その7 遠い過去を、晴らした今は!
★四季色喝采サニービーツ!
第一話『正義の味方サニービーツ!』
その7 遠い過去を、晴らした今は!
teller:天守 幸雄
◆
――少しだけ遠い、昔の話。
まだ俺が中学生の頃の話。
当時の俺には、恋人が居た。
初恋で、人生初めての彼女だった。
彼女は、とても優しい女の子だった。
淑やかで、だけど誰にでも思いやりを見せて、おとなしそうだけどいつもニコニコしていて、雰囲気が柔らかくて。
長い黒髪が綺麗で、でも少し儚げなところもあって。
俺が守ってやらなくちゃ、なんてまだ幼かった俺は漠然と意気込んでいて。
ずっと一緒に居たいと、俺は本気で願っていた。
――だけど彼女は、優しすぎた。
当時、街で事件が起こった。
悪の組織とは関係の無い、単独犯による連続殺人事件だ。
犯行は無差別だったのか、被害者に共通点はなく、老若男女問わず多くの人が、たった一人の男に殺された。命を奪われた。未来を、奪われた。
だけど、俺の恋人は。
殺人鬼に刃を向けられたその時、対話を試みようとしたそうだ。
何人も殺してきた男と。
今まさに自分に殺意を向けてきた男と。
恋人と殺人鬼が対峙したのは、往来だった。
ここまでは、目撃者の証言もあって、俺でも知っている事実。
二人の対話の内容までは、今も知らないけれど。
そうして、目撃者の一人が警察を呼んだ頃には、恋人と殺人鬼の姿は忽然と消えていて――。
――そして山の中の、花々が美しく咲き誇る草原の上で、二人の遺体が発見された。
俺の恋人と、殺人鬼の遺体が。
二人の死因は、服毒自殺だった。
殺人鬼は遺書をその場に遺していた。
今までの凶行を悔いて、幾度も繰り返された謝罪の言葉で埋め尽くされた遺書を。
俺の恋人も、その場に遺書を遺していた。
家族や、友達や、俺に対する謝罪が一言。
それから、その倍の感謝の言葉が沢山。
遺書の締めくくりにあったのは、己の生きた人生が幸せだったこと。
そして、殺人鬼を憎まないでほしい、ということ。
そんな、遺書にしては前向きな言葉で綴られたものを遺して――彼女は死んだ。
その日初めて会った殺人鬼と一緒に。
心中、だった。
二人の死は、警察の捜査やメディアでは不可解とされていたらしい。
でも、俺にはわかってしまった。
俺の恋人は、とても優しい女の子だった。
危ういくらいに優しすぎて、危ういくらいに善の心で満ち溢れ、危ういくらいに、正しく清廉なままで生きていた人だった。
彼女は、殺人鬼にすら優しさを惜しみなく与えたのだろう。
二人の対話の内容は、誰も詳しくは知らない。
だけど殺人鬼の遺した遺書を見るに、彼女はその優しさで、殺人鬼の心までも救ったのだろう。
殺人鬼にすらどこまでも寄り添い続け、赦しすら与え、共に心中すら選ぶ程の献身を、彼女は尽くした。
それほどに優しすぎる人だった。博愛的な人だった。善良すぎる人だった。
……それは、俺が一番良く知っていた。
後から聞いた話だが――と言っても、俺の記憶の中だとおぼろげな情報だが、その殺人鬼の家庭環境はかなり悪辣なものだったらしい。
誰にも愛されず生きてきて、果てに狂って――だけど最後に俺の恋人と出会って、優しさに触れて。
彼はきっと、救われた。
恋人の死に顔も、殺人鬼の死に顔も、安らかで穏やかなものだった。
二人は寄り添って、眠るように死んでいた。
それはきっと、美しい死だったんだろう。
美しい幕引きだったんだろう。
殺人鬼にとっては、そして俺の恋人にとっては、美しい物語が終わった。
そんな、ある意味では美談なんだろう。
――だけど俺は、受け入れられなかった。
