帰還者
翌朝、久しぶりの2度寝を堪能したアデルは部屋に妹たちがいないことに気づく。
外出をするなら起こすなり行き先を伝えるなりはするだろうし、ブラーバ亭なら朝食後と決めているいつもの鍛練だろう。以前の様にネージュだけであったらなら遠慮も容赦もなく叩き起こされて相手をさせられただろうが、その辺はアンナが気を使ってくれたのかもしれない。季節はあと数日で12月になろうというところ。ディアスたちの引っ越し手伝いで始まった一年は今迄体感したことのない早さで過ぎた様な気がする。
アデルは大きく伸びをすると、部屋を出て食堂で遅めの朝食を頼む。
すると受付から、カイナン商事からの成功報酬が払い込まれたということなのでそれを受け取る。今回は店の方にもちょっと色が付けてあったようだ。心なしか受付の表情が緩い。
アデルとしてはこれで手持ちが約2万ゴルト。1人で贅沢に、或いは3人で慎ましやかに暮らすなら何とか1年は何も仕事をせずにやっていけるくらいの金額だ。長期の仕事明けだしこれなら少しくらいは贅沢に……とも思ったが、朝からあまり豪勢な食事をする気にもならず、いつも通りのサンドイッチとミルクを頼む。
小腹を満たして裏庭を見に行くと、案の定、ネージュとアンナが鍛練を行っている。今回は他にも、新人だろうか?見覚えのない冒険者数人と、見覚えのある女性冒険者の姿が見えた。金属製のフレームの右腕を持つ女性だ。
どうやらパーティ同士の模擬戦闘訓練を行っている様子で、ネージュ達は2+1対5と少々不利そうな条件ながら、相手を飛行なしで難なく退ける。これを見ればアンナも護身以上のことは出来そうだ。しかし、先日のキマイラ戦で楯ごと弾き飛ばされた記憶も新しく、流石に“盾役”としてはまだまだ不十分だろう。それを綺麗に補う形で、機械腕の女冒険者が受け、牽制とサポートしている。そうなるとあとはネージュが1人ずつ確実に刈り取るだけだ。尤もアンナは本来後衛職で前衛型冒険者ではない。それでも普段の稽古相手がネージュであるためか、レベル10かそこらの戦士の動きを見切るくらいは出来る様になっていた。
「精が出るな。そろそろアンナの武具も考えたいところだけど……」
アデルが話しかけながら近寄ると、アンナがパッと顔を輝かせる。
「おはようございます。それなんですが……こんなのどうでしょう?」
そう言いながら何か呟くと、そこには先日、山賊の集団を強行突破しようとした時にアデルに作ったような氷の槍を出現させる。
「素手で長時間握るのは厳しいですけど……その辺はお兄様と同じグローブが欲しいかな?」
「善処しよう。で?それをメインにするのか?」
「ええ。これなら投げても問題ないですし、状況によって長さも変えられます。」
「強度的にどうなんだ?いくら楯を持っていると言っても、武器で相手の攻撃を受けたり流したりする事はあるだろう?」
「はい。と、言う事でお相手お願いします。」
「なるほど。そう言うことかい。いいぞ。ちょっとサイズが合うかわからんがグローブも貸してやる。こっちも……ちょっとこれを試してみたいしな。」
アデルはそう言いながら、グローブをアンナに渡すと、自分は昨日受け取ったミスリルソードを握る。新人たちを一旦押し退けて場所を確保すると、アンナに好きに打ち込んで来いと構えた。
「いきます。」
表情を引き締めそう宣言すると同時に、アンナはアデルと同じ様に楯を前に出し、斜めに構えて突進してくる。ただ、アンナの楯は小さめの円楯だ。大楯のような威圧感もなければ槍の握り方もはっきり見える。
確かめたいのは武器の強度とアンナの動きと定めていたアデルは、まずはカウンターを狙わずに正面から楯で氷の槍を受ける。キンっと甲高い音を立てつつも、氷の槍は欠けも砕けもせず、アンナはすぐに槍を引き戻し2段目の突きを放つ。
