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20.王太子の帰国




 その噂は国中を一気に駆け巡った。


 外国に長期留学していた王太子が帰ってくるらしい、とーーー。



 かなり優秀な人物であった王太子は十歳というまだ幼い歳にもかかわらず外国への留学を自ら希望し、ここ数年間は国に戻る事もほとんどなかった。王太子であるにも関わらず、だ。

 しかも類い稀なる人物であった王子は幼少期に婚約者を選出しなかった為、帰国時は伴侶を見つけ連れ戻ってくるだろうというのが大方の予想だった。それ故に今回の帰国の噂に国民が沸いた。





「エミリー様、それで、本当のところはどうなんですか?」



 学園の中庭で気持ちの良い日差しと爽やかな風に包まれ皆でまったりしていた時、ジュリアが目を輝かせて聞いた。



「どう、と言われましても」



 相変わらずエミリーの所作は美しく、指先を軽く顎に添え首を傾げるだけでも優雅で気品に満ちている。



「侯爵家のエミリー様のお立場ならば本当のことをご存知でしょう?」

「さぁ、どうかしら。それにもし何かを知っていたとしても誰が聞いてるかもしれない学園のこんなところではお答えできないわ」


「じゃあ、いつでしたら私たちとゆっくりお茶してくださいますか?」


「まあ、お茶なら今でもしているじゃないの。それに私ちょっとこのところ忙しすぎて皆様方とお休みの日にのんびりお茶する時間も取れないわ。テイラー商会へもしばらく顔出していないからぜひお伺いしたいと思ってますのに」


「エミリー様がお忙しいようでしたらば、こちらからお伺いいたしますよ。新商品もご覧になっていただきたいですし」


 ハンナもエミリーを真似て品よく微笑んでみるが、その微笑みには上品さは無いなと自嘲する。商人の魂胆丸見えのえげつない笑いだとハンナ自身思っていた。


「そうね、それだったら今度のお休みの日の午後なら少し時間が取れるかもしれないわ。皆様はそれでもよくて?」


「もちろんです。ぜひお伺いさせてください!」


 食い気味でジュリアは返事をしたが、皆も笑顔で頷いた。





 そして。

 エミリーのお茶会当日の朝、国中に御触書が回った。王太子が帰国する、と。




「やっぱりエミリー様はご存知だったんじゃありませんか。今日この日のこの時間にお茶のお約束をしてくださると言う事は。本日の朝に発表があるとわかってらしたってことでしょう?」


「ふふふ。さぁ、どうかしらね」



 ジュリアの上目遣いのあざとい視線をものともせず、エミリーは柔らかく笑う。セイラは二人のやり取りを横で聖母のように優しく温かく見守っている。

それでも、好奇心には勝てなかったようで思わずと言った感じでセイラの口から言葉が漏れた。


「王太子さまは婚約者を連れてお戻りになられるのかしら。それとも…」


 それにすぐさまジュリアは反応し目を輝かせながら話の続きを促すようにエミリーに振る。


「我が国の者たちは皆、王太子殿下が伴侶を連れてお戻りになると思って、殿下に見合う年頃の女性はほとんどが既に婚約者がいらっしゃるでしょう?れてない方で殿下と釣り合う方は、それこそエミリー様とか?あとは、殿下と同じ様に海外に留学してらっしゃる方が数名いたはずですよね?」


「エミリー様は、王太子殿下よりもお年が上でいらっしゃいますよね?」


「そうね。殿下よりも二つも上になるかしら。留学中の御令嬢も殿下より年上の方よ。殿下はきっと愛する方をお連れになってお戻りになられるでしょう?」


 私たちの話にエミリー様は、ふふとただ美しく笑って躱す。



 忙しくて時間が取れないと言うエミリー様とのお茶の時間はほんの短い間ではあったが、久しぶりに誰の目を気にするでもなくみんなで揃って楽しくおしゃべりができた。そろそろ帰ろうと言う時間になりハンナだけが残る。表向きは、侯爵家御令嬢へ新商品をご覧いただく、のだ。


 一人残ったハンナはエミリーに庭を案内すると言われ、一緒に美しい庭をゆったりと歩く。


 侍女たちは遠くから二人の様子を伺っている。それでもエミリーは本当に小さな声でハンナにだけ聞こえるように囁いた。



「ここだけの話よ、ハンナ。王太子殿下が戻られたら私、お茶会にとすでにご招待いただいているの。もちろん私一人ではないのよ、だけど……

どういった理由でお声がけいただいたのか真意がわからないから。私は王太子殿下より年上だから少なくとも婚約者として選ばれることはないでしょう?なら私の呼ばれる理由は?ねえ、ハンナ?」



「はあ……、どういった理由でしょうか?」


「もう、わかってるんでしょう、しらばっくれなくてもいいわ」


「……高貴な方々の考えることなど、私のような平民に分かるはずもございません」


「ふふふふ、ハンナっていつもそうね。まぁ良いわ。私はちゃんとお伝えしましたからね。身辺にご注意なさい」


「さて、何のことでしょう」


「もう、そうやってあざとい笑顔をしたって、私には通じないわよ」


「エミリー様だけでなく他の誰にも私のこの魅惑の小悪魔スマイルは通用しないみたいなので、大丈夫です、うふっ。それはそうと、執筆のほうはいかがですか。滞っているようでしたら、私、他にも案がございますの。ムーン・ライト・シリーズのほうを進めたっていいんですよ」


「もうハンナったら。大丈夫、着実に進んでるわ。アイディアも溢れ出て、時間が足らないくらいよ。今年度中にはもう一冊書き終わるんじゃないかしら。来年は学園最後の年だし教育も大詰めになるから、今年のようなハイペースでは無理かもしれないし、今とても頑張っているの。やりがいを感じているし、何よりも楽しいわ」


「そう言って下さるととてもありがたいです。それに読者の方々も続編をとても楽しみに待っています。店の方にもたくさん続きはまだかって言うお手紙もお声も届いておりますから」


「そう。ならいつも以上に頑張らなくちゃね」




 そう言ってエミリーは笑ったのだった。が、この後のエミリーは人生最大のハードモードに突入することとなるのだった。











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