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第13話 棘は近づけない

水路の近くは、素材が集まりやすかった。


小枝、小石、落ち葉、木の実の殻、虫の死骸。流れが運び、曲がり角で詰まり、泥に絡んで溜まる。私が自分で歩き回らなくても、向こうから素材が来る。


便利である。


ただし、同時に私の接合泥も流す。


便利な顔をして、財布から小銭を抜いていくタイプの地形だ。水路、信用しすぎてはいけない。


私は波線を刻んだ水路の端で、流れてきた枝を牙で引っかけた。木は柔らかい。削りやすい。縄を巻く溝も作りやすい。仮杭には弱かったが、使い道がないわけではない。


その中に、妙な枝があった。


細い。軽い。だが、表面に硬い突起が並んでいる。


棘だ。


《素材解析》

対象:棘枝

硬度:E

刺突適性:小

接近阻害:中

注意:可動干渉


接近阻害。


私はその言葉で、灰噛み狼を思い出した。


近づかれるとまずい。


甲虫も、狼も、盗賊もそうだった。相手が近づくと、噛まれる。引かれる。剣を掴まれる。縄をかけられる。今の私は、近距離で押し合うには構造が弱い。


なら、近づかせない部材は価値がある。


切る剣。

削る牙。

受ける盾。

止める縄。

流す水。

そして、近づけない棘。


よし。


これは欲しい。


私は棘枝を水路から引き上げた。正確には、牙に引っかけて、盾片で水を逸らしながら、剣の根元へ寄せた。縄を使おうとしたが、濡れると絡みやすいのでやめた。昨日の水路で学んだ。濡れた縄は、便利さより面倒が勝つ。


棘枝は軽かった。


小石のように質量で動けなくなる心配は少ない。硬殻片ほど曲がらないわけでもない。枝なので少ししなる。棘は外向き。敵が近づけば刺さる。


かなり良い。


かなり良い、と思った時ほど危険である。


私はもうその程度の警戒心は覚えていた。


まずは仮装着。


腕の側面、盾片とは逆側に棘枝を当てる。泥を薄く噛ませ、牙で溝を作り、縄片を少しだけかける。強く縛らない。強く固定すると外せなくなる。外せないものは仕様になる。仕様にしていいほど信用できる素材では、まだない。


《石核ログ》

棘枝:仮装着

固定率:24%

接近阻害:小

可動性:E-維持

警告:枝葉への干渉


警告が出た。


枝葉への干渉。


森でそれはかなりまずいのでは。


だが、今の場所は水路脇で、周囲に枝は少ない。試験には向いている。私は棘を外側に向け、腕を少し回した。棘枝は軽い。牙ほど地面に刺さらない。盾片ほど重くない。


悪くない。


近くにあった小枝を引き寄せ、棘に当てる。


引っかかった。


軽く押すと、枝の表面に傷がつく。深くはない。だが、触れた相手を止めるには十分だ。刺して倒す武器ではない。近づいたものを嫌がらせる部材。


嫌がらせ。


地味だが強い。


現場でも、侵入防止の柵は敵を倒さない。近づきにくくする。それで十分な仕事をする。


私は棘枝を腕の上側へ少し移した。


肩。


……肩?


私は自分の構造を確認した。


腕しかない。


肩はない。


だが、剣の根元より少し上、盾片と牙が干渉しない場所を、便宜上「肩」と呼ぶことにした。自分の体なのに便宜上で部位を作るのはどうなのか。かなり怪しい。


だが、名称がないと施工位置を管理できない。


《石核ログ》

部位仮称:肩部

棘枝装着位置:肩部側面


肩部。


できた。


部品を付けるために、身体部位が生えた。


順番がおかしい。


普通は肩があって、そこに装備を付ける。私は装備を付けるために肩という概念を作った。かなり強引である。だが、ログが受理した。なら仕様である。


棘枝を肩部に移すと、思ったより収まりがよかった。


牙は下側から出す。盾片は支持板。縄は剣基部。棘は外側。役割が分かれる。部材同士の干渉も少ない。これなら、近づく相手の顔や手に刺さるかもしれない。


ちょうどその時、茂みの奥から小さな振動が来た。


また何かが来る。


最近、実験するとすぐ実戦になる。


この谷、試験環境としては優秀すぎる。もう少し安全な模擬試験を用意してほしい。ないか。ないな。現場だからな。


《対象解析》

接近対象:小型獣

脅威度:E

行動:接近中


小型獣。


灰噛み狼ほどではない。だが、近づかれると困る。今の私は棘の試験中である。ちょうどいい相手、と言っていいのかは分からない。相手からすれば迷惑だろう。


茂みから出てきたのは、丸い獣だった。


兎に似ている。だが、口元に小さな牙がある。目が赤い。体は小さいが、動きは速い。草を食べる顔ではない。こちらを餌か石か、どちらかとして見ている。


どちらでも困る。


私は落ち葉の上で動かず、棘側を前に向けた。剣は地面に刺す。盾片は下で支える。牙は出さない。今回は棘の試験である。


小型獣は鼻をひくつかせ、こちらへ近づいた。


一歩。


二歩。


近い。


かなり近い。


今までなら、この距離で噛みつかれていた。私は反射的に牙を出したくなったが、我慢した。棘の効果を見る。実験は一条件ずつ。現場試験の基本である。


小型獣が飛びかかった。


棘に触れた。


びくっと体が跳ね、小型獣は空中で変な動きをした。口が私に届く前に、棘が鼻先に当たったらしい。深くは刺さっていない。だが、嫌だったのだろう。着地と同時に後ろへ跳ねた。


