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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
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私軍と隊商(?)

「帰りに軍と共同で山賊の掃討作業の一部を請け負うことになった。冒険者組の参加は任意だ。稼ぎたいヤツは名乗り出な。」

 突然のナミの宣言に、護衛としてここまで行動してきた冒険者たちはいっせいに困惑した表情を見せた。

「ほう。」

「ほうじゃねぇよ」

 ナミの発言に困惑以外のリアクションを取れた冒険者はネージュとアデルだけだった。ネージュは身を乗り出すようにし、アデルがそれを引っ込める。

「軍と共同って、グランの国軍とですか?」

 ネージュの脇腹を抱えながらアデルが質問する。

「いや、国軍じゃなくてファントーニ侯爵――コローナなら辺境伯相当だな。の私軍だ。」

「私軍ですか。ってことはそれほど大規模でもないと?」

「まあ……そうだね。東側に巣食う山賊どものアジトを3つばかり同時に攻める。そのうち一番規模の小さい1つをうちらで請け負うことになった。作戦は3日程。参加パーティには一律3000出す。あとは例によって出来高払いだ。ただし、賊の抱える物資はグランに帰属するものとする。小規模とは言え滅多にない実戦だ。これからあちこちで人間同士の大規模な戦が始まるだろう。今のうちに経験を積みたいヤツは是非参加しな。

 但し――覚悟は決めてもらうよ。もし、賊が人質を取る様なら……躊躇うな。武器を捨てたところで死ぬかそれ以下の目に遭うだけだ。自分らの命を優先してもらいたい。」

 冒険者たちがさらに困惑する。唯一ネージュだけが一人乗り気だ。敵味方とも命の重さが軽い闘争民族ゆえ致し方ない面もあるが。

「えーっと、つまりは賊のアジト1つをうちらだけで潰すと。単体で見ると単独行動ってことっすよね?」

「襲撃のタイミングは揃える必要があるけど、拠点の攻略自体はそうなるね。」

「ふむ。」

 言葉を発するのは専らアデルだ。返答も総てナミが行っている。

「それならまあ、やってもいいかな?」

「よし。他は?」

 アデルが決断すると、他のパーティもつられる様に参加を申し出た。

「いいね。見込んだ甲斐があったよ。ただし、あんた達は無理せず、出来ることを自分たちでしっかり考えて行動すること。捕まって捕虜になっても助けないからな?」

 ナミの凄みに一部冒険者がごくりと唾を飲み込む。だが、ここで手のひらを返す者は現れなかった。

「いつからですか?」

「グランディアを出て3日後、ファントーニ侯爵領の支城に入る。その翌日からだね。」

「索敵からじゃないですよね?」

「場所、規模は特定済みだ。他に質問は?」

「……」

 アデルは更に何か聞こうとしたがひとまずそれを飲み込む。ナミもそれに気づいたようだが、アデルが声を発しないので敢えてスルーした。

「以上だ。こちらはあんた達も入れた数で申告する。グランディアの出発は明後日だ。今のうちにしっかり英気を養っておくように。」

「あれ?復路の契約は?」

「参戦する者がいなければ、荷物番兼ねて聞くつもりだったけどね。必要ないだろう?」

「まあ、確かに。」

 全パーティ、通常の護衛依頼よりもハードな依頼を選んだのだ。ここで聞き直すまでもないか。

「それじゃ、解散。明後日の早朝にはここを出るよ!」

 ナミの号令に隊商員と冒険者の一部が『応!』と応える。どう見ても商会の長と言うよりもどこかの軍の中隊長と言う感じだな。と、アデルは思った。この時点でアデル達冒険者はナミの――カイナン商事の素性を分かっていないのでそれは仕方のないところでもある。

 解散の後、アデルは先ほどしようとした質問をこっそりとした。

「カイナン商事って交易商ですよね?周り見た感じただの交易商じゃないとは思ってましたけど……商会で参戦する理由を聞いても?」

「うちは元々グランの義勇兵だったんだ。後に傭兵団になったがね。商会として関わる理由は2つ。1つは新体制の国軍が正直あてにならん。先日の賊にも一部元正規兵が混ざってただろう?前の軍務大臣だったファントーニ侯の力が弱くなって新しいのが就いたらしいんだが、兵の末端をコントロールできていない。と、いうよりも軍全体の遣り繰りが出来ていないようだ。そのしわ寄せで喰いあぶれた一部の隊がそのまま賊に堕ちたって話がちらほら出ている。そうなると、いつも使っているルートが今迄通りに使えるとは限らない。今回侯に協力するのは新ルートの保証を貰う為だ。2つめの理由は……ま、侯が返り咲く為の足掛かりだね。今迄稼がせてもらった恩もあるし、侯が『強い』程、うちも安定して稼げるからかな。」