最期まで優しすぎて正しすぎた彼女の結末を、俺は受け入れられなかった。
何故彼女は、殺人鬼と心中なんて最期を選んだのか。
恐らく彼女は寄り添いすぎたんだ、殺人鬼の心に。
対話して、心同士で寄り添って、分かり合って。
きっと誰も知らないところで、彼女と殺人鬼の心は繋がり合ってしまった。
心と心が繋がって、共鳴して――分かり合いすぎた二人は、自分たちの最期に疑問すら浮かばなかったんだろう。
彼女の正しさは殺人鬼を絆し、彼女の優しさは殺人鬼を赦し、彼女の思いやりは、殺人鬼を孤独から、罪悪感から、全てから救った。
でも、正しいとは、なんだろうか。
彼女が亡くなった時、俺はまずそう考えた。
彼女と殺人鬼が分かり合い繋がり合った心とは、どういうものなのだろう。
――俺も。
俺も正しい人間になれば、あの時の彼女の気持ちがわかるのだろうか。
俺も、彼女と同じ視点で世界を見られるのだろうか。
そう、考えて。
俺は、正しい人間であろうとした。
個を捨て、ただただ他者の為に行動して、どこまでも利他的に生きて、自己犠牲でもいいから誰かを助けることを第一に考えて。
どんどん自分の心は凍っていったけど、俺は自分で自分を殺しながら、ひたすら正しくあろうとした。
そういう、時期があった。
心が凍った孤独な冬を、俺はずっと過ごしていた。
本当の、ところは。
博愛に生き優しすぎた彼女が、恋人である俺との未来は望んでくれなかった。
その事実に打ちのめされて死にかけた心を無理やりに誤魔化す為に、俺は迷走していただけで。
そんな中、俺は桜子と出会って、雪解けを知って、色々あった末に二度としないと思っていた恋に性懲りも無く落ちて――そして今は、本当の意味でヒーローを志している。
……そんな話が、あったんだ。
そんな話が、まだ続いていく。
俺が生きている限り、未来は続く。
その未来を守る為に――俺はこれからも戦う。
――今度こそ、優しくかっこいいヒーローとして。
◆
「ただいま、桜子!!」
「おかえりなさい、幸雄さん。お怪我はありませんか?」
「おう! タフさには自信あるからな!」
「ふふ……ご無事で何よりです。今日もお疲れ様でした」
帰宅するなり、桜子が少し背伸びをして俺の頭を撫でてくれる。
少しくすぐったい気持ちになりながらも、俺は桜子をぎゅうと抱き締めた。
自然と、桜子も俺を抱き締め返してくれる。
「……お夕飯できてますから、手洗いうがい、しっかりしてくださいね」
「おう……でも、もうちょい充電……」
「ふふ、どうぞ? ……幸雄さん、あったかいですね」
桜子と抱き締め合う体温は温かく、春のひだまりの暖かさに少し似ていると思った。
気持ちが晴れやかになる。
どきどきと鳴る胸の鼓動が、心地いい。
一度心が凍った俺が桜子とこうして結ばれるまでには、ちょっと色々あって。
その詳細をサニービーツの仲間たちにすら話していないものだから――俺の与り知らぬところで、過去の亡き恋人絡みで全く見当違いの不穏な憶測を立てられていることとか、当の桜子まで俺の亡き恋人絡みで密かに不安を抱えていることとか……未来の俺が知ったら即座に頭を抱えそうなことを、この時の俺はまだ何も知らなくて。
周りが思っているよりもずっと、暗い過去に関してはだいぶ吹っ切れている今の俺は。
晴れやかな未来も、桜子との愛も、全部全部、ただただ全部、愛していた。
――例え未来に少し不穏な何かがあっても、大丈夫。
ヒーローとして、俺はもう何一つとして取りこぼさない。
だって、ヒーローとしての決め台詞通りの生き様に俺は憧れている。
世界も気分も、この心も――。
――晴らして鳴らして、サニービーツ!
……ってな!
◆