アデルはそれを狙い、氷の槍をミスリルソードで軽く払い上げる。すると氷の槍は剣を受けた部分が少し欠けるがすぐに修復された。
「「ほほう。」」
これにはアデルとネージュが感心した声を上げる。アンナや新人冒険者たちには何が起こったのか分っていない様だったが。一部、男の冒険者が「氷の槍KAKKEEEEE!」などと興奮していたが無視だ。
2段突きを不発に終え、アンナは一度距離を取ろうとする。アデルは追いこもうかと思ったが取り止めた。ネージュ仕込みの隙の無いなかなかのバックステップだ。下手に追いすがろうとすれば、流石に翼を使った強引な静止からのカウンターはしないだろうが、リーチはアンナの方が若干長く取っているようでカウンターの危険は残る。
一度間合いを置いていざ2合目と言うところで今度はアデルが動く。楯を誘うように突きを出すと、アンナがそれに応える。しかし、それを早めに引っ込め、アデルは槍で受けさせるべく上から剣で斬撃を放つ。
とっさに反応したアンナだが氷の槍でそれを受けようとしたところで、新品のミスリルソードはその氷の槍の柄を見事に切断した。
「!?」
ネージュ以外は一瞬ひやりとしたようだが、そこは元々そこを試すようにしていたアデルである。アンナの頭の数センチ上でぴたりと剣を止めていた。
「剣が良いのか、槍が弱いのか……まあ、まだまだ信頼するには早そうだな。」
「……そうですね。もう少し相談してみます。やっぱりちゃんとした武器は欲しいのかなぁ。」
「投擲とか利点も十二分にあるんだけどな。メインで使うには少々心許ないか。」
確認を終えた所でアデルも訓練用の武器に持ち替えて鍛練に混ざる。
「お兄様!一本取れたらアンナちゃんを俺に!」
などとほざく新米の鳩尾に、余裕の肘鉄を叩き込むと、今度は敵側に回っていた女性冒険者と相対する。
「ヒルダさん……こんなところで何を?」
「ああ、移籍したんだよ。ま、その辺は後で話す。」
機械腕の女性はニヤリと笑うとまさに一体と化した槍――今回は訓練用の先端を布で包んだ木の棒だが。を凄絶な速度で突いてくる。楯の移動が間に合わないと直感したアデルは何とかそれを躱すが、2段目が顔面に伸びてくる。
「うおっ!?」
それも辛うじて躱すが、アデルは大きく体のバランスを崩した。そこへさらに3段目が迫る。早い。しかし転倒したのはヒルダの方だった。
「お?」
一瞬何事かと状況を確認すると、アンナが今度は先を尖らせていない氷の棒でヒルダの脚を払っていた。さっきの者よりも少し長い気がする。作り直したのだろうが、もし一つ戦闘中に長さを変えられるなら相手の感覚をずらすこともできそうだ。
「助かった!」
アデルはにやりと笑って見せると、そのままうつ伏せになっていたヒルダの首を訓練用の槍で軽く突いた。
他の4人は既にネージュとアンナにに制圧されていたようだが、往生際悪く起き上がろうとした最初の男の鳩尾に横側面の死角から飛び込んだネージュが無駄に綺麗な回し膝蹴りの追撃を叩き込んでいた。
「根性だけは要注意だな。」
アデルはネージュと目配せをしつつ、アンナの頭を撫でた。
「で、ヒルダさんは何やってんスか?」
アンナの助けを借りて起き上がったヒルダにアデルは問いかけた。アタッチメントで訓練槍を装備していたせいか、自力で起き上がるのはなかなか大変なようだ。この辺りは生身のバランス感覚の有難みを感じる。
「店を移籍したのさ。前パーティと同じ店ってのも嫌だしな。腕がない状態で出向いてパーティ脱退と店との解約を申し出たら何も言われずに通ったよ。」
「で、腕の方は?」
「開発も訓練も日進月歩ってところだな。着実に進んではいる。っと言ったところだ。」
「なんでここに?」
「なんでって、仕事しなきゃ食えんしな。軍属だったら見舞金なり戦傷者年金なり出るんだろうが、冒険者にゃそれがない。で、あんたが世話になってるって店で相談してみたら、講師兼予備役って感じで雇われたのさ。だから肩書は冒険者じゃなくなってるかな?」
