吸血鬼の日常④
二人の喧嘩が終わり、片付けも終わって食事の支度ができた頃、食堂に汗を流したイレーナがやってきた。
「ん? 宮凪が料理をしているのか?」
「エリスは二人の説教で忙しかったみたいだから、流れでなんとなく」
「……すみません。つい白熱してしまって」
テーブルの席に座り、恥ずかしそうに縮こまるエリス。
その横の床で正座させられながらも、肘でお互いに攻撃し合っているベアトリスとネリィを見て、イレーナはすべてを理解したようだった。
「月の料理か?」
「いや、昔からある料理だよ」
味の調節がうまくいったところで、煮込んでいた鍋の火を止め、両助は食卓へ持っていく。
「なにを隠そう、俺の得意料理は肉じゃがだ」
「和食か」
鍋をのぞき込んだイレーナが、予想以上の料理の完成度に驚きを見せる。
「男で肉じゃがを作れるなんて珍しいな」
「月では料理ができる男がもてるんだ。特に肉じゃがみたいなお袋の味を得意とする男はもてる……はずだったんだけど……なぜ、どうして俺はもてなかったのか!」
「まあ、リョースケくんはあんまり格好いい方じゃないよね」
「もう少しお洒落した方がいいんじゃない? なんなら、あたしが教えてあげよっか?」
「え~、一人遊びばっかりなベアトリスが教えてもどうにもならないよ。それより大人なネリィちゃんの恋愛講座の方がためになると思うなぁ」
「ひ、一人遊びってどういう意味?! あたしそんなことしてないし! 絶対、あたしの方がもてる要素のない両助をほんの少しだけ格好よくしてあげられるし!」
「余計なお世話だ。そこの仲よしコンビ」
「「誰が仲よしか!」」
異口同音で唱和するベアトリスとネリィは、誰が見ても仲よしにしか見えなかった。
「まあまあ、みんな仲よく食べましょう。せっかく両助くんが作ってくれたんですから」
エリスの許可が出たところで、ベアトリスとネリィも食卓につく。
他にも付け合わせのおひたしと、白米とみそ汁を食卓に並べたところで、純和風の昼食が完成した。
「おお、ちょうどいいタイミングのようだな。さすがはボクだ。持っている」
匂いに釣られたように、食卓に小春が顔を出す。これで、昨夜ここで歓迎会をした面々が全員集まったことになる。
「小春。ジークリンデは?」
「ドクターはまだドラグーンを調べたいから、食事はいいとのことだ。ああなっては梃子でも動くまい」
「そういえば、エリスに案内してもらったとき、ジークリンデ以外、今ここにいるみんな以外の吸血鬼に会わなかったけど、もしかしてここにいるみんなとジークリンデで基地にいる吸血鬼は全員なのか?」
「あとは女王陛下がいるけど、塔に引きこもってるから、まあ、これで全員って言えば全員だよ」
「ちょっとネリィ! あんたエリスの前でなに言ってるわけ!」
「気にしないでください、ベアトリス。お母さんが引きこもりなのは、悲しいですけど事実ですから」
「事実なのか」
寂しげに微笑むエリスの母親である女王が引きこもりというのも気になったが、両助としてはそれを含めても七人しかいない吸血鬼の少なさの方が気になった。
「もしかして、吸血鬼って七人しか生き残ってないのか? 他の吸血鬼は……」
「生きている。ただ、今はここに姿を見せられないというだけで、吸血鬼自体はもっとたくさんいるから心配するな」
イレーナの返答で少し安心する。もしも七人しかいないと言われたら、どうしようかと思った。
「なあ、ボクは空腹だ。早く食べたいのだが」
両助の心配を余所に、小春が箸を握った状態で催促する。
「ああ、悪い。それじゃあ食べますか。いただきます」
「うむ、いただくとしよう」
「いただきます」
「いっただきまーす! よ~し、たくさん食べるぞ!」
両助に続いてそう言ったのは小春とイレーナ、ネリィで、他の二人は手を組んでもう少し祈りを捧げていた。
このあたりは宗教観の入り交じった月でも見慣れた光景なので、特に驚くようなことではないが、吸血鬼も神を信じているという部分には少し驚きがあった。知れば知るほど、吸血鬼というのは人間と似ている。
それでも――月の学校の級友たちとは違うことを両助の意識させたのは、その直後のことだった。
突然、基地内に響き渡る大音量のサイレン。
「な、なんだ?」
驚いて意味もなく周りをきょろきょろと見回す両助とは違い、吸血鬼たちの行動は素早かった。
椅子を蹴飛ばす勢いでいっせいに立ち上がると、もう食事などには目もくれず、懐やポケットから小さなケースを取り出し、その中に入っていた赤い錠剤だけを口に放り込む。
「エリス、今の警報は? それにそれは?」
「今のはアルカナが出現したことを報せる警報です」
「アルカナが!?」
両助も遅くなったが、慌てて立ち上がる。
「攻めてくるのか? この基地に?」
「はい。でも安心してください。一匹たりともこの基地には近付けさせません。アルカナは全部、わたしたち倒してみせますから」
エリスの言葉に、他の四人が力強く頷いた。
さらにネリィが不安そうにする両助の背後に回り、安心させるように軽く抱きつく。
「そうそう、エリスの言うとおり。ちゃんと血液も接種したから大丈夫だよ」
「血液? もしかしてその錠剤が?」
「今時、グラスに入れて飲むとか、そういう面倒な取り方はしないからね。てっとり早く錠剤にしたものをこうやって接種しちゃうんだよ」
「それに液体のままだと、接種時に無駄にエーテルに変換してしまうからな。生命を維持するだけなら、こちらの方が効率もいい」
ネリィの答えに、イレーナが解説を付け足す。
一見、先程までと同じような会話に思えたが、彼女たちの顔つきは先程までとは違っていた。
少女たちは戦いへ赴く者の顔を、戦士の顔をしていた。
「両助くんはCICに行ってください。ジークもそこへ向かっているはずですから」
「……本当に、大丈夫なんだな?」
「はいっ! すぐに片付けて、それからみんなでご飯にしましょう!」
いつもの笑顔でエリスは約束したあと、彼女もまた戦士の顔になって告げた。
「宮凪両助さん。盟約に従い、あなたはわたしたち吸血鬼が守ります」
アーリンダル空軍ドラグーン部隊。
その肩書きが意味するところを、両助は今まさに知ろうとしていた。




