番外編:新婚旅行! 後編
リンドの町から馬車で出発し、俺たちはバラルト海湾岸まで来た。ここから船に乗ってセレス地方に入った。初めて見る海に、ミーナは目を見開き感動していた。そして、乗船する大きな船を見る頃には、微かに開けて口からは感嘆の声も上げられない様子になっていた。その気持ち分かるよ。
念の為に買った船酔いの薬のおかげで、俺が前回に体験した船酔いにも悩まされずに快適な船旅ができた。船で釣った魚をそのまま料理したりと、贅沢な旅だったと思う。
「陸地へ着いたのに、体はまだ揺れてる気がするわ」
「船あるあるだね。確か、ここで迎えの馬車が来てるはずなんだけど……」
ラキウスへ新婚旅行に行くことを話した時、快適な旅をということで迎えを寄こすようにと、鳥を用いた伝書を出していた。その返事も出発日の朝方に到着して、この町で合流することになっていた。鳥の力すごい。いつか、俺もやってみたい。
「あれか――え?」
見つけた目印の下の馬車には、セレス家の家紋が描かれていた。確か、商人ラキウスの所有する馬車が来るはずなのに。俺たちに気づいた馬車の御者が来て、恭しくお辞儀をする。
「お待ちしておりました、メディクルム様ならびにメディクルム夫人」
夫人という言葉に、ミーナは少し照れた様子で挨拶を返した。お互い、まだ慣れない表現に照れてしまう。
「あの、ラキウスの関係者の方が迎えに来ると聞いていたのですが。あなたは、セレス家の方ですよね?」
「はい。ラキウス様からリューベック大司教を通じて、閣下にお二人の旅のお世話を頼むと依頼が出されております。ご存知ありませんでしたか?」
「……初耳です」
俺たちの出発より先にリウリスへ帰るラキウスを見送る時、やたらとニコニコしていた真相が分かった。不意打ちを受けて、驚いている俺を笑っているであろうラキウスがいる方向を睨んでおいた。
そんな顔をしかめている俺の袖をミーナが小さく引いた。
「リューベック大司教って、テイゾ様みたいに地方の貴族を取りまとめて統治してる教会の権力者でしょう。ラキウスさんって、セレス地方の大司教を使って、私たちのお世話を貴族様に依頼できる方だったの?」
「え! いや、その……」
「ふ、夫人。教こ、ゴホン、失礼。ラキウス様はエスト・ノヴァへ多大な貢献をいただいておりまして、閣下はラキウス様へいつでも頼るようにと申したのです。今回はその一環かと推察いたします」
「へー、ソウダッタンダ」
「……アルト?」
「さぁ、早く乗ろう!」
疑惑の眼差しを向けるミーナから逃げるように馬車へ急いだ。だけど、俺はバカだ。二人っきりになる馬車の、どこに逃げる場所があるというのか。ミーナは言葉じゃなくて、目で追及してくる。向けられる青い瞳には深い海のような、先が見えない暗さを宿していた。夫婦の秘密って、どこまでが適切なのか教えて!
◇
ラキウスの正体を聞き出そうと、あの手この手で猛攻を仕掛けるミーナに耐えながらしばらく。エスト・ノヴァが見えた。ミーナの関心はすぐに、陽光に輝く黄金のドームに移った。マグナーサ宮殿だ。
「あれが、マグナーサ宮殿……。アルトの手紙通り、これは言葉じゃ表せられないわ!」
馬車は門を潜り順調に進む。そして、一軒の宿屋の前に泊まった。御者いわく、この宿はセレス家の当主ウィンザー・マージ・エスト=セレス様が俺たちに用意してくれたものらしい。
白亜の壁は陽光を吸収しているかのように眩しく、入口前の小さな噴水は涼し気な空気を演出してくれる。冬が近い季節だけど、温暖な気候であるセレス地方ではまだ若干熱い。体感は別にして、見た目からの涼しさは心をリラックスさせてくれる。他にも、高級宿らしい所を感じさせられた。
ミーナは、探るような目つきで宿を観察していた。さすが、リンドの町一番の宿屋の看板娘。
「閣下からのご伝言ですが、こちらへの挨拶は気にしないでよいのでエスト・ノヴァを楽しんでほしい。この日を振り返った時、楽しかったと夫婦で笑い合える思い出になることを願う。とのことです」
「承知いたしました。夫婦ともども、閣下のお気遣いに感謝いたしますとお伝えください」
御者は一度マグナーサ宮殿に戻る。報告を終えた後に、俺たちの滞在中は専属として馬車を運転してくれるとのことだ。それと、夕方には三時間ほどの遊覧船が出るので、そこで夕食をと案内された。俺はミーナに聞こえないように御者の耳に寄り心配を伝えた。
「遊覧船のチケットって、とても高かったですよね。その代金は……」
「もちろん、閣下がお持ちする手はずとなっております。ご夫妻は何も心配なく、お楽しみください」
俺は慎重に握り拳を震わせて、抑えきれない大喜びを静かに表した。
◇
「こんなに賑わう市場は初めて見たわ」
エスト・ノヴァの大通り近くには、大きな市場がある。この市場は首都リウリスや聖地コバクに勝るほどの規模だ。大陸中から集めたのかと思うほど、品数に優れる。その理由は、ここのいる人たちの影響が大きいだろう。
「あれが、エルフ族なのね。本当に綺麗……」
セレス地方を始めとした大陸南部は、教会の影響力がとても弱いこともあって、本来なら奴隷になるはずの亜人種たちが自由に生きられる土地だ。その中でも、セレス家の領都であるエスト・ノヴァは格別だ。南部を出れば、俯き絶望に満ちた表情をする彼らが、ここでは空を見上げて笑える。まさに、自由と希望の地エスト・ノヴァ。
