英雄の引退
直近のあらすじ
正月休み終了!店からの強制依頼発令!→先輩たちの引っ越しを手伝うんDA!→
先輩と思っていたら大先輩だった。(竜人同伴的な意味で)←イマココ
翌朝から本格的な引っ越し作業が始まる。
最初にディアスたちがとった行動は、今まで世話になったアブソリュート市の冒険者の店に正式にパーティ解散の報告と挨拶に向かうところからだった。
こちらには当然アデル達の出番はなく、戻るまでゆっくりしていると良いと言われたのでアデルは二度寝をすることに決めた。他人の荷物を勝手に荷造りするわけにもいかないし、依頼主がいつ戻るかわからないのにブラブラと町を散策するわけにもいかない。
2時間ほどしてディアスたちが戻ってくると、ネージュの膝落としで目を覚まさせられる。戻ってきたディアス達はどこか疲れた感じだった。
「まあ、活動停止したあたりからいろいろ噂になってたしな……覚悟はしていたが……」
各方面からの引き止めへの対応にうんざりしてきたらしい。
「まあ、すっきりしたぜ。さあ、始めるか!」
ディアスが大きな伸びをした後、少し大きな声を発する。
いよいよディアスとソフィーの荷物整理から始まる。この屋敷に残るルベルは特にすることが無いため、アデルやネージュに《狩人》としての経験や秘訣を教えてくれていた。
ディアスたちが屋敷にいる事を知った人たちが、次々と面会したいと押し寄せて来ていたがメイドさんが丁重にお断りをしていた。
曰く、引退を引きとめる者や、召抱えたいと言い出す者、冒険譚を歌にしたいとか、うちの店を利用してくれとか、お近づきになりたい商人やらが矢継ぎ早に訪ねてくるとのことだ。
「今更引き止めたり、引き抜きたいだ召抱えたいだ言われてもな……」
最大にして唯一の“戦う理由”を失った男は憮然とした表情を浮かべる。
「でも、引っ越し先は国内ですよね?大丈夫なんですか?」
アデルは興味本位で聞いてみる。
「まあ、活動拠点がほぼずっと西部だったからな。パーティ名と名前だけ先行してて、顔と名前が一致するってのはウェストン辺境伯とワラキア侯の領内、それに兵士として駆り出された国軍の一部の兵くらいだろう。普通の格好をして、こちらから言い出さなきゃ大丈夫だろ。一度あちこち旅してみるのも良いかとも思ったが、周辺国もいろいろきな臭くなってきてるみたいだし、回るとしても国内各地だろうな。」
「いっそ、国内の地方を漫遊して私腹を肥やす悪代官とか懲らしめて回るとかどう?」
「自領内の悪徳貴族を成☆敗して回るんじゃなかったのか?」
「なんの物語だよそれ。てか貴族階級が悪者ばっかりの国ってイヤだぞ?」
「領土や爵位の欲のない貴族なんていないだろ。せいぜい東の辺境伯くらいじゃないか?」
東の辺境伯といえばエストリア辺境伯の事だろうか?
アデルがそう尋ねると、そうだとの答えが返ってくる。
「辺境伯ともなると、実質権威的に上なのは王家と公爵家くらいだし、領土に関しても東の魔の森付近じゃ戦略的にも資源的にもたいした魅力ないからなぁ。国から開拓を奨励されてるとしても、これ以上手を広げたところで、猟師が少し喜ぶくらいで、見回りや防衛、税管理の負担ばっかりが増えるだけだろうしな。口うるさいテラリアと国境を直に接するのも嫌だろうし。」
最後の一言でアデルは十分納得できてしまった。テラリアは一部、人間族の国の宗主国であると勘違いしている節は各所に見られる。尤も、国境内ですら全部を責任もって管理してるわけでもないけどな!と内心で付け加えておいたが。
そんな雑談をしながら、居間やら個室やらの整理が進む。
夕方前にはその日の作業を切りにして軽く休憩をし、暗くなるころにはまたメイドさんの料理をみんなで頂く。
朝と比べるとメイドさんの表情もだいぶ疲れているようだ。一体どれだけの数の来訪者が来たのだろうか。
食後、少し休んだ後、ディアスやルベルがアデルやネージュの相手をしてくれる。
「魔法には興味ない感じかしら?」
自分だけ相手がいないソフィーが少し残念そうに言ってきた。
「先日初めて火球の魔法を目にして驚きましたが、魔法は色々ハードルが高い気がしましてね……片手間や一朝一夕でどうにかなるものでもないでしょうし。」
「確かに。書物で勉強したり実際に制御の訓練をしたり……最初のハードルは高いかも知れないわね。でも地道に習えば誰でも身に付く技術なのよ?まあ、制御の特性は人それぞれな部分もあるから、身に付いても実戦で使えるかはまた別か。」
「でも、魔具くらいは使えるようになった方がいろいろ便利だぞ?」
ネージュの相手をルベルに引き継いだディアスがそう声を掛けてきた。
魔具と云うのは魔石を加工した、簡単な魔法的な何かを誰でも扱いやすくしたものである。
「お金がたまったら着火具と灯りくらいは確保したいところです。」
「そりゃ基本中の基本だろ。そうだなぁ。明日ちょっと面白いものを見せてやろう。確かに初期費用は掛かるけど、使えると使えないじゃ相当の差になるぞ?」
とディアス。明日魔具を使った何かを教えてくれるのだろうか?
