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【 2日目の朝① 】
飛び起きた。そんな表現が当てはまるような目覚めだった。マブチは尋常ではないほどの汗をかいており、それによって突然目が覚めたことに気が付いた。
「夢じゃ、なかったか……」
ベッドと机以外に物の置かれていない質素の部屋での目覚め。それは白詰の館での出来事、出会った人々が夢の中での現象ではないことを示すものだった。部屋には光が入らない。マブチは急いで自分の鞄の中を探り、自身の携帯電話を取り出した。時間の確認のためである。
携帯電話の画面は、朝の6時を回ったところだった。アラームもなしにいつも目が覚める時間ぴったりに起きたことに対して、自分のことながら驚きを隠せない。思ったよりも体内時計というやつは性格なのかもしれない。
マブチはベッドから起き上がり、自分の身だしなみを軽く整えた。いつも仕事に行くために来ている黒のオーダーメイドスーツ。そのズボンは、服装そのままに寝てしまったこともあってか、今すぐには修復できないほどにしわだらけになってしまっていた。上着はなんとか寝る直前に脱いだのか、相も変わらず大人が座ることを想定していない椅子に少し雑に掛けられていた。
そこで、ふと気が付く。
「……ん?」
昨日は疲れていて注視していなかった部屋の机には引き出しのようなものがあり、そこから何やら紙切れのようなものが飛び出ている。見たところ、郵送などに使う茶封筒の端のように見えた。
マブチはそれを取り出すために机の引き出しを開ける。中からは彼の想像通り茶封筒が現れた。新品のようにしわ一つないきれいな状態だったのだが、その中に何かが入っていると分かる厚みをしていた。
それに手を伸ばして取り出そうとした瞬間に、突然部屋の扉がノックされる音がする。
コンコン。
「……おっさん、起きてるか?」
声の主はアサヒだった。高校生ともなれば6時に起きていること自体はひどく珍しいという訳でもなさそうだが、彼がそうだとは予想していなかったマブチは、驚いてしまう。
茶封筒のことはいったんおいておき、マブチは扉の方へと向かった。彼を長く待たせるのは、色々とまずい気がしたからだ。
「おっさんではないけど、起きてるよ」
扉を開けて、そんな冗談を言ってみる。そこにはマブチ同様、昨日と同じ学ランを着たアサヒが仁王立ちで立っていた。
「おっさんだろ。ちょっと来てくれよ」
アサヒはマブチの冗談を軽く受け流すと、朝の挨拶も無しにマブチの部屋から見て左側へと進んでいく。その先には昨日全員が目を覚ました中央の豪華なホールがあるはずだ。
昨日の夜の時点で、アサヒによれば、白詰の館の1階には全員分の個室が用意されているとのことだった。中央のホールから廊下は東西に2本ずつ伸びており、仮にマブチの部屋がある前の廊下を北西側の廊下とした場合、南西側の廊下に面した場所にはアサヒ、マブチと東西に反対側の北東側の廊下に面した場所にはキョーコ、南東側の廊下に面した場所にはユリカの個室がそれぞれ準備されているようだった。
昨日はその情報をもとに解散し、マブチ同様にそれぞれが個室で休息をとったはずである。そして朝になってアサヒはマブチの部屋まで彼を起こしに来た、というのが今までの状況だ。
「どうして僕を起こしたんだい?」
「女の部屋には行かない方が良いだろ。それに、やっぱり俺じゃあんたの部屋は開けられなかった」
アサヒにそんな疑問を投げかけたマブチは、なるほど、と2つの意味で感心した。確かに女性の部屋までわざわざ赴いて中に居る人物を起こすのは非常識だし、昨日アサヒ自身が言っていた、「他の人物の名前が書かれた部屋は開けられない」という情報をもう一度確かめるべきだと彼は考えた、とマブチは理解する。それと同時に、アサヒの真面目さと賢さを再確認する。
