17
【 忌避 】
「えっと、今のは……」
マブチはその場の空気に耐えかねて話を切り出そうとアサヒの方を見る。それは、着信に反応したのがアサヒただ一人であり、それはつまり彼の『秘密』に関わる何かがあると考えられたからであった。
「……違う、俺はやってない。……でも、行かなきゃ」
そう虚空を見て呟くアサヒは、口をガタガタと震わせており、普通の常態ではないことが誰も目に見ても明らかだった。
「アサヒ君! 」
キョーコはアサヒの前に立って、アサヒの肩を揺すりながら彼の名前を呼ぶ。その必死さが伝わったのか、アサヒの目はだんだんと焦点が合い始め、若干過呼吸気味になりながらも、アサヒはある程度の平常心が戻ってきたようだった。
「……あれ、俺、何して」
「……君は錯乱してたんだよ。それと、今の電話が君の『秘密』に関わってるのは、その反応を見ても間違いないみたいだね」
マブチはあくまでも冷静にアサヒに接した。それが自分に求められている役割であると自負していたからである。しかし、その場においてその発言は不用意なものとなってしまう。
「マブチ君、あなたの言ってることは正しいけれど、あまりに無神経よ」
「え? 」
「そうですよ。『秘密』に関するアサヒ君の印象が良くないものだってことは見て分かったはずです。少なくとも今は追求するべきじゃないと思います」
「……キョーコさんも、その意見なんですね」
マブチは自分が行き過ぎたことをしてしまったことを察した。今の行動は言ってみれば死体蹴り。傷ついている人間に対して更に追い打ちをかけるような行為だった。
焦りから来た行動であることは否めなかった。
「……気にすんなよ、おっさん。俺は、大丈夫だから」
アサヒはそう言ってキョーコが肩に乗せていた手を振り払うようにした。その目は平静を装おうとしていたが、マブチからしてみれば虚勢にしか見えなかった。
「だったら君が思い出した『秘密』について僕たちに教えれる? 」
「ちょっとマブチ君」
「止めないでください、ユリカさん。これは皆の為に必要な事なので」
「……?」
ユリカはマブチの発言に対して困惑しているような表情を見せた。勿論それはキョーコも同様である。
「あれだけ『秘密』に拒絶反応を示したんです。今後の為にも、僕たちはアサヒ君のことについて知っておく必要があるでしょう。彼がもし残忍なことに関与したことが『秘密』だとしたら、身の安全を守るためにも、彼が思い出したことは共有すべきです」
マブチの言っていることは確かに正しい。しかし、この状況に呑まれてしまっているかのような、狂気の欠片も感じられるようだった。
「それはそうだけど……」
ユリカはアサヒの事を気にかけるように一瞥したが、アサヒは息を整え終わっており、説明するだけの気力は残っているようだった。
「……大丈夫だ。説明くらい、できるからよ」
そう言ってマブチの方に向かって歩き始めたアサヒだったが、その途中で体勢を崩し、その場に倒れこんだ。無理もない。彼だけが今日2回も『秘密』によって記憶を取り戻しているのである。それによって生じる体への負担は想像を絶するのだろう。
「アサヒ君、無理しないで! 」
倒れこんだアサヒの側にキョーコは寄り添い、ユリカもそれを心配そうに見つめる。
「これを僕のせいにはしませんよね」
「……不慮の事故よ。でも彼が回復するのには恐らく時間がかかるわ。最悪、今日はもう動けない可能性もあるわね」
「それなら、僕は先に部屋に戻っておきます。もし捜索を続けられるなら、その時は呼んでください」
マブチはそれだけ言い残すと、他の3人を残して娯楽室を後にした。キョーコ達とマブチとの間には少しだけ溝が生まれたようになってしまったが、結局その日のうちにアサヒの状態が好転することは無く、館での2日目の夜は更けていった。
◇ ◇ ◇
【 アイテム⑧ 先輩からの電話 】 を入手しました。
目次から「20」へお進みください。