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誰かの性癖に刺されば良い物語  作者: 彼方遥陽
社会人×社会人
6/6

2.1/fゆらぎ





「いきつけのバーがあるんだ。一緒にいかないか?夕飯どっかで軽く食べてさ」


仕事の区切りがついた。2人だけの暮らしになって半年。忙しさも相まって飲みに行くことからは足が遠のいていた。久しぶりに行きたいと思ったのは自分を省みたかったからか。誘ったのは変化が欲しかったからか。答えは自分でも分からないが、彼女と日常生活の買い物以外で出掛けるのは初めてだった。


二つ返事で了承を得ると仕事終わりに待ち合わせすることにして、朝早くから仕事があるので先に家を出た。


自分の職場は自宅から比較的近い。彼女の職場も駅二つ分。その上駅から程近く、交通の便が良くなったとルームシェアを始めた頃よく言っていた。


今回の待ち合わせは自宅から駅一つ分の場所だ。仕事を定時より1時間ほど遅くなったが、いつもよりかなり早く終えて足早に待ち合わせ場所に向かった。


そこにはもう彼女の姿があった。俺は自宅にいる彼女しか知らない。いつも彼女より早く家を出て、遅く帰るばかり。化粧はしているのを何度か見た事はあるが、ほとんどはすっぴんばかりだ。化粧もナチュラルメイクなので大きな変わりはない。


けれど、今日の彼女は少し違った。いつものナチュラルメイクをベースに少しくっきりと顔立ちがわかるように化粧が施され、ここ半年面倒だと伸ばしぱなしで家で一括りにされていたセミロングの髪は横に流され綺麗にセットされていた。何より服装が彼女によく似合うシックなワンピース。いつもは緩い家着か、カジュアルな格好ばかりの彼女が腰にベルトをするようなボディラインが分かるワンピースを着ているのだ。驚かない訳がない。まさにオフィスレディらしい雰囲気を纏う彼女を見るとは思ってもいなかった。


「ごめん、待たせた」


「私も少し前に来たとこだから大丈夫」


思わず遠くから暫く眺めていたが、チラチラと少し若い連中が彼女を見ていたのに気付き、見せつけるように声をかける。


じっと顔を見れば不思議そうにコテンと首を傾げた。そんな仕草にそそられるようになるなんてもはや自分は末期なのかもしれない。


「綺麗だ。その格好、似合ってるよ。普段の光里からは想像付かなくて驚いてる」


「一言余計だけど、巡君のスーツ姿が似合ってるから許してあげる」


軽い掛け合いのあと、彼女を促して歩き出した。彼女を褒めた時に嬉しそうに微笑んだ姿は胸を鷲掴みにされたようで、今日はつくづく自分がおかしくなっている自覚があった。


このまま果てまでおかしくなるか。それとも理性が勝つのか。よくわからない葛藤のままバーのすぐ近くにあるイタリアンレストランに入った。


普段通りの他愛のない会話をしながら各々食事を終える。格好こそ違えど、いつもと変わらない日常の延長で少しばかりホッとしたのは秘密だ。


食事を楽しんだ後、目的地のバーにいけばマスターと顔見知りの常連連中には心底驚かれたようだった。


暫くぶりに来たと思えば今までただ一度も連れてきた事ない異性連れなのだ。話題少ないおじさん連中からしたら恰好の獲物だろう。いつもよりやや静かに感じる店内は聞き耳を立てているのがわかる。


マスターから遠回しにとうとう本命の彼女が出来たのか問われるも友人だと否定すると店長は表情こそかえないが驚き、常連はどこかニヤついた笑みだ。やりにくさが半端なく、店選びを間違ったと甚だ後悔した。


話題の中心である彼女自身はあまり来たことがないというバーに興味津々だ。そのまま雰囲気など気にせず楽しんで欲しい。


そんなこんなで無視を決め込んでいると、失礼な態度をした詫びだと自動でウィスキーのロックが目の前に出てくる。彼女には何が飲みたいかとマスターが問うとお任せと言われ、好きな色や好みの味を少しばかり聞き取ると出てきたのが青が美しいカクテルだ。


「ブルーラグーンか」


「正解。お酒はあまり弱くないみたいだけど、飲みやすさを優先したからね。度数はやや高めだから気をつけて」


「キレイ。お気遣いありがとうございます」


誠実な愛、ね。学生時代に面白半分で覚えたカクテル言葉が思い出される。何よりそれを教えてくれたのは目の前のマスターだ。一瞬くれた視線は面白そうな色を帯びていたのを俺は見逃さない。


