第9話 鍛冶師ガレン
盾片は、思ったより邪魔だった。
いや、正確には、邪魔になる時と、ならない時の差が大きい。腕の側面に寝かせている間は問題ない。だが、少し角度が変わると、土に引っかかる。根に当たる。落ち葉を巻き込む。
防御部材としては優秀。
移動部材としては迷惑。
つまり、仕事を選ぶタイプである。
《石核ログ》
盾片固定率:18%
可動干渉:軽微
推奨:再固定
再固定。
簡単に言ってくれる。
こちらは腕一本で、剣が抜けず、牙も仮止め、縄も仮装備、盾片も仮装着である。仮、仮、仮。全身が仮設足場みたいになっている。
しかも本体が腕だけ。
安全基準なら即撤去だろう。
私は根の陰から、少しずつ森の外へ出た。目的は湿った土を探すこと。乾きすぎると泥接合が割れる。泥が多すぎると動けない。ちょうどいい土が必要だった。
体を作る前に、まず保湿。
ゴーレムとしての尊厳が低い。
森の先に、開けた場所があった。地面は踏み固められている。何かが何度も通った跡だ。人間の道かもしれない。木こりの足跡より深い跡もある。荷車。たぶん荷車だ。
道。
危険だ。
人間が通る。道具が通る。集団が通る。見つかれば、盗賊の時と同じことになるかもしれない。
だが、道の近くには落とし物もある。
壊れた金具。釘。木片。縄の切れ端。車輪が削った小石。
道は危険だが、素材も落ちる。
現場としては悪くない。
私は道の端へ近づいた。剣を刺し、引く。牙で土を削る。盾片が根に当たらないよう、腕を少し捻る。縄は剣の根元にかけたまま。
その時、金属音が聞こえた。
かん。
かん。
かん。
一定の間隔で、硬いものを硬いもので叩く音。木こりの斧とは違う。もっと短く、重く、熱を持った音だ。地面を伝わる振動も違う。叩かれたものが、ただ割れているのではない。形を変えられている。
私は動きを止めた。
音のする方へ、意識を向ける。
かん。
かん。
かん。
規則的だ。
打つ場所を変えている。強さも変えている。叩いて終わりではない。整えている。曲げている。伸ばしている。たぶん、金属を加工している。
鍛冶。
その言葉が浮かんだ。
鍛冶師。
人間の中でも、道具を作る人間。
つまり、道具を使う生き物の中でも、道具を増やす側。
危険度が高い。
同時に、観察価値も高い。
《対象推定》
発生音:鍛造音
周辺:人間作業場の可能性
推奨:接近注意
接近注意。
撤退ではない。
観察の価値あり、ということだろう。ログもたまには分かっている。いや、単に警告の語彙が少ないだけかもしれない。
私は道の端を進んだ。
やがて、小さな作業小屋が見えた。見えた、というより、熱と音と振動で分かった。小屋の中に炉がある。火がある。鉄がある。水がある。木炭の匂いは分からないが、空気の揺れは分かる。
その前に、一人の男がいた。
大きい。
木こりより太い。盗賊より重い。腕が太く、腰が低く、足場の取り方が安定している。手には槌。片方の手で赤く熱した鉄を掴み、もう片方で叩いている。
かん。
鉄が潰れる。
かん。
形が伸びる。
かん。
曲がりが戻る。
一撃ごとに、目的が違う。
私は完全に止まった。
これは強い。
斧を持った木こりも強かった。縄を使った盗賊も厄介だった。だが、この男は別だ。道具を使うだけではない。道具の形を直している。鉄を、使える形にしている。
私が泥と石で苦労していることを、火と槌でやっている。
ずるい。
かなりずるい。
いや、技術だ。
分かっている。
でもずるい。
男が槌を止めた。
「……そこにいるやつ」
声が飛んできた。
私は動かなかった。
落ち葉もない。根の陰でもない。道の端で、剣の刺さった牙付き盾付き石腕が停止している。隠蔽としては最悪である。今さら石のふりをするには、装備が多すぎる。
「石の腕だな。剣が刺さってる。牙もある。盾の欠片もくっつけてる」
観察が早い。
非常に早い。
男は槌を肩に担ぎ、こちらへ歩いてきた。ゆっくりだ。逃げ道を塞ぐでもなく、攻撃するでもない。ただ、品物を見に来る職人の足取りだった。
品物。
私が。
嫌な予感がする。
《対象解析》
対象:人間
職能推定:鍛冶師
所持:槌/火箸/革前掛け
