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やがて出逢うカイブツ

 それまでは、イースクリートの各州の管理を任されていた貴族とその家臣が主に騎士としての教育を受けていた。

 だが、バハル・トルバとの戦争で、その程度の数では一国を守るのは難しいことが判明し、望むのであればと、平民も受け入れられることとなるが、弱いと判断されたものはすぐに、ほっぽり出された。

 というのも、無駄に命を散らさないため。


 あくまでも戦うのは強い人間に限られている。


 それは、バハル・トルバの戦争と、その次のクレモネスとの大戦――今現在冷戦状態であっても変わらない。


 座学の内容は以上のようなものだった。

 この国が戦力を持つにいたった理由。養成所に残れる人間と残れない人間がいること。

 養成所において、強さとは身体的なそれを指すのではなく、メンタル面が重要視された。


 心と体はつながっている。


 心が弱いものは身体も弱い。

 もしくは、心の弱さを隠すために身体が強くなった。

 後者の場合、戦場では使い物にならないと、学者然とした講師は語った。


 その強さはすべて自分の内側に向いている。自分を守るために強くなった者が、周りを守れるか? いや、多くの場合は自己の保身に走り、真っ先に戦場から逃げ出す。


 そういう人間は別に珍しくはないと、ルイは座学で初めて知る。

 それを軍学に置いては「逃亡罪」と位置付けられるそうだが、始めからその者の弱さに気づけなかった訓練師にも非があるので、イースクリートでは「逃亡罪」も存在しないそうだ。


 養成所から一度追い出された者の再入所は許されているが、出されてから二年後という制約が付く。

 チャレンジは二回まで。

 それが、年齢的にも限界な頃合いだろう。


 弱いかどうかが試されるのは実技演習が始まってから。

 学院と同じく、始めの一か月で脱落する者は出た。

 日々、生傷を作る特訓。

 傷を作るだけで、訓練内容が身についているのか自分で判断することは難しかった。


 三か月ほど経つと、筋肉が付いたのが目に見えてわかった。

 木刀を持って、剣の構えなど一通りのことを叩き込まれた。

 学校の勉強も、騎士訓練も順調にこなしていたが、一つだけ、ルイには気になることがあった。


 それは、己の身長の低さだった。


 学院入学式の時からだが、ルイは背が低いほうに属していた。

 学友や、訓練所の仲間の中に、ルイよりも背が低い者はいなかった。

 ルイよりも幼い者はいた。だが、みんなルイより背が高い。

 この身長の低さは弱点にもなるが、身のこなしによっては最強の武器になると言われた。

 その時は、「精進します」と大きな声で返答したものの、実のところ、焦りのようなものを感じていた。


 幼い頃ならば、「そのうち大きくなる!」と言えたが、すでに二十歳だ。

 身長に関しては本人が一番気にしている。

 こっそり身長をこまめに測定していたが、あまり変わらない。


 百六十六センチ――


 昨今の女性は、ファッションと言って、ヒールの高い靴を履くらしい。そうすると身長が高くなる。だから街にはルイよりも背の高い女があふれてるぜ。と、生まれも育ちもイースクリートの学友に言われた。

 ついでにお前もそういう靴履けばいいんじゃないか、とまで言われた。

 その時は笑ってやり過ごしたが、頭の奥がキュッと引き締まった。


 ――余計な世話だ。


 成長痛で訓練がつらいとか、そんなこと言ってみたいと思いながら、ベンチに座って休憩している時だった。


 初めて彼女の存在を耳にしたのは。



 曇りの日が多くなった冬の日のことだ。

 学生は浮足立っていた。

 そろそろ年末、新年がやってくる。

 新年休暇は実家への帰省が許されていた。また、宿舎に残る場合も、教会のほうで新年をみんなで祝おうということで、この時ばかりは、少しの無礼講が許されるそうだ。

 たとえば、肉だ。


 聖職者は肉と言えば、鶏肉しか食べられないのだ。それ以外の肉は禁止されている。それが解禁されるのだ。寮の食堂でも、残っている学生のために特別な御馳走が用意されるという。


 まだ体が完全に出来上がっていない子供を養う孤児院の食事では、栄養摂取を目的として山羊やウサギの肉が振る舞われるそうだが、教会で食せるたんぱく質は案外少ない。


 ルイも、初めての一人暮らしのせいか、実家を恋しく思い、帰省申請を提出していた。

 帰ったら一番に父親から寮生活や学院での成績を問われるだろう。それを考えると気は重いが、それよりも兄と話がしたかった。


 兄のハウエルはすでに父親の補佐役として議会に参加している。

 立派な大人だ。

 ルイより五歳年上なので、二十五歳。誕生日を迎えれば二十六歳になる。そろそろ所帯を持ってもいい頃だと思うのだが、縁談の話が来ているような話は、月に一度の手紙には書かれていなかった。


