↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

十章 奉竜祭 後編

 誰もが彼の勝利を疑わなかった中で、ただ当人だけは溜息を吐いた。


 快晴だと言うのに昨日までの雨の所為なのか湿気が酷い。

 どこか纏わりつく様な重さは、彼としても少しばかり鬱陶しいと思ってしまう程だった。

 彼の人生の集大成ともいえる舞台を前にして、浮かれる事も出来ずにそんな事すら過敏になるほど彼は神経を集中させていた。


 簡単な話ではあるが、彼は確かに人間性を捨て去るような行為を行ったが、所詮は身勝手過ぎる人間でしかない。

 だからこそ彼の人間らしい感情が発露する場所は、ここを置いてほかはないのだ。


 竜に憧れたわけではなく、空に憧れた男が唯一人間になれる場所。

 その切っ掛けとなった執着の始発点にこそ、普段一切しない感情の全てが濁流の様に溢れ出すのは当然の事だ。

 竜に乗れるだけで浮かれた男だ。

 分かりやすく顔を青くさせながら震えており、物音一つ一つに怯えている様に過敏に反応している。


 お嬢様辺りがいれば、間違いなく誰だこいつと大爆笑しただろうし、公爵がいれば成程とある意味で納得しただろうが、生憎と話しかける相手はいない。

 現在の彼の扱いはあくまで、竜騎士の祭典に実力も無くコネで入ってきた公爵の愛人扱いである。


 冷静に考えれば、竜の頂点であったアバラ公爵家が、無理矢理に捻じ込むには相当な理由がある筈だが、彼の姿がそれを否定させるに足る理由がある。

 あからさまに利き腕はなく、片方の腕の指は三本しかない。さらに足も不自由なのか杖を突いて足を引きずっている。


 なぜこんな奴をと誰もが思うのは当然だ。

 ここまでの欠損は既に飛行不可能と言っても良い状態である。ただの自殺に近い所業であるのは、この時代どころか、後に到るまで彼以外ではなされる様な事ではなかった。

 簡単に飛び越せるなら、抱えた問題を障害などと言わない。相応の技術と道具があって初めて乗り越えられる程度には抱えた物の重さは体を縛る。


 そう言った冷たい視線もまた、普段の彼なら興味も無い物だが気にしてしまう。

 彼に生涯付き合うために選ばれた竜からしても、空飛ぶ豚と呼ばれても不思議ではないし、そもそも大きさの違いから竜であっても種類が違う扱いを受ける。

 殆ど競走馬とばん馬程度の差があると考えれば、オーゼンの竜と彼らの竜の差がどれほど違うか分かりやすいだろう。


 まして貴族にしか許されない竜に、バーガンデリウ等と名付ける辺りも癇に障る。

 全方位に喧嘩を売っているような態度を通しているようにも周りには見えるだろう。

 だがそれは家ごとにある竜騎士を抱えている家の話であり、オーゼンは意外ではあるが竜騎士自体には嫌われてはいない。


 話しかけてみたら酷い冗談を言う男ではあるが、公爵に回らされた竜騎士団巡りの結果として顔が結果として売れている。話してみれば彼からすれば尊敬する人物たちである為、お嬢様らな嘘と言うだろうがどこまでも誠実な対応を行っていた。