総合脅威度:C-
C。
出た。
木こりD-、盗賊D、鍛冶師C-。
人間は職業で危険度が変わりすぎる。肉体硬度は低いくせに、道具と技能で跳ね上がる。もう本体ステータスを信用してはいけない。
男は私の前でしゃがんだ。
近い。
近すぎる。
私は牙を少し立てた。剣の先を土に入れ、いつでも引けるようにする。縄は根にかけられない。固定点がない。盾片は側面。正面から槌で叩かれたら、たぶんまた飛ぶ。
男は鼻で笑った。
「警戒はするのか。なら、ただの残骸じゃねえな」
ただの残骸。
その分類は嫌だ。
私は一応、稼働中である。設計はかなり怪しいが、稼働はしている。
男は槌の柄で、私の折れた剣の根元を軽く叩いた。
こん、と音がした。
私は反射的に腕を引いた。
「動くな。見るだけだ」
見るだけ。
盗賊も最初は見るだけみたいな顔をしていた。次に掴んだ。そして抜こうとした。人間の見るだけは信用ならない。
男は私の警戒を気にせず、今度は剣の刃を横から見た。いや、見たのだろう。私は視覚がないので、男の顔の向きと手の位置で判断するしかない。
「刃は立ってる」
お。
褒められたのか。
「だが、芯が死んでる」
死んでいた。
評価の落差が激しい。
刃は立っている。芯が死んでいる。
つまり、部分点はあるが全体は不合格。
現場検査で一番刺さる言い方である。
男は剣の根元を指で叩いた。次に、私の腕の石の組み方を見て、眉を寄せる。
「力の逃げ場がねえ。剣を振る形でも、支える形でもない。お前、これでよく動いてるな」
それは私も思う。
よく動いている。
本当に。
毎回、ログに怒られながら動いている。
「牙も悪くねえが、向きが雑だ。削る時だけ出すつもりか? 考えは分かる。だが固定が甘い。盾も同じだ。受ける面を付けただけじゃ、本体が飛ぶ」
知っている。
昨日飛んだ。
盛大に飛んだ。
防御が移動になった。
かなり困った。
この男、見ただけでそれを言った。
鍛冶師、危険。
いや、重要。
「なんだ、こいつ。自分で組んでるのか?」
男が呟いた。
私は答えられない。
発声器官なし。
便利な時もあるが、こういう時は不便である。説明したい。私はこう見えても、泥の中から剣歩きで出てきて、甲虫から牙を取り、盗賊から縄を学び、狼から盾の必要性を学んだのだ。
かなり苦労している。
外見は変な石腕だが。
男は槌を地面に置き、私の盾片を軽く押した。
盾片がぐらつく。
《石核ログ》
外力を検知
盾片固定率:18% → 15%
警告:接触中
分かっている。
男は私を壊そうとしているのではない。たぶん。たぶんだ。だが、触られると固定率が下がる。今の私は仮設の集合体なので、点検されるだけで部材が緩む。
点検に耐えられない構造。
ひどい。
男は今度、剣の根元を見た。目つきが変わる。
「こっちは妙だな。抜けねえのか」
抜けない。
それは本当に抜けない。
抜かないでほしい。
男は柄を掴まなかった。そこは盗賊と違った。代わりに、剣の根元の石と泥を指で押し、固定の入り方を確かめる。
「剣が刺さってるんじゃねえ。石が剣を抱いてる」
抱いている。
その表現は少し嫌だ。
だが、意味は分かる。剣が腕に刺さっているように見えるが、実際は石と泥が剣の根元を取り込んでいる。だから抜けない。私が剣を持っているのではなく、剣を中心に私が組まれている。
つまり。
武器の方が本体かもしれない。
……いや、それは嫌だ。
私の立場がなくなる。
男は、にやりと笑った。
「面白え」
その笑い方は、木こりの警戒とも、盗賊の欲とも違った。
職人が、変な材料を見つけた時の顔。
非常に危険である。
「お前、魔物か? それとも、武器のなり損ないか?」
どちらでもないと言いたい。
だが、反論材料が弱い。
ログ上はゴーレム。見た目は石腕。構造は剣中心。装備は牙と盾と縄。第三者から見れば、武器のなり損ないと言われても、完全否定は難しい。
悲しい。
男は小屋の方へ戻ると、鉄の棒を一本持ってきた。細く、短く、先が少し曲がっている。熱してはいない。冷えた鉄だ。
それを、私の前に置いた。
「切ってみろ」
え。
切る?
何を。
この鉄棒を?
私が?