 あと、ディートタルジェント家の双子も帰省しているようだったら久々に会いたいと思った。

 あちらの学院も全寮制だそうだ。

 養成所へと続く道を歩きながら、ルイは新年の予定をあれこれと考えた。

 いくら父親が厳しかったとはいえ、ここの生活ほどではなかった。


 自由時間といえば、食後の自由時間や、養成所で訓練を受けている時くらいだろうか。

 養成所に付き、脇目も振らず更衣室に行くと、なにやら中が騒がしい。


「マジですごいんだって。なんで養成所にいるんだよってくらい」

「またまた~」


 設置された薪ストーブを囲んで、盛り上がっていたのは、同期の訓練生の三人だった。

 女が三人集まるとなんとか、とはいうが。

 話の中心は、働きながら訓練所に通うナヴだった。


 ナヴは学校を中等部で卒業し、それから一度は働きに出たが、騎士になりたいと、職場と訓練所を往復する日々を送っている。

 養成所もタダではないのだ。


 ナヴはルイの姿を見るやいなや、椅子から立ち上がるが、顔をしかめ、再び椅子へと腰を下ろしてしまった。


「どうした? 腹でも痛いのか?」

「ちげぇよ! 痛いのは足だよ!」


 そう言って、ナヴは自分の足を上げて見せる。

 靴を履いていない、ただの裸足だ。


「靴と靴下を盗まれたなら管理の人に――」

「お前って本当に鈍感だな!」


 ナヴは無駄に声が大きい。


「見せられてもわからないんだから、仕方ないだろ」

 ルイは学院の制服を脱ぎながら言う。「なんだ? 骨折でもしたか?」

「ホント、始めは骨折したかと思ったよ。これでもだいぶ腫れは引いたほうなんだぜ」

「腫れ? 怪我したのか?」

「そっ。例のカイブツ様にお相手願ったらこのザマでございますよ」


 おどけて言うと、他の二人は何回も聞かされているだろうに、再び笑い声を上げる。


「カイブツ様って、午前組の?」


 冷えて固まった革靴をストーブの熱で温め、程よい柔らかさになってから履く。ひざ丈まであるロングブーツだ。


 他の二人は、すでに準備ができたようで、ナヴに「お大事にー」と手を振って、先に訓練場へ。


「カイブツって呼ばれてるから、ホント、同じ職場の上司みたいなババアだと思ってたのによ」

「カイブツはババアじゃ、っと……おばさんじゃないだろ」

「カイブツみたいなババアが職場にいんだよ。足怪我したことで小言いわれるしよぉ」


 ナヴが務めるのは製紙工場だ。ここから大分距離があるが、雨の日も風の日もちゃんと訓練に来る。

 口は悪いが、根は真面目なのだ。

 チュニックの上に、衝撃吸収用の、皮とキルトを合わせた防具を羽織る。


「で、実際そのカイブツはどんな感じだったんだ?」


 ルイはこの時、戦った時の感想を聞いたつもりだったのだが、ナヴは勘違いして外見を語り出す。


「黒くて長い髪で、胸は結構あったと思う」

「そういうことじゃなくて――」


 棚から手袋を取り出して振り向くと、ナヴの首元が目の前にあって、思わず悲鳴を上げそうになった。


「お前より背が高かった!」

「そういうことは聞いてない!」


 身長のことは言うな。「そういうことじゃなくて、戦い方のことを言ってるんだよ。もう騎士レベルなんだろ?」


 騎士レベル。つまり、教官たちと対等に渡り合える、もしくはそれ以上ということだ。


「ああ、それは確実だ。先生たちって、手加減とか、寸止めするじゃん。そういう手心一切なし」


 ナヴはルイから離れると肩をすくめてみせる。


「それで、どんなふうにやられたんだよ?」

「最初は、剣の打ち合いだよ。わざと俺のテンポに合わせてるって感じでさ、(しゃく)にさわったから、一気に横に回り込みながら、脇に叩き込むか、背中を狙おうと思ったんだ」


 ナヴは遠くから徒歩で通っているだけあって脚力がある。脚力がある分、細かい足さばきが可能となる。

 足さばきだけ見れば、今現在、同期生の中で一番だろう。


「それをかわされたのか?」

「かわされただけならわかるぜ。かわしたどころか、横から打ち込もうとした剣を下からすげぇ力で弾き飛ばしてさ、やっべ、剣を手放しちまったって思った時には足を払われてて、後ろに倒れそうになるのを踏ん張ろうとして(ひね)ったんだよ」


 養成所では、剣から手が離れた瞬間負け、と教え込まれている。

 だからナヴは剣が弾き飛ばされるのを防ごうと上方に両腕を掲げた。

 同時に、身体の重心がずれ、後ろに傾く。

 それを前か、後ろからかわからないが、カイブツは低姿勢からの回転蹴りで足を払い、ナヴを完膚なきまでに倒した。


 ケリをつけたのだ。


「『見事な足さばきだったので、思わず本気になってしまった。すまない』ってさ。褒めてないよな。散々持ち上げられて突き落とされた気分」

「高く飛んだものほどなんとやらか」


 装備を確認しながら呟く。


「それでさ、医務室まで付き添ってくれたんだけどさ」


 あー、聞こえない聞こえない。訓練所に向かおうとするルイの肩をナヴはガッチリとつかんで鼻息を荒くする。


「貴族の女って、すげーいい匂いすんのな!」

「知るかぁ!」


 まだ痛みが残るという足を訓練靴の硬い靴底で踏んでやろうと思ったが、それで怪我の治りが遅くなっては悪い。

 ルイは、「貴族の女を紹介してくれ」という懇願(こんがん)を全力で断り、訓練所へ向かう。


 実のところ、ルイも教官のように筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)な女性を思い浮かべていたが、ナヴの話を聞く限り普通の女性らしい。

 それがなんだって、こんな訓練所に、身分を隠してまで通っているのやら?


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