始まる崩壊
2か月ぶりとなるコローナ王都はその雰囲気をすっかりと変えていた。
門の出入りの審査が少々厳しくなったようで、各ギルドのカード等の身分証明となる物を持たない者の入都はかなり時間が掛かるようになってしまっていたため、ミリアの入都に少々時間が掛かった。結局、ネージュが先行して町に入り、カイナン商事に連絡し先に戻っていたヴェンが自らミリアの身元保証人となって入都が認められた。
事情を聞くと、なんとか回避したかった北伐が結局一部認められた所に、つい先日、『フィンが挙兵した』との情報が届いたためだそうだ。もし、これが1年半早かったら、アデルもネージュも、そしてアンナも門前払いを受けていたかもしれない。尤も、アデル達が最初に辿り着いたエストリアでも同様の警戒態勢が敷かれているのかはまだわからないが。
ルイーセ達聖騎士隊は別の入口から堂々と入っていった。ルイーセは後で御礼をしたいと言っていたが、どう考えても厄介事を持ち込む未来しか見えない聖騎士隊とはあまり関わりたくない為、丁寧にご遠慮申し上げた。実際、コローナに入って以降は改めて礼を述べられるようなトラブルの類は一切発生していない。
「報酬は既に用意してあるから、明日の朝にはブラーバ亭に届くだろう。」
とヴェンは言い残し、そのままミリアを引き取って行ったため、大した挨拶も出来ないままミリアとも別れる。
「何だったんでしょうね。結局。」
大いに疲れたという感じでアンナが呟く。
「戦争を見越して娘を逃がした……ってのが一番好意的な見方なんだろうけどなぁ。大貴族の考える事はわからん。ナミさんからして、本当はコローナの為に活動してるのかグランの為に活動しているのか、わからなくなる時あるしな。」
「そりゃ自分の為でしょ。」
アデルの言葉にネージュが言うが、
「だとしたら、今更グランやドルケンに首を突っ込む必要あるかな?とくにドルケン。」
港のあるグランは商会にとっての生命線であるだろう。しかしドルケンに関しては、確かに魔石の原石は貴重かもしれないが、国の大臣に取り入ってまで交易を始める必要があるのだろうか。
「いや、魔石――転じて魔具なら戦争用にすればいくらでも需要が見込めるか……」
アデルが自分の問いに自分で答える。
「今の内に原石買っておくべきだった?」
「かもな。この状況で北と南で戦争なんて言ったら、原石の値段も跳ね上がるかもしれん。とりあえず、店に戻ろう。」
ネージュの問いそう答えながらアデル達はブラーバ亭へと足を向けた。
「只今戻りました。」
ブラーバ亭に戻り受付にそう告げると、受付もすぐに対応してくれた。
「お疲れ様でした。今ブラバドさん呼んできますね。」
受付がブラバドを呼びにいくと、程なくしてブラバドが現れ、店の奥へと促す。
「お疲れさん。急な予定変更があったそうだな。今回はその辺の話も聞いている。」
「緊急の物を受ける時に釘を刺しておきましたからね。」
「ハハハ。で、どうだったんだ?」
「そちらも無事に達成できましたよ。今思えば本当に緊急だったみたいですね。行動開始があと2日遅れていたらもっと面倒なことになっていたかもしれません。」
「フィンの挙兵か。」
「はい。尤もナミさんはその2週間前くらいには、兵を掻き集めていると言う情報を持っていたみたいですが。ドルケンにいたにも拘らず。」
「どういう連絡手段を持っているんだか……逆に興味が湧くな。」
「もともと結構有名な傭兵団みたいだったし?」
「それでも、国の斥候よりも早く情報を掴んでいたことになる。まあ、商売人として成功するには国より先に情報を把握した方が儲かるのだろうが。」
「そこは、まあそうでしょうね。噂になったらすぐに物価も変わるでしょうし。と、いうかやっぱりコローナ王都も?」
「自給できる食料なんかはまだ緩やかだけどな。鉄鉱石とか魔石やらはかなり上がっているな。」
