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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
46/373

軍人と商人

「オーレリアがついにコローナへと侵攻したらしいな。」

「いよいよ始まりましたか……あちらでも秒読み段階とは噂されていましたけどね。戦況は聞いていますか?」

「オーレリアの黒公国がノーキンス辺境伯の城下町に急襲し陥落させたそうだ。」

「……いきなり陥落ですか?それなりの備えはしてあるものと思っていましたが。」

 高級な調度品が立ち並ぶ豪勢な一室で男と女がテーブルを挟み2人だけで話をしている。

「恐らく最初は芝居だろう。そうすれば本国から兵やら支援物資やらが無尽蔵に送られてくるからな。それを懐に入れた所で適当に大義を立てて逆にオーレリアに切り込もうというところだろう。」

「…………」

 男性の予測に女性が閉口する。最近のコローナ北部の情勢を考えると強ち間違ってはいなさそうで困る。

 会談の場所はグランディア郊外にあるカイナン商事の所有する別荘だ。そこにいるのはナミとグラン王国前軍務大臣、パトリツィオ・ファントーニ侯爵。つい先日までグランの軍事を牛耳っていた人物であった。

「北部領での小競り合いならこちらにはほとんど影響は出ないでしょう?エーテル供給が止まるとコローナの王都あたりは燃料が高騰するかもしれませんが。」

「そんなところだろうな。それよりも……だ。」

「軍務大臣を降ろされたと聞いています。」

「その通りだ。あのバカ娘が……まあ、弟と甥がラパロ家に懐柔されていたことを見抜けなかった私の責任もあるがな……」

「陸・海とも軍の統制がうまくいっていないと言う話は?」

「その通りだよ。フィンとの争いの中、私がどれだけ苦労していたのか。結局ラパロも陛下も判ってはいなかったのだ。碌に軍を知らないベルトーニが私の後釜とは笑わせてくれる。その結果が、元国軍の賊の増加だ。なんとかベルトーニの責任問題に発展させたいところだが……まだ少しそのタイミングではないな。」

「閣下のお立場は?」

「……まあ、コローナで云うところの辺境伯みたいなもんだな。先の戦の功績を持ち出して領土自体は増えたが……フィン国境付近の辺境に転封された。軍の中央や王宮の文官との繋がりを断たせたいのだろう。まさかここまで手際よく飛ばされるとは思ってもみなかった。」

「いかがなさるおつもりで?」

「いずれ返り咲くさ。どうせ今の状況でベルトーニでは軍どころか、陸軍すら碌にまとめる事は出来んだろう。そこでだ。ソーノ君に3つ頼みがある。」

「お聞きしましょう。」

「1つは今迄同様の間接的な経済支援だ。特にコローナ国境の国軍やその周辺の村々などへの一層の物資の支援をお願いしたい。2つめは最近増えた賊の掃討に手を貸してほしい。この2つは君がグランで商売をする際にも大きな効果があるだろう。」

 ファントーニ家の名での辺境部隊とその兵站となり得る村々への支援。確かにこれによりカイナン商事の交易がかなり安全に、優位に展開できているのは事実だ。ファントーニ家の中央への影響力が削られる中、グラントコローナの国境付近の不安定化はカイナン商事にとっても最大の懸念事項である。

「3つ目は……まあ、ちょっとした保険だ。」

 グラン王国前軍務大臣、パトリツィオ・ファントーニ侯爵とカイナン商事――元傭兵団フィーメの代表ナミ・ソーノとの密談はもうしばらく続いた。



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 一方、ナミをグランディアに残しさらに南へと向かうアデル達は、程なくしてグラン王国最大の港湾都市グラマーに到着する。

 グラマーのカイナン商事の施設に隊商を無事に送りどけたアデル達護衛冒険者はここで今日、明日と1日半の休息日となる。

 アデル達以外は今回初めてグランに来たという者ばかりで、ほとんどの者が待ってましたと街へと姿を消していった。一部、今日は疲れを癒して明日に備えるという者もいるにはいたが……


 アデル達は先日、香辛料をうまく見繕ってくれた店と店員に挨拶を兼ねてまた購入しようと記憶の通りに市場にあるその店に向かった。

 店は相変わらずの賑わいぶりで、アデルはすぐに例の店員を見つけると、

「先日はどうも。」

 と声を掛ける。

「先日……?ああ、先日ねどうも。」

 と微妙な返事が返ってきた。さすがにチラッと立ち寄った一見さんをこれだけ賑わう店の店員が覚えている訳もないか。とは思ったが、

「おかげで良い買い物をさせてもらいました。グラマーに来ることがあったら必ず寄ろうと思いまして。気持ちばかりですが、もしよかったらどうぞ。コローナ北部で収穫されるお茶です。」

 そう言ってアデルは店員に小さな紙袋を渡す。出発前日に用意しておいた、コローナでもちょっとした高級なお茶の葉だ。

「コローナ?ああ、君達か。去年の秋口の。その様子だと喜んでもらえたようだね。」

「はい、お蔭様で。出来ればもっと予習をしておくべきだったのですが時間が取れなくて……今回も是非物を選んでもらえないかと。」

「なるほどね。冒険者にしては律儀と言うか……ご丁寧にどうも。ま、こっちも頂けるものは喜んで頂くけどね。予算は?」

「今回も5000ゴルト程でお願いしたいのですが。」

「ああ、任せてくれ。ただ、最近航路が安定しなくてね。どうしても量は前回より少なくなってしまう事は理解してくれ。まあ、こっちでこれならコローナでならうまく寝かせてやれば値段も上げられるかもしれないけどその辺は君たち次第だ。」

「わかりました。」

 やはり海の一部を封じられている影響は港町にも、否、港町だからそこ早い段階で影響がでているようだ。この様子がコローナ内陸などに影響を出始めるのはもう少し後だろうか?

