嵐の前
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ御贔屓に。
「すごく……軽いです……」
「そうだろう。俺も驚いてるくらいだ。」
アモール防具店で仕上がったプレートメイルを装備してのアデルの第一声だった。
最終調整が終わりアデルに引き渡された上半身用のプレートメイルは板金鎧とは思えないほどに軽い。もちろん、ハードレザーと比べるとやや重いが、他の素材を使ったものと比べると破格の軽さだった。
「硬度、耐熱はミスリルには届かないからいずれ乗り換える時が来るかもしれんが数年は使える代物だ。もし乗り換える場合や、追加の素材が見つかったら持ってくると良い。今更だが、これはお前さんよりも翼人嬢ちゃん向けかもしれん。」
トレードオフとなることの多い堅さ(防御力)と重さのバランスを考えると、確かにこれはアンナ向けかもしれない。もし、この鎧の発注より先にアンナが合流していたなら、恐らくブレストプレート2人分として注文していただろう。
「追加の素材……似た様な遺跡があればよいのですが……あのゴーレムとは当面戦いたくないかな……」
アンナにも同じ素材のブレストプレートくらいは作ってやりたいとは思うが、素材の元となったゴーレム戦を思い返すと、アデルは少々しり込みをする。少なくとも今この3人で挑んでも勝つのは厳しいだろう不本意ながら前回は勝てたのは攻撃特化ともいえるローザと攻守バランスの取れたミシェルがいたからこそ勝てたというものだ。ローザがゴーレム素材にはまったく興味を示さなかったことを考えると、やはりもう1包みくらいはなんとかして持ち帰るべきだったと思えてしまう。予備の袋を買っておくべきだろうか。
「まあ、こんな素材がゴロゴロ産出されたら武具の相場がえらいことになりそうだからな。まあ仕方あるまい。そっちはどうだ?」
アデルが防具の調整で動けなかった間、妹sはそれぞれのレザースーツを確認しながら、何かしら改善点が無いか検証していた。アモールも兄であるアルムスに触発されたか、改めて自分の仕事と腕の意義を見つめ直し、防具の発展、新商品の開発に意欲的になっていた。まずはすぐに取りかかれそうな彼女たちのスーツからだ。アルムス同様、プロトタイプを渡す代わりにフィードバックをくれ。ということだった。
特に彼女らのスーツは防具として以外にも需要が増える可能性がある。ただし、アデルの妹sに関してはその身体的な特徴と能力を考慮しアモール自らが特別仕立てで完成させたものであり、機能性・デザイン・素材コスト等、既に高いレベルで作られていたため、改良点としては精々臀部の強度と関節部の防御力と可動域の調整くらいしか残されていない。アンナが2か所ほどポケットを追加してほしいというリクエストを上げ、そこから案を得たネージュが、複数の暗器を音をたてないように収納できる機構が欲しいと要望を上げた。あとは洗浄とメンテナンスがなるべく楽になると良いという願望だが、こちらは戦闘向けでなく、町等で平時に着る時用のものに対してである。
ネージュの案については今後検討、アンナの要望に関しては、ポケット自体の強度は保証しかねるが……ということですぐにでも取り付けてもらえることになった。
妹sはその後も店内を見て回るなどして、使えそうな、面白そうな防具を物色して回る。ちなみに、アンナの槍のスタイル論争は結局『アルムス次第』と外部に委ねる形になってしまった。と、いうのも、敵の矢や長槍に対応するため(可変)短槍+楯のスタイルを推すアデルと、空中機動を踏まえた蛇腹剣のリーチの優位性を例に説くネージュの長槍両手持ち論とどちらも説得力充分であったため、まずは可変式槍の完成を待つことになった。アンナの手のサイズと重さ、強度のバランス、素材をどうするか。アルムスは義手・義足の設計と同時に、厄介な武器開発を押し付けられてしまった。
しかしアルムスは、まずはヒルダの義手のプロトタイプ→アンナの可変槍→随時改良という方針を明確に示した為、他はそれに合わせるしかなくなっている。
アデルがいない所で、妹sが『ヒルダとアルムスがくっ付くか』という賭けを始めたのは彼女たちだけの秘密だ。ちなみに、アンナがYES、ネージュがNOだ。どうやらアンナさんはその辺のゴシップがお好きらしい。
