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七章 論理からやり直す


 当たり前の話ではあるが、男親にとって娘と言うのは扱いが難しい存在だ。

 息子とは違い距離感がどう言う物なのかを理解出来ないで地雷を踏む事もざらにあるだろう。

 もっともそれを男だからと言うのか、ただ親として無神経なのかは知らないが、そういう意味では公爵は踏まない方の人間ではあった。


 だが人は論理の獣じゃなくて感情の獣だ。

 地雷など一秒前になくても、次の瞬間には設置されている。


「父様申し訳ありませんが、そういった状況ではありません」


 一週間ほど室内に引き籠っていた娘に久しぶりに会話した際に、目に隈まで作って体幹が揺らいでいた彼女に大丈夫かと問いかけた時の反応だ。

 「そうか」と厳めしい顔で反応したが、オウゼンが馬車に出た時以来の衝撃を彼は受けていた。

 彼女がそんな状態になった理由のほぼ十割は公爵からの頼みから来るものではあるのだが、今まで娘にこのような事を言われた事のない彼は動揺で悲鳴を上げそうな感情を必死に飲み込んでいる最中だ。


「無理はするな。体を壊しては進行が遅くなる」


 そんな中で不器用ながらに娘を心配した台詞だが、頭に「不器用」がついているように彼女からすれば、進行が遅いと言われているようにしか聞えないない言葉である。

 実際聞いた彼女もそうは思ったが、それよりも彼女の大嫌いな男が資料として回収した騎士法に関しては、ある程度の体系化が完成してしまった状態では体調如きで止められない状況なのだ。


 間違いなく騎士法は賢者の語りと森人の行動に類似性がある。

 そしてある程度であるが、その二つと騎士法を照合し本当の意味での必要な行動と言葉の詳細が理解できてしまったのだ。

 その中で確定した事実ではあるが、森の人の行動の本質は賢者の言葉に限りなく近い性質を持った言葉の振動を使った詠唱法とも言えるものだ。


 そして賢者の言葉とはその言語に対する振動による法則である事実だ。

 まさかの概念としては同じ代物であるという事に、現象論弁官として覚えてきたすべてがひっくり返される事実は、公開までに少し時間を必要とするだろうと確信している。


 なにせ今まで覚えてきた全ての詠唱や理論がある意味では全部台無しになるのだ。

 現状の知識ですら四百文字の言葉を使い火を起こす代物を、呼吸の仕方一つで発動できると知ったら正直首を括りたくなる。

 今までのそれは何なのだと言う。


 だが普通は気付く筈がないのだ。家伝である騎士の技術を回収して、並べて初めて共通項を発見できるレベルである。

 そしてこの家伝と言うよりもこう言いかえた方が良いだろう既得権益を人に教える奴がいるなら知恵の足りない大馬鹿者だ。そういった現状が今の現象論弁術の停滞を意味していたが、それを見ただけで覚える有り得ない奴がいて成立した代物だ。


 賢者の言葉は呼吸法の言葉にしているだけであり、森の人の行動は体を動かす際の無意識の呼吸によるものである事実がすでに解明されてしまった。

 目の前で広がる世界は学問に手を出した彼女には毒にも似た中毒性を持ってしまっている。

 手を出せば出すだけ、彼女の世界は色を増し、世界の未知が解明されていく。それは彼女が歪む理由になったものであり、強烈な自己承認欲求の暴走を止める理由にはならない。


 彼女は間違いなく歴史に名を刻む事になるのだ。

 その公爵が連れてきた子供が引き起こした彼女の歪みは、子煩悩である彼であったとしても止められるものではない。

 

 ただ自分の欲望に塗れた彼女の眼は父の言葉を聞いて、よりいっそう冷たくなりながら公爵の貫いて、「父様の言う通りですね」と言葉を出す事に成功したが、仮眠をとるだけで彼女はまた研究に向かってしまった。


 娘のそんな態度に崩れない表情のまま、どこかに足を向ける彼の姿を公爵夫人が確認している。


「娘が反抗期になったのだ」

「いえ、それを私に言われても困るのですが」


 そんな公爵が向かった先には、鍛錬中のオーゼンの所である。

 困惑しながらも鍛錬を止めない彼だが根本的に相談する相手を間違っている。だが公爵と言う立場が下手な弱みなど他社に見せられる訳もなく、共犯者であるオーゼンにしか吐露できなかったのである。


