19 ファーストダンス
「故あってエスコート出来なかったので、改めて紹介させていただきたい。先日婚約を結んだクロウツィア嬢とは良好な間柄を築いているのですが、ご理解いただけていないようですのでこの場をお借りして再度、彼女との婚約を発表させていただく」
え、本当に私を婚約者として扱うの?
思わず信じられないものを見る顔をウィルに向けてしまった。周囲からの悲喜交々の歓声をまるで聞こえていないかのようにウィルは涼しい顔をしている。「どうして」なんて呟いているご令嬢が居るけれど私の方が問いたい。
目を剥いて見上げている私を無視して、ウィルが進行役に指示を出し、進行役はそれを全員に周知するべく声を張り上げた。
「えー、この後ファーストダンスの予定でしたが、レイチェル様が直前に足をくじかれていたことが発覚致しまして、ファーストダンスのお相手を急遽ご婚約者であらせられる侯爵令嬢クロウツィア様に務めていただきます」
はぁぁああ!? 何それ聞いてない。
なんて叫ぶわけにもいかないので口を噤んでオロオロしていると、ウィルが私を観客席が真横になる形に立たせると、自分は一歩下がって一礼をした。
音楽も奏で始められていて問答無用の様子である。
仕方がないので私もスカートの両端を摘まんで一礼をし、差し出された手に自分の手を添えて吸い寄せられるようにウィルの両腕の中に納まると、ステップを踏む。
うわぁ、ウィルってダンス上手だったんだ。
シェイル相手だとどうしても投げられないように絞められないように身構えてしまっていたけれど、ウィルのエスコートはとても軽やかで身体に力を入れなくてもすいすい動いてとても心地が良い。
「驚かせて悪かったな。実は貴女との婚約が決まった後も、婚約の打診が後を絶たなくてね。君は昼のお茶会等にも出てこないし、騎士団へも顔を出さなくなった。この上デビュタントでもエスコートしないとなると、周囲に誤解を生んだままになりそうだと判断したんだ」
ぎくっとしてステップを踏み間違えそうになった。
王城では週に何度か王家主催のお茶会が開かれている。デビュタントをししていないご令嬢も参加する交流会のようなものだが、自由参加なので私は出たことが無い。
だって堅苦しそうなんだもん。以前のクロウツィアは人見知りというか根暗だったので友達が居なかったしね。
更に騎士団も、記憶が戻る前はストーカーよろしく通い詰めていたのをぱったりやめている。周囲の貴族からすると私達がうまくいっていないように映っていたのだろう。
「後はレイチェルに先日の件に対するお仕置きも兼ねてね」
そっとレイチェル様を伺うと「視線で人を殺せたら!」なんて思っていそうな怖い目で見ている。
口元は扇子で隠しているけれど、その剣呑さが隠れていない。
レイチェル様が足をくじいたというのは嘘なのだろう。地味に心配していたんだけど無駄だったようだ。
「僕がいつか結婚しないといけないのは変わらないのに」
そういってレイチェル様に流し目を送るウィルは凄く可愛い。
しょうがないやつ。なんて思っていそうだ。
今唐突に理解した。
ウィルの私に対する態度の意味と、ゲームに出てきたウィンスター王子との齟齬の理由。
ウィルの一番大事なものはレイチェルなのだ。
本当に心を許しているのも彼女だけ。
ゲーム開始前にそのレイチェルを喪った彼は、誰にも心を許さなくなった。それを溶きほぐすのがヒロインというわけだ。
私と婚約を結んだのもきっと、周囲の思惑にのせられたからではなく、レイチェルを守る為。
だって、ウィルと縁を結びたい貴族からすると、婚約をするのを邪魔してくるだけのレイチェルよりも、実際に婚約している私の方が邪魔だから。
しかも私は剣聖の娘であり、そこらの騎士よりも凄腕の使用人に囲まれていてそう簡単に害されることはない。
しかも回復薬であるマノンを湯水のように使える。
後は私との婚約をアピールしてレイチェルに向いていたヘイトを私に向けるだけでいい。
凄いねウィル!
実は腹黒?
可愛いからそれでも許す。
実際私ちょっとやそっとじゃやられないしね。
「ウィル。貴方の大事なものは私が守ってあげますからね」
「ローツィ?」
私とウィルの関係って悪くはないとは思うけど、良くも無いと思っている。
心を開かれている感じがしない、いや、心を開くことを戒めているのかな?
ウィルの眼って金色だからってのもあるけど、人懐っこい子猫っぽいんだよね。警戒心と好奇心と、ほんのりとした好意が混ざった瞳はとても綺麗だ。
私は懐いて欲しいけど構い過ぎたら嫌われるだろうなーと思いながらちょっとずつ歩み寄っているような感じ。
「そういえば、ウィル。少し背が伸びました?」
さっきから気になっていたのだけれど、以前はヒールを履いた私と同じくらいだったのに、今は眼の前に鼻あたりが来るようになっている。私が小さすぎることを考慮にいれてもいきなり伸びているようだ。きっと夜に成長痛に苦しんでいるに違いない。
「そうなんだ! やっぱり貴女なら気づいてくれると思っていたよ」
うわっ破壊力抜群の笑顔。やっぱり身体が華奢で小柄なのを気にしていたんだな。
ていうか、シェイルだと頭が一個上にあるような感じだったし、絞め技投げ技を警戒しないといけないしで、ダンスというよりプロレスの一歩手前のような感覚だったけれど、ウィルは上手でちゃんとダンスをしているし顔も近いし、実は手が結構大きいこととか、私より高い体温が高いこととかが気になって落ち着かない。
早く終わらないかな。
「先程ホールを歩いていた時、私の方をじっと見ていた気がしたんですけど何かお話があったのでは? ……ウィル?」
誤魔化したくて先程出来なかった話を振ると、ウィルの顔がいきなり真っ赤になった。どうした?
じっと見つめていると、言いづらそうにポソポソと何かを話してくれた。が、全く聞こえない。
「ウィル? 申し訳ございませんが、もう一度お願いします」
「……綺麗だったから、眼が離せなくなったんだ」
え……。
驚いて凝視してしまった、ウィルはこちらと眼を合わせようとしないでいる。
うわー美少年の照れ顔超可愛い。
「そのドレス良く似合っているね。驚いた」
「あ、りがとう……ございます」
意を決したように私の方へ向き直り褒めてくれたウィルの可愛さに、私はあてられてしまったのか、うまくお礼が言えなかった。
そうするうちにダンスは佳境を迎え、ウィルの腕の中でクルリとターンをして音楽が止まった。
ホールには降り注ぐような拍手が送られるが、ターンの時に見えたアティナ様とレイチェル様の形相が怖すぎてあまり喜べない。あと、貴族の中にも好意的な視線とそうでない視線があるのが分かる。年頃の女性の何人かは凄い顔をしている。大人たちはさすが年の功というか、全員拍手はしてくれている。内心はどうか知らないけれど。
「それじゃぁまた後で」
「あ、はい」
ウィルは私から離れ、レイチェルを連れて王族の為の観覧席まで移動していった。
次はデビュタントのダンスなので、シェイルと踊る番だ。




