1571. 母の帰還
「パパ、また、どこかに向かうの?」
子ども部屋にいた私は、騒がしくなった廊下の様子から、父であるジョージアの元へと向かった。領地へ戻ってきてから、ひと月も経たないが、母に何かあったのだろう。
今は、母アンナリーゼが、敵国であるインゼロ帝国の宰相から帝都に招かられたのだから、普段より、緊張感がある。そんななか、この慌ただしさに、不安になってきた。
「アンジーか。どうしたんだい?」
「廊下が騒がしかったから、ママに何かあったの?」
私は、不安だと悟られないように、父に話しかけたが、私の不安は、伝わっていたらしい。手招きされるので、父の元へ駆けていった。
「アンナからの定期報告で、そろそろ、ローズディアに戻ってくるらしい。公への報告もあるから、エスコートするために、公都に戻ってきてほしいって」
「ママが帰ってくるんだね!」
「そうだよ。三人とも寂しい思いをしたけど、もう大丈夫かな?」
「まだ、ママはおうちに帰って来ていないから、わからないよ……」
「そうだね」と、父は少し寂しそうな表情のあと、頭を撫でてくれる。私は、父の膝の上によじ登り、背中を預けた。
「早く帰ってくるといいね?」
「そうだね。パパも明日の朝には公都の屋敷に戻らないといけないけど、お留守番できる?」
「んー」
悩んでいると、扉がノックされ、イチアが入って来る。私がいることに少し驚いていたが、何も言わずに、父へと視線を向けた。
「ジョージア様、お呼びでしょうか?」
イチアが父に声をかけると、母が帰ってくることが伝えられた。私は、大人しくイチアへの連絡を聞いていると、少しだけ難しい顔をしていた。
「ジョージア様とは別に、アンナリーゼ様から連絡をいただきました。ヨハン教授を公都まで連れてきてほしいだそうです。ウィル様が、ケガをされたようで、見てもらいたいとのことでした」
「あのウィルがケガを?」
「アンナリーゼ様に向けられた銃弾を身代わりに受けたとか……」
「インゼロ帝国でのことだ。公に言って、抗議してもらおう」
「いえ、それは控えてほしいとのこと。何やら、昔、アンナリーゼ様と少々いざこざがあった貴族が、あちらにいたようで、命を狙われたそうです。大事にはしないでほしいということでした。ノクト様には、すでに連絡をしていますので、公都へ向かうはずです」
私は、領地でも公都でも会えないじぃじこと、ノクトの名前に反応してしまった。危うく、父の膝から落ちるとこで、抱き留めてもらえなかったら、机で頭を打っていただろう。
「アンジェラ様!」
「アンジー! 急に動いたら危ないだろう?」
「ごめんなさい。じぃじに会いたいと思って」
「アンジェラ様は、ノクト様によく懐いていますからね。公都に向かえば会えると思いますが、領地へ戻ったばかりですから、お小さいアンジェラ様が、そう何回も移動をすることは、体力的に難しいのではありませんか?」
「俺もそう思うから、今回は留守番をと思って……」
「いやっ! アンも公都へ行く! ママにもじぃじにもウィルにも会うんだから」
私は鼻息荒く、公都へと向かうと意思表示をすれば、二人とも視線を交わしてため息をついていた。見た目は、父に似ているが、中身は母に似ている私の言葉は、二人が静止したところで、聞かないことを知っている。言い出したなら、早々に一緒に行動する準備を整えてしまった方が、早く済むので、イチアが「失礼します」と部屋を出ていった。
「……アンジェラ。遊びではないんだよ? ママを迎えに行くけど、それは、お仕事で……」
「アンも一緒に行くよ?」
「アンジェラが行くなら、護衛も用意しないといけないし、そんな時間はあまりないんだ。聞き分けてくれるかな?」
私は首を横に振り、父の提案を拒否した。父は、深いため息をついたあと、呼び鈴を鳴らし、エマを呼び出した。
「お呼びでしょうか?」
「あぁ。アンジェラと共に、公都へ戻ることになった。準備をしてほしい」
「かしこまりました。アンジェラ様だけを連れていかれるでよろしいでしょうか?」
「あぁ、そうだ。エマも付いてきてくれ」
コクンと頷くエマは、お辞儀をして、早々に執務室を出ていく。今から、私と父の旅支度をしてくれるに違いない。今回は、馬車ではなく、馬の旅になると父に聞かされ、「それでも一緒に来るかい?」と念を押されるので、「行く」と頷いた。
……『予知夢』を見たことは、パパには言えない。不安になるだけだから。
私が、見た『予知夢』に、母が命を狙われる姿が目に入っていた。ちょうど、インゼロ帝国から公都に戻って来たあとくらいだというのはわかっていたが、それ以上はわからない。母曰く、暗殺者のみなさんは、暗殺を諦めて私の成長を見守るというふうになっているから襲われることはないと言っていた。
では、誰が母を狙うのか。
私では見当がつかないので、直接、この話をしなくてはいけないと考えたのだ。この『予知夢』という能力は、便利なようで不便だ。だからこそ、母に危険が迫っているかもしれないことを伝えなければいけない気がした。