「なるほど。過去の実績と戦傷冒険者の経験は良い面も悪い面も貴重でしょうしね。でもそれなら冒険者ギルドで職員として雇ってくれても良さそうですけどねぇ。」
「あー、これからもっと戦争が増えるだろうし、講師経験を積んだらそれで売り込んでもいいかもね。ま、新米共がちゃんと自分たちの引き際の判断が出来るようになってくれるといいんだが。」
兵士ではなく、冒険者として危険な戦場に出て、腕を失い戻ってきたという惨めさを考えたら、それを活かした後進の育成なんて余程気丈でなければ出来まい。アデルは素直に感心した。これから増えるであろう戦場での仕事や、兵士とはまた違う待遇の現実を教えるにはこの上ない講師となりうることも間違いないだろう。彼女の指導により戦場で生き残る術と、その後の生きる術を習い、1人でも多くの死者が減ることをアデルも願わずにはいられなかった。尤も、アデルとしてもそんな他人事ではないのだが。
アデルはそんな彼女を昼食に誘い、互いと互いのいた国の近況の話を交換しあった。
午後はドルケンでアントン達との打上げ(?)の時に購入した酒を持ってアモールの所に寄る。
少々強い酒みたいだが、と前置きしつつ手渡すとアモールは素直に喜んでくれた。
まず最初の用件はネージュのレザースーツの修理だ。
「キマイラの尻尾の毒液にやられてしまいまして……修繕できますかね?」
アデルがネージュの被弾したスーツを見せる。スーツには酸に溶かされた直径10センチ程の穴が開いていた。これが通常の服や直で浴びていたなら間違いなく大怪我の部類になるだろう。
「キマイラ?やったのか。」
「現地の案内冒険者と一緒でしたがね。」
「素材は?」
「ああ、すいません。魔石だけ貰ってあとは渡してしまいました。全速力でドルケンとグランを突っ切って来る仕事でしたので。」
「馬もあるんだ。邪魔にならない程度で少しくらい持って帰れば良い物を。お人よしでは冒険者として稼げないぞ?まあ、腕が見合えば、それが巡って良い縁につながるかも知れんが。」
「ハハハ……次からは素材も意識してみます。で、直りそうですか?」
「そりゃ、まあな。継ぎ接ぎで直すか、丁寧に周辺部をなめし直すかどうするね?」
「どう違うんですか?」
「継ぎ接ぎは単純に上から別の皮を縫い付ける。見た目は少し悪くなるが安く上がる。中には強敵に勝った記念として敢えて強敵に受けた傷を残しつつ塞ぐという冒険者もいるな。なめし直しは周辺の部分を一旦切り取って1枚の革として誂え直す。こちらは少し余分に金は掛るが、見た目はほぼ元通りに直るぞ。お前たちのは外装だからな。まあ、翼の下の方じゃ、あんまり人目につけることはないとは思うが。」
「だ、そうだ。どうする?」
アモールの説明を聞き、ネージュの希望を聞いてみる。」
「ん~。継ぎ接ぎでいいかな?例のサンプル使えないかな?」
「あー、どうなんだろう。あれは別の……まあ、聞いてみるか。」
ネージュに言われて、ワイバーンレザーのサンプルでの継ぎ接ぎが可能か聞いてみる。
「実は、ドルケンで時間が空いたので武具店を覗いて来たのですが、防具屋の方が、サンプルにとくれたワイバーンレザーの素材です。なんでも、薬草採取の崖登りに良さそうだと、このスーツに興味を持ったみたいでして。機会があれば一度話を聞きたいと言ってました。最初は現物を欲しがったのですがそこはお断りさせてもらって。」
「……崖登りか。高級な薬草は結構険しいところにあるからなぁ。故に高級なんだが。とはいえ、ただ革を鞣してサイズに合わせて縫い合わせただけなんだがな。」
「関節の保護力とか、保温とかですかね。ドルケン……王都のドルンでしたけど、そこ自体がただでさえ高い位置にあるのに、そこからさらに高所となるとかなり寒そうです。」