 彼らの中でも墜落した事故の話を聞いて、見舞いに来た者達もいる程度には好かれていたりする。


 最も期待された竜騎士候補の一人であったのは間違いない。

 だが結果として見る彼の姿に期待した者たちは涙したという話もある。


 次世代の竜爵が墜ちた事実は、竜騎士界隈では大きな騒動であった。

 そんな彼が三年で復帰してきたと言って、喜んだものは少ないが何がかあるかもしれないぐらいには、実は警戒している者たちもいる。

 侮っている者たちもいるが、それはそうだろうとオーゼン自身だって思っている。


 侮られるに足るだけの理由をもって、自分がここにいる事のだ。

 だが彼は言ってしまった。


 『もう誰にも負けないと思う』と、自分が飛べばそうなると言う確信はある。

 ここにいる尊敬に足る竜騎士達を過去にしてしまうだろう。

 緊張しているくせにあれだが、自分が飛ぶことに関する技術だけなら誰よりも上であると冷静に判断しているだけだ。


 その辺りの自尊心の高さは公爵だって驚くほどだろう。

 彼はあの墜落だって失敗とは思っていない。自分は空を飛んだのだから何も間違ってはいなかったとは思っている。

 緊張していてこれなのだから、どこまでも自分に対して傲慢であるのは間違いない。


 ここで意気込みでも聞かれれば、自分が勝利すると言い切るだろう。

 それこそ呼吸する事の様に当然の事だと思っている。

 緊張の理由も早く飛びたくてどうしようもないと言う本当に個人的な理由であるのだから、人とは違う方向性での緊張ではある。

 むしろ衝動と言った方が正確なぐらいだが、結果として緊張した表情のまま不快な感情を押し込めている。


 始まりを告げる王の開幕の宣言や色々な催し物があったあと、その間彼は一切動く事はなかったが数時間が経過して太陽が丁度真上に上がった頃にレースは始まる。

 だがここからしてすでに彼の扱いは番外のレースだと思われていたのだろう。

 他の竜騎士の邪魔にならない様にと、竜が並ぶ列のよりも後方にバーガンデリウは移動されていた。


 明確に彼はレースの障害物扱いだが、歴史がある祭で飛べるだけの竜を出してやるだけ満足しろというやさしさに近い代物だ。

 流石に周りの竜騎士がこの扱いには反発するが、それを見て流石のオーゼンも笑った。


 民衆に貴族ついでに王族も含めて、これが当然の処置だろうと判断したのだと、当然の理屈に彼は侮り過ぎだと笑い竜騎士達を杖で制し、不満を告げる訳でもなく、自分の夢を汚された事に笑うしか出来なくなっていた。


「ではまだ後ろに下げて貰わないと困る」


 彼を後方に追いやった対応は当然とで言うような審判に彼はそう話しかける。

 その言葉を聞いて表情が歪んでいるが、この程度でこちらが負けると思っているのかと、別にまだ後ろでも問題はないぞと笑う。


 お前が考える範疇の人間ではないと、お前如きが考える程度の距離の開き程度で負けてると思われる事自体が不愉快なのだ。


「では、更に指十本折の時間を用意しましょう。それでも結果は何も変わりはしないのです」


 この圧倒的な自負に反発していた竜騎士達も唖然とする。

 この程度の差がなんになるのだと、距離を話して時間までくれてやると言う。

 だがある意味ではアバラ公爵に配慮した代物であったが、それを手合割(ハンディキャップ)としては足りないと言い返されれば、怒りより先に騎士達は笑い、審判は顔を真っ赤にさせた。