「やっぱり魔石もか。今回ドルケンで話を付けたのはそれか。どうやら、鉄鉱石、石炭、魔石の原石あたりを本格的に仕入れるつもりの様でしたし。」
「その辺は……まあ、流石としか言えんな。傭兵をしていたなら、冒険者以上に戦争の仕組みには詳しい筈だ。」
「……多少無理をお願いして、フィンの挙兵前に原石を確保しておくべきだったか。」
「まあ……な。ある意味、そりゃ“ずる”だけど、こうなると仕方ないかもな。」
アデルとブラバドの会話にネージュが混ざる。
「こないだの、キマイラの魔石見てもらったら?」
「お?キマイラ?やったのか?」
「ええ。ドルケンから南に抜ける時に襲われました。道案内の冒険者と一緒でしたから、魔石以外の素材は渡してきましたが……これです。」
そう言ってアデルが取り出したのはキマイラの核となっていた魔石だ。大きさは、先のゴーレムの半分程度、つまりはローザに割られた片方分と同じくらいだ。
「こりゃ立派な魔石だな。……もしかしたら、魔石の原石が値上がりした所で、これや例の魔石を魔具のギルドに持ち込めば通常よりも高く査定してくれるかもしれん。」
魔石を見たブラバドがそう言う。
「なるほど……そう言う見方もあるのか。ともすると、ドルケンは結構いい場所なのかも?あんまりそれ系の依頼はなかった気がするけど。」
「都市型の遺跡でも見つけられれば一発なんだろうけどなぁ。こうなってしまうとある程度の大きさの魔石を持って国境を越えるのは面倒になるかもしれん。」
「やっぱりそうなりますか。コローナでもキマイラ工場とか見つかればいいのに。」
「馬鹿言え。そんなものあったら町の大半は滅んでるぞ。むしろ、よく野外でキマイラを倒せたな。」
「完全に舐められてましたからね。ネージュとアンナがぎりぎりまで飛べるとばれなかったのも大きいか。なんか俺にも空中戦が出来るような手段ないですかね?」
「空中戦って……まあ、確かにそうなりゃお前さんらの需要は跳ね上がるだろうが……現実的なのがスカイヴィークルあたりか?」
「スカイヴィークル?魔具っぽそうですが。」
「ああ、魔具だよ。単独で空飛ぶ小型キャリッジって感じか。」
「ディアスさんが持ってたスカイバイクとは違って?」
「あれは1人……移動だけならなんとか2人まで乗れるが、戦闘を考えるなら1人用だな。ヴィークルは4人まで乗れる。ただ戦闘はそれに備え付けてある武装を使うだけで、戦士技能は役に立たなくなるから何とも言えん。」
「ちなみにお幾らくらいなんですか?」
「平時でも10万ゴルトはするだろうな。」
「ああ、うん。デスヨネ。そうなると、やっぱりワイバーンとかを騎獣にする感じですかね。」
「購入して維持できるんならな。」
「そうなりますか。精霊……は難しいか。やっぱりペガサスを口説くしかないですかねぇ。」
「グランやテラリアでも……ペガサスライダーは聞いたことないな。」
「むう。」
「魔術や精霊魔法で飛行する魔法なら聞いたことはあるが、それも戦闘は考慮してないだろうしな。まあ、その辺は自分で調べてくれ。」
「ワカリマシタ。」
結局匙を投げられた。
「話は変わりますが……結局北部侵攻が始まったって本当ですか?」
「本当だ。ただ国は関わっておらん。というのが名目だがな。」
「どういう事ですか?」
「どうしてもというなら、国軍は防衛部隊以外は派遣しないが、攻めたいなら各貴族の責任で勝手にしろ。って感じらしいぞ。」
「何だそりゃ……それで通るのか?その場合奪った領地はどうなるんでしょう?」
「奪った軍の物になるんだろうさ。」
「もし、その領地を巡って国同士の話し合いになった場合は?」
「さあな。ただ、そうなったら北部貴族と連邦の白・赤国がもめるだけで、連邦政府的な黄国とコローナは介入しないんじゃないか?」
「それ、国としてどうなんだろう……」
「北部連合の突き上げが相当だったんだろうな。恐らく国としては南の安定化に向かうだろうと思われる。」
