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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第四部:神権の礎 第一章:指輪の記憶
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番外編:新婚旅行! 前編

 今日、俺とミーナはリンドの町で挙式をして夫婦になった。


「アルト、起きてる?」


 夫婦になっての初めての夜が深まった頃、俺の腕の中に収まる愛しの妻は小声で問いかける。それに静かに答えると、ミーナは体をすり寄せてきた。柔らかな感触と少し汗ばんだ素肌が体に押し付けられる。ミーナからは、ベッドへ入る前にお互いが飲んだ蜂蜜酒の甘ったるい香りが漂って、酒精とは違うものが俺の思考をぼんやりとさせた。それは、さっきまでしていた行為を思い出させて体と頭をじっくりと熱くする。


「披露宴の時に話してくれたことだけど、エスト・ノヴァに行ってみたいなぁ」


 俺が「沈まれ!」と理性をこれでもかと働かせている時、ミーナは新婚旅行の話を始めた。ラキウスからは、二か月ほどの休暇が与えられてる。大陸南方の城塞都市エスト・ノヴァに行っても時間に余裕はあるだろう。


「ずっと憧れだったの。仕方がないことだけど、エスト・ノヴァに行ったって知ったときは羨ましかったんだから。それに、旅へ出る機会なんて一生のうちに何度もあることじゃないから」


 ミーナに送る手紙には、エスト・ノヴァの話をたくさん書いた。エスト・ノヴァの領主の息子で、同じ教会騎士であるラーグから聞いていた話。俺が実際に行った感想もだ。


「だから、エスト・ノヴァに連れて行って、旦那様?」

「うん。絶対に行こう!」


 渋る理由もなかったけど、最後の艶やかな耳元の囁きに即答した。旦那様、良い響きだ。


「ありがとう。それじゃあ、明日は旅支度ね。――しっかり眠って、早く起きられるようにもう一頑張りしましょう!」

「え、待っ――」


 俺が原因で、ミーナに相当な負担をかけた。その心配をする前に、妻の囁きが頑張っていた理性を打ち壊す。明日は、精力剤を飲もう。


 ◇


 あの夜から明後日にあたる今日。俺たちはエスト・ノヴァを目指して旅に出た。


「いってらっしゃい!」

「楽しんで来いよ」

「おにーちゃん、おねーちゃん。バイバイ……」

「お土産をよろしくね!」


 家族と義両親とマールさんに見送られ、馬車が出発する。アリルの泣き枯した声に、後ろ髪を引っ張られる思いを振り切っての出発だ。


「二人きりの馬車って何だか贅沢ね!」


 馬車といえば、乗合馬車で窮屈なものだ。それを、とある富豪が俺たちだけの為に貸し出してくれた。


「あれは本当にびっくりした……」

「私も驚いたわ。アルトに、あんなお金持ちの知り合いがいたなんて。しかも、前に来てくれたエヴァリスさんがその人の秘書だなんて。すごい偶然ね!」

「……偶然だね」


 結婚式には招待した人たちが集まったが、披露宴は町を挙げてのお祭りみたいなものだった。だから、招待客を問わず披露宴を楽しんでいた。


「まさか、ラキウスとレハンさんが来ていたなんて、本当に驚いた」


 教皇トゥルスキア四世が変装している時の姿である、エストアイルの商人ラキウスとその秘書エヴァリス・レハンがお祝いに忍び込んでいたのだ。二人がお祝いの挨拶にきた時、隣に座るテイゾ大司教を見ると「私も知らない」と驚いた顔をしていた。そんな事情もあり、ラキウスにエスト・ノヴァへ行くことを話すと、立派な馬車と御者に扮したラキウスの騎士を貸してもらえた。


 当然、人目を気にしないでいい二人きりの馬車は甘い雰囲気になる。ミーナは肩に頭を乗せて、旅行先の楽しみを話す。その姿から胸を締めつける愛おしさが湧き上がり、少し下にあるシャボンの良い香りがする頭に口付けをした。重ね絡めた指は、もう離さないと言われてるみたいに強く握られる。


 毎日、ミーナを抱きしめたり話すことできる今が、本当に幸せだ。その幸せにずっと浸りたいけど、馬車の外で何かが動く気配を感じた。まだ、治安が良い地域にいるけど警戒はしないといけない。大事な妻を危険に合わせるなんて絶対にダメだ。