 しかしそんな事を言われても、人の気持ちが分からない彼に相談すること自体が無意味ではある。

 だが恩義のある公爵の相談に困りながらも、彼なりに考えた言葉を公爵に伝えた。


「一応ですが多分お嬢様は、反抗期でも何でもないとは思いますよ」

「貴様に娘何が分かると言うのだ」


 相談してこれは理不尽が過ぎるが、公爵の感情いなんて無視してさらに言葉を繋げた。


「お嬢様には興味など一切ないですが、目的がある人を簡単には止められません」


 かなり追い詰められている公爵の親馬鹿な様に、たかが娘なんでそんなにも執着するのか分からないオーゼンだが、彼が言えば相応以上の説得力はある。

 その言葉に本来言いたかった言葉は飲み込める程度には配慮が出来るようになったが、それでも目的と言う単語に対する説得力はこの世界で彼の右出る物は多分まだ居ない。


「あなたも目的の為に手段を選ばない人なんですから、血と言うのは濃いものだとは思います」


 リップサービスと言われればそうなのだが、配慮は出来ても嘘は言えない人間の言葉に裏は必要ない。

 まさにあなたそっくりなんだからと言っているだけだが、顔は夫人に似ている娘であるが、目的に対する方向性に対する執着は父親譲りなのだ。

 だが公爵は不服そうであった。


「だったらお前の家族はどうなのだ。血が濃いと言うのなら、お前の親はよっぽどの気狂いだ」

「一応ですが両親の記憶はありますよ。

 母の記憶はありますがただの娼婦ですし、私が捨てられる前には死んでいました。正確には私が捨てられると決まった時に心中しようとして失敗したが正解ですが」


 当たり前の話だが妾腹の子供に用意されているスタートラインなんてのは、辺りで所かまわず女を抱く男の精神と大体反比例しているものだ。

 だが生憎とそれはよくある事でしかない。

 生みの親から殺されそうになると言う事すらよくあるのだ。そんな事で心が患えるほど繊細な生き方を彼はしていない。


 だが聞いている側は別である。

 苦虫をかみつぶしたような顔の公爵は、そのよくある事を許容できない側の人間だ。


「いつも思うのだがお前の聞いた側が困る類の会話は、わざとやっているのか」

「そのような事はないのですが、一応隠しておいた心中されそうになって返り討ちにした方は一応自重したんですが」


 サラっというには、耳を疑うレベルの内容を彼は次々に放り込む。


「自重はしてないだろう。今お前がなんてことないように語ったものは、人生の悲劇の中では上位の一つだぞ」

「だから失敗してと言葉を濁したじゃないですか」

「それは濁していない。誤魔化したと普通は言うんだ」


 そう言う物なんですかと相槌を打つが、本当に彼は親と言うものにさほどの興味を抱いていない。

 まだ意思が明確でない段階ですら、彼はそういう事が出来る人種なのだ。


「人生の中でも酷い傷になり痛みに苦しみ続ける者の方が多いのに」

「そのような物ですか、私にはトンと理解できませんね。私としては体は動かせるのだから、傷ついたままでも何か出来るでしょうに、そういう人間は起きた悲劇に自己陶酔しているだけの卑怯者だと言っているだけにしか聞えないのですよ」


 動かない理由はいくらでもあげられる。

 それこそ山を積む様にいくらでもだ。だがオーゼンは停止を止めた人間であるのだから、そう言った人間を一切合切何もしないナルシストにしか見えはしない。


「痛烈だな」


 あちらも理解できないが、こちらも理解できない。接点無き直線のままですれ違い続けるだろう価値観の不衝突だが公爵としてはオーゼンの行動と思考の中に確かにそれはないと納得してしまう。

