった。
「改めて見ると、ここって大きい店だったんだ・・・」
「今更なにを言ってるの。よく来てるじゃない」
マールではない声に振り返るとエプロンを着て、二年前より伸びた青い髪を上にまとめたミーナが立っていた。かつて、自分達の運命を変える出会いとなった、ゴル村に来た教会騎士キケロ・ソダリスが『晴天の佳人』と表現した言葉が似合う美人だ。
この二年でその美貌は増しているように思えた。ミーナは一年前に成人を迎え、今は十七歳。アルトは彼女が成人した時、初めて会った時に出した高級茶葉『ニクスの花』を贈った。
「ミーナさん、こんばんは」
「マールさん、いらっしゃい。アルトもこの時間に来るの初めてよね?」
「マールさんに酒場体験をしようって誘われたんだ。すごい活気だね。いつもこんな感じ?」
「そうよ。すごいでしょ! アルトが作ってくれた薬が認知されてから毎晩これよ。いつもありがとうございます」
「こっちも、おかげさまで定期収入が入って助かるよ。今後とも、御贔屓によろしくおねがいします」
「ははは、二人ともお礼合戦はそこまでにして注文しようか。ミーナさん、ワインを二つと『アルマのメニュー』で」
「はい! 少々お待ちください。アルト、またね!」
注文を受けて、アルトに手を振って去るミーナに手を振り返した。
「マールさん、メニューの内容は確認しなくてもいいの?」
「好き嫌いが無ければ、問題はないよ。あれは日替わりメニューだから知らないでいる楽しみもある。またアルマさんの料理が食べられるのは嬉しいよ」
ニコニコと笑うマールに、母がどれだけ関係者達の胃を掴んでいたか初めて実感したのであった。
他愛もない会話をしながら、酒と料理を待った。
「はい、お待たせ! ワイン二つと、今日は『レタスのステーキ』です!」
「おぉ、初めて見た。『ステーキ』って料理の事は村に来てから聞いたことがあるけど、レタスでも作れるんだ」
マールの感嘆の声にミーナは料理の説明をした。
「リンド村で採れたレタスを半分に切り優しく焼いて、その上に焼いたぺコルの塩漬け肉と削ったチーズとシーザーっていうソースをかけ、一番上に半熟卵を乗せた料理よ。アルマさんって本当に料理の神様ね。他にもあるけど、どれも感動したわ!」
「暮らしてた時、これ見たことないけど」
「あれだけのレシピ集だもん。食べたことが無いのもあるわよ。さぁ、召し上がれ!」
「アルト君は家で、アリアの夕食があるだろうから、三分の一を分けてあげるね。それじゃあ、乾杯!」
「乾杯!」
ワインを飲んだマールはアルトの分を取り分けて、料理を食べ、無言になった。アルトも料理を食べた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ふふ、気持ちはわかるわ。美味しすぎて言葉がでないでしょ?」
マールは頷き、アルトは『なぜ、この料理を家で出してくれなかったのか』と思った。
「美味い・・・」
呟いたマールは料理に伸びる手が止まらなくなっていた。アルトは少ししかない料理をチビチビと食べてはワインを呷る。
「ミーナさん、これには白ワインだよ! 白ワイン二つ!」
「あはは、はーい!」
白ワインが来るまでに食べ尽くさないように二人は気を付けながら、ミーナを待った。
白ワインとの組み合わせで『レタスのステーキ』はあっという間に胃袋に収まった。満足感に支配されたマールは料理の余韻を楽しみながらワインを飲む。アルトも薄めてもらったワインを飲みながら、漠然と店を見る。
「・・・・・・アルト君。この光景を覚えておくんだよ」
マールの呟きに、ボーッとしていたアルトはマールを見た。
「オーロンさんの教えを受けた僕達の行動で、リンド村の人達の健康が向上したんだ。以前は、薬師がいないから病気になっても、寝て治るのを待っているだけだった。だけど、そこに移住って形だけど僕達が来た。それ以来、病人は病が早く治り、怪我人の治療も早く対処出来るようになった。大きい怪我をしても、治癒院で育て調合した中級回復薬のお陰で治らないと思われた怪我も治せるようになった。
アルト君の努力の結果だよ。調合方法も確立して僕でも調合が出来るようになった。あの日、アルト君も僕も大切な人を失ったけど、そこから前に進めたから今がある。今、皆の笑顔がある。これが僕達の勝ち星だ」
マールはコップのワインを飲み干した。
「もう成人したアルト君は、自分の道を自分で決めていい。リンド村に行く旅の時に話してくれた『たいこう』への復讐をまだ考えてる?」
「・・・・・・うん」
「そうか。その『たいこう』は、間違いなく人ならざるものだよ。獣人を魔物に変えたり出来るんだから。それと戦うなんて命懸けだ。もし戦うとしても、通らなければいけない道がある。教会騎士。
教会騎士はマーラや特殊な技能で各地にいる魔物や危険な人物を倒すのが仕事だ。もしかしたら、魔物を倒していく先に『たいこう』がいるかもしれない。だけど、たくさん危険な目に遭う。この前、噂を聞いたけど。ノーラ地方で異教徒との戦いで大勢の教会騎士が死んだらしい。生き残ったのは、たった一人。熟練の上級騎士達も死んだ。そんな世界に行ってまで『たいこう』を追いかけたいの?