「キケロ卿がここに来るよう言った意味が分かった気もするわ。やっぱり、あれは未来予知を使った予言だったのよ」
「そうだね。本当にそう思う」
俺に秘められたマーラの力を引き出し、強さを与えてくれた人を思う。あの人は、俺たちにここへ来るように強く進めていた。この世界を覆う闇が唯一届かない場所。ここに来たことで、自分の価値観に確信が持て、言葉通り世界が広がった。言葉だけじゃ、分からなかったことだ。
今、彼らを見てるミーナは何を感じているんだろう。家に帰る時にでも聞いてみよう。
「俺がいるのに、他の男の話なんて嫌だな~」
「アハハ。ごめんね。さぁ、次を見に行きましょう!」
サッパリした笑顔を見れば、答えを聞かなくても分かりそうな気がした。
◇
「まぁ、奥様! 素敵ですわ!」
「そ、そうですか。ちょっと、恥ずかしいな。アルトはどう?」
「綺麗だね」
獣人族の店員さんからオススメされた服を着たミーナに、月並みな言葉しか出てこなかった。
言葉にするのに、時間がかかったからだ。その踊り子風の衣装は、正直言って俺には刺激的だ。金の刺繡が施された緑を含んむ青色のコルセットは、ミーナのお腹を晒しながらしなやかな腰回りを強調している。胸元や腰回りに散りばめられたビーズが、灯りを反射してキラキラと輝いている。透け感のある薄手のベールは腕や足を淡く包む。繊細なレースがあしらわれたスカートは、動くたびにふわりと舞ってミーナの白磁の足を覗かせた。細部までこだわりぬいた衣装と装飾がミーナの華奢な体つきを引き立てる。今、目の前にいるのが水の精霊って言われたら絶対に同意する。
それから色々と言ったが、まとめると目のやり場に困るほど綺麗で可愛くて倒れてしまいそうだった。
「店員さん、これ買います!」
「ありがとうございます!」
少しずつ感想を言い切った俺の言葉に、ミーナは即断した。この姿をまた見られる嬉しさと、この姿を見た連中が俺の水の精霊に良からぬことを企むんじゃないかと心配になる。
「安心して。これは、二人きりの時しか着ないから」
ミーナの囁きに、俺は初めて胸を占めるこの喜びが独占欲だと知った。
色々と刺激が強かったけど、この踊り子風の服の由来は、もう途絶えてしまったけどウェールド地方南部に伝わる神への奉納の踊りで巫女が着るものだったらしい。店員さんはミーナを見た瞬間、「これしかない!」と衝撃を受けたと言う。
衣服店で満足のいく買い物を終えて、俺はエスト・ノヴァを案内する。途中、エスト・ノヴァ聖堂に寄って、かつての約束通りに、教会騎士のドーキンさんと元教会騎士で妻のレミーさんへミーナを紹介した。レミーさんのお腹は大きくなっていた。近々産まれるらしい。ミーナとレミーさんは男には分からない話で盛り上がっていた。楽しそうでよかった。
◇
遊覧船の出発時刻が迫り、休憩に戻った宿から港へ向かう。
夕日が海を橙色に染めていた。カモメの鳴き声に、望郷の思いが湧き上がる。そんな不思議な気持ちに浸りながら隣を見る。その人の瞳は、今の海のような色を宿す。
「綺麗だ」
見惚れて漏れ出た言葉に、ミーナは笑う。滅んだゴル村を捨て、かつてのリンド村を旅立った頃は、故郷って場所だと思っていた。だから、町に変わったリンドへ帰ってきて孤独感を覚えていた。でも今は、それは間違いだと思う。故郷って、想う人のことかもしれない。それが家族だったり、友達だったり。場所は、その人たちと生きた記憶が宿る所であって、本質じゃないのかもしれない。その証拠に、ミーナといる今の時間が幸せだけじゃなくて、安心も与えてくれる。
もしかしたら、やっと結婚できた気持ちが強くて、そう思うだけかもしれない。大人になったつもりだけど、まだまだ未熟な俺には分からないことが多い。昔、マードックと話していた時に教えられたことがあった。
『知らないを知る旅に、決して終わりはない』
その通りだよ、マードック。続けて、こうも言ってたよね。
『一人では分からないことも、二人いれば分かることもある』
その教えの通り、愛する人と結ばれる喜びは一人だと分からないことの代表例だ。これから知っていくことには、大変なものもあるかもしれない。でも、例にある通り、こんなに素晴らしいこともある。将来が楽しみだ。この気持ちもまた、ミーナがいてくれたから得られた。
ミーナ。俺と出会ってくれてありがとう。勇気をくれてありがとう。結婚してくれてありがとう。愛してくれてありがとう。大切なことを教えてくれてありがとう。俺は、ミーナと生きるこの世界の未来の為に頑張るよ。
「どうしたの、アルト?」
「ミーナ、愛してるよ」
「……その言葉で、隠し事の件は許してあげるわ」
隠し事ってラキウスのことか。
頬を掻いて目をそらしていると、ミーナは笑顔で愛を伝えてくれた。夫婦の危機を脱した喜びを嚙みしめて時計を見ると、もうすぐ船が出発する時間だ。物思いにふける時間は終わり。新婚旅行はまだまだ続くんだ。たくさん、楽しもう!
「ミーナ。この遊覧船と食事って金貨三十枚かかるんだ。遊びつくそう!」
表情が固まったミーナの手を引き、桟橋を渡った。
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