 アデルはそんなことを考えながら店員を待つと、御礼を述べ、選んでくれた荷物を今回もまた一輪車を購入してカイナン商事の施設へと戻るのであった。



 翌日。今日も護衛冒険者たちは1日の自由時間となる。皆、街や港の散策、買い物などその日は各パーティ、それぞれ思い思いの行動を取る。昨日寝込んだパーティも今日こそはと意気揚々と街へと繰り出していった。

 アデル達は買い物を午前中に済ませ、お昼前に屋台で少し多めに食べ物を買い漁ると、プルルを連れて前回見つけたグラマーや海が一望できる丘へと登る。カタリナに追い立てられるように慌ただしくコローナを出発したのは3月の下旬だったが、今はすでに4月の下旬に差し掛かる。コローナよりもだいぶ南に位置するグラマーはまさに初夏という感じで、風も心地よく、天気も良い。そんな中街と港と海を一望できるこの場所からの光景は素晴らしいの一言に尽きた。景色を眺めながらの少し贅沢な異国の昼食をとる。他に人の気配もなく静かだ。海も前回来た時と同じような穏やかな表情を見せている。しかし、この視界の向こうではフィンの海賊船が周辺国の船を襲っているのかと思うと、何の対応も取れないグランを不甲斐なく思えてしまう。勿論、海戦は兵数だけで押しきれるものではないと云う事ははわかるにはわかるが。

 一息ついたところでプルルもこの景色をしっかり覚えていた様で、前回、ペガサスに誘い込まれるように寄った湖へ向う様にとアデルを引っ張ろうとする。

「わかったわかった。まあ風呂とは言わんが、お前にもちゃんと味あわせてやらんとな。」

 このところ、というか、それこそ前回ここに立ち寄った時以来、水でしっかりと身体を清めてやることが無かったな。とプルルの要望に応えるべく湖へと向かう。

「……流石にいないよなぁ。」

 周囲を見回すが他に生物の気配はない。前回いたペガサスの姿もなかった。

「ここ、立ち入り禁止地区じゃないよな?」

 余りの静けさに、立ち入りが禁止されている場所なのではないかと心配になったが、そのような表示もないし、仮にそうなら詳しいナミが咎めただろう。

 水に触れると流石に冷たい。とはいえ南国の太陽に半日ほど暖められたそれはコローナの川や井戸水で水浴びをさせるよりは随分楽だ。

 プルルは水温を確かめる様にゆっくりと湖に入ると、大丈夫と見たか足を折り曲げ、数秒の間頭部以外の全身を水に浸けた。そして程なく岸に上がると例によって目いっぱい体を震わせある程度の水分を飛ばす。勿論アデルもネージュも避難済みだ。

「お湯が贅沢に使えりゃあなぁ……」

 そう呟きながらプルルの鬣、首、腹とブラシを入れていく。プルルはうっとりと目を伏せていたが耳が一回動かすと、おもむろに立ち上がる。何か来るのだろうか警戒する様子だ。

「あ、また来るみたい……」

 ネージュが空を見上げて呟く。

「またって……もしかして……」

 もしかした。

 バサバサと翼を羽ばたかせ着地してきたのは一頭のペガサスだ。状況からして恐らく前回と同じ個体だろう。

「ブルルルン」

「ブルルルン」

 プルルとペガサスが何かやり取りをする。勿論アデルやネージュにはわからない。

 人間と亜人がある程度の言葉を共有しているように、馬と天馬でももしかしたら言葉があって通じているのかもしれない。プルルにペガサスが答えると、ペガサスがプルルの横でしゃがみこみ、順番待ちを始めたのだ。

「お前、絶対どこかから監視してただろ……」

 アデルが来て、プルルのブラッシングが終わる頃にタイミングを合わせて降りてきたのだ。そう思わざるを得ない。

 ある程度満足したのか、ペガサスに配慮したのか、プルルは立ち上がり岸辺から少し歩いて日当りの良い場所に移動するとそこにしゃがみこむ。すると先ほどのプルル同様、ペガサスは湖に数秒浸かり、また上がると、慌てて避難するアデル達に構わず全力で水気を飛ばした。

「い い 度 胸 だ 。」

 アデルはすっとペガサスの正面に立つと、涼しげな表情をしているペガサスの顔を睨みつけてみるが……

 ベロリと顔面を舐められた。臭う。オーラルケアとは無縁の野生の幻獣の口臭を思い知り、慌てて湖で顔を洗う。ペガサスの方が一枚も二枚も上手の様子だった。そりゃあもう貫禄が違う。

「まあ、うん。いいけどさ……お前本当にペガサスだよな?」

 ナミやブラバドから聞かされた話とは全然違う。随分と人に慣れたペガサスだ。もしかしたら愛好家とは別の意味での“馬好き”が判るのだろうか?アデルは苦笑しつつも、ペガサスの示すままに体と翼をブラッシングしたのである。

 貴重な幻獣との触れ合いに振り回されつつも癒されたアデルはグラマーに、そしてグランディアへと戻る。

 そして彼らを待ち構えていたナミの発言は、彼らにとって驚きと同様をもたらすものであった。


「オーレリア連邦がコローナ北部に侵攻し、ノーキンス辺境伯の城が陥落したらしい。」

 いよいよ戦争が始まったのだ。だが、彼ら――護衛冒険者を困惑させたのはその次に出てきた言葉だった。


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