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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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北か南か東か西か

 結局、新たな馬の名前は“ヴェント”に決った。アンナの案で、グランの言葉で風を意味するとのことだ。某商会の副代表と被る部分がある気がするが気にすることでもないだろう。

 その名前で騎手ギルドに登録する。その後はアンナにもある程度は馬を扱えるようになってもらおうと、まずはプルルで乗馬の練習をさせる。プルルは長年の経験その他から騎乗者がバランスを崩しそうになると、自分の重心をうまく調整してフォローしてくれるあたり非常に優秀な先生である。実際アデルも子供の頃は忙しい両親に代わり、こっそりとプルルにそうやってバランスのとり方をこっそり習ってきたのだ。最近ではネージュもプルルのバランス感覚と本人のセンス、あとは自前のスタビライザーで場所こそ選ぶが、今では曲芸に近いような乗り方も出来る様になっている。アンナも最初は戸惑っていたが、流石に高所に対する抵抗はなく、アデルとその元祖妹である狐人のフラムよりも順調に成長している。


 王都に戻って早1週間。12月に入り、年の瀬――からの新年祭を控え、町には若干の活気が戻ってきている様だ。

 但し、冒険者の店だけはその限りではない。王族のパレードこそ政情と安全を考慮し取り止めが決まったものの、町主導の新年祭は今年も行われる様で、長期の大型の依頼はほぼなくなっている。それこそ、常時張り出されている、北伐の傭兵、西の蛮族退治、南と東の警備ぐらいである。

 気になるのは、東、魔の森の魔獣討伐の依頼だ。原則、魔の森の警備・管理はエストリアの管轄で、王都の店にまで出張の依頼が来るのは珍しい。経済力は別として、規模、人口は多いエストリア領からこのような話が来るという事は、エストリアだけでは手に余るということなのだろうか?

 東がらみと言えばもう一つ、テラリアの西の都、クーンまでの護衛依頼。要《騎手》技能と言うものがある様だが、これはスルー確定だ。依頼主の名前にも見覚えがある。どのルートを使う予定なのかは興味深い所だが、わざわざ蛇のいる藪をつついて回る気はない。“フィン挙兵”の一報がコローナ王都に届いたのが10日程前とするなら、そろそろ国境で前哨戦くらいは行われていても不思議はない。

 勿論、フィンとグラン、コローナとグラン、グランとテラリアの国境は別物であり、各々の間にそれなりの距離は開いているが、今大慌てでコローナを出たとしてグランの国境を越えてテラリアに向かえるかは怪しいところだ。と、いうか、今これ受けたら帰ってこれなくないか?

 グラン経由にしろ、魔の森強行突破にしろ、今となってはクーンとの道のりは険しい。ドルケンとテラリアも隣接はしてはいるのだが、その場合、ドルン裏手にある竜やらグリフォンやら幻獣・魔獣の領土ともいうべきドルゴラ山脈を越える必要があるため、それ以上に現実味がない。

 ワーカーホリックという訳でもないし、手持ちも十分にあるのだが、丸1ヶ月ゴロゴロしているという気にもなれず、アデルはブラバドの手が空くのを待って話しかける。

「東の魔獣討伐ってどんな話なんですか?」

「魔の森の東を蛮族が闊歩する様になって、動物やら何やらを乱獲しているようでな。食う物が無くなった魔獣がエストリアの東にちょくちょく出没しては畑を荒らして回るらしい。エストリア伯も対応しているようだが、エストリアは面積ばっかり広くてな。手が足りないらしい。」

