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【 断片的な記憶 】
マブチは話を始めると同時に、自分の手に持っていた封筒をテーブルの上に置いた。そして話を続ける。
「アサヒ君とキョーコさんには僕から、ユリカさんにはアサヒ君から話が伝わっていると思いますが、僕の部屋で見覚えのないこの封筒を見つけたことをきっかけに、皆さんにも同じように部屋の中を見てもらったと思います」
その言葉に対してアサヒとユリカがうなずく。進行するマブチにとってはありがたい反応である。
「僕は、これが昨日の手紙に書かれていた『秘密』の手がかりというものだと思っています。あまりにも不自然なものですし、さっき言ったように僕には心当たりがありません。なので、皆さんの中の誰かの『秘密』に関係していると思うんですが、中身を出してもいいですか?」
「昨日皆で『秘密』を取り戻すって決めたじゃない。そう決めたのなら、ここで拒否する権利なんかないわ。それに、私のも多分そうだから」
ユリカがそう言い、他の2人も特に反対する様子を見せなかった。それを見てマブチは封筒の中から100万円分の札束を取り出し、テーブルの上に置いた。それを見た瞬間に、アサヒが突然頭を押さえた。それと同時にアサヒは苦しそうな声を漏らす。
「うっ……」
「……!アサヒ君、大丈夫か!?」
苦悶の表情を浮かべるアサヒにマブチは手を差し伸べようとするが、アサヒはそれを断った。そして目を閉じて深呼吸し、心を落ち着けていく。高校生だというのに、すごい精神力を持っている。
「……俺は、大丈夫だから」
アサヒはそう言ったが、彼の肌からは冷や汗が流れている。大丈夫ではないとその場の誰もが思ったが、本人の意思を尊重してそれ以上言及する者は居なかった。
「その様子だと、何か思い出したの?」
ユリカはあくまでも冷静に話を進める。少し残酷な気もしたが、彼女はこの場においてそのような立場を貫いている。アサヒ同様に口出しすべきではないとマブチは感じていた。
「これは……受け取らなかったはずの金だ」
アサヒの言葉に、ユリカが首をかしげる。
「どういうことか私たちには分からないけれど、あなたの『秘密』には関係ありそうなの?」
「多分、そうだ。見た瞬間に、記憶が途切れ途切れ頭の中に入ってくる感じがすんだよ」
アサヒは大丈夫とは口にしたものの、依然として頭を片手で抑えたままである。しかし一番最初に『秘密』に関わる手がかりが見つかった彼を放置するわけにもいかなかった。
「それにしても、高校生で100万円って……。どうしたらこんなに貰えるんですかね?」
「普通じゃない、とは思ってしまうよね。勿論、色々なケースは考えられるけど、良くないお金の可能性が高そうだと思う。何のお金かは分かるのかい?」
キョーコの疑問は当然であり、そこからマブチが立てた予想も的確なものであった。しかし結局はアサヒ本人にしか、大金の意味を知ることは出来ない。
「それは、分からねぇ。でも、この金は受け取らねぇっていう意思だけは強く持ってたことは覚えてる」
アサヒ本人にも、まだその札束の正体が分かっていない。それは、これ以上の詮索が無意味であることを知らせているようでもあった。
「アサヒ君だけをこんな状態にするのは良くないと思う。違いますか?」
マブチは一度、アサヒの置かれた状況から目を逸らさせるようにそう提案した。それには他の2人も賛同した。
「まあ、私たちも同じようにならないとは言い切れないわね。だったら、覚悟を決めて全員の『秘密』を探るべきよ。マブチ君、それが協力関係ってやつなんでしょう?」
「ええ、そうです。アサヒ君、君の部屋にあったものを見せてくれるか」
ユリカの言葉に後押しされ、マブチはアサヒの方を見た。彼は言葉を発することも無く、手に持っていた紙を机の上に置いた。
◇
桜井祥子 様
今回の施術費用として、以下の通り請求いたします。
¥120,000
○○総合病院
◇
そこに書かれていたのは、簡潔なものだった。どうやら、桜井祥子という人物が病院で施術を受けた際の請求書のようなものである。それにしても12万円という金額は、病院で一括にして払うにしては大きすぎる金額である。
それを見て反応したのは、ユリカだった。アサヒの時とは違い、苦しそうな表情を浮かべるわけでも無く、少し目を大きく開いて驚いたような様子を見せるだけだった。
「ああ、これね」
「ユリカさん、心当たりがあるんですか?」
「桜井祥子は私の元マネージャーよ。仕事は人一倍出来ていたのだけれど、その分無理をしてたみたいで、ふらついて階段から落ちたのよ。骨折して病院にすぐに行かせたら、無理を言って現場まで戻ってきたことがあってね。これはその時の請求書だわ」
そう話すユリカの表情は穏やかで、『秘密』に関する手がかりを得たとは思えないほどだった。アサヒの証言を信じるならば、突然情報が流れ込んでくるとのことであり、冷静でいるのは難しいはずである。
「肝心の『秘密』は、どうですか?」
「さあ?何も分からないわ。強いて言うとするなら、今の私のマネージャーは変わったのよね。桜井は長期間の無理がたたって体調を崩したわ。それを機に私のマネージャーは別の子になったから」
「そうですか……」
ユリカの口から語られそうな情報も、それ以上は出てこない様子だった。過去の思い出に浸っているようにも見えたが、それが『秘密』に大きくかかわる程だとは思えなかった。
「じゃあ私の部屋にあったものを見せるわ。というか、これはあなたに関わるものでしょうけど」
そう言ってユリカは、色紙のようなものをキョーコの前に置いた。そこには色とりどりの紙が真っ白な色紙を埋め尽くしており、たくさんの感謝の言葉が綴られていた。それを見てキョーコは、突然ぽろぽろと涙をこぼし始める。
「あれ……。ごめんなさい、私、なんか抑えられなくて」
マブチは胸のポケットから紺のハンカチを取り出し、キョーコに差し出した。彼女はそれを受け取り、目元に押し当てる。その間にマブチとユリカは色紙の中身に目を通した。
◇
響子先生のおかげで、とても楽しい学校生活でした!