「まあ、大陸の北と南でどっちが大事かって迫られたら、十中八九は南と答えるでしょうしね。」
「そうなるな。連邦から買うものと言ったら、ミスリル鉱石とエーテルくらいしかないし。」
「エーテル?」
「……知らんのか。まあ、無理はないか。大型の魔具を動かすための動力源だ。魔素の補助的な物だと思えばいい。」
「そんなの物理的に買えるんですか……」
「通常はただの液体だからな。一定温度以上で空気に触れたり、魔具に流し込むなりすると気化するらしいが。」
「はぁ……」
「まあ、コローナでエーテルがいるほどの大型魔具となると、もう国レベルの物だしな。ゴミ焼却やら、下水設備やら。あと城の暖房なんかにも使われるか。」
「その辺も魔具だったんだ……」
「ごみ焼却や下水処理が魔法でされてると思ってたのか?どんだけの魔術師をどんだけ抱えるんだよ。」
「……ソウデスネ。」
また一つお勉強したアデルである。
「まあ備蓄はあるだろうが、エーテルが完全に止まるとその辺も困って来るには来るけどな。」
「そうなると当面、東には手が回らないでしょうなぁ。」
「東?」
「グランから戻る時に、外交使節と思われる聖騎士隊と出くわしまして。テラリアもだいぶ状況が悪くなってきてるみたいで。」
「……心配か?」
「いえ、別に。」
「おい……」
アデルの即答にブラバドが呆れる。
「あっちのお偉方の手抜きで、俺らの何十年分の仕事がパアになりましたからね。もう知ったこっちゃないです。しかも、聞くところによると西部領の4分の1が奪われたにもかかわらず、碌な出兵もせずに帝都内で何かに勤しんでいるご様子だそうで。」
「……西部領の4分の1か。それですらそれどころではないと言うと……」
「心当たりあります?」
「皇帝は……まだそんな年じゃない筈だよなぁ。テラリアとフィンは往々にして王位継承争いが激烈になるって話は聞いているが。」
「流石に皇族方は目にしたことないですねぇ。それでも50才前後だったと思いますが。」
「ああ。跡目争いにはまだ早い筈だよな……」
「そう言えば、来年の新年祭はこちらの王族方を一目見ておかなければ……」
「あー……聞いてないのか。今年は南北の情勢を踏まえて、市街パレードは取りやめになったぞ。」
「なんですと!?」
突然の悲報にアデルが声を張る。年頭のモヤモヤが晴れないまま、また1年待てと言うのか……
こうなったらミリアにお願いして一回本気出してもらおうかな。いや、ドレスの類持ってきていないか。ふと、隣国の元王太子候補のこと思い出してアデルはあることを思い出す。
「あ……」
「どうした?」
「いえ、ミリアの――護衛対象の髪色を変えたまま戻すの忘れてた。」
「あ……」
アデルの言葉にアンナもそれを思い出す。入都に手間取っている内にヴェンに早々に連れていかれてしまった為だ。
「まあ、明日あたりに行けばいいか。」
コローナ王都でいきなりどうこうなることもないだろうとアデルは気楽に考える。その時、今度はブラバドが何かを思い出す。
「ああ、そうだった。グノー男爵家からお前宛てにミスリルソードが届いたのだがわかるか?」
「ええ。前に北部に行った時に後方の補給・救護陣地の防衛で一仕事しまして。他に欲しい物が浮かばなかったのでその辺りの品物を適当にくれと。本当に送ってきたんだ。」
「中々の逸品の様だぞ?」
「本当ですか?でも結局今、剣らしい剣を扱う人間いないんだよなうち……褒賞品を転売もまずいだろうし……アルムスさんに相談してみるか。」
「そうか。まあ、とりあえずはご苦労だった。ゆっくり休んでくれ。」
そう言うとブラバドは席を立った。
「まあ、今日くらいはゆっくりするか。」
アデル達は夕食の後、自分たちの部屋に戻る。2か月ぶりだが、部屋は綺麗に保たれており久しぶりにゆっくりと馴染んだ風呂に浸かった。
ホームの安心感からか、ネージュもアンナも済々と“羽を伸ばして”寛いだ。




