その3 誘い惑わし、はつこい、奪い。
★四季色喝采サニービーツ!
第二話『純情忍ぶ、偲ぶ』
その3 誘い惑わし、はつこい、奪い。
teller:椋鳥
◆
明日夢殿……と名乗った殿方に手を握られて、某は固まっていた。
…………かわいい?
明日夢殿は、某に……『かわいい』、と申された……?
かわいい……かわいい……。
そんな……殿方に、かわいい、などと……い、言われたこと……某には……。
――ふと、敬愛するサニービーツの殿方のことを思い出してみる。
◆~サイン:レッドこと、天守 幸雄殿の場合~
「椋鳥ー!! お疲れさん!! ……しっかしおまえ、身長ちっこいな! メシ食えメシ! 育ち盛りなんだろうし、ほら、大体のことは美味いメシ食えば解決するぞ! ……あ! メシと言えば、そうだ聞いてくれよ! うちの桜子がさ、こないだの夕飯のとき――」
◆
……あの時は、幸雄殿の伴侶である桜子殿への惚気が一時間ほど続いていた……。
確かに桜子殿は優しくお美しい方だ、異論はない……。
他は……。
◆~サイン:イエローこと、栂咲 ひつぎ殿の場合~
「あ、椋鳥ちゃんヤッホー。ちょーど探してたんだよね~。……いやさ、ちょっとさ? 女子の意見を聞きたいって言うか……ほらオレ、さいきん初恋の幼馴染っ娘とビミョーな雰囲気でさ? 進展のためにこう……デートのお誘い的なのしたいんだけど、女の子としてはどういう――」
◆
……ひつぎ殿に想い人がいる話は高頻度で耳にするが……まあ、この時も……某は名も知らぬ女人への惚気が延々と続いていたな……。
他は……我が主の、高留殿は……。
◆~コードネーム:ルーキーこと、道流 高留殿の場合~
「椋鳥さん! 今日の戦闘も凄くかっこよかったです!! 椋鳥さんは素早いし判断も的確だし視野も広いし、憧れます! 僕も椋鳥さんを見習って、立派なヒーローに――」
◆
……高留殿は、ヒーローらしい精神性、向上心があって素晴らしい。
高留殿が大成できるよう、某も見守っていかなければ。
……何の話だったか。ええと……。
◆~サイン:ブルーこと、岩苔 ラブカ殿の場合~
「…………あ? ……あー…………むー…………? ……忍者、おまえ名前なんだっけ………?」
◆
……そもそもラブカ殿には名前を覚えられていなかった。
ラブカ殿の何事にも入れ上げず入れ込まない性格は理解できるが……まあ……うむ……。
とまあ、サニービーツでの会話はこんな調子だった。
サポート担当の大和 ひとみ殿や、幸雄殿の奥様である桜子殿は、有難いことに某のことをとても可愛がってくださるが……。
……と、なると……と、殿方に『かわいい』などと言われたのは……今が……あ、明日夢殿が……はじめて……。
意識すると、全身が火だるまになったかのように熱を帯びてしまう。
某は……それ、がしは……。
「椋鳥ちゃん? ……椋鳥ちゃーん? ……え゛っ、ウソ!? 息してない!? ちょ、大丈夫!? 心臓動いてる!?」
「……し……」
「あ、良かったあ。生きてた……」
「してませぬ……そ、そんな、息なんてできませぬ……心臓も、止まっておりました……」
「……え? それ、なにゆえ今生きてる感じ……?」
「そ、某の家系に代々伝わる、忍者式呼吸術を使わせていただきました……なんとか、黄泉の淵から帰還できました……」
「口説かれてキャパオーバーからの臨死体験してたの?? ウソでしょ??」
「く、くど……っ、な……なりませぬ! そ、そんな甘言に惑わされるなんて、そ、某はなんと破廉恥な! こ、これは未熟者の証……!」
忍失格だ。なんたる不覚。
某は、忍者装束の胸元にぎゅうと片手を押し当てる。
心臓は今や動きすぎてるくらいだ。それはもうばくばくと。
「な、なんたる恥……鍛え直さねば……滝に打たれねば……」
「え、椋鳥ちゃんて日常的に滝行してるの? 何から何まで時代錯誤じゃない?? って言うかさっきのニンジャ式呼吸術だかなんだかといい…………ぷ、くくっ……」
――突然。
明日夢殿が吹き出したかと思うと、身体を震わせながら笑い始めた。
心底可笑しそうに笑われてしまい、羞恥や情けなさで、また某の顔はひどい熱を帯びる。まことに、なんたる不覚。
しかし。
しかし、しばし俯いて噛み殺し切れない笑いを漏らした明日夢殿が顔を上げた時。
某の目を見た時。
――明日夢殿の瞳は、驚くほどの慈愛に満ちていた。
「……キミ、ほんとにかわいいね。面白い子だし、飽きないなあ。……ヤバいなあ、ホントに気に入っちゃった。……欲しいなあ……」
「へ」
また懲りもせず頬を染め、立ち尽くす某の頬を、明日夢殿は妙に妖艶な手つきで、撫ぜて。
「ね、椋鳥ちゃん。セピア・フェルマータにおいでよ。こんなに免疫ないってことは、サニービーツの連中にろくに女の子扱いされてないんでしょ?」
「……え……」
そんな。
そんな、そんな。
某にはサニービーツへの忠誠が全てで、そんな不義理は、死んでも――。
「ボクなら、キミの可愛いところ毎日100個は教えてあげる。可愛いお洋服に甘いお菓子もたくさんプレゼントしてあげる。……キミを世界一幸せなお姫様にしてあげるよ?」
そんな不義理は、そんな裏切りは、死んでも行えない。
答えは決まりきっている、のに。
頬を撫でる明日夢殿の手つきが、優しい気がして。
甘い言葉が、妙に心臓を騒がせて。
知らない感情が、高熱として身体に毒のように回って。
こんなこと、許されないのに。
某は、悪人である明日夢殿を。
某を初めて可愛いと言ってくださった、殿方を。
…………恋い慕い始めていたのだ。
こんな、こんな、呆気なく。
…………まこと、まことに……なんたる、不覚。
◆