 ◇


 美しい夕暮れ時、今日の目的地である村に着いた。ここには宿屋があり一泊する。簡単にまとめた荷物を持ち、周囲を警戒する。貸してくれた馬車は立派だ。心に影を持つ人がいるなら盗みを考えるかもしれない。ラキウスには悪いけど、馬車が盗まれるくらいならまだ良い。身なりの良い美しい女性と、護衛のような騎士と御者の三人だ。狙うには丁度良いと考えるのが不埒物だ。実際には俺は教会騎士で、御者も腕の立つ騎士だから後れを取ることもないけど。


 世界は良い方向に進みつつあるけど、誰もがすぐにその恩恵を受けられるわけじゃない。世界はまだ、弱肉強食だ。


 カウンターで御者の分の部屋を取ろうとしたら断られた。彼は、馬車や馬の手入れをして近くで寝るらしい。


「主君からお前たちのことは聞いてる。俺のことは気にせず、旅行を楽しめよ。――おっと、ベッドは壊すなよ?」


 御者のからかいに赤面して、出発前に母さんから貰った美味い保存食を投げ渡した。


 それから食堂で夕食を食べる。パン、麦粥、酢漬け野菜、少し甘い麦酒が出た。味気ない。だけど、ミーナと笑いながら食べれば十分満足だ。でも、村人の好奇心は良いけど熱を持った視線が気になる。手早く食事を終えてミーナを部屋に戻した。


「アルト、来て」


 ミーナの手招きに側へ寄ると、ずっと着ていた不破のローブの留め具を外される。慌てて自分でやると言えば、人差し指を唇に当てられる。


「旦那様、これは妻の仕事です。旦那様の今日の仕事は終わり!」

「俺の仕事?」

「えぇ。馬車にいる時も、ここに着いてからも、私を気に掛けてずっと警戒をしていたでしょう。日中は仕方ないかもしれないけど、アルトが夜にできることは妻に愛され愛することよ?」


「でも……」と、外に目をやると頬に少し硬いミーナの手が当てられる。実は、御者はミーナに自分がラキウスの護衛団の一人だと話していた。そして、夜は自分が警戒してるから新婚を楽しめと言ってたらしい。


「それに、ずっとアルトのお世話をしてみたかったの。仕事が始まれば、また離れ離れになるでしょう。それまで、いっぱい妻らしいことをしたいの」


「アルトは嫌?」って上目遣いに言われたら首を縦に振るしかない。こんなに可愛い妻に、こんなことされて断る男なんていないと思う。

 それに思い返せば、こうやって世話をされる時間は今が初めてだろう。結婚してすぐに新婚旅行に出発だ。そして、おそらく旅行が終わればラキウスから招集がかかる。今しかないんだ。


 それから、外された不破のローブはブラッシングされて丁寧に畳まれる。腰に佩いた剣のベルトも外されてベッドの枕元に置かれる。何かあった時、俺が取りやすいように気遣いをしてるみたいだ。「できる妻でしょ!」って笑う姿には、抱きしめるしかなかった。

 そして今、ベッドの淵に頭が出るように仰向けで寝転がり、髪を洗われる。濡らした髪は櫛で丁寧に梳かれて汚れを落とす。セレス地方を始め南方地域以外では、平民には入浴の習慣はない。タオルを桶の湯に濡らして洗う沐浴くらいだ。


「アルト、痒い所はない?」

「ないよ。すごく気持ちいい」


 湯に混ぜられたハーブの香りとミーナの優しい手つきに、蕩けるように目を閉じる。


「ふふふ。ようやく、やってみたかったことの一つができた」

「他にしたいことはある?」

「不破のローブを整えるはやったから、次は靴を磨くでしょ。朝にアルトの髭を剃るでしょ。あ、爪も切らないと。それに、体を拭いてマッサージもしたいわ」

「何だか、やることが従者みたいだね」

「従者なんかに旦那様のお世話はさせないから。これは騎士の妻である私の特権よ。だから、従者は雇っちゃダメからね」

「はーい」


 愛する人に尽くされる心地良さは、言葉にできないほどの幸せを与えてくれた。そして、ミーナのやりたいことを全部終えて交代する。夜の夫の仕事は、「妻に愛される」と「妻を愛する」だ。次は、俺がミーナを愛する番だ。


 こうして甘く過ごす夜が、日常になれるように頑張ろうと誓った。

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