「まあ、私らもそうだったけど、あとは回復魔法ね。神官はなかなかつかまらないし、精霊使いはあんまり表に出てこないし。あなた達があと2ヶ月早くこちらへ来てたら紹介くらいはしてあげられたんだけど。まあ、レベルが合わないか……」
ソフィーがそう言う。
神官は基本的に神に仕え、神殿や修道院で教育やら治療やらを施すのが主な仕事と考えられるので、特定の冒険者に専属でつくと云う事は少ない。布教や巡礼で旅をしている者とうまく出会う事が出来れば同行してくれることもあるといった程度だ。精霊使いはそれよりもハードルは下がるものの、精霊自身が都市部よりも自然豊かな環境を望むため、町に常駐することは少ない。
「その辺も魔具じゃどうにもならないんですか?」
「ないよりはマシって所だな。応急処置がどこでもできると言った程度だ。」
「ふむ……」
怪我をした場合、ある程度までなら《狩人》や《薬師》の薬草、ポーション類で対応できるだろうが、コストや荷物としての量を考えると十分には用意できない。基本的には治療は街に戻って神殿などにお布施をして治療してもらうのが基本になるそうだ。
(そう考えると、ヴェーラ達と別れたのは失敗だったかな……でもそれだと彼等にも迷惑を掛けかねないし、ディアスさん達にも遭えなかったかもだし。うーん。)
アデルが若干自分勝手な思案をしていると、ソフィーが声を掛けてくれる。
「まあ、続けてればそのうちどちらかくらいは見つかると思うわよ。まずは、生きて町まで帰ってくることが基本ね。撤退のタイミングは……まあ、経験を積む事でしょう。死ぬよりは早めに決断して大人しく依頼失敗しておいた方が後々の為よ。」
「俺達が言うのも難だが、輸送や護衛系、それに軍関係の依頼は自己判断で撤退が出来ない事が多いからそこは気を付けろ。何も起きなければハイキングするだけで報酬が貰えて楽な気もするだろうが、リスクはそれなりにある。」
「そうですね。まさに先日体験しました。」
昨晩はネージュの相手をしていたため、聞いていなかったディアスに前回の一件の話をする。
「スパルタだねぇ……まあ、状況からみるとやばくなったら助けに来る気だったのかもしれんが……。」
「あの時点では完全に捨て駒というか、荷物ごと生贄にされた感じでしたね。」
「なるほどな。まあ身内を守るために十分な額の報酬を積んで依頼しているわけだしな。……それに軍でも捨て駒なんて珍しくない。軍より稼げて良かったと思っとくしかないな。」
「確かに……そうですね。」
「そうそう。あとは特に、依頼主が同行しない物資の輸送は下手をすると違約金やら賠償金やらが発生する場合があるから気を付けろよ。」
ディアスがそう続ける。
「依頼主が同行しない?」
「軍やでかい商会の荷物輸送とかな。もちろん、配下の監視くらいは付くかもしれんが、何かあった時、そいつがちゃんと事情を説明してくれるとは限らんぞ。」
「なるほど……肝に銘じておきます。」
プルルを使った荷運び業務をメインにしようかと考えていたアデルにとってはかなり厳しいが知っておくべき忠告となった。依頼票はよく読もう。
「もちろん、その辺は依頼主の方も、荷物の価値とルートの危険度を勘案して依頼をだすから、びびって何も受けないって手はないけどな。」
「確かに……」
こんな感じで2日目の夜もアドバイスを受けながら過ぎていくのであった。
3日目の昼過ぎには荷物の整理と荷造りが済み、ちょっと遅い昼食の後にアデル達は屋敷の庭に呼ばれた。
「外から見えるかもしれないから、ちゃんと翼は隠しておけよ?」
その言葉にここ数日快適に過ごしていたネージュは少しだけ残念な表情をした。
「まあ、外に出る時だけだ。それじゃあとっておきの魔具を3つばかり新人に見せびらかしてやろうか。」