 そうだからこそ彼は竜騎士であると彼は思ったからだ。

 だがこういう事実を聞くと、少しばかりこれからの話題が言いづらいとも彼は思った。


「お前のように心がアレな人間の方が珍しいと言うのに、心の弱い者の気持ちも考えろ」

「そういう時に耳障りの良い言葉がありますよ。価値観は人それぞれと言う、最も人の価値観を見下した言葉がね」


 どえらい暴言だがまともでない奴の価値観なんてこんなものだ。

 ニヒリストでも気取っているのかは分からないが、もっと単純な理由として彼は、弱い事を許さない。

 正しくは弱さに甘んじて、弱さを振りかざして正当化することを認めない。


 そういう人間自体を見下していると言ってもさほど変わりは無いだろう。


「お前と五年以上いて今更ながらに一つ分かった事がある」


 そんな彼の内面の暴力性はともかく、公爵は少しだけだが人間染みた彼の仕草に嬉しそうに鼻を鳴らす。

 公爵の行動に少し目を丸くする彼に向かってゆっくりと指差しながら、人でなしを人間扱いするように呆れながら笑った。


「お前はとても性格が悪いんだな」

「よくはないでしょうけど、そう直接的に言われると傷つきますよ」

「嘘をつけ、その程度の事で心が傷付けるほどお前が真っ当な人間か」


 確かにと頷く。

 自分が真っ当で無い事を自覚している事に公爵は呆れるが、こうでなければ彼を引き取りなどしなかったのだ。

 だがそれでも人間であるのだと理解している公爵は、自分の願望が生み出した歪な存在である彼を見て、抱いてはいけない筈の後悔を感じてしまう。


 だが彼はああにしかなれない人間であり、公爵もまた自覚しながらも変えられない人間だった。


 どうあがいても度し難い生き方をしていると自分でも分かっていながら、やめようとは考えないが何年も期待をかけながら過ごせば情の一つも出来てしまうものだが。

 竜騎士ではなく人として生きて欲しい等と言う彼にとっては裏切りのような些末な感情が芽生えてしまう事もある。


 それでも二人は変えられない。

 変われもしないから、軽口を叩きながらも自分達が後戻りが出来ない人間である事を再確認している。

 しかし公爵がこんな事を考える理由が出来たのも、ある事実が彼の耳に入ってきたからであるのもまた事実だ。


 本日娘との楽しい会話の前に一つの手紙が届いた。


 不躾ではあるし、本当に今更の手紙ではあったが、人としての感情が夢と現実の間で揺れ動く事だってある。

 なにせどうあっても彼は人間である事を辞める事は出来ないし、辞められる様なものでもない。


 だが人間は感情があって成立する獣の総称だ。

 そこを歪めてしまっては彼ら醜態が茶番になる程度には重いものである。


 なにせその感情が彼らを作り、彼等である証明行為であるからだ。

 その感情の部分に訴えかけるお題目としては、その手紙は中々に優秀であった。


「で、今更なお話をしたのは、何か私の状況に変わりが起きたという事でしょうか」

「ああ、今朝だがお前の実家から引き取りたいと連絡があったのだ」


 その時流石に珍しく、本当に珍しく、竜騎士以外の話題で彼が本当に驚いて見せた。

 「へぇ」とどう表現するべきか悩むが、間違いなく人としての感情がその一言に吐き出され、公爵もどうしたものかと口に出す言葉を選んいる。


「それはちょっと、いえ相当予想外ではあるのですが」

「だが彼等とて恥と言う名の概念ぐらいは知っている。いや知らぬものなど人の中にはいない、ましては面子で生きる我らとなれば相応に」


 その面子を汚さなくてはいけない程度の事は起きたという事なのだろう。

 公爵は彼らの恥辱を解釈できる程度には懐が広い人物だ。

 だがそんな解釈も生憎と意味がないのだ。手渡された手紙を見ての感想は、相応の意味があるものではあった。


「今知ったのですが、私の家名はアルテバと言うらしいですね」

「法衣の中ではそこそこには名の通った家ではあるな」

「ですがありきたりですが、どうやら私には兄が二人いたようですが全滅してますね」


 彼からすればいきなり知らない身内が死んだと言う報告だけされたのだから当然だが、それにしたって感想が全滅は酷いとは思うが、彼はそもそもこういう奴である。

 肉親の情などと言う感情は、あちらにもこちらにもありはしない。そのようなものがあるならば、生憎と彼はこうはなっていないし、あちらも困ってはいないだろう。


 だから重要なのはそちらではなく、これがもたらす利点だけである。


「で、私はどちらにした方が良いのでしょうか」

「そもそもだがお前が選ぶことで、私が選ぶことではないのだが」

「先程ですが母親の話を聞いていたでしょう。私にとって必要な事なんて血縁には存在しないんですよ」


 そう言うと思ってはいたが、改めて聞いても本当に他人事の様に身内の事を言うと公爵は思う。

 自分の環境を人の所為にしないだけ人としてマシだが、自分と彼のもっとも大きな違いはきっとここなのだろうとは思うが、そんな人間らしい事を言えるほどこの公爵はそこまで人が出来ていない。