 必要ないとは口を開きそうになる審判は、その顔をはすぐに真っ青になって真っ赤にさせる。


「でなければ下らない事をするものじゃない。言い方は単純ですが、私はその対応に対して不愉快に思っている」


 この対応は彼からすれば当然の対応だ。

 よりにもよって彼の憧れを馬鹿にしたのだ。

 普段なら無視していた事だろう。興味もなく雑事だとして、視界にすら入れなかったかもしれないが、この場は彼の憧れの全てだ。


 すでに国家との相対するら考えていた男である。

 その赫怒たる衝動は後の世を考えなくても世界を焼くに相応しい代物だ。


 だからこそ、


「ここは竜騎士、いや空に焦がれたものがいる事を許される場所だ。

 その夢の決着点をここに立つ者以外が汚すと言うなら族滅を覚悟しての挑戦と思え」


 ただの一度の例外もなく彼はそんな事を許す事はない。


 笑顔のまま三本の指を胸に突き刺し肋骨を掴むとへし折らんばかりに掴み折りながら肉を掴み持ち上げて見せた。


「この夢を見下すと言うなら、この願いを汚すなら、上も下も女子供関係あると思うな。街路樹の様に死体を並べてやる。

 この夢を笑うなら、この国焼き尽くしてやる。お前と関係があると言うだけで、生きている理由は存在しない」


 彼の指と同じだけでの骨を握りつぶして地面に投げ捨てる。


「しかしだ最初から血生臭いのは、夢の始まりとしては不愉快だから一度だけ許してやろう。

 だが次はない。二度は与えない。今度から大切な存在は鳥籠にでもかっていろ、そこから殺し始めてやる」


 周りが悲鳴を上げるなか凶行に対して、誰も口を出す事はしない。なぜならすでにレースは始まっており、その間の流血は全て許されるのだ。

 彼の前のアバラの竜爵は竜に乗る間もなく、全員を切り倒して悠々の凱旋をしても問題が無かった以上、彼のこれすら許される。


 勝つためなら何をしてもいいのがこのレースだ。

 もがき苦しむ審判を冷たく見下しながら、こちらの要望を受け入れろと周りを睨みつける。

 不思議な話ではあるが、彼は開始位置を後方にさらにずらし、離陸時間を十の指を折る間の時間を空けると言う要望を要求している。


 何をあほな事をと思うかもしれないが本来なら絶望的な開きが発生する代物だ。このレースと言うのは時間が指折り三つも空けば百メートル以上の差が出来る代物だ。

 だからこそ時間を切り詰め無駄を省くという作業が必要になるところにこれである。

 審判を痛めつけて自分を不利にするという要望は、奉竜祭の歴史上彼が初めて行った暴挙であるのは理解できるだろうが、同時に今後彼はこう言う暴挙をよくやる。


 だからこそ後に手記が現れた際に書かれた内容で、そりゃそうだろと誰もが思ったのはこう言った彼の態度が原因である。

 後々の話だが彼を竜と切り離そうとした計画によって起きた強制見合い殺人事件や、彼から竜を取り上げようとして起きたカタグチ公爵襲撃事件と言う見るだけで、血なまぐさい事件を彼は起こしている。


 これですら一例でしかない。

 彼を縛り付けようとした際の反発は異常で、王城の一角が吹き飛ばされる様な事もあった。

 干渉しなければ何もしてこないと理解するまでに、四つの大貴族が族滅されている。


 彼が血縁を皆殺しにした際に言った言葉に嘘の欠片たりとも含まれていない。

 後々彼を使って王位を手にしようとした第三王子は殺される事はなかったが、二度と手で物を掴む事も歩く事も出来なくなった。

 既にもう彼に枷はない。この時代であっても非常識であり、偉業とも言うべき功績と暴挙を両天秤かけた存在が竜公爵と呼ばれるオーゼンと言う人間の後の姿だ。


 こう言った彼の行動の全てがアバラ公爵の敵対派閥であったのだが、子飼いと思っている彼を封じ込めようと勘違いした結果である。その事自体が悲惨極まりないのだが、揃いも揃ってなぜ彼の逆鱗に触れるものばかりだったのだ。

 本質的には情動の塊であった彼の夢を阻もうとした人間の末路でしかない。


 ここで気付いていればよかったのにとは思うが、この血の匂いすらも彼は忘れさせるだけの力があったのだ。


「下らない雑事は終わりです。別に今の発言はあなた達の飛び方を貶めた物ではない。

 だがアバラ公爵家が選んび十年の月日をかけた竜騎士が、身体の欠損如きでどうにかなるような代物であるとは考えないでいただきたい。

 これからの人生はお嬢様の命令でもありますが、私は全てを蔑ろにして先に行く必要があるのです。そのために必要な事の一つとして、これを提案し実行します」


 悲鳴を上げる審判の姿に一瞥もせずに周りの竜騎士に頭を下げる。

 だが圧倒的な自負と負ける事などないという自信は強烈に伝わるだろう。


「侮りなく、油断なく、最善を尽くしてください。私としても公爵が待っていますので、これ以上の無駄な時間は使えません」


 そう言って彼はさらに百歩ほど後ろに下がった。

 三百歩ほどの距離を開けて彼はそれでいいと手を上げた。


 審判の治療などに時間が掛かったが、それでも時間のずれはなく彼に対して誰も意見できるような状況ではなくなっていた。彼の機嫌を損ねれば、ここで竜に乗って大暴れしかねないと判断されていた。