時間が空くとディアスは昨日言った通り魔具を見せてくれると言う。
「1つ目はこれだ。」
そう言いながら取り出したのは、直径10cmほどの球状の物体だ。
「これが、収納の魔具。コローナの第1王女であるリリアーナ様の研究により完成した逸品だ。まだそれほど市場には出回っていないがな……あると便利だぞ。」
ディアスはそう言いながら球体の上半分をひねって回すと、そこで球が二つに分かれる。どうやらカプセル容器の様な構造のようだ。そして、何か呪文を唱えると、高さ1m、長さ2m強と言った金属製の物体が現れる。
「これが2つめ。」
ディアスはその金属質の物体に馬に乗る時の様に跨ると、やはり何かの呪文を唱える。すると、その物体が青白く光り宙に浮く。
「これはバイクというものだ。スカイシップの超小型版といったところかな?力もそれ相応だが、馬よりも早く長く移動できる。この様に浮くから足跡もつかないし、ぬかるみや段差程度なら悪路も平気、しかも音が静かだ。まあ、浮くと言ってもせいぜい10センチほどだからスカイシップとはまた違うけどな。」
淡い光を出しながら浮くその金属の物体にネージュは興味津々という感じで見入っている。
「今度広いところに出たら少し触らせてやろう。ちなみに魔具ギルドで15000ゴルト、さっきの入れ物と合せると20000ゴルトで買えるぞ。まあ、耐久性に難があるから、騎乗戦闘やらには不向きだけどな。それにマナの充填や簡単なメンテナンスに《魔具士》の技能が必要になってくる。」
「そして3つ目。」
ディアスはズボンのポケットから、長さ15センチメートル、直径3センチメートル程の円筒状の物体を取り出す。
例によって何かを唱えると、円筒の片側の口から光が伸びる。
「これは剣であり槍だ。この光が高熱を発して大抵の剣やら鎧やらはほぼ瞬間的に焼き切ってしまう。欠点は、5分ほどしか使えない点と、魔法は切ることができない点だ。こちらもやはり魔力の再充填には《魔具士》の技能がいる。まあ、これくらいのものだと《魔具士:10》もあれば十分だな。ちなみにバイクの方は《魔具士:20》位は必要になるからそのつもりで勉強するんだな。ま、緊急用の切り札ってやつだ。」
「他にもいろんな便利な物がある。これらすべて魔石が原料だ。魔石は集めて損するもんじゃないだろ?まあ、魔石から魔具に加工する場合は加工料を取られるし、名誉人族の地位の為の足しには出来ないってのが難点だけどな。集めるなら……お勧めは魔の森と遺跡だな。遺跡についてはソフィーに教えてもらえ。」
「え?そこで丸投げ?まあいいけど……」
ディアスの話をソフィーが引き継ぐ。
「まず、あなた達は旧魔法文明って知ってるかしら?」
「聞いたくらいは。」
「知らない。」
それぞれ別の答えをする。知らないと答えたのはネージュだ。
「うーん。そうね。今から1000年以上前かしら?人族が身に付けた魔法は今よりも精度も威力も高かったらしいの。優秀な魔術師なら空から星を降らせる事も出来たと言うわ。」
「ナニソレコワイ。」
「実際に、オーレリアやコローナにもその跡地、クレーターと呼ばれるものがいまだに残っているわ。機会があれば空から見てみると良いわね。」
「ほう。」
「で、今とは違うそれぞれの国が魔法の開発合戦を繰り広げた結果、結局本物の大きな戦争になって滅ぼしあってなくなったってのが旧魔法文明ね。今遺跡と呼ばれているのはその研究開発の場だった施設が大半よ。石造り、特に魔法で強化された石などで固められた遺跡はその可能性が高いわね。それ以外にも、魔物を人工的に作る研究やら、魔法の武器を作る研究やら。当時は“錬金術”と呼ばれていたそうね。魔具の基礎もその遺跡から発見された技術が元だっていう話よ。」
