防具屋と武器屋
アモール防具店の店内を一通り見て回ったアデルは、新しい楯として手ごろな価格のカイトシールドを購入した。
言われたとおり、購入後店内に戻ると、出かける支度と何かの荷物を持った店主が待っていた。
「何故それを選んだ?」
店主がアデルにその楯を選んだ理由を尋ねると、
「2~3か月後には更に新調する予定ですしね。流石に例の魔獣がまた出てきたら厳しそうですけど、そんな話はきかないし、遺跡に行く予定もないですし。今迄のより一回り大きめの楯の使い心地を確認しておこうかと。」
「なるほどな。さて、それじゃ向かうぞ。そのゴーレム素材も一緒に持っていく。自分で持て。」
「わかりました。」
アデルがゴーレム素材を再び袋に収める。
「皮は?」
「武器には要らんだろう。置いていっていいぞ。店の者には伝えてある。」
「わかりました。」
アデル達は店の裏口から出て、店主の後ろについていく。
「そう言えば、店主さんのお名前を伺っても?」
「はぁ?知らんかったのか……俺の名前がアモールだ。」
「なるほど、ではお兄さんのお名前は……」
「アルムズだな。」
「なるほど。覚えます。」
覚えるまでもないけどな……
程なくして、アルムズ武器店に到着する。
商品の体積の都合ものあるのか、店自体はアモール防具店より大分狭い感じだ。
今度は裏口からではなく堂々と店の入り口から入ると、店内もアモールの店と比べると閑散としている。というか、客が一人も来ていない。カウンターの奥には初対面のアデルでも一目で察せるほどアモール氏の兄上がいらっしゃった。
「む?なんだ、珍しいな。」
「面白い奴が訪ねて来てな。面白い物を持ち込んできやがったんだ。」
アモールがにやりと笑う。『面白い』という言葉にアルムズも興味引かれたようだ。
「まずこいつらな。ディアスの引退後の引っ越しを手伝ってきたらしい。」
「ディアスの?やっぱり引退は本当だったのか。それじゃあ、やっぱりマリーネは?」
「ああ。」
そこで二人共暗い表情になる。
「まあ、冒険者なんてそんなもんだろう。それより……だ。」
アモールは扉の内側に架けられていた「閉店中」の掛札を取って扉の外にかけ直すと、勝手に鍵を閉めてしまう。そして窓のカーテンも閉じた所で
「ネージュ、その合羽脱いで良いぞ。」
「???」
ネージュはちょっと困惑した様子でアデルを見上げると、アデルが頷いたので上着を脱ぐ。
「なっ!?……ほほう。」
ネージュの装備と翼を見て驚きと関心の声を上げる。
「クラスは《暗殺者:21》だそうだ。」
「《暗殺者》?話は聞いたことがあるが見るのは初めてだ。」
「ああ。まあ、こんな感じでマリーネやディアスのお古を貰って来たらしい。で、面白いのはここからだ。おい、例のアレを出せ。」
アモールに促され、例のゴーレム素材を取り出しカウンターに置く。
「これは?」
「遺跡を守ってたゴーレムの一部らしい。」
「遺跡だと?」
アルムズにもアモールと同じ説明をする。
遺跡の詳細は依頼の条件で言えない事、中にあったのは守護者としての魔獣とゴーレム。この金属がそのゴーレムの一部であること。強度は推定、鋼鉄同等であることなどだ。
「守護者が出るような遺跡が見つかったなんて話はここんとこ聞いてなかったけどな。まあ、無事探索して戻ってこれたならそれは幸運だったな。」
(なるほど。それはつまり逆に言えば守護者がいる様な遺跡はすぐ噂になるのか……)
ローザが執拗に存在を伏せたがった理由の一端が見えた気がする。
そんなアデルの考えをよそにアルムズはその素材を持ち上げてみて首を捻る。
「ん?見た目より随分軽くないか?」
そこは鍛冶師である。金属の体積と重量が釣り合っていないことにすぐに気付く。
「ああ。この重さで鋼鉄と同程度の硬度だとしたら新種か魔法錬成の合金だろうな。」
「これを?」
「これで楯と槍を作りたいらしい。楯は俺が作るが、丸楯、凧楯、塔楯と決めあぐねてるらしいから、どれくらいの分量を使うかはまだわからんが……」
「そういうことか。」
兄弟で勝手に話が進んでしまう。
「今使ってる槍は?」
「これです……そのゴーレムのせいでボロボロでして、穂先を替えようかと。」
アデルが自分の槍を見せると、アルムズがそれを手にし、最初に他の人達と同じ質問をする。
