19.俺TUEEEがしたい
教会に行くと、ミゲル様に声を掛けられた。
今ではいつものことと割り切って、思いっきり作りきった笑顔で対応している。向こうは神官さま、ということはお貴族様出身だろうから、笑顔の仮面を貼り付けていたって問題はないだろう。
「貴女は、非常に興味深い……。ハンナ殿を知りたいと思うことは、迷惑だろうか?」
そう言われてからすでに幾度も顔を合わせ、時間が許せばお茶に付き合わされて、よくわからないままに言葉が流れて行く。
この日もいつもと同じように、偶然、出会って。たまたま、時間に空きが出来たからと。珍しく、手に入ったと言う異国のお菓子が出された。
「それにしても、テイラー商会はまた面白い商品をお出しになられたようで。しかも売り上げは好調のようですね」
えーと、どの商品のことかしら、と小さく呟き「最近は新商品はすこぶる好調でほとんどハズレなしですの」ふふと笑う。
「そのようですね。どの商品も人気のようで皆さん手に入らないと噂しておりますよ」
「まぁ、俗世を離れた神官様のお耳にまで届いているなんてとても光栄ですわ」
「民の声を聞くことも教会の務めです。信徒が健やかに過ごすことこそ、神が、そして国王陛下もお望みでしょう」
「ええ、そうですわね。我がテイラー商会もまた、皆様が健やかにお過ごしになることを望んで商品の開発を行っております。市井で過ごすリンネの羊や、うちの従業員にもいる羊達の小さな声を聴き漏らさず皆様に喜ばれる商品を、と……父が常日頃申しておりますので。皆様の生活の一助になれれば幸いでございます」
「性活の一助、ねえ」
何やらニュアンスに不穏なものを感じたが、それに気づかないふりをして構わず話を続けた。
「新しく開発された枕がとっても深い眠りを誘うと言うことでとても人気なんです。自分の骨格に合わせ枕の高さを調整し、硬さ柔らかさもお好みで作ることが出来るのです」
「眠ることを手助けし、また眠らぬことも推奨するとは不思議な店ですね、テイラー商会とは。人気商品の枕とムーン・シリーズが相反するとは、面白い」
側から見ればニヤリと笑うイケメンはきっと色気満載なんだろうな、と人ごとのように思う。その美し過ぎる笑みは、記憶持ちであることを隠している私にとっては恐怖以外のなにものでもない。背筋がヒヤリとする。
「あいにくとムーン・ライト・シリーズは私にはまだ早いと父が読むのを禁止しておりますので。ただそれらも良く眠れる、とお聞きしてますけど?それに皆様からは、特に女性からは非常に好評いただいているとはお聞きしておりますわ」
読むのは禁止されている、それは本当だ。しかも読んでいないとは言っていないし、書いていないとも言っていない。私は嘘は言っていないのだ。
とぼけた台詞にちょっぴりあざとさを加えて可愛く微笑んでみる。
ジュリア譲りのきゅんきゅん笑顔だ、のっぺり一重のわたしでは威力は半減以下だろうけど。
「そうですか。男性も後学のため読まれる方も大勢いらっしゃると聞きます。
それで、近頃貴族の間ではモデルがいらっしゃるのではないかとたいそう評判になっております。ムーン・シリーズは……語学文才にたけている高貴な御令嬢と言えば当てはまる人物はあまりおられない。例えばハンナ嬢のご学友でおられるエミリー嬢とか、ね」
「そうなのですか?私は平民ですので貴族の方々のお話はあまり存じ上げないのです」
「エミリー嬢がもしや他国へお出になられるのではと、高位の者や王城に仕える者達は気を揉んでおるでしょう。優秀な人材の国外流出は避けたい。
……テイラー商会の地方出店、それに伴って街道の要所に宿屋の運営を始めたその事実が噂に信憑性を持たせている。ご存知では?」
「まあ、ご親切にいろいろとご教授くださいまして、ありがとうございます。私は平民の、商家の娘でございますゆえ、右も左もわからないことばかりでございます。それにエミリー様の事は私が申し上げる立場ではございませんので言は差し控えさせていただきますし、商いもすべては父の采配によるもの。私が物申す立場ではございません」
「ふふっ、そうか。そういうことにしておいてあげましょう」
馬車に乗り込むと、ハンナは呪うようにブツブツと呟いた。
なんなの何なのナンナノーーー。
平民の私のこと揶揄って。
一体何がしたいの?
おちょくるにも程がある。
ミゲル様は、きっと気づいている、私が前世の記憶持ちだって。
わかってて、揶揄っているなんて、性格がねじれてる。
これだから貴族の男性はーーーー。
一点を見つめ呪文のように小声でぶつぶつ言うハンナにリンクが呆れたように声をかけた。
「記憶持ちを隠してること、突っ込まれなかっただけ良しとしようぜ。隠し切れなかったら、罪に問われるんだぞ」
「そうだけど。ミゲル様が何を考えてるのか、さっぱりわからない」
「しっ、もう少し声を落とせ。お育ちも良く、頭も良い御貴族様の考えなんて、俺ら平民にはわかんないのが当たり前だろ」
「そうだけど……。ああぁぁ、前世の記憶があったって、なろうのラノベみたくチートじゃないんだね、この国は」
「そりゃ、これだけ記憶持ちが生まれるんだからみんながチートだったら大変なことになるだろ?ハンナ様は、チート無双がいいわけ?」
「……俺TUEEEがしたい」
「は???それって煽り?」
「煽ってない」
「じゃあ、からかってるとか」
「まさか」
「ふざけてるってことか」
「違うよ、なんでそう受け止めちゃうの」
「だって俺TUEEEがしたいってさ、そうとしか思えないじゃん」
「馬鹿にしてないよ。純粋に俺TUEEEがしたいの。しかも、したいって思っている時点で俺TUEEEじゃないって事だよね」
「はあ?ハンナ様の思う俺TUEEEってなに?」
「女の子なら私KAWAIIIってことになるんじゃないかなと思ってる。かなりの記憶持ちの私がうっすら薄いのっぺりの顔にも関わらず『私KAWAIII』っていうのが出来たら最強でしょ」
「うっすら薄いのっぺりの顔が好みだっていう男性もいつか現れるさ、気を落とすな、諦めるなって」
「だーかーらー、男性とか恋愛とか求めてないって。それに可愛くなるのは私じゃなくてもいいし。とにかく無双して女性の社会進出したいだけなんだから、恋愛要素はいらない。だけど、KAWAIIIが最強の武器の一つであることは真実」
「……ならさ、今の状況、ちょうどいいんじゃないか?」
「何が?」
「ミゲル様だよ。かなり高位の貴族っぽいじゃん。利用しない手はないって。むこうだって、ハンナ様の話を聞きたいっつってんだからさ」
「ええぇぇぇ?わたし、ミゲル様のこと苦手だって言ってるでしょ?」
リンクの提案に開いた口が閉じられるのは、ようやく夕食の時間になってからだった。