アデルが装備を受け取ったところで、ネージュがポケットやら収納やらが備わっている多機能ベルトを欲し、アデルがそれを買ってやるとネージュは上機嫌でそれを早速装備し、さらにマンゴーシュとミスリルショートソードを収納する。少々サイズが大きい蛇腹剣は何故かアモールに専用の鞘を作ってもらうことになった。
「そろそろ熊の季節かね?良い革素材を得られるといいんだけどな。」
とはアデルの弁である。困ったら熊。コローナ中東部の熊たちはとんだ相手に目を付けられてしまったものである。
アデル達がロゼと共に王都に戻ってから一か月が過ぎようとしていた。
北部戦線は詳細こそ伝わってこないものの激戦の末、ノール城の奪還が叶ったという話が聞こえてくる。
前線とは無縁の王都で生活する者の殆どにとって、北部の戦争は噂話と話のタネ程度なのだとアデル達は感じていた。負傷兵や難民が押しかけたフォルジェの町ですらあれだけピリピリした空気なのだから、奪還されたばかりであろうノールの城下町と王都ではその温度差たるや幾ばくのものかと想像してしまう。
しかし、お偉方――北部の貴族と王家はその真逆のようだった。今北部は報復攻撃としてオーレリアに侵攻したい北部貴族連合とそれを良しとしない王宮(政府)と意見の隔たりが大きいという噂でもちきりとなっていた。ある程度の支援は送られたものの、人、資金、物資の負担はそのほとんどが北部貴族たちのものであったし、また戦功をあげた者に対する褒賞を出すのであれば、応分の金子、或いは新たな領土を得る必要が出てくる。オーレリアが簡単に賠償金を払うとも思えず、また、その気にさせるためにも反攻は必須だというのである。特に最初の反攻でオーレリア赤国の一部をとったまま防衛ラインを下げさせられた北東部の貴族からの突き上げが激しいという。王宮はこれ以上の支出を避けるたい様で、なんとかして戦を止めたいと思っているのだが、オーレリアの当事国は西部の白、南部の赤国であるのにたいし、外交窓口は中央の黄国であるため、やはり温度差があり交渉はほとんど進まない。コローナ王宮も褒賞金は出すであろうがが新たに土地を分け与えるというのはなかなか難しいらしく、恐らく国が止めきれずに北進を認めざるを得なくなるのではないかというのが大方の意見の様だ。
一方、アデル達の方は蛇腹剣の練習用を除き、最後となっていたアデルの装備も出来上がり次の冒険への準備も万端である。
アデル達は、時折ヒルダのリハビリ兼モニタリングの付き合いとして、狩りやら稽古の相手やらをしながら過ごしていた。
ヒルダの義手には折り畳み式の槍が組み込まれることになった。本人の希望もあった様だが結局は武器が仕込まれたようだ。形状としては槍というよりもパタやジャマダハルに近い。腕に装着しそのまま腕を伸ばせば相手を突くことが出来る武器だ。先述二つには握りが用意されているが、義手であり、物を握ることが出来なくなったヒルダの右腕には腕とのアタッチメントに直接武器を組み込んだ形となる。申し訳程度に手に似せた鞘を外すと、鉄製のフレームと剣先が出てくる形だ。こちらはアタッチメントに素剣の他、練習用の物も装備できるようになっており、予定外の所でネージュの案が採用された形となっている。用途は刺突限定となるが、折り畳みナイフ等の要領で伸ばすことで短槍と近いリーチを得ることが出来ている。
冒険者レベルとしてはアデルの方が高いが、元々優秀な楯役・ガーダーであったヒルダは実際に馬上戦をした場合はヒルダの方が勝率が高かった。武器が体と一体となった今、勝手はだいぶ違うが以前よりもイメージ通りの攻撃ができると笑っていた。ただ、『握る・掴む』という機能はかなり難しいらしく、まだ未実装であり生活はまだまだ不便であるそうだが……少なくとも冒険者として生活する分にはもうそれほど問題にはならない様子だ。
アンナは結局、護身術として剣をベースに習いつつ、槍の基礎錬をすることにした。故にスタイルはアデルと近いものとなる。まずは円盾と剣の組み合わせだ。ノール奪還が成った今ならそのうちミスリルソードが送られて来る筈だ。それを待てばよい。