「そのあたりはちょっとした工夫で結構変わるんだがな。まあいいか。ふっ。そのうちこちらもサンプルを用意してやろう。機会があったら届けてやってくれ。」
「そうですね。まあ、サンプルは雇い主の商会用にも持たされたので……俺が行かずとも商会経由でいいですかね?今度紹介しましょうか?」
「そうだなぁ。ワイバーンやらキマイラやらの魔獣が多いらしいからな、あっちは。こっちの商会が素材取引を始めるというなら絡んでおいた方が良いかも知れん。」
「わかりました。紹介しておきます。」
「おう。で、それを修理素材にってか。ふん。まあいいだろう。キマイラ討伐記念とドルケンの土産として請け負ってやる。工賃は普通のものと同じでいいぞ。針がどれくらい通るかやってみないとわからないが。」
「おいくらですか?」
「材料持込だし、お試しだしな。30ゴルトもくれりゃいい。」
「わかりました。」
アデルはアモールに素材サンプル、ネージュの被弾したスーツ、そして30ゴルトを手渡す。
「お前のお蔭か、何人か片手を失くした戦場帰りの奴らが訪ねて来たよ。奴らにゃ強度を下げて伸縮性のある素材で誂えてやったが。兄貴のところの義手と言い、本当に需要が増えるかもしれんなぁ。店としちゃ有り難いが、素材が足りなくなるかもしれん。」
「でしたら是非、素材収集の依頼を出してください。なんか最近、戦場絡みの依頼ばかりみたいで……魔獣討伐だったら、魔石も含めて有り難いですし。」
「そうなると……西かなぁ。蛮族領になるが、あっちなら魔獣も多いだろう。定期的にドルケンに行くってならそっちでもいいかもしれんが。」
「ドルケンでも魔獣討伐はあまり多くないらしいですよ。ワイバーンなんて軍の専売だそうで。」
「となるとやっぱり西か……マリーネの事もあるしお前らにはあまり勧めたくないが。ま、その辺の情報もボチボチ仕入れていくか。この調子じゃ、東西南北どこからの素材も不足気味になりそうだ。」
「……そうですね。何かあったら是非ブラーバ亭に。」
「おう。じゃ、このスーツの修理に3日ほどくれ。もしかしたらうちの工具で対応できんかもしれんが、そのときゃ兄貴に頼むことになる。そうなるともう少し日数が欲しくなるかもしれん。」
「わかりました。」
アモールにそう言われると、アデル達はアモール防具店を退店した。
次はアルムス武具店だ。
アルムス武具店は……珍しく客が数名いた。しかも、その内2名は見るからに騎士である。
「おう、お前らか。」
アルムスはアデル達を見るとすぐに声を掛けてきた。
「どうも。お久しぶり?です。」
「ドルケンに行ってたらしいなぁ。面白い武器はあったか?」
「面白い武器と言われても……まあ、武器の方は特に何も。」
「武器の方は?」
アデルの言葉にアルムスが食いつく。
「いえ、防具の方はワイバーンの素材サンプルを貰ったので……アモールさんにスーツの修理と一緒に渡してきました。」
「ワイバーンか。ヤツの角とか骨とか一回触ってみたいよなぁ。」
なるほど、その辺が武器の素材候補なのか。
「機会があれば善処します。」
アデルとしてはこう言うしかない。
「機会があればな。まあいいや、今日は何の用だ?」
「あ、いえ。先のお客さんがいらっしゃるなら後でも良いのですが。」
と、アデルが言った所でアルムスは笑う。
「そっちは時間が掛かりそうでなぁ。まあ、お前らも全く無関係じゃないし、話くらいは通しておくか。」
「え?」
「「む?」」
アルムスの言葉に2人の騎士がアデルの方を向く。
「こちらはな。義手や義足の相談だ。騎士様方よ。俺に義手や義足の話の持ち込んだのはこいつらさ。」
「なるほど。良いところに目を付けたな。」
「……いえ、先日北での戦の折、手足のいずれかを失くした人達を数名、フォルジェ領まで移送した折、いろいろとありまして。」
