アルトの成人と、ある陰謀
リンド村へ移住して2年。アルトは16歳になった。
カバヴィル大陸では成人を迎えたことになる。アルトの成人をモル家は祝い、ついに大人の特権である飲酒をモルはアルトに挑戦させた。シュワシュワとジョッキの上を覆う泡にドキドキしながら口を付ける。
一口二口と飲み、ジョッキを離した口元には白い髭が出来た。麦酒独特の大人の味に少し顔を顰めたアルトだが、ジョッキの麦酒を飲み干した。
辺境の村では手に入りづらい麦酒を、モルはこの日の為に買ったのだ。それを知る妻アリアは微笑ましく思いながら、アルトの母アルマが遺したレシピ集から見つけた、『特別な料理』を家族に配った。
その味と『あの特別な日』の事を思い出し、思い出の料理を涙ながらに食べて麦酒も飲んだ。さすがに高価なボルティネスの肝臓は入っていないが美味しい。胸が温かい気持ちでいっぱいになる。
「アリアさん、ありがとう・・・。本当に美味しい」
「また特別な日に作ってあげるね。ほら、涙拭いて!」
「アルト! まだ麦酒あるから、飲め飲め!」
そんな義兄の様子を、アリアにスプーンで食事を口に運ばれているアリルは不思議そうに見ていた。
そして、パンをスープに浸しながら食べるアルトの利き手には白と赤の刺繍糸で編み込まれた帯状のお守りが巻かれている。
このリンド村の宿屋エイドの主人の娘ミーナからの贈り物だ。
利き手に巻かれて、『お揃い』と笑顔で自分の利き手に巻かれた帯状のお守りを見せた。家に帰ったアルトの手首に巻かれたお守りを見たアリアに、誰に渡されたのか根掘り葉掘り聞かれ、全てに答えると『うちのアルトが・・・』と上機嫌に呟きながら、アリルの世話をした。
そんな成人を迎えたアルトの日常は、ゴル村の時より変化した。家族で朝食を食べ、治癒院マールの裏庭で栽培されている薬草の世話、リンド村でも好評な『二日酔い止めの薬』の調合、マールと共に病や傷を負った者の治療、店の接客、村の外に生えている新たな薬草の調査など。薬師であった父の教えを活かし、リンド村に貢献した。
亡き父であり師匠でもあったオーロンからの薫陶を受けたアルトとマールの活躍もあり、リンド村の人々は健やかに暮らせるようになった。
「こんにちは! 治癒院マールのアルトです。依頼のあった薬を持ってきました」
「アルト君、ご苦労様! こっちのカウンターに置いてくれる?」
宿屋エイドに薬の配達に来たアルトを迎えたのは、ミーナの母であるミルテナだ。
宿の料理全般を仕切っている。彼女のお陰で宿屋エイドの料理はバラール地方で有名になった。かつて、とある富豪が彼女の料理を求めて来たが、機会を逃し食べれなかった。その富豪はミルテナが作った『ステーキ』と呼ばれる料理が食べれるまで高級部屋を貸し切って、その機会を待った。
しばらくして遂に『ステーキ』を食べれた富豪は多額の料金と多額の心付けを渡し、リンド村を去った。
宿屋エイド史上、類を見ない売上となった。その後の、『ステーキ』の噂を知った者がときどき来ては長期滞在をして類を見ない売上を越える売上を出していく。
最近では、アルトの母であるアルマの形見のレシピ集をいくつか再現し秘密のメニューとなり、一部の人々を賑わせた。その人達の合言葉は『アルマのメニュー』である。
母の遺産がこうして残ってくれるのは息子にとって誇らしい。
また、アルマのレシピ集だけでなく、ゴル村での事件の時に娘の命を助けてくれたアルトに、ミルテナは感謝が絶えない。
「アルト君、お昼はもう食べた?」
「まだです。最近、注文がいっぱい来て休憩の時間がとれなくて」
「大変ねぇ。それなら、残り物だけど料理を詰めてあげるから、マールさんと一緒に食べて!」
「毎度すいません。ありがとうございます」
「ミーナ! 今日のお昼の残りを弁当に詰めて! 二人前よ!」
「・・・はーい! 誰か来てるの!?」
「アルト君よ! お昼がまだだから、マールさんの分も詰めてあげて!」
ミルテナは厨房の奥に声をかけて、ミーナに弁当を用意させた。
宿屋エイドに訪れる度に弁当やお菓子を分けて貰えるが、実はミルテナの陰謀がある。宿屋を兼ねた酒場でもある宿屋エイドには客向けに二日酔い止め薬を独占販売している。宿屋エイドでしか買えない薬でもあり、その薬の効果をちょうど試す場がある。結果として酒場としての売上は伸びた。家族だけでは手が回らないほど忙しくなり新たに従業員を雇った。
宿屋の主人でありミーナの父であるコーゼルは大喜び。宿屋エイドにとって治癒院マールは欠かせない存在になった。コーゼルはマールやアルトとの関係を大切にすべく歓待している。
だが、ミルテナの場合は狙いはそこではない。
ミーナがアルトの成人祝いの贈り物に帯状のお守りを送り、自身も同じ場所に身に着けているのを見て、以前から聞いていた娘の気持ちの覚悟を知った。
それ以降、小分けに注文していた薬の頻度をさらに多くさせ、アルトが宿屋に来る回数を増やした。そして、ゆっくりアルトとミーナが会うように配達は宿屋が忙しくない昼時に指定するなど取り計らい、二人の関係を見ていた。
「おまたせ、アルト! こっちはマールさんの分。治癒院が忙しそうだからアルト達のお昼まだだろうなって思ったの。余分に作って良かった! 中身はぺコルの塩漬け肉のサンドイッチ。アルトの分は蜂蜜付きよ」
「いつもありがとう、ミーナ。おまけに大好物だよ。蜂蜜もありがとう。運が良い!」
「ふふ、そうね」
アルトとミーナが話し合っているのを見たミルテナはそっと場所を離れ、忙しい二人を束の間の時間ではあるが、ゆっくりと過ごさせた。
その頃、治癒院で作業をしているマールは、宿屋に配達に行ったアルトが予定通り帰りが遅くなる事を知っているので、空腹に耐えながら弁当を運んで来てくれるアルトを待った。
読者のみなさまへ
今回はお読みいただきありがとうございます!
「面白かった」
「続きが気になる」
と思われた方は、よろしければ、広告の下にある『☆☆☆☆☆』の評価、『ブックマーク』への登録で作品への応援をよろしくお願いします!
執筆の励みになりますし、なにより嬉しいです!
またお越しを心よりお待ち申し上げております!




