エピローグ
判決は、懲役十年。
求刑十五年に対しては、異例の軽さだった。
自首、場面緘黙の既往、感情の錯綜、突発的な衝動──
裁判は、それらを「酌量すべき事情」として認めた。
俺は、何かを見過ごしているような気がしていた。
なぜ文芸誌にメモ書きが挟まっていたのか。応募作品はなぜ手記に書かれていなかったのか──
《俺のトリックは成立する。絶対に許さない》
デスクの奥にしまっていた手記を、もう一度取り出す。
紙の感触は、なぜか初めて触れたときよりも重く感じられた。
ページをめくる。
目を滑らせながら、ふと思う。
……やはり、どこかがおかしい。
すべての証言が、整いすぎている。
感情の波形が、あまりにも美しすぎる。
まるで、“読まれること”を前提に、設計された物語のように。
──これは、本当に小説なのではないか?
彼は、自らの“トリック”が成立することを証明するために事件を起こした。
俺たちは、そう推理した。
だが──暴かれないままのトリックは、ただの犯罪に過ぎない。
小説には謎も解き手も必要だった。
ふと、彼の小説が頭をよぎる。
被害者の苦悩、加害者の沈黙、刑事の奮闘──
……俺だ。
俺は、刑事として事件を追っていた“つもり”だった。
だが、気づけば俺自身が、物語の中に書き込まれていた。
取調室での彼の目線。
──この手記は、最終的に誰に読ませるつもりだった?
彼が“読ませたかった”相手は……
本当に、俺だったのか?
……俺は、──やつの犯行に加担したのか?
背後で、微かな気配が揺れた。
誰もいない。それは分かっている。
それでも、俺は──
振り返らずにはいられなかった。