「やはりそうか。神官の人数にも限りがある。乱戦になれば、欠損部位を回収する間もなく引き戻さなければ死ぬ場合も少なくない。その様な兵士たちを連れ帰った後どうするのかと言う問題が大きくなっていてな。ここに可能性があるのなら、と言う事なのだが。」
「その後の生活にも仕事にも大きな支障になりますしね。兵士はまだマシのようですが。」
「それでもすべて国で養える力はない。自立出来る者はなんとか自立出来る様に出来ないかと殿下の思召しだ。」
「殿下?」
「王太子であらせられるレオナール殿下だ。元々、義手の話は戦地から戻られたロゼール殿下の話なのだそうだが。」
「ロゼール殿下?」
「知らんのか?第3王女のロゼール様だ。神官として北の戦場で救命活動をされて過日戻られたのだ。」
ロゼールという名前、神官、北の戦場での救命活動と言うあたりで3人が顔を見合わせて同じことを考えたようだが、首をひねる。
(((まっさかー)))
とはいえ、ヒルダが大々的に喧伝していないのなら、この店で義手を扱う様になったなんて言う話を知る者はさほど多くない筈だ。新年祭のパレードがあれば確かめられたものを……と、思いつつ、先日別れる際に感じた、謎の今生の別れ感はもしかしたら、とも思う。もしかしたらそのために今回に限って長期外出が許されていたのかもしれない。イレギュラーの奇襲はあったが、後方陣地ならそれほどの危険はない筈だ。
もしそうであったなら『知らぬとは申せ数々のご無礼平にご容赦を』だ。かつてどこかの国王の孫が身分を隠し自国の不正を暴き処断するに良くそう声を掛けられていたと伝承に聞いたことがある。そんな伝承は於いておくとして、前線、とくに救護所や負傷者の状況や、難民の受け入れ環境などを国のお偉い衆が直接その目でみて分っていると言うのは良い事であり、兵士たちも心強い事だろう。とりあえずは、ローザやルイーセの時の様な悪態をついていなくて良かった。
「で、用は特にないのか?」
アデルがこっそり思慮にふけっているとアルムスが言う。
「ん~実は、先の北の依頼の時に依頼主とは別の所で褒賞を貰っちゃいまして……これなんですが、うちに剣使いはいないしどうした物かと。下賜品を転売するわけにも行かないでしょうし。」
そう言いながらミスリルソードを見せる。
「ほう。こりゃ中々のもんだな。少々無駄な装飾も多いが……何かの時の儀礼用としてはかなりの格になるとは思うが……」
「これで槍の穂先ってのは無理ですよね?」
「どうしてもやれってなら考えるが……やらない方が良いと思うぞ。」
「デスヨネ。」
「お兄も予備の武器欲しいって言ってたし、この前のゴーレムみたいなのが出てきた時用に剣の練習も始めたら?」
「まあ、そうなるか。せっかく長さ調節できる槍があるからこれ一本で対応できる気もしてたんだが。」
「まあ、あって困るものじゃないだろう。すぐに加工が必要と云う訳でないならしっかり保管しておけ。ミスリルならちっとやそっとの時間で劣化するという事もない。」
「わかりました。そうします。」
結局、ミスリルソードの件は棚上げとなってしまった。アデルはアモールに渡したものと同じドルケン土産を手渡すと店を出る。やはりアモールの様な反応は貰えず、何か変わり種の武器を見つけたら買ってこようと思うのだった。
武器屋の次はカイナン商事だ。
残念ながら受付にミリアはいなかったので、受付にミリアかヴェンに取り次ぎを頼む。
新人なのかお互い見覚えがなかった様で名前と用件を聞かれると、アデルと名乗り、「ナミさんから預かっていた入国許可証をヴェンさんに返したい。あと、ミリアの髪を戻し忘れた。」と言うと、怪訝な表情を浮かべながらも奥へと向かう。
程なくして戻って来ると、奥に通された。
いつぞやに通されたあの部屋だ。今は部屋の主であるナミの姿はなく、ヴェンとミリアが中で待機していた。
「過日は大変お世話になりました。」