「魔獣ってどんなのですか?」

「話に来てるのは、野犬やら熊やらが魔素に当てられて魔物化したものってところだな。キマイラやらワイバーンやらは流石に出てないぞ。」

「……なるほど。」

「次に、このクーンまでの護衛依頼?ルートは聞いてます?」

「いや、来る時はグラン経由だったそうだが……その辺は依頼主の判断次第だろうな。受けるのか?」

「いえ。単純にどのルートを考えるのか興味があっただけです。」

「だろうな。まあ、若い女性聖騎士とお知り合いになれるとわかりゃ、殺到するんじゃないか?見合う実力があればだが。」

「横槍を入れましたけど、6人で50人近い賊を押し返してましたからねぇ。護衛と言うより案内……まあ、送り届けた後どうやって戻って来るの?って話なんですがね。」

「……そう言えばそうなるな。行きは力を合わせて行けるかもしれんが、彼女らが抜けた後どうやって戻って来るのか……」

「そのままあちらに滞在ってのはお勧め致しかねますなぁ。」

 何故かブラバドの方までどこか他人事という口ぶりで話す。恐らくは王都の冒険者の店各店に出して回っているのだろう。

 北方面の依頼はやはり北伐関連の傭兵募集ばかりだ。中には後方部隊やら留守を預かる部隊、治安維持部隊補助などの依頼もあるが、結局は傭兵のお仕事だ。

 南方面には軍絡みの物を除くと隊商関連の依頼の依頼が1件だけ。依頼主はジョルト商会だ。条件的には最初エストリアで受けた時のものよりも良くなっている。拘束期間とフィンの危険手当を考慮しているのだろうが、どうやっても新年に戻ってこれそうもない。どちらかと言えばアデルもその内の一人なのだが、必ずしも年始を王都で迎えたいと云う訳ではない者達を対象にしているのだろう。もしかしたら好条件にはこの意味もあるのかもしれない。実際、年末年始は長期の依頼を敬遠する冒険者は意外と多いようだ。ブラーバ亭だけでも今年の年始の集まりには、こんなにいたのかと思うほどの人数が一時に集まっていた。

「うーん。暁亭で短期の奴だけこなして年末には戻ってくるってのはアリなんですか?」

「あー……暁亭から回ってきてるのもいくつかあるからなぁ。行く気があるなら様子を見に行くだけでも見て来てほしいところだな。」

「……今なら片道2日もあれば3人で行ってこれますしね。ソフィーさんの所にも少し寄ってみたいし、年末までエストリアに行ってこようかな。」

「うむ。それが良いかも知れん。」

「もしこっちで指名依頼とか来たら暁亭に連絡してもらっていいですか?」

「ああ。何とかしよう。年末……新年には戻って来るんだよな?」

「そのつもりです。」

「じゃあ、頼む。」

 年末の予定が決まった。

「お風呂は……?」

「……魔具もあるし、浴槽と水道付の部屋を借りよう。そんなに長く滞在するつもりもないしな。魔獣に出くわして魔石を入手出来たらラッキーくらいのつもりで。」

「むー……」

 ネージュさんからは露骨な不満をぶつけられたが、否定の意見まではでなかった。


 話が決まれば行動は早い。

 午前中の内に準備を済ませると、軽めの昼食とった後、まずはソフィーのいる町へと向かう。

 高速で移動する際は、アデルとアンナがヴェントに、ネージュがプルルに騎乗し、速歩~駈足で移動する。もちろん、アンナの疲労軽減魔法は常備だ。

 今回も、その日の夕過ぎにはソフィーの家へとたどり着く。

 訪ねてみると出てきたのはまたしてもヴェルノだった。アデルは来訪の事情と目的を継げると、中に案内される。

 ――例によって今回も土産らしい土産持ってきてねぇ!

 玄関を跨ぐときにアデルは己の失態に気づいたが、もうどうにもならない。前回、ドルケン入国前に訪ねた時も、ディアスやアモールたちとは違い、何の土産も用意していなかったと反省したところだったのに……

 その辺り、ソフィーは気にするなと言ってくれたが、ヴェルノは少々不満――というか、拗ねた表情を見せる。今度グランかドルケンに行くときがあったら、土産は何がいいかな?などと考えながらも、目的を済ませていく。

 まずは、グラン情勢についてだ。ソフィーがどれ位の情報を持っているのかと確認すると、王都との噂と同じ様な感じだ。フィンが挙兵した。恐らくはグランに侵攻するのだろうという程度で、まだどこか他人事な感じを受ける。北伐に関しては殆ど話が届いていない様で、貴族の私軍のみで行われることに疑問を抱きつつも、受けた被害とその後の収支の折り合いがつくなら、黙ってばかりじゃいられないでしょうね。と理解を示していた。唯一追加されたのは、『もしかしたらエーテルの輸入ラインを手にすれば、国にもっと強く出れるという欲があるのかもしれない』との見解だ。逆に、それ以外にオーレリア赤国に攻めるメリットは薄いらしい。『白国には有名なミスリル鉱山がある様だが、少し奥に入った山岳地帯にあり、私軍程度で攻略が出来るとは思えない』だそうだ。なるほど、エーテルか。よく判らん。アデル達の反応はそんな感じだった。

 次にドルケンで会った、皮膜の翼を持つ女性について意見を求めた。

 話をすると、『竜人じゃなくて?それだと魔人あたりかしら?』とこちらも新たな見立てが登場する。世の中、やはり知識と情報だ。

 魔人と言うのは、竜人、狐人と言った亜人の種族ではなく、強い魔力媒体を手にして堕落した人間であると言う。大抵は強過ぎる力を手にして身を持ち崩すらしいが、戦争に関わって来るとかなり厄介なのだという。ソフィーたちは過去に1度だけ相対したことがあり、高空からの強力な魔法や、接近戦でも意外なほどの胆力を見せ、ディアス、ルベル、ソフィー、そして“竜人”のマリーネとその時一緒に活動していた“森人エルフ”の精霊術師、エメリアのうち誰か一人でも欠けていたらやられるか最初から逃げ帰るしかなかっただろうとのことだ。その時点でディアスとマリーネはすでに冒険者レベル30に手が掛かっていた時期の話だと言うのだから、どれだけ強力なんだという話だ。