 正直に言えばこういう事も分かっていた。

 分かっていながら、彼が持ちうる欠片の人間性の存在を確認したかっただけに過ぎない。

 言っては悪いが、ここまで自分で作り上げた傑作が駄作に落とされては流石に彼とて困る。


 刀工の様な心持と言うか、いやもっとおどろどろしい感情の渦ではあるが、娘には見せられないような喜悦を顔に彫刻の用に刻み付けながら彼は手を叩いた。


「なに降って湧いた幸運だ利用するに決まっている」


 何度も言っている事だが公爵は普通の感性を持ち合わせている。

 だがオーゼンと同じ程度にはまともではない。

 オーゼンもそうであるが公爵とて、目的の為なら手段を選ぶ人種ではなく、彼が竜騎士になるうえで最も高い壁の一つを壊す方法としては真っ当なものが一つできたのだ。


 ならば十全に利用させてもらうのが、彼等としては最も妥当な方法だ。


「お前の母親がされた事と同じことをしてやればいい。利用して捨てる、ただそれだけで事足りる話であろう」


 だからこんな事が思いつくのだ。

 最低である。愚劣でもある。もっと言うなら人でなしの所業だ。

 二人はその事を知りながらも表情を変えないどころか笑っている。


 餌をもらう鯉の様な気味悪さを周りに人がいたなら感じただろうが、二人でなければこんな発想を肯定してしまう事なんてない。


「継ぐ必要もない。ただ認めさせて消せばいい。破滅の手前に垂らされた縄が、蜘蛛の糸であった事など人間の世界にはありはしないのだと教えてやれ」


 人の顔と言うのはいくつもある訳じゃない。

 一つの中にいくつも混ざっていると言うのが正しいのだ。

 だから公爵はこんな顔が出来る。


 娘を心配した父親として、そして同じ顔で家族を殺せと指示を出せる。

 なぜならば公爵にとって貴族である事は都合がいいが、家という重しは邪魔でしかない。両方の利益を取るのなら一つ邪魔が出来てしまった。


 そしてそれはどうせ没落するのだから、青い血が流れていると言う証明以上は必要ない。

 必要ないものを切り捨てて、本来であるなら人生の一生の傷をもう一つ増やせと言う。


 家族と言うものに愛情を持ち、大切だと思う感性で人は人を殺せるのだ。

 仮面でもなくただ一つの表情で、人はここまで冷徹にもなれれば優しくもなれると証明している。

 そんな下劣極まる言動をオーゼンは受け止めて、さも当然の様に笑うのだ。


「分かりました」


 何故ならば自分の目的に必要でそれ以上に存在が邪魔だから。

 疾くと殺して見せましょうと、なぜならばここまでしなければ彼は竜に乗れなかったのだ。


 竜に乗れるのならば、それが彼にとっては必要な犠牲以上ではなく、感情が動かされるほどには重要な問題ではなかったと言う証明であった。


 これから三か月後に法衣の貴族に盗賊の襲撃があり、竜騎士を目指していた孤児の一人以外、アルテバと言う貴族はその系譜の一切が断絶する事になる。また孤児であった子供が王に家名以外の全てを返上したた為、初代の賢国王の時代から名前が残っていた貴族は家名以外の権力を消失させた。


 アルテバと言う貴族を襲撃した盗賊こそがオーゼンである事など、もはや説明するだけ無駄な事であろうが、これを機に彼が竜に乗る本当の意味での壁が取り払われたのは間違いない。

 後の世に円錐の時代と呼ばれる始まりの裏の部分、いや正確には必要だがどうでもいい部分、それは血の繋がった家族を必要で邪魔だから処理する事から始まったのは明確な事実として歴史に残る事になる。


 だがそれを人が知るのは三世紀後のお嬢様の手記が発見された時であり、その時代で知らされた事実と彼の物語の中では全く不要な歴史の発露ではある。

 その頃に知られている彼なんていうのは、そりゃこいつならそれぐらいやってると言う。

 あまりにも正確な歴史の判断がされてしまうのだから、世の中とはいや歴史とは存外正確に伝わるものだと笑えてしまうほど彼の評価は妥当であった。

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