ここには、モルやアリア、妹のアリルちゃん、僕や皆。そして、ミーナさんもいる。アルト君のことを大切に思い、必要としている人がたくさんいる。そして、アルト君の力があれば、大勢の笑顔を守れる。それを覚えておいて、将来を考えて」
マールの言葉に、利き手に巻かれた帯状のお守りを触る。
「まぁ、すぐに答えが出る事じゃないから、ゆっくり考えて行こう。すいませーん! ワインおかわり!」
マールに進められるままワインを飲み、薄めたワインを飲んでいたはずが、いつの間にか水で割られていないワインに変わっていた。グビグビと飲んだアルトは寝てしまった。その姿を見たマールは溜息をつき、呟いた。
「まぁ、これも初めての酒場体験か。・・・・・・オーロンさん、アルマさん。どっちに進むとしてもアルト君を守ってあげてください。ほら、アルト君! 肩に腕回して! 帰るよ」
マールに担がれながら、アルトは家族のいる家へ帰った。うっすらとした意識の中で会話が聞こえた。
「もう、遅いと思ったら! マール飲ませすぎ! まだ、お酒に慣れてないんだから!」
「すいません」
「マール! うちの子に悪い遊びを覚えさすなよ! 俺がアルトに教えようと思ったのに!」
「すいません」
「・・・・・・きもちわるい」
「アルト君、ごめんね! 明日は休んでいいから!」
アリアに背中を擦られながら、明日は休日になったことを理解してソファに眠り込んだ。
こうして、アルトの初めての酒場体験は終わった。
***
朝、頬を誰かがペチペチと叩いている。痛くはないがずっと叩かれ続け目を開けると、アリルがいた。
「アリル、お兄ちゃん、今、動けない、叩かないで、目が回る」
そんな義兄の状態など気にもせず、アリルは笑って頬を叩き続けた。
「アリル、お兄ちゃん具合が悪いからイジメちゃダメよ。アリルはこっち」
助け船を出してくれたアリアによって、アリルは指定席へ運ばれた。
「おはよう、アルト。昨日はお楽しみだったようね。どう、初めての二日酔いは?」
「頭が痛くて、気持ち悪い。フラフラする」
「ふふ、悪い大人の階段を無事に登れたようね。はい。これ飲んで」
アリアから渡された瓶はとても見覚えがある。普段、アルトが大量に作っている薬だ。
「まさか、自分がお世話になるなんて」
栓を抜き、薬を飲む。スーッと喉から胃まで爽やかな冷涼感が走る。胸の気持ち悪さが楽になった。
「昨日マールが、今日は休んでいいって言ってたわ。覚えてる?」
「うん。・・・二日酔いってこんなに疲れるんだね。目が回って、薬を調合出来ない。皆、二日酔い止め薬を欲しがるわけだ」
「そうよ。それで元気になった人は、また今日も飲みに行くのよ。私達を置いて。ね~、アリル」
アリルは頭を撫でられ、嬉しそうにしていた。
今更ながら、なぜゴル村にいるときに、あんなに怒られたのか理解できたアルトは謝罪した。
「アリアさん、ごめんなさい。俺が薬を作ったばっかりに」
「いいわよ。今、その報いを受けてるのだから」
濡れたタオルを渡され顔を拭いた。微かな冷たさに癒される。頭を抱えるアルトに、具材を軟らかく煮たスープを渡した。
「これ食べて、部屋で寝てたら。ここにいると寝てもアリルに起こされるわよ」
「うん。・・・おやすみ」
重い体を起こして、自分の部屋へ向かった。机に置かれた棚から、袋を取り出して揉みこみ香りを吸った。
ゴル村のシンボルだった白檀の木を削って詰めたものだ。スッキリとした甘い香りに落ち着く。
ぼんやりと天井を眺め、マールと話していた事を思い出す。
(悔しいんだ。命を弄ぶように、母さんや父さん、皆を殺された事が。だから仕返しをしてやりたい。でも、わかってる。あれは剣や斧なんかで倒せる相手じゃないって)
右手に巻かれたお守りを触る。
「ここに居れば、幸せなんだよな。モルさん達や、・・・ミーナ」
青い髪の女性の姿が脳裏に浮かぶ。
大好きな人達に囲まれて暮らす日々。昔なら、何の意味も無く当然のように過ごした日々を、今はとても貴重に大切に思える。
すべて当然ではなかったのだ。人はあっけなく死んでしまう。過去に薬や治療をしても助けれなかった人達の死をアルトは見た。だけど、理不尽に命を奪われる死を忘れていた。自責に苛まれ、まるで弟ティトの死を忘れたかのように。
アルトは心に燻る火を感じるが、今は何も考えずに眠ることにした。
昼頃にアルトは目覚めた。体調も朝ほど辛くはなく、気分もスッキリした。空腹だったので、一階に降りて食べ物を探した。アリアとアリルは出かけているようだった。
「うーん。材料はあるけど、作れないな~」
アルトは調理が苦手だった。薬の調合で細かい手順や作業は出来るが、調理はまったく覚えずにアルマに頼りっきりだった。以前、調理に挑んだがアリアの手間を増やし、モルに腹を抱えて笑われた。
(宿屋の食堂に行くか)
身支度をして、若干ふらつきながらも宿屋を目指した。
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