「この紐はなんだ?」
「もともとは、狩猟用でして……時々投げます。で、その回収用です。」
「投擲槍に紐を付けるとか……面白い発想をするな。普通考えん。」
「使うのは専ら森の中とかでしたから……それほどの距離を投げる事はそんなにないですね。」
「なるほどなぁ。……確かに面白そうだな。よし。俺にも一枚噛ませろ。」
「そう言うと思ったぜ。なにせ扱った事ない金属だしな。どれくらい欲しい?」
「そこは本人次第だな。ただの穂先が欲しいだけならそれこそ楯の残りで十分だろうが……それじゃつまらないだろう?」
「つまらないと言われましても……他に何か案が?」
アルムズの言葉にアデルが困惑してしまう。
「そうだなぁ。ポールにギミックを仕込むとか、いっそポールアクスにしてしまうか?」
「馬に乗るらしいぞ。」
「騎士志望なのか?」
「移動用らしい。」
「ふむ。騎士志望と言ったら興ざめした所だが違うならそれはそれで面白い。」
彼らの物事の基準が面白いかどうかだというのはよく判った。
「お前さん、剣は?」
「もってません。最初に槍を習って以来ずっと槍でしたので。」
「遺跡にもか?」
「はい。」
「ふむふむ。」
「ま、明日から2ヶ月程グラン出張らしいから時間はまだあるぜ。」
「そうか。俺も何か面白い物が出来ないか考えておこう。だが、それだと出張に持っていく武器はどうする?」
「それをここで買って行こうかと。と、言うかそのつもりで武器屋を教えてくれといったら連れてこられました。」
「そうかそうか。気になったものがあったら何でも聞いてくれ。」
「兄貴が作る物はどれもユニークでなぁ。一番凄いのがこれだな。」
アモールが一振りの剣を取ると、片手で素振りをする。戦士のアデルが見てもなかなかいい素振りだ。ただ剣の方は何のことはない普通の剣に見えた。が、
「ここを押ながら振ると……」
「「!?」」
剣が伸びた。正確には、刀身が帯状にばらけて、仕込まれていたワイヤーを軸として散開し鞭のような挙動を取り、また元の剣の状態に戻る。いわゆる蛇腹剣、スネークソードだ。
「残念ながら扱いが難しくてな。それに中々理解できるやつがおらんくてな……」
ネージュの目が輝いている。
「ほかにもあるぞ。この槍も……ここを押すと……飛び出す。」
次に手にしたのはそれこそアデルのものと同じような短槍だったが……どうやらスイッチを押す事で穂先が分離して勢いよく飛び出して一瞬で5メートルくらい先に攻撃が届くようだ。
「まあ、これはこうしてここを引っ張って再セットしないと槍としては使えなくなるんだけどな。ある意味その辺はお前さんの槍と似たような運用だな。」
「なるほど……」
今度はアデルが感心している。
「とっても……冒険者向けです……」
1対1で奇襲として使えば効果は高そうではあるが、決闘で使えば間違いなく卑怯呼ばわりされるだろう。また、1体多で戦う場合は先端部を回収し取り付ける間、無防備になってしまう。かなり使いどころの限られた切り札の様である。
「そうだろうそうだろう。」
「うーん。それじゃあ、中間と言うか……飛びださずに、手でセットするので良いですので高級釣竿の要領で、2~3段階に伸びる柄とかないですかね?」
「高級釣竿?あの入れ子状になってるやつか?……ふむ……ふむ……おう!それだ!いいな!それなら強度さえあれば構造事態は簡単に……そうなると、素材はこれくらい欲しいかな?」
「ふむ。そうなると、混ぜずに使えるのは凧楯までだな。どうするね?凧楯と槍なら今ある素材だけで出来そうだが……塔楯となると若干、通常の金属を混ぜる必要が出てくるかもしれん。」
凧楯――カイトシールドは文字の通りひし形の凧状の楯で、従来のラウンドシールドと比べて大きい割に取り回しが良いバランス型の楯である。一方、塔楯――タワーシールドは長方形の大きな楯で表面積が大きく、主に多数の矢から自分の身をきっちり護る事に適しているが少々重さと取り回しの悪さがついてくる。アデルの記憶にある中では、ローザ、ブレーズが凧楯、ミシェル、ラウル、ジルベールが塔楯を使っていた筈だ。
「今迄と今後の予定からして凧楯で十分だとは思います。」
「うむ。そんな感じだな。ま、気に入らなければ溶かして作り直せばいい。勿論工賃は頂くがな。」
アデルの答えにアモールがにやりと笑う。
