仔豚がお姫様になれるまで
小さい頃の私達は二匹の仔豚と言われていた。
家が隣同士の幼馴染。2人とも周りの子ども達より少し膨よかで背が標準より少し小さい。
そんな私達はいつもどこに行くのも一緒で、手を繋いで歩く姿はころころとした仔豚にそっくりだと誰かが言った。
それを初めに口にした人に悪意があったかはわからない。けれど、それを耳にした子どもには明らかな悪意があった。
小さな子どもは単純だ。その上悪意の扱いを覚えてしまった幼子ほど邪悪な生き物はないだろう。
"二匹の仔豚のお通りだ!"
私達の姿を見るたびにそうやって揶揄ってくる。それは子ども達の間で次々に伝染して、私達はいじめられっ子になった。
めそめそ無く私に幼馴染は笑っていった。
「きみちゃんは可愛いよ。世界で一番可愛いから大丈夫」
そんな事は勿論ないことは子ども心に分かっていた。けれど、どんな揶揄いを受けようと何一つ気にする様子もなく、ニコニコ笑う幼馴染に泣いて悲しむ自分がバカバカしくなった。
そして間も無く、有難いことに通っている幼稚園の先生がいち早く気が付いて、主犯だった子は親からギリギリと締められたと聞いたし、謝られた。
でも、一度ついた渾名は決して消えない。
幼稚園、小学校、中学校。時間経過とともに消えるようなことは無く、いつまでも"二匹の仔豚"は渾名として残っていた。
それが変わったのは高校に入ってからだ。幼馴染の背が急激に伸びた。中学からバスケを始めて、動ける仔豚とも揶揄されていた幼馴染は仔豚の片鱗は無くなった。
クラスで一番背が高くて、バスケ部で、高校に入ったのを機に床屋から美容院に通うようになった幼馴染は突然モテるようになった。
そんな幼馴染の隣に立つ自分は今も尚、仔豚のままだ。釣り合いの取れない私が今も幼馴染の隣にいることはいい事じゃ無い。距離を取ろうとした事もあったけれど、幼馴染は今も昔も変わらない。
「今日もきみちゃんは可愛いね」
365日、一日たりとて会わない事のない幼馴染は挨拶のように毎日そう口にする。幼馴染同士のリップサービス。そうわかっているけれど、この時だけは私も仔豚からお姫様のようになれる瞬間だ。
「いつもありがとう、かずくん」
そうやって返すと満足したように柔らかな笑顔を向けてくる。それがいつもの私達の日課・・・のはずだった。
今日は日曜日。引退したから部活はもうないし、休日だから学校もない。けれど、受験を控えた私達はどちらかの家で勉強する。それが毎週日曜日の約束だった。
いつものリップサービスにいつものように返したはずなのに幼馴染は真顔でじっと私をみている。
「かずくん?」
「・・・きみちゃんは本当に可愛いんだよ」
「えっと、ありがと。そう言ってくれるのはかずくんだけだよ」
首を傾げて答えれば、幼馴染はすっと目を細めた。何処か不機嫌だ。長い付き合いだから嫌でもわかる。
「どうしたのーーっ?」
くるりと世界が回る。腰をかけていたベッドの端。気が付けば身体は小花柄の布団の上に沈んでいた。
覆い被さるように手をついた幼馴染は少しクセのある長い髪を一房掬い、唇を寄せる。伏せていた目はいつの間にか見た事の無い色を讃えていた。
「きみちゃん、もう気持ちが届かないのが辛いんだ」
「届かない?」
「うん。だって、きみちゃんが可愛くて可愛くて堪らない。愛しい愛しいきみちゃん。好きで好きで好きで・・・ねぇ、この気持ちはどうやったら届く?」
普段はそんなに口数が多く無い彼が矢継ぎ早にそう言った。手を伸ばし頬に触れる。そしてもう少し伸ばすと部活を辞めて少しだけ長くなった髪を撫ぜた。
「ねぇ、和仁は私の事好きなの?」
「好きだよ。希望の事、好きで、大好きで、愛してる。この気持ちは絶対に一生変わらない。だから俺の物になって?」
真剣な眼差しが私を捉えて離さない。思わずふふった笑ってしまうと、不思議そうな顔をしていた。
「・・・久しぶりに希望って呼ばれると変な感じ」
「俺も和仁って久しぶりに呼ばれた」
一瞬の沈黙の後、顔を合わせ、声を上げて笑った。
彼は小さな頃"のぞみ"と上手く言えなかった。希望と書くと"きみ"とも読める。そんな事を言い出したのは5つ上の長兄だった。ちょうど言葉を覚えた頃の私達と若干早熟で勉強で褒められるのが大好きな上の兄らしいその名付けは両家族で採用されて、今では友人も皆んな"きみ"と呼ぶ。和仁は呼びやすさから皆んなから"かず"と呼ばれて、親しい教師ですらその渾名を呼ぶほどだった。
「私、仔豚よ?」
「どこが?例え仔豚だとしても俺の気持ちが揺らぐと思う?」
寝転がったままだった私の体に幼馴染の重さが加わった。全体重を預けているわけでは無いだろう。でも幼馴染の重さを感じながら抱きしめられるのはとても心地よい。
「・・・もうね、白状するけど色々我慢の限界なんだ。きみちゃんが足らない。全部、ぜーんぶ俺の物にさせて?」
「全部かずくんもくれるの?」
「もう骨の髄から心臓まで、血の最後の一滴すらきみちゃんの」
「ふふっ。重いなぁ」
手を回して、ぐっと幼馴染の身体を今まで以上に引き寄せる。右の耳元のすぐ近く。唇が触れるか触れないかまでの距離で囁いた。
「・・・仔豚をお姫様にしてくれますか?」
「きみちゃんは今も昔もこれからも俺のお姫様だよ」
くるりと横を向いた私の王子様は甘い甘い口付けをくれた。
二匹の仔豚は王子様とお姫様になって、末永く幸せに暮らしました。
そんな昔話の一節のような甘い恋の話になれるかは私達はまだ知らない。けれど、彼だけのお姫様になったのは間違いないことなのだ。
だからこう言いたい。
仔豚だったお姫様は幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
次話 和仁ver