「錬金術で特に有名なのがキマイラとゴーレムだな。獅子や蛇など殺傷力の高い動物を合成して自律型の兵器として生み出されたのがキマイラ。逆に決まった命令を自動で繰り返し実行する様に作られたのがゴーレムだ。こちらは素材が土や石だったりする安物から、鉄やらミスリルなんていった金属製の素材の物などいろんな種類が見つかっている。まあ、金属製が道を塞いでたら回れ右するのが賢明だろうな。」
「キマイラと言うと……魔石ですか?」
「そうだ。合成するにも、媒体にするにも結構な魔石が使われているらしい。本格的なキマイラを10体も狩れれば、称号に十分な魔石量になるって話だ。俺たちはあんまり遺跡に潜ってことはなくてなぁ……実際に目にしたのは2~3回だ。しかも野戦での遭遇だったから、あいつら空飛べるしそう簡単に狩らせてはもらえなかったぜ……レベル25の冒険者が5人くらいいて、狭い遺跡で見つけられたらチャンスだな。」
「レベル25……5人ですか……」
今の2人にしてみれば、現実的なようでいて少々厳しい現実だ。
「2人だとどれくらいが目安?」
「キマイラにも個体差はあるだろうが……2人だと……基本クラスで30、上級クラスでも27~28は欲しいんじゃないかな。あと毒やら麻痺毒やらを持ってるからそれの対策もいる。特に大蠍を素材に使ったやつだと、防具の隙間から針を突き刺してくるから要注意だ。」
「うーん……暫く保留ですな。」
「ちゃんと退路を確保できた状況じゃなきゃ無理する相手じゃないな。」
「遺跡の中の物って所有権はどうなるんですか?」
「基本的には見つけて探索した者勝ちだな。ただ、領主などに報告が届いてそちらの管理下にある場合は領主の方が強くなるだろうな。まあ、その場合でも遺跡が未探索であるなら交渉の余地はあるだろう。」
「なるほど。覚えておきます。」
「まあ、いずれはちゃんと魔具のギルドに話を聞いておいた方がいいだろう。そちらの管理の遺跡もあるだろうし、そこで実績を上げれば他よりも早く後ろ盾になってくれるかもしれん。王都やアブソリュート市など大きな都市にしか施設がないのが難点だけどな。ブラバドさんに聞けば教えてもらえるはずだ。」
「なるほど。一度寄ってみた方が良さそうですね。」
「そうだな。さて、中に戻ろう。場所を教えるから、今日のうちに騎手ギルドで来る時に使った荷台を返して来てくれ。基本、この国のギルドの物は別の支店でもこの国のギルドに返せば良いことになっている。で、次は2頭立ての幌付輸送用馬車をお前の名前で借りて来てくれ。高価な物だから一応紹介状は書くけどな。費用はこちらで出す。」
「今からですか?」
「ああ。今日の内に荷物を積み込みまでやっておいて、明日朝早いうちに出発しようと思ってる。」
「急ですね?」
「そうでもないさ。正式に解散を届けた所でそのうち、今日家に押しかけてきた奴らより“上”が出張ってくるかもしれん。そうなると全く無視するのは難しくなってしまうからな。話を聞かされるうちに予定が延び延びになってもたまらん。」
「なるほど……でもルベルさんは残るんですよね?」
「個人としてな。そこからはルベルがどこかと個人契約を結んだとしても俺たちはもう関係ない。」
「当面そのつもりはないけどな……」
ディアスの言をルベルが継ぐ。
「まあ、そういうことだ。紹介状を書いてこよう。ルベルはアデルにここのギルドの場所を説明しておいてくれ。」
「わかった。」
「あれ?2頭立てですか?扱った事がありませんが……」
「そう大差はないよ。勿論教えながら行くさ。」
「そうするとプルル――俺の馬はどうします?」
「ネージュが扱えるんだろ?」
「そうですね。では行ってきます。」
ディアスが紹介状を書く間に、アデルはルベルに騎手ギルドの位置を教えてもらうのだった。