心の中で溜息をつきつつ、彼女と軽くグラスを合わせて酒に口をつけた。中身がいつものとは違う口当たりに芳香。いつも俺が飲む物より数段良い酒を奢ってくれたらしい。心中ささくれ立っていたが、酒一つでまぁまぁ元通りだ。意外と自分も現金である。


本人の好みに合わせながら飲みやすい酒を選びつつ、選んだカクテルの話を重ねていくのは意外と面白い。


「そういえばタバコやめたのかい?」


そろそろ帰ろうかと思っていると、常連の一人に問われた。


胸ポケットには定位置になったままの煙草はあれど、暫く吸っていない事に今更気がついた。





* * *





店を出ると、街中に不思議とポツンと存在する小さな公園のベンチに2人で座った。結構飲んだのでタクシーに乗る前の酔い覚ましだ。


「ほら」


「ありがと」


自販機で買ったお茶を手渡す。少し赤らんだ顔で見上げられるとどことなく色気を感じるのは何故だろう。


パキパキとペットボトル特有の開封音を響かせながら2人で一息ついた。沈黙というよりもお互い大事にしている間というのか。それが2人の間に流れていると、ふと彼女が思い出したかのようにこちらを向いた。


「さっきの帰りがけの話だけど、言われてみればこの頃煙草の匂いしなくなったね」


「・・・もともと日に1、2本吸うか吸わないかだったんだけど、そんなに匂いしてたか?」


「ううん。そこまでじゃないけど、洗濯物洗う時にそれっぽい匂いが少しだけね」


このご時世だ。気をつけていたのが、よくよく考えると家の事を頼んでいるのだからわからないわけはない。


「そこまで煙草自体に重きを置いてるわけじゃなくて、火を見ると落ち着くというかオイルライターに火をつけて消すまでの一連の動作が好きというか」


ポケットからオイルライターを取り出して火をつけ、そして消す。そんな流れを見ていた彼女は納得したように一つ頷いた。


「炎の揺らぎって脳を落ち着かせる効果があるって言うものね」


一歩間違えれば犯罪思考に近いと思っていたが、アロマキャンドルや焚き火を見ると落ち着くという奴も過去にいなかった訳じゃない。そういう奴らは素敵な趣味と言われるが、煙草となると不思議と否定的な意見をされる。その上、煙草を吸ってる理由をいえば変わってると大抵言われるのだ。それがこうしてすんなり肯定されたのは初めてかもしれない。


自分のアイデンティティの一つだったような物を肯定されるのはこうも嬉しい物なのか。日々積み重なる好意が膨れ上がる瞬間をまさに今感じた。


「でもなんでやめちゃったの?」


伝えるタイミングはここしかない。現状に甘んじてぬるま湯に浸かったままより、変化を、そしてその先を求めたい。


「光里がいるからこんなのに頼らなくて良くなったんだ」


蓋を開けるも火をつけず閉じた。カチンという金属音とともに手元に向けていた視線を彼女に向ける。


少し驚いたような瞳の揺らぎ。そして真意を探るような眼差し。それを晒さず真っ直ぐと彼女を見つめ続ける。


「・・・流石の私も勘違いするよ」


「勘違いじゃない。好きだよ、光里」


彼女の頬に手を添えた。戸惑い頬を赤くした彼女は一瞬悩んだ様子だったけれど、すぐにその瞳を伏せた。


初めて重なった唇は夜風のせいか少し冷たかった。


何度か角度を変えて口付けたあと、そのまま彼女を抱きしめる。


「・・・もうこのまま名字も変えないか?」


「うん・・・うん?」


身体を強く押し返され、渋々離れると彼女は驚愕に染まっていた。


「え?なんて?」


「だから、結婚しよう?」


「え、ちょっと展開早い。これ交際する流れじゃないの?」


「充分同棲期間とったようなもんだし良いかなって」


「そう言われたらそうなんだけど」


もだもだとする彼女の頬を再びとると今までにないほど顔を赤くする彼女の姿がそこにあった。


「嫌か?」


「い、やじゃ・・・なぃ」


消え入りそうな声を飲み込むようにさっきより深い口付けを交わす。


名前が無事揃ったのはそれから1週間後のこと。


一緒にいるだけで安らげる。

これからも幸せな日々を築いていこう。









1/fゆらぎ...fin.









1/fゆらぎ

簡単に言えばリラクゼーションの現象のこと




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