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お待たせいたしました
前日からトラブルが多かったと、あの日、イサークが疲れた様子を隠せずにいたのを思い出す。珍しいな、と思ったからよく記憶に残っていて、それでなくてもわたしたちは記憶保護処理機能が自動で働くから忘れることができない。
哨戒任務のため36時間ほど基地から離れていたわたしはそのトラブルの内容を詳しく知ることができなかった。それを、ずっと、後悔している。
2318年12月30日、時刻は22時32分。ちょうど任務から解放された直後だったわたしと[S-5]サマースキル、[W-1]コーデリア、[P-4]テオ、[E-3]フロイライン・ヴァルブルガ、それと[N-9]少年体ナツメの一部隊六人でブリーフィングルームに集まった。緊急救援要請を他基地の部隊から受信した。
わたしたち青年組は別にいいとして、未成年の少年たちは連続60時間以上の勤務は無駄な危険を生む可能性が高くなる。基本的に48時間まで勤務が延長されると、リフレッシュのために二時間ずつの休養を取らせることが基地の決まりになっていた。わたしたちの隊は40時間前から勤務している。テオとナツメ、ヴァルブルガの疲労が心配されたが、他の少年兵たちは休養に入ったばかりの四機を除き、皆別の任務に就いていたため勤務続行となった。
イサークにしては珍しいくらいの切羽詰まった運用だが、それだけトラブルが多かったのだろう。要請内容に少年兵が不必要なら組み込まずにいられただろうが、この時間の緊急出撃ならどちらにせよ身軽で夜目の利く少年体が必須になる。
今回の部隊長はサマースキルになった。この中で任務への適性が高いと判断されたのだ。
「発信元は隣のオレゴン基地。要請が来たのは20分前、ちょうどオレたちが帰還した時刻だ。依頼地点はここから輸送機で移動するとして、最速で60分。正直、間に合うかは五分五分ってところだな。よって、要救助者の保護ないし装備品の回収が主な任務になることが予想される。救援任務はかなり危険なものだ。向かう先はもちろん敵地、今のオレらから言えば戦場ど真ん中。自分の力を過信するのは止せよ。助けに行ったこちらが窮地に陥ることなんかザラにある。そういうときは、まず自分を優先しろ。確実に生き残れる方法をとれ。無理はするな、シビアに判断しろ。迷うくらいなら切り捨てていい。被害を広げないためだ、わかるな」
当たり前のことだが、未成年たちがいるからだろうか、念をおすようにサマースキルはそういった。
全員が頷くのをみて、そのまま言葉を続ける。
「作戦はシンプルに行く。まずツーマンセルを作る。アルファはオレとヴァルブルガ、ブラボーはアルとテオ、チャーリーにコーディとナツメ。バランスを鑑みたペアだ。異論は?ないな。現地到着後目標地点上空からあたりをつけ、三方向を捜索。使用機材は赤外線センサ、熱感センサ、それから電波受信機。それぞれ三台用意した。基本的にオレとアルとコーディが持つ。ヴァルブルガ、テオ、ナツメは偵察に専念してくれ。本来ならこんな危険な真似はせず日中に捜索するんだが……なぜか軍のマニュアルがこうらしい。夜間捜索だ、周囲の警戒は最大限にしろ。第一目標は『全員で帰還すること』だ、忘れるなよ。オレからは以上だ、イサーク」
会議室の隅にいたイサークに視線が投げられると、彼は軽く手を挙げて応えた。
「みんな、疲れているところ申し訳ない。私の不手際であなたたちに残業をさせることになってしまった」
そこでくすくすと笑い声が漏れる。軍人という職業に残業という概念はなかなか面白い。少年兵あがりが大半を占めるレプリカントにとっては、特にそうだ。
「ホワイトカラーみたいでいいじゃねえか、なあ?」
「職務内容は肉体労働もいいとこだが、一般職のようでいいな、『残業』というのは」
サマースキルとわたしがそういうと、コーデリアとナツメが追随するように続ける。
「いつも私たちが疲れないようにシフト考えてくれてありがとう、イサーク。今回のこれはあなたのせいじゃないわ。気にしないで」
「そうですよ。イサークも勤務続きだったでしょう?休ませてあげられなくてごめんね」
「ああ……気遣ってくれてありがとう。あなたたちが無事に帰還できるよう、こちらも全力でサポートするよ」
疲れを表情ににじませるイサークは、任務に出ていた我々と勤務時間が同じくらいに伸びていた。頭脳労働を主とする彼だからこそ、リフレッシュは難しかっただろう。
休憩こそこまめにとっていたらしいが、聞けばコクーンに入れていないという。一度強制シャットダウンされてしまえば気の昂りや思考を続ける脳の暴走も収まっただろうに。
「補助オペレーターには誰が入る予定だ?」
「E-5、マダム・オイゲンだ」
「ん?オイゲン女史だけか?」
メインオペレーターには基本的にイサークが入る。ただ長時間にわたる任務の場合オペレーターが交代することもあるので、補助に最低二人は着くことになっていた。
サマースキルがいぶかしげに眉を顰めたが、たぶん補助が一人だけということが気にかかったんだろう。わたしはその人選に納得した。たしか指揮官補佐や部隊統率に優れた戦略・戦術に長けたステータスを持っていたはずだ。
「そうなんだ。手が空くのが彼女だけでね。あと10分で彼女がコクーンから出てくるから、先にあなたたちには出てもらうことになる」
「そうか……できれば直接ご挨拶したかったんだが」
「ああ、アルベリヒとはすれ違い続きだったんだっけ、ごめんね」
「いや、いい。帰ってきたら会えるだろう」
ここにきて二か月、実はまだ一度も顔を合わせるどころか挨拶すらできていない相手だった。
かつての上官に失礼なことだとは思うが、実際、なかなか顔を合わせるのはスケジュールとして難しいと本人から直接メッセージももらっている。イサークの采配が悪いというわけではなく、どうやら別の役職を彼女は与えられているらしい。それが具体的にどういうものなのかは訊けなかったが、仕事を理由にされてはこちらも引き下がるほかない。なにせこちらのほうが立場は下なのだ。
「あなた方が出発したあとに追加でY-2とK-2に入ってもらう予定でいるよ。こちらは40分後なのであなた方は空の上だが、こちらからの追加情報は常に送るから安心してほしい。ちなみに赤外線偵察機はすでに四機飛ばしてある」
「大判振る舞いだな」
通常であれば二機しか使用されない偵察機を倍数投入とは。それだけ事前情報が少ないのであろうことは先ほどざっと資料に目を通したことで理解できた。
「無理を言っている自覚があるからね、万全を期すよう装備は惜しまないさ。危険な任務だ、絶対にみんなで帰投してくれ。以上」
「では四番倉庫の輸送機に15分後集合。急げ、装備チェックは怠るなよ。任務で使用した備品の補充忘れるな」




