13.恋愛相談室
トマスとハンナの婚約が結ばれてから、貴族の女子生徒の間でまことしやかにささやかれている話がある。
エミリー様の放課後ティーブレイクは恋愛相談室ーーーーー。
事実を知る者たちにとっては何がなんだか、どうしてそうなったんだという根も歯もない噂だが、女子生徒たちはその噂話を信じているようで、放課後の場所はサロン、エミリーのテーブルをチラチラと気にする女子生徒たちがいる、それも多数。だが高位の貴族令嬢のエミリーに勇気を出して声をかける強者は当たり前だがいないようで、誰もが遠巻きに様子を伺っているだけだ。
チラチラ寄せられる視線がはじめは意味不明だったメンバーもハンナの得た情報でようやっと様子がわかった。だが噂は事実無根、のってもいない恋愛相談だが、エミリーを筆頭にハンナ、セイラ、そして、ジュリアがメンバーだと思われているようだ。そう、ジュリアが加わり仲良くお茶タイムすることで、セイラとトマスの婚約破棄が仕組まれたもので挙句、トマスにアンナという良き条件も好みも適合した婚約者をあてがったといううわさが流れたのだ。アンナも時折お茶会に顔を出すのも噂に余計に拍車がかかる要因だった。
「恋愛相談室とは微妙に、いやだいぶ違うんだけどね」
「トマス様とアンナ様のところだけ切り取ればそれもあながち間違いではないでしょう」
「まあ、そうだけど。でも相談とかじゃなく私達で勝手に進めた話だしね」
「最近は私見知らぬ方からも声をかけられますの。当事者ですし男爵の娘の私が一番気軽に話しかけやすいでしょうね」
そこで四人はジュリアに持ち込まれたと言う相談を聞いた。
初めのころは視線を寄せているだけだったものが、いまではジュリアが一人でいるときにさりげなく近寄ってくる女生徒が出てきたらしい。令嬢たちは自分の婚約者や恋人への不満や冷遇についてちらりとこぼす。女性が冷遇されているというジュリアの話にハンナは溜息を零したが、想いを振り払うかのように首を振るとエミリーに尋ねた。
「これらの話を聞いてエミリー様はどう思われますか?」
「そうね。皆様それぞれ事情があるかと思いますけれども。いまお名前が上がった方たちの中で言えば、ピグス伯爵家のハヌート様とバード伯爵家のカナリー様が婚約破棄そのに、になっても良いのではないかとは思いました」
ジュリアの話によれば、ピグス伯爵家は所謂亭主関白。この国では当たり前のことと言ってしまえばそれまでだが、なかでもピグス伯爵は女性を人間とも思っていないような振る舞いで、それはそれは有名な人物だった。そしてそれは息子にも引き継がれたらしく、婚約者のカナリーはハヌートの傍若無人な態度に辟易していた。カナリーは貴族令嬢としては珍しく強気な発言と勝気な態度の女性で、その為ハヌートとは合えば互いにいがみ合うような関係で。
「そうね。私もそう思います。そのお二方のお話は噂入学前からいろいろとお聞きしてましたし。本当ならカナリー様にお会いして詳しく私もお話を伺ってみたいのですけれど、直接窺うわけにもいかないですし。ジュリア様、お願いしてもよろしいですか?私の方でももっと調べてみますから」
「そうね、秘密裏に、さりげなく、カナリー様とお話ししてみます」
こうして婚約破棄そのに、のターゲットは決まった。後はひたすらリサーチあるのみだ。
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「本日教会にてミゲル様をお見かけしました」
ハンナは今でもセイラとともに訪れる孤児院のほかに定期的に近くの孤児院や教会に顔を出していた。自分が多忙で行けない時はデッチーかデチ子に寄付という名の偵察にいかせている。そのデチ子から報告があった。
「そう。ということはこの週末、私が教会に行っても遭遇する確率は低いわね?」
「通常ならそう思われます」
デチ子こと、デッチー二号は教会でリンクとともにスカウトした記憶持ちだ。スザンナが本来の名前だが、三人でいるときはデチ子とかデチ美とか勝手に呼んでいる。本人が日本人的な名前の方が安心すると幼い時に発してたのを聞いて、リンクと三人でいるときはふざけて呼び合っているのだ。最近ではスザンナと呼ばれることにも慣れたそうだが。
「なら、この週末は教会と孤児院に顔を出すことにするわ。市井の生の声を聞きたいし、子ども達へのエミリーの新作絵本も届けたいし。リンクとスザンナも手伝ってくれる?」
「「もちろん」」
「だけど、どうしてそんなにミゲル様を避けるんだ?」
「どうしてって。んー、あの人を値踏みするような、鋭い?見透かすような視線が苦手で」
「それを言うなら、自分もだろ?」
「同意」
「えー?私はそんなんじゃないよ。ただ、記憶持ちを探してるだけじゃん」
「それを言うんなら、ミゲル様は国から命令されてやってるんだから、鋭い視線も当たり前だろ」
「同意」
「うう、それはそうだけど」
「自分がかなりの記憶持ちってことを隠してるから、心に疾しいことがあるからそう思うんだ」
「同意」
「くぅっ、それは否定できない。だけどさ、セリーナに聞いてもミゲル様がどこのだれかはわからないっていうし」
「そりゃあ、セリーナの兄さんだって、いくら出世頭で王城勤めでも知らないことはあるだろ」
「同意」
「そうだけどさぁ、……それはそうとピグス伯爵家とバード伯爵家、そしてデイジー子爵家について詳細はつかめた?」
「ああ、もちろん、テイラー商会の調査部はいい仕事をする」
「同意」
「そして、やっぱり思った通りだった」
調査部の報告書をリンクは読み上げた。
ハンナは学園に入学する前から貴族たちの情報にある程度は精通していた。だが入学してみると、聞き知っていたものとの差異はもちろんだが生じる。それらは逐一店に報告し、更に調査をし、情報を精査する。商売は情報が大事だ。
ハンナの助言で調査部が設けられ、貴族の人柄や好み、領地の様子や、気候天候まで詰められるものは何だって集めていた。それがいつ、いかなる時に必要になるかはわからない。そして、今回もこれらの情報が役に立つだろう。
「ならエミリー様と相談して新たな脚本を描いてもらいましょう。婚約破棄そのに、をね」