 ただ、魔人と一概に括れる存在ではなく、個体差も大きく、ソフィーたちが相対したのは元魔法剣士の男で、今回アデルが遭遇したのは推定《精霊使い》の女性であろうという。複数人の意識の隙間に入り込む闇の精霊魔法は、精霊魔法の中級~上級に属する物で、アデルとネージュ、さらには別(属性)系統とは言え同じ《精霊使い》のアンナが一切気付けず真上を抑えられたというなら、おそらく上級の使い手だろうということだ。誘導によるものだろうが無意識の自白をさせられたうえ、その後に精霊たちが恐れて周囲に現われなくなったのもその実力で支配されるのを恐れたのではないかと言う話だが、その辺りは専門家であるエメリアでないとわからないと言う。

 一つ言えるのは、雑多な人で溢れかえる戦場でそのようなのに目を付けられたらかなり危険なのは間違いないだろうとのことだ。その魔人は確かに北へと向かった。もし、新年祭にラウル達が戻るのならば、伝えておかねばならない事案だろう。それ以前に伝えるべきはその魔人が探していた黒の書(仮名)を手にしたカタリナなのだが……その辺りはまあいいか。

 その後、ドルケンでのキマイラ討伐の話をした後、グランでようやく見つけた、風と水の精霊を紹介した所でヴェルノが目を輝かせて食いついた。

「きれい!かわいい!私も欲しい!」

「ぬいぐるみじゃないんだから……」

 膝下サイズの2体の精霊を見てヴェルノが興奮気味に言うとソフィーが窘めた。

「ヴェルノさんも、相性がいいのは水の精霊らしいですよ。お兄様と同じですね。」

「そうなんだ!グラン行きたい!」

「お前は一体何を言っているんだ……《真言魔術》を習ってる最中なんだろ?それにグランはこれから戦争になるって言ったばっかりだろうに。」

「むー。自然豊かなところですか……森や草原だったらうちの村にもあるんだけどなぁ。」

「結局修行はどんな感じなんだ?」

 アデルがヴェルノに尋ねると、ソフィーが答える。

「実戦経験がないから何とも言えないけれど……実戦で身につけた実力を十全にだせるなら、レベル14~15は固いと思うわ。」

「そりゃ凄いな。“火球ファイアボール”くらいの範囲魔法を扱えるってことか。」

「ちょうどそれくらいのレベルね。ただまあ事情が事情だからアリオンさんに許してもらわないと冒険者復帰はちょっと面倒だけれど。」

「まあ、やらかしたのが村だからなぁ。説明すりゃ何んとかなるかもしれんが……」

「どちらとも知り合いなんでしょ?範囲魔法要員が欲しいってアデル君が説明すれば何とかなるんじゃない?」

「もしヴェルノがいずれ王都で復帰したいって言うなら考えますが、今回はちょっと……名目上はヴェーラの指示で村に戻されたことになってるんでしょ?それに今回は、このまま年末までエストリアに出張するつもりでいましたので。」

「あら?そうなの?」

「新年祭前で王都は依頼が少なくて……あっても戦争絡みか、新年に戻れないものばかりなので。エストリア領で魔獣が増えてるらしいので、あわよくば魔石をと。」

「なるほどね。まあ、こちらも無理にとは言わないわ。もう少し教えておきたいこともあるしね。」

「まあ、それとなくアリオンさんの様子も窺って見ますよ。」

「お願いします。あと兄含めて、村の関係者には私がここにいることは内緒にしておいてください。」

「ああ、そこはわかってるさ。それじゃヴェルノも髪色は戻さなくていい感じかね?」

「え?」

「いや、最後の用件が、髪色変化の魔法を解くかどうかの確認だったんだ。」

「なるほど。そうですね。当面今のままでお願いします。」

「ソフィーさんは?」

「私も当面はこのままでいいわ。そのうち復帰せざるを得ないようなことになったら戻してもらわなくちゃ困るけど。」

「復帰の予定が?」

「そりゃ、他国の人間にコローナを荒らされるようなことになったら……ね?」

「なるほど。」

 愛国心と言うかその手の気持ちはソフィーの方が強いようだ。もともと、アデル達にはコローナ出身者もいなければ各々の祖国に愛着もない。

 その夜、ソフィー邸で夜を明かさせてもらい、アデル達はエストリアへと向かうのだった。



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