彼らの水面下-油断大敵?-
晴広くん視点
今日は俺たちの番組に、映画の宣伝を兼ねて有名俳優がゲストで出演してくれることになっている。30代の俳優のなかでも指折りの演技派で「大人の男」としての魅力がある反面、腰が低く気さくな人柄で人望もある人だ。
俺たちは彼の楽屋に挨拶をするために顔を出した。
「「「「おはようございます、今日はよろしくおねがいします」」」」
「おはようございます。君たちの番組に出るのは久しぶりだね」
「そうですね。今回出演された映画見ました。面白かったです」
「ありがとう、最近シリアスな役が多かったから俺も楽しかったよ。ああ、そうそう」
そこで彼が何かを思い出したように笑った。しかもその笑い方がすごく優しい感じだ。そんなにいいことを思い出したのかな。
「なにかいいことでもあったんですか?」
「いいことっていうか、試写会に君たちのところの社長が来てたんだけどね。いつも社長って男性の秘書らしき人物しか伴ってこないんだけど、今回は女性を同伴してたんだよね。それも、20代の可愛らしい女性だったよ」
「「「「えっ?!」」」」
社長が伴う若い女性・・・しかも20代・・・・俺たちが思い浮かべるのは一人だけ。俺たちは彼にすいませんと言って背中を向けてこそこそと話し始めた。
「ねえ、社長が伴ってたのってさ・・・」
「うん、夏基の推測は正しいよ。かのこちゃんで間違いないと思う」
「あ。もしかして社長の言ってたご褒美って・・・」
「晴広、リーダーなんだから、代表して聞いてくれよ」
「おい、お前ら・・・こういうときだけリーダー扱いするなよ」
「いつまで4人で話してるんだか。聞こえてるよ・・・名前は小杉佳野子さん。うん、そういう名前だった」
彼が笑いながら教えてくれたけど、彼女は彼みたいなタイプが好きなのかと・・・どうりで俺らが近くにいても動揺しないはずだと、俺らの気持ちは複雑で。
「あの、小杉さんが社長と試写会に来ていたんですか?」
「そうだよ。ああいうマスコミ関係が集まる試写会は初めてだったみたいだね。あちこちきょろきょろしていたけれど、社長が何か言ったらおとなしくなってたよ」
ああ、なんかその様子が目に浮かぶ。でも社長はご褒美第2弾を用意してると言っていた。おそらく試写会が第1弾のはずで、じゃあ第2弾はなんだったんだろう?まちがいなく、この人がらみだと思うんだけど。
社長に聞いても絶対“そんなことを君たちが知ってどうするんですか?”って黒い笑顔で言われるのがオチだし・・・やっぱりこの人に聞くのが一番無難な気がする。
「その試写会のあとも、小杉さんは社長と一緒だったんでしょうか」
「うん。試写会のあとに社長から頼まれていたから一緒に写真とってサインして、そうそう一緒に食事もしたんだ。もしかして彼女は社長の新しい秘書なのかな」
彼女と食事なんて羨ましい。でも確かに、それだけ社長が一緒に行動させてれば新しい秘書なのかと思うよなあ。
「小杉さんは普段は社内で仕事をしているんです。僕たちも事務所で打ち合わせがない限り、顔を合わせません」
「ああ、それであんまり業界慣れしてないのか。なるほどね。それにしても彼女と社長のやりとりは面白かったなあ・・・少ししか顔を合わせていないけど、きっと彼女はいい子なんだろうね」
そう言うと楽しそうに笑った。
収録を終えてこれから次の仕事に向かう他のメンバーと別れ、俺はスケジュールの確認のため事務所に戻った。
そこに書類を抱えた彼女が現れた。
「おはようございます、晴広くん」
「ねえ、かのこちゃん。この間社長と試写会に行ったってほんと?」
「えっ。なんでご存知なんですか?」
彼女はかなり驚いた様子で、しかもなんだか動揺している。
「今日、俺たちの番組の収録でね、-さんがゲストだったんだ。放送は来週の予定なんだけどね」
「そうなんですか」
そんな彼女は一見いつもどおりだが、よく見るとちょっと目がきらきらしてるような。きっと“録画しなくちゃ!!”って思ってるんだろうな~。この場合、俺たちの番組だからではなく彼が出演してるからってことなんだろうけどさ。
「あのさ、かのこちゃん」
再び彼女に話しかけようとしたときに、割って入った声。
「晴広くん、マネージャーが待っていますよ。佳野子さんも仕事に戻りましょうね」
「はい、すいませんでした」
彼女が慌てたようにパタパタと自分の席に戻っていく。社長は俺と2人だけになると、俺のほうを楽しげに見た。
「晴広くん、彼から話を聞いたんですか?」
「は、はい」
なんか、社長の笑顔がすっげえ怖いんですが。俺は思わず背筋を伸ばした。
「佳野子さんは彼の大ファンでしてね。君たちからCMの件を聞いたときに私は彼女が絶対引き受けてくれるような条件を考えました」
「それが、試写会と食事会ですか」
「おや、食事会のことも彼は話しましたか。彼も意外と饒舌なのですね。まあ、別に口止めしてませんからかまいませんが」
「あの社長。もしかして、小杉さんとあの人を引き合わせようなんて思ってないですよね」
俺の発言に社長はちょっと驚いた後、なぜかなるほどという顔をした。
「いや、そこまで考えてませんでした。でも確かに彼なら年齢差はありますが独身ですし、どの角度からも悪くない。これはちょっと調査してみるのもいいかもしれないですね」
「えっ!!社長、それは困ります!!」
メンバー以外のライバルが増えるなんて冗談ではない。しかも今の時点では絶対負ける相手だ。
「ふふっ、冗談ですよ」
俺のムキになった様子がよほど面白かったのか、社長が吹き出した。