「君、やっぱり真面目だろ」
「うるせぇ」
だが当の本人は真面目と思われることに抵抗があるのか、マブチの顔を見ることもなくどこかへと歩く。そのまま歩き続けると、中央のホールまで来てしまった。
「どうしてここに?」
マブチはアサヒに疑問を投げかけたが、ホールの様子を見てすぐに、彼が言おうとしていることを察した。
昨日の夜まで、ホールにはこれ見よがしに高そうな棚や装飾品の数々、赤い絨毯に豪勢なシャンデリアなどがあったのみのはずである。しかし、今現在のホールには、昨日まで無かったはずの扉が2つ、東西に伸びる廊下に挟まれた区画に突如として現れたのである。
「えっと……いきなり家の扉が増えた経験はある?」
「あるわけねぇだろ」
マブチは当然のようにありえない状況を聞いておきながら、「ですよね」とわざとらしく笑顔を作った。とにもかくにも、目の前で起きていることを理解するのには時間がかかりそうであった。
「とりあえず、全員が揃うのを待とうか」
そのため、マブチはアサヒにそう提案した。
「俺達だけで中に入るってのはダメなのか?」
「もちろんそれでもいいさ。でも、もし中に『秘密』に関わる何かがあるとしたら、僕たちだけで行くのは不公平だ。一応、みんなの同意は取っておきたい」
「大人って面倒くさいんだな」
「そうだね。僕は特に、かな」
マブチは自分が慎重すぎるのを十分に理解していた。それでもアサヒにその話をしたのは、今後のことを考えてだった。
「僕たちはあくまでも利害の一致した協力関係であるべきだ。昨日は言うのをためらったけど、もしかしたらこの館から出れるのは先着1名様かもしれないだろ?」
「そうとは限らないだろ」
「そうかな。僕には少なくともそう思えた。だってあの黒い封筒の中に入っていた手紙には、『皆様』じゃなくて『貴方』って書いてあったからね。考えすぎかもしれないけれど、一人一人に向けて手紙を書くのには訳がありそうな気がしてね」
「……だとしたら、何で俺に言ったんだよ」
アサヒはマブチの言いたいことを理解したうえで、そう尋ねた。マブチの仮定が真実だった場合、確かにここで2人だけで館の中を歩き回るのは他の2人からしてみれば不審な行為にも見えるのかもしれない。そういう意味で、そのことを隠して協力関係を結ぶべきだとマブチは言ってる。
「君が一番執着してないように見えたから。キョーコさんは昨日君を叱ってたけど、僕には君の言いたいことが少しは理解できるからね。だから、君にこのことを言っても喧嘩にはならないと思ったんだ。まあ、そもそも正しいとは限らないんだけどさ」
そう言って笑うマブチを見て、アサヒは不思議な感情に襲われた。人のことを簡単に信用してしまう目の前のマブチのような人間を、それまでの人生で見たことが無かったからである。
「言いたいことは分かった。それに従うよ」
「よし、じゃあ僕がここで2人を待つよ。キョーコさんとユリカさんのどっちかが来たら、アサヒ君が僕にしてくれたみたいに起こしに行ってもらおうかな」
「それなら俺も待つ」
「いや、君には少しやってもらいたいことがあってさ」
「何だ?」
「今日アサヒ君に会う前に、僕は自分の部屋で茶色い封筒を見つけたんだ。それを見ても僕には何のことか分からなかった。というかじっくり見る時間も無かったんだけど、アサヒ君の部屋にも同じようなものがないか調べてきてくれないかな?」
「茶色い、封筒……。一応、見てくる」
マブチが放った「茶色い封筒」という言葉にアサヒは少し反応を見せるも、ホールで残りの2人を待つ役目をマブチに預けて、自室の方へと戻っていった。マブチは2つ向き合って現れた扉のうち、自分の部屋に近い方の扉の横に腰を下ろして、キョーコとユリカを待った。
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