 実際ここでレースの中止を言えば、間違いなくそういう事になっただろうが、もう誰も彼を公爵の愛人などとは思わない。


 体の欠損すら意味を持たず狂気と言う積み上げをした怪物だと判断したのだ。


 アラタアラマズはその姿を見て目を見開いた。

 いやその光景を見て目を見開いたのが正確だろう。


「あれは、あいつは、なぜここに()()している」


 自然と声を出すのは当然だろう。

 生きて歩いているまではまだ理解できるが、完全に終わっていた筈の存在だ。


 だがもうすべてが遅い。


 これから先彼が飛ぶ上で書かせない理屈は全て彼女を解体したからこそ存在する。

 彼の飛び方は今までの飛び方では騎手が吹き飛ばされる程の加速をする代物であり、騎士法だけではどう足掻いても身体的強度において対応できないと判断された。

 そんな折に都合のいい道具が現れたのだ。いい教材が敵を侮って手札を並べてくれたのだ。


 感謝する北方の大英雄、お前はもうオーゼンを止める事は出来はしない。


 彼女の生涯における最大の後悔は、オーゼンと言う怪物を完成させてしまった事だ。

 同時に自分では手が付けられない存在へと変貌していた。

 「アバラ、アバラ、アバラよお前はよりにもよってなんて事を」と叫びたかったが、既に彼女は最大の怨敵アバラに完全に敗北したことを自覚した。


 だが彼女はここで狂って彼を殺す事など出来ない。

 逆なら彼は行えるが、常識を知っている英雄には彼を殺す手段が存在しなかった。

 真面目な怪物、狂った怪物では、手段に対する幅が違い過ぎたのだ。


 彼女の絶望は生涯続く事になるが、この一年後には北方連合は王国に恭順する事になる。

 その提案をしたのは彼女であり、自分が作り出したオーゼンと言う存在の事を告げて自殺しようとしたが、色々あってウラジロと三児を設ける事になるが関係ない話だ。

 しかし今アラタアラマズが出来る事は、その怪物の完成度を見る事だけだった。


 それがさらに傷を広げる事になるが、その理由はただ一つだけだ。

 彼女でさえも彼の飛ぶ姿に目を奪われてしまう程鮮烈な代物だったからだ。


 さて竜が飛ぶには一つだけプロセスが必要だ。

 地面で加速し飛び出す。小鳥の地面を蹴るだけでは、流石に重量が重すぎるのだから当然だが、飛び方としてはアホウドリの飛び方に限りなく近い。

 そこに竜騎士が騎士法を操る事によって身体強化を行い離陸の速度を上げるのが、基本的な離陸の方法である。


 だから始まりの合図が鳴ると同時に竜たちは羽を広げたまま加速しながら走り出す。


 それを見ながら彼は反響法を操りながら、巨躯の竜を少しだけ浮かせて台座の様なものに固定した。

 その状態で竜は前傾姿勢を取りながら飛行体制を整えていく。

 風圧で飛ばされない様にと竜と自分を鎖で繋ぎ、ゆっくりと指を折りながら時間を数えていく。


「おい、バーガンデリウ。正面に鋭角に障壁を出しておけ、お前の頑丈な体でも前みたいになるのは理解しただろう。俺たちはこれから世界の最先端を駆け抜けていく、誰も俺とお前を欠陥品とは呼ばなくなる」


 だが一つどうしようもない事もある。


「理解しているとは思うが、反動はどうしようもない。俺もお前も間違いなく早めに死ぬだろうが、お前も俺もそうやって死ぬために生きてきたんだ。

 誰よりも先を行くんだ、そりゃ誰よりも先に死ぬ。だから俺たちが生きている間は、誰にも俺達は負けないし、触れさせることもしない」


 嘶きに怯えの様なものはなかった。

 同時にバーガンデリウにだって矜持があるのだ。彼に屈服したが、彼の言葉を信じたからこその屈服でもある。


 彼の言葉は誘惑だった。


 空を駆けるにはあまりにも図体がデカすぎた彼は、飛べるだけであった事に誰より屈辱を覚えていた。竜とは矜持が高い生物であり、その為に自殺すらも躊躇わない存在だ。

 彼は物狂いと出会い、自分が誰よりも早く飛べることを教えてもらった。

 オーゼンに付き合えてしまう竜は、その狂気に対して魅せられた一騎である。だから反響法を覚え、彼の言葉に従い飛び方を変えた。


「これか生きている間の空は俺達の王国だ。この場所はそう言う場所になり続ける。

 お前はお前の夢を叶えろ、俺は俺の夢を叶える。俺もお前もどっちにとっても都合のいい道具であり続ける」


 竜は吠え、人間は「ずっと」と声を上げた。

 最後の数字は数えられ台座は蒸気を伴って彼らを加速させ空に打ち出した。

 そこから枯れた呟いた言葉の光景が次代の象徴となる言葉になる。


「俺たちは飛び続けるぞ」


 水蒸気の円錐を竜が打ち抜き世界へと飛び出していく。

 世界の全てを蔑ろにして、蒸気の足跡を刻み名が世界を一変させる光景が、この日誰も彼もの目に刻まれて消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >見舞いに来た者達もいる程度には好かれていたりする。 嘘だろう!? >色々あってウラジロと三児を設ける事になるが関係ない話だ。 被害者同士でくっついてるwww >俺たちは飛び続けるぞ こ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。