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7話 不倶戴天のチャレンジャー

 突然の闖入者に、円卓の間に困惑の空気が訪れる。


 そこに現れたのは黒月夜羽。

 颯爽と登場したその少女は、どこまでも不遜な態度で円卓の間へズカズカと足を踏み入れて、


「久しぶりね、アリカ」


 開口一番、声を掛けたのはアリカに対してだった。


「ええ、そうですね。ところで夜羽さん。貴女、どうやってここに?」


 そんな夜羽に向け、アリカはどこまでも楽しそうにそう問い掛ける。


「ただの脅し道具なんて邪魔になるだけでしょ。お生憎さま、道中の見張り達は一方的にやらせてもらったわ。ま、途中までは背の高いお姉さんも一緒だったのだけれどね」


 そう言って、夜羽はちらりと摩咲の顔を伺う。しかし、摩咲自身はそれに気付いていなかった。


「……で、これはなに? わたしにとっては懐かしの円卓だけれど―――貴女、こんなところでいったいなにを始めようって言うの?」


「決まっています。百合花お姉さまから学院長代理という席を剥奪した以上、百瀬の跡継ぎであるこのあたくし―――百瀬アリカこそがこの場に相応しい存在であることは明白でしょう?」


 あくまでも堂々と、尊大に。

 僕はアリカからどことなく百合花に似たオーラのようなものを感じていた。やはり姉妹であるのだろう。名前も似てるし。


「ふうん、なるほどね。ま、その件についてはどうでもいいわ。わたしは別に百瀬の内部抗争とやらに興味はない。ただ気になる問題点はふたつ。ひとつ目は、どうして黒月が百瀬と同盟なんてものを結んだのか」


「同盟のお話は前からありましたでしょう? それが漸く定まっただけのことです」


「どうして今になって?」


「さあ。それは貴女が直接お父さまに訊いた方がお早いのでは?」


「……ま、それはそうね。わたしが所長代理を降板させられた理由もそこでわかるでしょうし。それじゃあ、ふたつ目。この状況はいったいどういうこと?」


 夜羽は、円卓を囲むように席に着いている少女達をそれぞれ見やりながら問う。


「この状況、とは?」アリカがわざとらしく聞き返す。


「唐突な襲撃にも関わらず、彼女達がほぼ全て貴女に従っている事実についてよ。それに、見慣れない低レベルの生徒も居るようだしね」


 そんな夜羽の挑発じみたセリフに、これまで沈黙を守ってきた船橋灯里のこめかみがぴくりと動く。


「ああ、彼女は言うなればあたくしの手先……この学院に忍ばせていたスパイ、というところですわ」


「……へえ。ここにきて見つかるなんてね。ま、もう手遅れだったみたいだけれど。彼女がこの学院で起きていた全ての情報をリークしていた存在……というわけ?」


「ええ、その通りです」


 そこで、夜羽が珍しく溜め息を吐く。

 いつにもなく真剣な表情をしながら。


()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 そして。

 全ての核心に至る質問を投げ掛ける。


「その通り、と言ったら?」


 アリカはそんな言葉を受けながらも、余裕の混じった笑みは絶やさない。


「残念だけれど、わたしと貴女は敵同士ってことになるわね」


 その声には、どこか怒りのような色が混ざっている気がした。


「敵同士、ですか。ふふっ……面白い言い回しをされますのね、夜羽さんは」


「なんですって?」


「まるで自分が未だにゲームの盤上に立っているかのような傲慢さ。自らの地位を過信するばかりに現実を直視できていない愚かさ。ああ、ほんとうにおかしい。笑いが込み上げてきますわ―――息が苦しくて死んでしまいそうなほどに、ね?」


「――――――」


 重苦しい空気が場を支配する。

 この円卓にいる誰もが彼女達のやり取りを黙って眺めていた。


「黒月夜羽さん。貴女はね、もはや不要なのです」


「……それは、どういう意味?」


 アリカが口元に手を当てながら、今にも吹き出してしまいそうなほどに息を殺して、


「言ったでしょう? 貴女はお人形さんだったのです。それはもう、うちのお姉さまと同様にね。ひな祭りが終わったら、お人形さんはお片付けされてしまうでしょう? これは、それだけのお話なのですよ」


「な―――」


「そもそも、おかしいとは思わなかったのですか? たかだか一人の小娘の為だけに、あれだけ大きなプロジェクトが動いていたとでも? 貴女は本当の『天使の棺』計画について、なにも知らされていなかったのです」


「ちょっと待って。アリカ、どうして貴女がその名を―――」


 夜羽がついに驚きを顕にした。

 僕も少しばかり聞かされていた『天使の棺』というワードが、ここにきて再び登場した理由はなんだ……?