私は折れた剣を意識した。剣は泥と土を刺すのに使ってきた。甲虫の継ぎ目にも入れた。だが、鉄を切ったことはない。しかも、男の目の前で。
試験だ。
これは完全に試験だ。
《石核ログ》
課題:鉄棒への切断動作
成功見込み:低
不足:刃角制御/芯/固定力
不足項目が多い。
分かっている。
分かっているが、試すしかない。
私は剣を地面に刺し、鉄棒に刃を当てた。角度を探る。刃は立っている、と男は言った。なら、問題は当て方と支え方だ。腕を引き、剣を鉄へ押し込む。
滑った。
鉄棒が転がる。
男が鼻で笑った。
「ほらな。刃はある。だが切れてねえ。お前が逃がしてる」
私が逃がしている。
鉄が逃げたのではなく、私が力を逃がしている。
私はもう一度試した。今度は盾片を地面側に当て、腕がぶれないようにする。剣の根元に薄石を噛ませ、牙で鉄棒の下の土を少し削って溝を作る。
鉄棒を動かないように置く。
剣を当てる。
引く。
また滑った。
だが、今度は鉄棒に細い傷が入った。
《石核ログ》
切削痕:確認
刃角制御:微小上昇
芯不足:継続
お。
入った。
細い。浅い。傷というより、引っかき跡だ。だが、ゼロではない。ゼロでないなら工程に組める。私の基本である。
男はしゃがみ、鉄棒の傷を見た。
「ふん。まぐれじゃねえな。力は足りねえ。芯もない。だが、刃を殺してはいねえ」
褒めているのか。
貶しているのか。
両方か。
鍛冶師の言葉は、ログより少し温度がある分、刺さり方が複雑である。
男は鉄棒を拾うと、小屋の方へ放った。次に、私の剣を見た。
「お前、その剣を武器だと思ってるか?」
私は答えられない。
思っている、のだろうか。
最初は足場だった。泥から出るための支点。甲虫戦では刃にもなった。だが、今も主な用途は移動だ。武器と呼ぶには、使い方がひどい。
「違うな。今のお前にとって、それは芯だ」
芯。
「剣を振ってるんじゃねえ。剣に体をぶら下げてる。だから刃が逃げる。牙も盾も同じだ。部品は増えてるが、支える筋がない」
支える筋。
私は自分の構成を意識した。
剣。牙。縄。盾片。薄石。泥。小石。
全部、使える。
だが、全部が別々に付いている。
剣は剣。牙は牙。盾は盾。縄は縄。
つながっていない。
だから、力が逃げる。
「まず、芯を考えろ」
男は槌を拾った。
「刃より先に、支える形だ。でなきゃ、どれだけ素材を付けても、ただのゴミ飾りだ」
ゴミ飾り。
かなりひどい。
だが、言い返せない。昨日の盾受けで飛んだ。牙は地面に刺さった。小石を足したら動けなくなった。縄では自分を縛った。実績が強い。悪い意味で。
私は少しだけ、腕を沈めた。
男はそれを見て、また笑った。
「分かるのか。面白えな、お前」
男は小屋の中へ戻りかけて、足を止めた。
「俺はガレンだ。鍛冶屋だ。お前がまた来るなら、今度は岩を切らせる。鉄はまだ早え」
ガレン。
名前。
鍛冶師ガレン。
私はその名を、石核の中に記録した。
《人物記録》
名称:ガレン
職能:鍛冶師
評価:危険/有用
指摘:刃は立っているが、芯が死んでいる
危険/有用。
とても正確だ。
ガレンは小屋へ戻った。こちらを追い払うでもなく、捕まえるでもなく、ただ作業に戻る。かん、と槌音が再び響く。
私はしばらく、その音を聞いていた。
打つ。
整える。
支える。
形を作る。
芯。
今の私に足りないもの。
素材ではない。強い牙でも、硬い盾でも、便利な縄でもない。それらを支える筋道がない。だから全部が仮で、すぐ外れ、すぐ邪魔になる。
私は折れた剣を土に刺した。
今までは、剣を使って体を動かしていた。
これからは、剣を中心に体を組む。
そう考えた瞬間、腕の中で何かが少しだけ定まった気がした。
《第9話リザルト》
遭遇:鍛冶師ガレン
試験:鉄棒への切削
結果:浅い切削痕
新規理解:芯
指摘:刃は立っているが、芯が死んでいる
上昇:刃角制御 微小
未解決:芯の形成/力の逃げ/装備の統合
芯が死んでいる。
ひどい言い方だ。
だが、死んでいるなら直せばいい。
……たぶん。