先生が皆のために頑張ってた姿は、忘れません!
先生の仕事は大変だと思うけど、来年も頑張ってね!
◇
そこに書かれていたのは、特に違和感もない感謝を伝える子供たちからのメッセージだった。それを見れば、稲井響子という人物が慕われていることが簡単に理解できる。
「あれ、ここだけ隙間が空いてる」
マブチが見たのは、色紙の中で少し目立つ空白の部分、ちょうど右下の隅の方だった。他の部分が色鮮やかなため、かえってその部分が強調されてしまっているのがアンバランスさを醸し出している。
「その部分には、もう一人の子がメッセージを書いてくれる予定だったんです」
涙を零していたキョーコは、マブチの疑問に対してそう答えた。涙はだいぶ収まったようだが、目元が赤く腫れてしまっている。
「去年度の末に、受け持ってたクラスの子たちがそれを作ってくれたんですけど、クラスが解散する直前に学校から居なくなる子が居たんです。だからその子の分のメッセージは作れなかったと子供たちに教えられました」
「へえ、転校かしら」
「まあ、そんな感じです」
「じゃああなたが泣いたのは、このメッセージに感化されたからってことで合ってる?」
「お恥ずかしながら、その通りです。初めて受け持ったクラスだったので緊張してたんですけど、最後にこんなものを貰って、涙が出ちゃったのを覚えてます」
ユリカは「そう」とだけ短い返事を返し、キョーコから目線を逸らした。興味をなくしたのか、それとも思い出に浸る時間を作ってあげたのか。真相は分からない。
「でもごめんなさい。『秘密』に関しては思い出せそうにないです」
「まあ、ユリカさんとアサヒ君もそうだったし、まだ手がかりが足りてないんだろうね。きっと他にも見つかるさ」
「そう、ですね……。ありがとうございます」
キョーコは少し落ち込んだような様子を見せるが、マブチはそれをすぐにフォローした。そのままの流れでマブチはキョーコに尋ねる。
「ってことは、僕の手がかりはキョーコさんの部屋にあったのかな」
「あ、そうです。マブチさんが写ってたので、すぐに分かりました」
キョーコはそう言って1枚の写真を取り出した。そこには幸せそうな笑みを浮かべるマブチと、赤ん坊を抱いた女性の姿が写っていた。マブチはにっこりとほほ笑んでカメラの方に綺麗な結婚指輪を向けている。写真館で撮ったものだと思われるそれは、マブチの記憶を刺激したのか、ユリカの時のようにマブチは驚いた表情を見せる。
「……!これは、娘が生まれた時の写真だね。ちょうど結婚記念日も近くて、記念に家族写真を撮ろうって妻と話し合ったんだった」
「そうなんですね。だったら、きっといい思い出の写真ですね!」
仲睦まじく見えるその写真は、確かに良くない『秘密』に繋がっているとは考えづらいものだった。それに加えて、その写真を微笑みまじりに見つめるマブチの表情から、そんな想像をする余地など無かったのかもしれない。
「でも、僕もやっぱり『秘密』のことは詳しくは思い出せないな。もしかしたら、妻にサプライズでもするつもりだったのかな」
「そんな『秘密』だったら気楽でしょうけどね」
ユリカは少し冷たくマブチに返した。アサヒが未だに声を発さないという状態で、いささか軽率な態度だったとマブチは自分で気が付き、姿勢を正した。
◇ ◇ ◇
【 アイテム② 100万円の札束 】 を入手しました。
【 アイテム③ 病院の請求書 】 を入手しました。
【 アイテム④ 生徒からの寄せ書き 】 を入手しました。
【 アイテム⑤ 家族の記念写真 】 を入手しました。
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