「だから、百瀬と黒月は同盟を結んだのです。この計画を真に実現させる為にね。その為に、どうしても表に出た被験体を処分する必要がありました」


 なにか、嫌な予感がする。

 これ以上聞いてしまったら、僕は後戻りできなくなる―――そんな予感が。


「ミカエルシリーズが何故生み出されたのか、夜羽さんはこう思っているのではないですか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」


「それは―――」


()()()()()()()()()。汚い大人達はね、貴女のその特性こそを欲しがった。貴女を救う為ではなく、貴女の力を利用する為にプロジェクトを立ち上げた。超記憶症候群(ハイパーサイメシア)―――黒月夜羽が生まれ持つそれは、彼らにとって決して見過ごすことのできない研究対象だったのですから」


 それは、つまり。

 夜羽は今までずっと騙され、利用されていたということか。


「まさか、そんなこと……お父さまが……?」


「そのうち、最高水準の学習能力を持つ被験体によって様々な実験が行われるでしょう。そして、それらはやがて世界に放たれる。それがどのような事態を齎すか、貴女ならすぐに想像が付くのでは?」


「そんなの、わたしは―――」


「さあ、もうこれでおわかりでしょう。貴女は用済みになった。黒月はあたくしたち百瀬と契約し、同盟を締結した。そして、この学院をスタート地点として、新しい計画が始まるのです」


 アリカは愉悦に塗れ、歪んだ笑みを浮かべながら、高らかに宣言する。


「それを先導する者こそ、このあたくし。百瀬アリカなのですわ―――!」


 夜羽の顔から感情が失われる。

 どこまでも傲岸不遜であった彼女らしくもない、消沈し、衰弱しきった表情。


 アリカはそれを眺めながら、心底愉快だと言わんばかりに勝ち誇った顔付きをしていて。


「しっかりしてよ、夜羽」


 だからこそ。

 ここで僕が立ち上がらなくてはならなかった。


「ほ……むら……?」


 掠れきった声で、夜羽は僕を見ながら名前を呼ぶ。


 僕は席を立ち、すぐ傍で立ち竦んでいる夜羽の背中を思いっきり平手打ちした。


「つっ!? ちょ、ちょっとなにして―――」


「いや、これぐらいしか気を取り戻させる方法、思いつかなくて」


「だからって貴女、もう少し加減ってものを―――」


「ごめんごめん。まあ、それなりにまだ元気みたいで良かった」


 僕は軽口を叩きながら、アリカの方へと向き直る。


「……残念だよ。本当は少しこっち側に着いてみても良いかな、なんて思っていたんだけどね。でも、えるを殺したのが君達の組織によるものなのだとしたら、もう流石に見過ごせない」


「あら、それは何故?」


「アリカちゃん。僕は君がどんな意思でここに立っているかなんて知らない。百瀬財閥の争い事とか、黒月との同盟がどうとか、ましてや『天使の棺』だのなんだの―――そんなのはさ、僕にとって本当にどうでもいい、些細な問題なんだ」


 僕が許容できないのはただひとつ。

 強硬手段でこの学院を制圧したことだって、それで怪我人が出ていなければ別になんでもいい。

 これから茨薔薇が変わる、とか言われても想像も付かないし、百瀬百合花が学院長じゃなくなったとして、僕の人生になにか影響があるかなんてまだわからない。


 そう、許せないのは本当にひとつだけ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。僕が君に敵対する理由は、それだけで十分だ」


 あの、どこまでも純粋で無垢な心を持った、綺麗な少女のことを思い出して。


「……へえ」


 アリカはそんな僕を見つめながら、少しだけつまらなさそうに呟いた。


「夜羽、君の事情とかも僕は知らない。ああそうさ、僕は僕でしかないんだ。自分のことすらろくに知らない人間が、他人のことなんて知っているわけがないんだ」


「穂邑―――」


「だからもう、知らないから無視する。君達の事情はどうぞご勝手に。僕にとって害がないのなら好きにしてくれたらいいさ。だけど、えるのことだけは絶対に見過ごすわけにはいかない」


 もうあんな過ちは繰り返さない。

 目の前で大切な少女を殺されるなんていう、そんなどこまでも非現実的な光景を、もう二度とこの記憶に焼き付けてたまるものか。


「だからこそ、なにも知らない僕がやるべきことなんて限られてる」


 やっと自らのすべきことがハッキリと見えた。

 まっすぐに。どこまでも遠く、けれど決して届かない場所ではない、手を伸ばせば掴めるもの。


「―――()()()()()()。えるを散々な目に合わせて、挙げ句の果てにその命を奪った卑劣な計画とやらも。それに関わるもの全ても。(ことごと)く、踏み潰してやる」

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