そんな感じで過ごしていたある日の朝。アデル達に指名依頼が入ったとブラバドが言う。依頼主はカイナン商事、つまりはナミからだ。しかもご丁寧に前回の貸しの返済に充てると連絡してくるあたり、実質的な強制依頼とも言えるものだった。
「今回の目的地はドルケンだ。あんた達は現時点でどれくらいの知識を持っている?」
指名依頼が届いた日の午後にはアデル達はナミに会っていた。『早いね……暇なのかい』の次に言われた言葉がこれである。
「ドルケン……温泉があるらしい?」
最初に答えたのはネージュだ。
「温泉?ああ、確かにあるけど……ああ、うん。そうね。期待に添えるようには手を打とう。」
「「おおおっ!?」」
ナミの言葉にネージュとアンナが食いつく。
「他には?」
「何も。」
ネージュの断言にナミは軽い眩暈を覚える。いや、この子らしいと言えばこの子らしいんだがね。
「あんたは?」
本命であるアデルに問うと、アデルは
「コローナ、グラン、テラリアに接する山岳地帯の国。国王は人間だけど、人口の3割が“火民”他にも亜人が多くてテラリアとは微妙に仲が悪い。っといったところでしょうか?」
「ああ。その通りだ。で、今回必要な情報を上乗せすると、軍事的には中立と謳っているが、経済的、文化的には“西側”に近いってことだな。」
「“西側”って?」
ナミの言葉にアンナが尋ねる。
「大陸の西側、つまりはコローナやグラン・フィンに近いってことだね。」
「今回の目的……というか、依頼の内容は?」
「依頼としては護衛依頼になる。だが、敢えてあんた達を指名したのは前回の“貸し”の徴収でもある。今後、あんた達には伝言を頼む事が増えると思う。ここから先は他言無用だが――」
ナミはそこで一旦言葉を止める。元々カイナン商事では“指名依頼”と言う物をしないと本人が言っていたことや、わざわざ貸しの返済と言って呼びつけたあたり、余程の難ごとなのだろうとアデルは警戒した。
「各方面と交渉、調整した結果、カイナン商事でコローナ、グラン、ドルケンと結ぶ三角形の交易路を開拓することになった。その取りかかりが今回のドルケン行きの目的だ。とあるルートによって相手の高官に接見する機会を得られた。その後は私はしばらくドルケンに滞在することになるだろう。その時にコローナとグラン、ドルケンとの連絡のやり取りの一部をあんた達に頼みたい。勿論、その時には伝言ごとに報酬を出す。」
「……まあ、“翼”をあてにしてのことだとは思いますが……俺ら今のところ別行動するつもりはないですよ?」
「わかってるさ。あんた達はコローナを中心に活動するんだろ?コローナの本店から、グランとドルケンへの速達の依頼がある時に真っ先に指名させてもらいたいと思ってる。そのためにも、まずは1回ドルケンを見てもらって、うちのドルケン支店を覚えてもらう必要があるのさ。」
「…………なるほど。今回の同行は勿論お受けしますが、その後も予定が合うかはわかりませんよ?偶々出払っている時もないとは言えません。」
「その時は別の手段を考えるさ。」
「わかりました。でしたら確かにまずはドルケンの支店とやらの確認をしませんとね。コローナはここ、グランはグランディア?」
「……いや、今後グランの拠点はグラマーのあの倉庫管理棟とする。」
「おや?グランディアの方が設備とか色々良さそうなのに。」
「うちとグランの関係は何となくわかってるんだろう?」
「……なるほど。それだと確かにグラマーか例の侯爵領の方が安心か。」
「ファントーニ侯爵は地方をたらい回しにされる懸念があるからね……当面はグラマーが一番安心できる。移す場合は勿論連絡するさ。」
「わかりました。出発は?」
「明後日には出られると思う。そのつもりで準備を進めてくれ。移動には馬車を使うが、交易は期待しないでくれ。今回はまだ交渉の段階だからね。あんたは自分たちに必要な分だけの馬を用意してくれるだけで構わない。」
「わかりました。」
馬車ならプルルの足でもなんとかなるな。と、なると今回もプルルともう一頭が妥当か。
……
…………
………………あのペガサス、うちで欲しいな……
勿論、そんな暴論をグランと縁の深いナミに言えるわけはなかった。