成功。


近づけなかった。


《石核ログ》

接近阻害:成功

敵攻撃:中断

棘枝固定率:24% → 21%


下がっている。


やはり使うと緩む。


だが、効果はある。私に接触する前に止めた。これは大きい。相手を倒していないのに、被害を防いだ。盾より軽く、縄より即効性があり、牙より受け身で使える。


棘、良い。


かなり良い。


小型獣は怒ったように唸った。もう一度近づいてくる。だが、今度は正面から来ない。横へ回る。棘がある方を避けて、盾片の方へ回り込もうとしている。


賢い。


小さいくせに、対策が早い。


私は腕を回して棘側を向けようとした。剣を支点に、盾片で地面を押し、体を回す。だが、棘枝が近くの低い枝に引っかかった。


がつん。


止まった。


動けない。


小型獣は横へ回る。


私は回れない。


原因は、棘。


棘が敵を近づけない。


同時に、私を枝から離れられなくしている。


《石核ログ》

可動阻害:発生

原因:棘枝が周辺枝に干渉

可動性:E- → F


来た。


予想通りだが、来た。


警告は正しかった。枝葉への干渉。森で棘を外向きに付けると、敵だけでなく周囲にも刺さる。つまり、森そのものが私の敵になる。


いや、敵ではない。


私が勝手に引っかかっている。


冷静に考えると、完全にこちらの施工ミスである。


小型獣が横から来た。


私は棘を外そうとした。外れない。こういう時だけ固定率21%が妙に仕事をする。敵を止めるには緩むのに、外したい時には外れない。素材というのは性格が悪い。


小型獣が牙を開く。


まずい。


私は棘を引っ張るのを諦め、逆に枝ごと使うことにした。


棘が引っかかっている低枝。これは固定点だ。なら、縄と同じように使える。私は剣を地面に刺し、引っかかった棘を支点にして腕を横へ引いた。


低枝がしなった。


棘枝の固定が軋む。


小型獣が飛びかかる。


私は棘に引っかかった枝を支点に、体を斜めにずらした。小型獣の牙が空を切る。勢い余って、さっき私がいた場所へ突っ込む。


そこには、棘枝の反対側があった。


小型獣の頬に棘が当たる。


今度は深く刺さった。


小型獣が悲鳴を上げ、転がる。すぐに起き上がったが、もう近づいてこなかった。鼻と頬に棘傷。牙は無事。命に関わるほどではないが、嫌な相手だと判断したのだろう。


小型獣は森の奥へ逃げた。


追わない。


追えない。


棘がまだ枝に引っかかっているからである。


勝ったのに動けない。


この勝利、かなり恥ずかしい。


《戦闘結果》

小型獣:退避

接近阻害:有効

棘枝:周辺枝に固定中

推奨:解除作業


推奨されなくても解除したい。


私は慎重に棘を外した。牙で低枝を少し削る。棘の角度を寝かせる。盾片を地面に押し当て、腕を少し浮かせる。ゆっくり引く。


外れた。


棘枝の根元が少し割れている。固定も緩んだ。だが、素材としては残った。


私はその場で、棘枝の位置を変えた。


外向きに広げすぎると枝に引っかかる。だが、寝かせすぎると接近阻害にならない。必要な時だけ立つ形にしたい。


牙と同じだ。


通常時は寝かせる。

敵が来たら起こす。

狭い場所では畳む。


棘を固定する泥の量を減らし、縄片で軽く支える。強く縛らない。腕を捻れば、棘が少し立つ。戻せば寝る。


簡易展開式。


かなり雑だが、前よりはましだ。


《石核ログ》

棘枝:再配置

通常角度:低

展開角度:中

接近阻害:小〜中

可動干渉:低下

新規理解:棘は畳む


棘は畳む。


いい。


これはかなり大事だ。


常に強い形ではなく、必要な時に強い形。牙も盾も縄も同じだった。装備は出しっぱなしにすると邪魔になる。使う時だけ出す。使わない時は動きを邪魔しない場所へ逃がす。


武器は、持つだけではだめだ。


しまい方まで含めて武器である。


私は棘枝を畳んだまま、硬層道へ戻った。途中で何度か枝に当たりそうになったが、角度を変えれば通れる。完全ではない。だが、さっきのように即停止はしない。


改善。


小さいが、確かに改善である。


私は水路の近くに戻り、棘枝の根元を少し湿らせた。乾くと割れる。濡れすぎると泥が流れる。ほどほど。ほどほどが難しい。泥と水と木と石、全部が自分勝手である。


だが、使える。


棘は敵を遠ざける。


同時に、周囲にも引っかかる。


なら、広い場所では立てる。狭い場所では畳む。森では低く、開けた場所では高く。戦闘前に展開。移動中は収納。


これも手順だ。


人間の木こりが斧を持ち替えたように。ガレンが槌を打つ角度を変えたように。私も装備の状態を切り替える。


少しずつ、ただ部品を付けているだけではなくなってきた。


……気がする。


外見はさらに怪しくなったが。


剣が刺さり、牙があり、盾片が付き、縄がかかり、棘まで生えた石腕。


魔物というより、道具置き場の事故である。


《第13話リザルト》


取得素材:棘枝

新規機能:接近阻害

戦闘結果:小型獣を退避させた

失敗:枝への引っかかりで可動性低下

新規理解:棘は畳む

部位仮称:肩部

未解決:展開機構/棘枝の耐久/森での可動干渉


棘は強い。


でも、枝にも強い。


敵だけ止めてほしい。


そこまで気が利かないのが、棘である。

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