アデル達の姿を見るなり、まずはミリアが深く頭を下げた。合流直後や越境後最初の宿で見せた様な投げ遣り感は消え、まさに上級貴族の所作と言えるエレガントな動きだ。もしかしたら平民相手にすることではないのかもしれないが、基本的にされた方としては悪い気はしない。
「過日って……つい昨日までの話だった気がするけど……まあいいや。昨日どたばたして別れちゃったんで、髪の色替えの解除をし忘れたと思って。」
「それなんですが……」
アデルの言葉にミリアが一呼吸置く。
「当面、このままにしておいてもらえませんか?こちらの方が『ここに馴染む』というか、『目立たない』というか。」
「ふむ。」
ミリアの言葉に、アデルは最初にグラマー支所の受付の時に感じた場違い感を思い出す。
「まあ確かに。ミリアがそっちが良いってなら無理に戻す必要はないけど……俺ら……というか、アンナがいないと戻せないからそこは注意しておいてね。店でゴロゴロしてる時ならいいんだけど、なんだかんだで今年は1年の内半分は外に出てたからなぁ。」
ディアスたちの引っ越し手伝いに始まり、フォルジェ領の遺跡、グラン、ノール城奪還の後詰陣地、そしてドルケンとかなり濃い1年を過させてもらった。
「2年契約の1年目だったんだけどな……」
そこで、ブラーバ亭の2人部屋2年無償供与のことを思い出して、損じゃね?と思う処が貧乏性と言えるのかもしれない。
「今後は……ここで仕事を?」
「はい。事務を手伝いつつ、商売と経済の勉強をさせてもらう予定です。」
もともといろんな教養を叩きこまれていたミリアだ。裏方なら店としても即戦力。その気になれば全体の事も苦も無く修得できるだろう。今でこそ一平民とはいえ、その美貌と振舞いがあれば、こちらの貴族に取り入る事もたやすいかも知れない。ドルケンのヴィークマンの様な相手につかまらなければ。
(これで俺より年下ってんだからな……環境による知識量の違いか。)
アデルは内心でそう呟いた。勿論様々な立場があるなら、様々な苦労もあるのだろうが……今まで人並み以下しか得られない環境であったためか、アデルは“知識”と言う物をいつになく欲している。
「そうか。もし独立でもする事になったら是非ごひいきに。」
アデルが柔かな笑顔で静かに頭を下げると、
「ええ。隊商を組む事になった真っ先にお願いするわ。」
「ああ、遠征行くんだ……まあ、また安心して遠征できるようになるといいな。確かに。」
「そうですね。」
そこで、アデルは南北の、ミリアは南西で起こるであろう荒波のことを考える。ただ、それは彼らがどう頑張った所で何とかできるものではない。
「まあ、それ以外の採取や雑用でも……何かあったらブラーバ亭へ宜しく。魔獣討伐系の依頼だったら最優先で駆けつけるんで。」
「……魔石ですね。機会があれば私の方でも原石を集めておきましょう。」
「そりゃ助かる。何かあったら店に寄ってくれ。……比較的安全とは言え、出来ればミリア1人で町を歩いてほしくはないが……」
「その辺は気をつけます。」
その辺は分っている様でミリアは素直に答える。
「ではヴェンさん。ドルケンとグランの入国許可証をお返しします。」
「うむ。本当にご苦労だった。それこそ、今年の半分――3分の1くらいはずっと世話になっていたか?」
「北の後方陣地も長かった気がしますが……それくらいいますかね?でもまあ、そのお蔭でアンナを迎えることができましたし。有難い話です。」
「そうか。暫くはゆっくりしていてくれ。来年もまた宜しく頼む。」
「こちらこそ。ではこれで。」
アデルはそう言い残し、部屋を出る。
「あとは、あの馬のギルド登録は……明日でいいか。良い名前があったら考えておいてくれ。」
賊から奪い去った馬についてネージュ達に言う。実はそれだけでも十二分な戦利品なのだがアデルは気付いていなかった。




