第24話 退路を閉じる
盗賊たちは、正面から来なくなった。
それが一番まずかった。
槍で突く。鎖で引く。油で燃やす。そういう攻撃なら、まだ分かる。受ける、逸らす、切る、離す。対応がある。
だが、今度は違う。
道を消している。
硬層道の先には倒木。
村へ戻る細道には盗賊が二人。
水路沿いには石が積まれている。
後ろには落とし穴。
横の茂みには、低く煙が流れている。
煙は火ではない。濡れた葉を燻したものだ。熱は弱い。だが、振動と匂いの情報を乱す。油ほど危険ではないが、位置把握が鈍る。
かなり嫌な使い方である。
《地形解析》
退路:複数封鎖
硬層道:倒木
村側:人間配置
水路側:石積み
視界相当情報:煙で低下
退路を閉じる。
ヴォルグは、私を倒そうとしていない。
動ける場所を減らしている。
剣歩き改は硬層道で速い。だが、硬層道を塞がれると終わる。水路は使える。だが、石で流れを変えられると足場が崩れる。村側へ行けば人間が多い。森側は根と枝で硬殻が引っかかる。
私は、強くなったのではない。
使える条件が増えただけだ。
条件を潰されると、また腕一本に戻る。
これは痛い理解だった。
リッカは村側の細道近くにいた。盗賊の一人が彼女を直接つかんではいない。だが、帰り道を塞いでいる。逃げれば捕まる位置。動かなければ、まだ壊れない位置。
悪い配置だ。
私は破損鎖を引いた。
重い。
持ち運ぶ道具ではない。だが、引きずるなら使える。鎖の先を倒木にかければ、動かせるかもしれない。いや、倒木は太い。今の私では無理だ。
では、水路。
水は力を持っている。
ただし、勝手に広がる。
私は水路側へ向かった。盗賊が石で流れを塞いでいる。水は溜まり、泥が柔らかくなっている。足場としては最悪。だが、流れを外せば、封鎖された道を壊せる。
《石核ログ》
水路:一時堰き止め状態
水圧:上昇
注意:崩壊時、泥流発生
泥流。
嫌な単語だが、使える。
私は鎖の端を、石積みの隙間に引っかけた。鉤棒で輪を押し込み、盾片を水路の縁に当てる。牙で土を削り、石の下を少しずつ抜く。
盗賊が気づいた。
「水路をいじってるぞ!」
「止めろ!」
短槍が来る。
硬殻で受ける。衝撃で固定が緩む。だが、今は防御より水路だ。私は鎖を引いた。石積みが少し動く。水が漏れる。
細い流れ。
まだ弱い。
もう一度、牙で土を削る。
石が傾く。
水が走った。
《石核ログ》
水路封鎖:一部崩壊
流路変化:発生
泥流:小規模
泥水が横へ流れた。
硬層道ではない。綺麗な道でもない。ただ、草と土を押し流し、低い場所へ逃げる流れ。盗賊の置いた小枝と煙草が流される。村側へ続く細道の端も崩れる。
リッカが息を呑んだ。
「沢が濁る……!」
村の沢。
そうか。
この水は、村へ行く。
水路を動かせば、村の水も濁る。私は逃げ道を作っている。だが、人間側から見れば、沢を壊しているようにも見える。
助けているのか、壊しているのか。
分類がまた揺れる。
今は仕方ない。
仕方ない、で済ませると後で問題になる。分かっている。だが、今ここで止まれば、盗賊に解体される。
私は泥水の流れに盾片を入れた。
乗るのではない。
流れの横を滑る。
泥は沈む。だが、水が薄く走っている場所なら、盾片をそりのように使える。剣を深く刺さず、欠け刃を硬い石にかけ、流れに押される分だけ横へ逃がす。
雑な道。
一時的な道。
使ったら壊れる道。
《石核ログ》
仮設流路:使用可能
移動補正:短時間上昇
注意:制御困難
制御困難。
もう知っている。
水が素直だったことは一度もない。
私は泥水の脇を滑るように進んだ。盾片がきしむ。鎖が重い。硬殻が草を弾く。棘はほとんど残っていないので引っかかりは少ない。
棘を失った利点が、こんなところで出た。
喜びにくい。
盗賊の一人が追おうとして、泥に足を取られた。槍列で学んだ通り、人間は足場が崩れると弱い。柔らかい体は、滑ると姿勢を失う。
ヴォルグは追わなかった。
彼は泥水の先を見ている。
「そっちへ行くな。鉱山道がある」
鉱山道。
リッカが顔を上げた。
「だめ。そっちは虫がいる」
虫。
金属を食う虫。
水路の先、倒木と岩の間に、古い道があった。石を積んだ細い通路。人間が昔使っていた道だろう。入り口は半分崩れ、錆びた鉄具が転がっている。
その奥から、音がした。
かち。
かち、かち。
殻と殻が当たるような音。鉄を噛むような音。甲虫に似ているが、もっと多い。小さな音が、奥で重なっている。
《音響記録》
方向:旧鉱山道
音質:殻音/金属咬削音
警告:金属素材への危険
逃げ道を作った。
だが、その先にも危険がある。
非常に現場らしい。
一つ解決すると、次の問題が奥から出てくる。しかも虫の音付きで。
私は旧鉱山道へは入らなかった。入口の手前で横へ逸れる。泥水が作った浅い溝を使い、倒木の下へ潜る。硬殻が当たりそうになるが、体を低くする。盾片を外側へ寝かせる。
抜けた。
盗賊の包囲の外へ。
完全な離脱ではない。リッカもまだ近い。村側も濁った沢に気づくだろう。盗賊も諦めていない。だが、囲みは割れた。
退路は閉じられる。
なら、道を作る。
ただし、作った道は周囲を壊す。
そこまで含めて道だった。
《第24話リザルト》
遭遇:退路封鎖
使用:破損鎖/水路/盾片
新規理解:道は閉じられる
新規機能:仮設流路
副作用:村側の沢が濁る
確認:旧鉱山道の殻音
未解決:リッカの退避/村側の誤認/金属を食う虫
道を作った。
逃げられた。
沢は濁った。
成功と失敗が、同じ水で流れていった。