「とりあえず、今回持ってく槍ですが……」
「これで良ければこれを持って行け。お前のおかげでまた1つ……いや、2つだな。面白い物が出来そうだ。壊さずに返してくれれば金は要らん。」
アルムズはそう言って2番目に紹介された、飛び出す槍を渡してくれる。握りの部分にあるボタンを押すとワイヤーにつながれた穂先が射出されるようだが、詳細は先述の通り、1対1の奇襲ぐらいにしか使えないだろう。だが、普通の槍として使う分なら、少々重いが、今迄の槍と長さもそんなに変わらずにすぐに馴染めそうだ。
「助かります。壊すと幾らくらいかかるんですか?」
「状況次第だが500ゴルトくらいだな。」
「状況次第?」
「壊れた原因が不可抗力だったり、ギミックの不具合だったりしたなら多少は値引く。単純に先端部の回収が出来なかったとかなら500だな。」
「わかりました……まあ、壊すつもりはありませんが……」
アデルがそう言った所で、ネージュがアデルの腕を引っ張る。
「どうした?」
「あれ欲しい……」
「「ほう。」」
ネージュが指したのは最初に紹介されたスネークソードだ。
「使えるのか?」
「練習する。」
「ふむ……」
ネージュの方から物をねだるのは珍しい。と言うか、食べ物と風呂関連以外では初めてな気がする。アデルはこのところのネージュの活躍を鑑み――
「おいくらですか?」
「かなり複雑なつくりでなぁ……本来なら5000ゴルトだが……」
5000ゴルト――宿の部屋の使用料が免除されている今であれば2人でも5カ月は何もしにで生活できる金額だ。
「素材は?」
「鋼だ。」
「なるほど。」
同サイズ、同素材の通常の剣と比べると10倍の値段となる。
「と、言うところだが、何かの縁だ。それにお前さんばかりに面白い物を渡すのも難だろう。今なら特別価格、3000ゴルトでいいぞ。」
いきなり半額強くらいになった。定価はブラフなのだろうか?思わずアモールに目を合せてしまうとアモールは肩を竦めるだけだった。
(3000ゴルトか……安くはないが、当面の手持ちはある。それに明日からの仕事で2ヶ月で10000ゴルト以上の収益を見込めている。勿論油断はできないが……それでも……)
「買いたいところですが、何かあった場合修理はどうなります?」
「そちらも状況次第だな。造りの不具合とかならただで直すし、そちらがおかしな使い方で壊しなたら……まあ、いくらかは貰うことになるだろう。」
「わかりました。では買います。」
アデルの言葉に、ネージュが過去最大級の笑顔を見せた。
必要なものを入手し、アモールと共に彼の店に戻る。
「想定する敵が山賊なら、レザーじゃなくて最低でも鎖帷子、せめて金属製のブレストプレートを勧めたいのだがな。」
アモールの部屋に戻り、預けていた兜と胴鎧を受け取る時にアデルはそう言われた。
「ですね……ディアスさんの予備武具や、先日の魔獣の爪であっさり切り裂かれたとなると、そろそろレザーアーマーだけでは限界と感じています。鎖帷子ってそんなに変わります?」
「そうだな。少なくとも剣や動物の爪相手ならかなりの効果が見込めるだろう。但し、刺突剣や矢が相手だとレザーより劣る場合もある。まあ、そこは楯でカバーしたいところだが。」
「となるとプレートメイルですか……あんまり重量を増やして、馬の負担を上げたくないのですが。」
「そうなれば、今の馬を嬢ちゃんに任せて、自分は戦馬を借りるなり買うなりすればよい。」
「なるほど……」
そこでアデルは沈黙してしまう。今のところプルル以外の馬を常用する予定はない。
「まあ、無理にとは言わんよ。プレートメイルを着こんだところで、刺突剣の使い手を相手にしたら簡単に穴を抜いてくるしな……装備品には個人の好みやこだわりもあるだろう。ちゃんと戦闘を終えて生きて戻ってきたときにまた考えれば良い。」
気のない返事と受け取られたか素っ気なくアモールが言う。
「まあ、今回は新調する物が多いですからね。同世代の冒険者よりは大分恵まれてると思いますが、まだまだディアスさん達の様には……」
「まあ、それもそうだな。では気を付けて行ってこい。戻ってきたら忘れずに早めに寄るのだぞ。」
譲り受けた兜と胴鎧を愛でる様に撫でると、アモールはそう言ってアデル達を送りだしたのである。