「なるほど。まあその辺の事情は深く突っ込みませんけど……攻撃隊の指揮はちゃんととって下さいね?」

「やってみる気はない?」

「作戦には1枚噛みたい気もしますが、指揮の方はちょっと。他のパーティに死人がでたら責任取れませんし。他店の冒険者もいるでしょうし。」

「まあ、ね。仕方ないか。作戦にはって、何か良さそうな作戦でもあるのかい?」

「いや、今のところ何も。賊のアジトの場所や規模とかがわからないと何とも。ただまあ、夜襲ありならそれなりに?」

「ほう。まずは到着してからだね。」

「ですね。」

 アデルはそこで話を切り上げ、護衛冒険者用の宿泊所へと戻って行った。




 グランディアを出て3日後、一行は予定通りファントーニ侯爵とやらの支城に入った。支城には既に侯の軍であろう200人ほどが詰めていた。

 侯爵自らの出迎えに、私兵達も、冒険者たちも一様に驚きの表情を見せる。

 賊の討伐になぜ、国軍でなく私軍で当たるのか……アデルは少々疑問に思ったが、兵の質に差がなければアデルには関係ない話だ。その辺の思惑は侯爵とナミくらいにしかわかるまい。そんな中で職業軍人である私兵部隊が隊商の助っ人相手にどういう態度を取るかとアデルは別の興味を持った。

 当初は疑問符付の表情と興味本位の視線が集まっていた。確かにカイナン商事の遠征組は普通の商人には見えない。また、軍の運営が厳しくなりつつある現状、助っ人というのはありがたい存在なのだろう。当初は自分たちの矢避けになればとでも思ったのかもしれないが、出迎えた侯爵が、ナミが、ナミ達がグラン東部でかなりの知名度を持つ元傭兵集団“フィーメ傭兵団”であると知ると、一転歓迎ムードに変わる。随分と評価されていた様だ。逆に、カイナン商事が元傭兵団であったと知った冒険者たちは一様に複雑な表情をした。自分から手を挙げたのは確かだが、飽くまで山賊退治としてである。このまま否応なしに軍の仕事が回ってくるのはやはり遠慮したいと言う者も多いだろう。アデルもそのうちの一人である。

 その日の夕方には、ナミとヴェン、そして何故かアデルがファントーニ侯爵と面会することになった。フィンとの国境とはまだだいぶ距離がある支城故、大した設備はないが広くて小綺麗な部屋に通される。

 中にはファントーニ侯始め、数名の武官、おそらく騎士だろう。が、並んで待っていた。

「そちらは?」

 40代半ばといった男性がアデルを見て声を掛ける。

「今回の冒険者達を取りまとめているアデルです。彼のおかげで他の冒険者たちも参戦を決意してくれたようです。また、例の元正規兵を唯一討った冒険者でもあります。」

「ふむ。私はグラン王国陸将、パトリツィオ・ファントーニだ。君の活躍に感謝する。そして次の働きにも期待させてもらおう。」

 そう言って右手を差し出してくる。

「畏れおおう御座います。」

 アデルは思わず跪いてしまうとファントーニ侯は不思議そうな、そして少々困惑した表情をする。

「ああ、彼は元々テラリアの辺境の出身だそうで……アデル、大丈夫だ。むしろ握手を求められたらしっかりと返すのが礼儀だ。」

 ナミのフォローにアデルは慌てて握手を返す。

「これは失礼しました。」

「テラリアか。あちらも色々大変らしいな。だが今はコローナにいるのだろう?」

「はい。」

 他国とは言え、初めて大貴族の当主と握手と言葉を交わす。流石のアデルもガチガチだ。

「まあ、気を楽にしてくれ。それでは始めよう。」

 そう言うと、ファントーニ侯がナミ達に席を進める。

「失礼します。」

 ナミ達はそう告げ、着席しアデルもそれに倣った。

 見た目は大柄にして無骨。元々は戦士だろうか。イメージ通りの武人といったところか。応対は紳士、しかし、政争に娘を出しにしてまで王宮に食い込もうとするあたり裏もありそうな雰囲気。それがアデルが持ったファントーニ侯爵の第一印象だった。

