すべてがその日から始まった。
『記憶喪失少女は、それでも生きていく』番外編。
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俺はカイテル・メイソン。
メイソン伯爵家の長男であり、跡継ぎであり、デリュキュース国の騎士である。
何よりも愛する女性がいる。
――ようやく再会できた、たった一人の女性だ。
……幸せだ。
この幸せを手に入れるまで、三年かかった。
あのときの俺なら、こんな日が来るなんて想像もできなかった。
もう二度と会えないと思っていた。
ずっと、忘れられなかった。
俺は隣を歩くその女性を見つめた。
「リーマ、愛している」
その女性は恥ずかしそうに、はにかんだ。
愛おしくてたまらない。
俺は彼女の柔らかな唇に長い口づけをした。
――三年前のある日。
すべてがその日から始まった。
俺、ジル、マーティスを含む十名の騎士は、騎士団長のクラウド団長の執務室に立たされた。
クラウド団長は机の向こうに座り、エミール副団長はその隣に立っていた。
二人の顔は真剣そのもので、重い雰囲気だった。
「おまえたちには、『百年の門』の任務を命じる」
そうして、聞いたこともない任務を言い渡された。
集められた騎士の中には、隊長や副隊長レベルの騎士、長年騎士を務めている者もいた。
若手騎士は俺、ジルとマーティスだけだった。
……隊長や副隊長が何人もいる時点で、重要任務なのは明らかだった。
しかし、そんな隊長や副隊長も、俺のような若手騎士も、首を傾げた。
……百年の門?
聞いたこともない名前だった。
だが、クラウド団長とエミール副団長の表情が、それが冗談ではないことを物語っていた。
「……百年の門の任務?その任務はどんな任務でしょうか?」
三番隊のイリアス隊長は口を開いた。
その場の騎士たちは顔を見合わせた。
誰も、その任務を聞いたことがなかった。
クラウド団長は説明を始めた。
『百年の門』は、この世界と異界をつなぐ門だという。
その門が現れる場所は本来未確定だが、五年前に大賢者様が予知された。
今回の出現の場所は——トレストの辺境。
この任務は百年に一度の国家機密の重大任務。
門のことは王族、大賢者様、団長、副団長、この任務に選ばれた騎士。
そして、十大大臣のうち、限られた数名のみが知っている。
門は普段、決して通ることができない。
……しかし。
その名の通り、百年に一度だけ、門が開く。
その時に限り、二つの世界が繋がり、行き来が可能になる。
――だが、それは“可能になるだけ”だ。
原則として、渡ることは固く禁じられている。
この世界の者が異界に行くことも、
異界の者がこの世界に来ることも、許されない。
そんなことが起これば、二つの世界の秩序が乱れてしまう。
――ただし。
例外がある。
百年の門の監視を任された騎士に限り、特別に異界への立ち入りが許される。
門は両側から監視しなければ意味がない。
誰かが誤って門を渡らないように、
十人の騎士は、門のこちら側と向こう側、その両方を見張らなければならない。
「……異界?」
俺は呟いた。
ジルも、マーティスも、他の騎士たちも、眉をひそめた。
どうやら、他の騎士たちも初耳らしい。
「……異界とは、何でしょうか?」
マーティスは尋ねた。
「異界とは、この世界によく似た場所だ。
その世界にも人間が生きているそうだ。
国も、自然も、動物も——
この世界とはほとんど変わらないらしい。
……まあ、俺も行ったことがないから、今からおまえたちに話すことは、全て文献の受け売りだがな」
クラウド団長は苦笑した。
「百年の門に関する文献は、王族と大賢者様のみ閲覧できる。
百年の門が開く時期に限り、異界へ向かう者だけが、その文献を読むことが許される」
エミール副団長は続けた。
クラウド団長はその場にいる騎士を見回した。
「任務は一ヶ月後。
それまでに、異界に関する情報を十分に頭に叩き込んでおけ。
どんな場所なのか、実際にその目で見た者は、百年前に任務を行った者たちだけだ。
今、おまえたちに直接教えられる者はいない。
だからこそ、文献に残された向こうの情報が絶対に必要になる」
「承知いたしました」
その場の騎士たちは、真剣な表情で頷いた。
「この世界側で見張る隊は三名。
トーマス、ヘルト、ラウル。おまえたちに任命する」
「承知いたしました」
三人は静かに頷いた。
「異界側は七名だ。
イリアス、ジョエル、エルク、レオン、マーティス、ジル、カイテル。
おまえたちは異界側を担当する」
「承知いたしました」
「これまでこの体制で任務は遂行されてきた。今回も同様に進める予定だ」
クラウド団長は続けた。
「団長。こちら側は三名なのに、異界では七名もですか?
そんなに危険な場所ですか、異界というところは?」
四番隊のトーマス副隊長は真剣な顔で尋ねた。
全員の視線は団長に集まった。
「異界では、おまえたちは人間の姿では任務を遂行できないそうだ。
向こうの人間は魔法が使えない。
我々のように、使役獣を扱うこともできない。
したがって、異界へ使役獣を連れて行くこともできない。
何より、人間の姿で動けば、異界の者に接触する危険が高い。
だから、おまえたちには人間の姿ではなく、鳥の姿で任務を遂行してもらう」
「……なるほど。魔力はかなり制限されるということですね?」
俺は口を挟んだ。
「そういうことだ。魔力が制限され、魔法も十分に使えない。だから、人数を増やして補う」
その場の騎士たちは頷いた。
「……鳥の姿なんて、結構不便ですね」
四番隊のジョエル隊長は言った。
「あぁ。しかし、異界の人間の目を欺くためには、かなり有効だそうだ。
自由に飛べ、お互いに連絡し合っても、向こうの人間に知られることはないそうだ」
クラウド団長は小さく口角を上げた。
「向こうの人間には、我々のように動物を使役する概念もない。
鳥であれば、異界の人間に警戒されることはほとんどないそうだ」
エミール副団長は続けた。
その場の騎士たちは静かに頷いた。
「しかし、門を通る者には、悪影響が出るそうだ。
その影響を防ぐため、門を通る前に、護身魔法をおまえたちに施す」
「どんな悪影響でしょうか」
イリアス隊長は尋ねた。
「門を通った者は、自分自身に関する記憶をすべて失い、二度と思い出すことができないそうだ」
「……記憶を、すべて失う」
イリアス隊長は呟いた。
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