 そんなアデルの頭の中を無視して作戦会議は始まる。

 ナミが最初に言った通り、判明している3つの賊の拠点を一斉に制圧する作戦のようだ。最初にカイナン商事が担当する賊拠点の説明に入る。

 立地としては森の中。すぐ近くに川があり水源には不自由ないらしい。森林は概ね整備されており、周辺の林業主体の村の何か所かが既に襲われているとのことだ。襲撃した村は生かさず殺さずといったところで、物資の大半と若い女性数名を奪って去って行く。殺戮は武器を持ち刃向かった者のみを殺して村に火を放ったりはしないという。斥候の報告によると規模は40~50人程だが、兵士崩れを中心に武装はそれなり。一部はフィンとの実戦経験がありそうだ。との話である。

「実戦経験ありか……練度はわかりませんが、少々厄介ですね。被害状況からして統率もそれなりに取れていそうだ。」

「うむ。だが、私がトップを離れて僅か数か月でそこまで堕ちる物とは……」

「コローナ国境の部隊ですら、物資が不足気味でしたしね……フィン方面はコローナ方面よりは厚い支援があるでしょうが、その分負担もかなりの物になるかと」

 ナミとファントーニ侯が嘆く。

 こちらの規模はカイナン商事、元フィーメで30、冒険者で20弱、しかも冒険者勢は動きこそ悪くないもののこの手の人間同士の集団戦闘を経験した物は皆無だ。

「少し支援がいるか?」

 ファントーニ侯がナミに問うた。

「練度次第でしょうか?雑兵程度ならうちの奴らが遅れを取るとは思いませんが……それでも10名前後は案内を兼ねてお願いしたいところです。」

「わかった。手配する。」

「すいません。1ついいですか?」

 そこでアデルがおずおずと声を上げる。

「なんだね?」

 ファントーニ侯が静かに声を向ける。

「賊のアジトってことですが、ねぐらはどんな感じですか?丸太小屋の集合体とか、古い施設に立てこもっているとか。さすがに森で洞窟生活はないとは思いますが。あと広さというか、賊がアジトとして警戒している範囲とか。」

「その辺はどうなっている?」

 ファントーニ侯が問うと斥候だろうか?が、答える。

「……すみません。そこまで具体的には……丸太小屋が2~3、あとはテントだったと思います。」

「人質は女性のみですか?」

「村での調査によると、村から攫われたのは全て女性であると。」

「なるほど……」

 アデルがそこで思案に入ると、ファントーニ侯は興味を持ったのか、

「何が『なるほど』なのだ?」

 とアデルに問う。

「え?えー……そうですね。攫われた人数次第ですけど、その小屋の1~2つに納まる程度なら、テントの方は夜にでも焼き討ちにすればいいんじゃないかな?と。」

 その言葉にファントーニ侯が渋い顔をする。

「これが戦争であったなら悪くない案だ。だが、今回は賊の掃討が最優先ではあるが、可能な限り人質は救出したい。」

「そうですか……ですが、賊に攫われた女性を救出できたとして全員村に戻りたかりますかね?」

「どういうことだ?」

 アデルの言葉にファントーニ侯が眉を寄せる。

「以前、山賊に囚われた人から聞いた話ですが……賊が村から態々女性を攫い、炊事洗濯をさせるとは思いません。暴行を受けた人の中には半分くらい、村に戻るよりも死を選びたがる人がいると聞きました。実際、村に戻った所で以前の様に生活できますかね?周りが何事もなかったように接っすることが出来ますかね?」

「……どうだ?」

 返答に詰まったファントーニ侯はまずナミに尋ねると、ナミは無言で首を横に振った。

「お前は?」

 次に振られたのは斥候。彼は各村で色々話を聞いているようだ。

「恋人や伴侶がいた者は大抵、彼の言う通りになるのではと……」

「そうなのか……」

 そこでファントーニ侯は言葉を失った。フィンでは茶飯事、グランでも一部心ない貴族が、気に入った娘を徴発し暫く遊んだ後に金を握らせて捨てるという事はままある話だ。その後のその女性の生活など考えたことなどなかった。況して手切れ金すらもらえずに身一つで村に戻されたとなれば……

「それでもだ。それでも、アジトに人質が囚われている事を知った上での火攻めは避けたい。」

「わかりました。火攻めは考えないようにします。」

「うむ。」

 アデルはそう言うと、地図と睨めっこを始め黙り込んだ。その後一切言葉を発しなくなった事から、ファントーニ侯はナミと頷きあうと、次の拠点へと議題を変えた。

 その後、結局確定したのは、行軍開始は明日朝から。作戦決行は明日の夜から明後日、そして帰還して再合流という流れの確認と、ファントーニからナミへこの斥候を始め、案内として10名ほどの兵を貸すと云う事のみだった。


 会議を終えた後、アデルは目に焼き付けた限りで地図を複製すると、それをネージュに渡して耳打ちをする。ネージュは、それを受け取り頷くと……姿を消した。




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