《魔術師》
直近のあらすじ
正月休み終了!店からの強制依頼発令!→先輩たちの引っ越しを手伝うんDA!→
先輩と思っていたら大先輩だった。(竜人同伴的な意味で)
→引っ越し荷物の積み込み完了! ←イマココ
翌朝。まだ朝と呼ぶには早いかも知れない時間に、メイドさんに起された。朝食の準備ができたらしい。ディアスとソフィーがルベルととる、(当面は)最後となる食卓だ。
誰も何も言わず、ただ黙々と食事をとる。金属の食器が皿を叩く音だけが響いていた。
そしていよいよ出発の時がやってくる。
ここに残るルベルとメイドさんが別れを惜しむ様に見送りにきた。
「今生の別れでもないだろうし大げさだよ。こっちに来ることがあれば寄らせてもらうさ。」
ディアスがメイドさんにそう告げる。
「西と東と……どっちが先に騒ぎが起こるかねぇ。」
一方でルベルの方は結構さっぱりとしていた。
「何かあったら連絡頂戴。手伝えることは手伝うから。」
ソフィーがルベルに応えた。
「そっちもな。何事もなく過ごせりゃ一番だが……あと5年は体力維持しとかねぇとな。」
なんだかんだ言ってもやはり国周辺の事情が気になるようだ。
「それじゃあ、またな。落ち付いたら手紙くらい出すさ。」
「そうしてくれ。」
これが今のコローナで3番目に有名だったパーティが完全に消えた瞬間だった。
薄暗い中、冷え切った石畳の上を3頭の馬とやや大きな馬車の轍の音が響く。
アブソリュート市の東門にたどり着くと、そこは年中無休の門番が少々異常ともいえる時間帯に通過しようとする馬車を止める。
「こんな時間から何だ?」
「引っ越しだよ。騒がせるのも騒がれるのもイヤだったんでね。」
「なっ……」
守衛が馬車の御者台に座っている男の正体に気づき絶句した。
「もう行かれるのですか?どちらまで?」
「行先は内緒だ。だが、コローナを出る気はないから安心しろ。ルベルとも話し合ったが、あと5年はいざとなったら動ける様に鍛えておくさ。」
「そうですか……良い旅を。」
2人の守衛は馬車の中を確かめることもなく、敬礼で送りだした。
(冒険者でもここまでになると、国のお偉方待遇だな。えーと……レベル36だっけ?うーむ。)
守衛に会釈だけしながらアデルはそう思ったのだった。
「位置的に、先にディアスさんの方ですか?」
アデルが最初の行く先を尋ねるとディアスは首を横に振る。
「いや、少々手間になるかもしれんが先にソフィーの方に行こう。」
「あら?ディアスの引っ越し先の方が近いし、通り道に含もうと思えばそう言うルートも取れるけど?」
ソフィーがあれ?という表情で言う。
「いや、荷物の移動もあるだろうし、男手があった方が良いだろう?」
「ああ、なるほど。」
「あら、悪いわね。」
ディアスの言葉にアデルとソフィーは納得した。ソフィーの荷物降ろしや移動の手伝うもするつもりのようだ。
と、言うか、先にディアスの引っ越し先について別れたら、ソフィーの荷物はほぼアデル1人で降ろす事になりかねなかったのかとようやく気付いたアデルであった。
「それこそ、新人冒険者を2~3人雇っても良かったのだけど。」
「そこまでの荷物じゃないだろ。」
「まあ、それもそうね。それじゃお言葉に甘えようかしら。」
ソフィーの荷物も、大きなものとなると木製の机と本棚くらいか。荷物のほとんどが蔵書だった筈だ。
「じゃ、先に東の辺境伯領だな。まあ、とりあえずは王都に向かうつもりで進めてくれ。その手前で別の街道に移る。」
「わかりました。」
最初の目的地が決った。
旅の出足は順調だった。天気も良く、特に障害もない。
初の2頭立て馬車を扱うアデルであったが、ディアスに基本を習いながら、2頭の馬のペースや入れ込み具合を見ながら随時鞭を当てていく。1頭が突出しようとしない限りは今迄扱った馬車とさほどの差はない。尤も、この所は方向さえ示してやればプルルが勝手にペース配分やら悪路の対応やらをしてくれるので居眠りも許されたが、それが許されないくらいだろうか。
最初の昼食をとった後から、ソフィーが御者台に現われ、ディアスがネージュを前に抱えながらプルルに跨る事になったところでアデルは何となくモヤっとしたものを感じていたが、ネージュは特に気にするでもなく今迄通り手綱を握っていた。むしろ丁度いい背もたれぐらいに考えているのかもしれない。
御者台に腰を下ろしたソフィーがまずは1冊の本を手に魔法の解説を始めてくれた。
「本来魔術の修得を志す場合とは順序が違うけど、あなたにはこれだけを教えておくわ。1人で練習できるし、修得すればきっと大きな力になる魔法よ。」
まずは、魔術の基礎、というよりは魔術行使の基礎というべきか。歴史などはすっ飛ばして、魔素についてや、真言や詠唱の文法という物から講義が始まる。
《魔術師》が扱う魔法は“真言魔法”、或いは単純に“魔術”と呼ばれる。待機中の魔素を吸収し、体内に魔力を流し、“真言”と呼ばれる世界に干渉する言葉を決まった文法で“詠唱”することにより発動すること。即ち発動には「音声」が必要であること。次に発動させるのは原則視界内、中にはいくつか例外もあるが、それほど多くはないとのこと。その辺はまた興味がわいたら勉強しろとのことだ。
今回、ソフィーがアデルに教えてくれたのは武器に魔力を付与する魔法だった。武器に炎を纏わせたり、高熱を持たせたりして威力を増したり、延焼、火傷等の追加効果を与える魔法だ。
確かにこれなら1人で練習もできるし、効果の確認もできる。以前ヴェルノが使っていた“催眠”や“灯明”よりは上位で、魔術的にはナナが使っていた“火球”よりはいくらか簡単なレベルの魔法らしい。1から修めるのででなく、とりあえず3だけを丸暗記しろというのがソフィーの今回の方針の様だ。まずはアデルが覚えて、ネージュに教えられるようになったら合格。無理だったら大人しく1から習うか、当面忘れるかのどちらかにしなさいとのことだった。
「これは私が冒険者になりたての頃に使っていた補助材。所謂“発動体”ね。本来は専門の加工を施した杖が一番補助効果が高いのだけど、あなたは基本戦士だしね。これをあげるわ。」
「え?貰ってしまっていいのですか?」
「ええ、私もそう言われながら先輩にもらったものだから……もし使わないようなら、使いそうな子に譲ってくれても構わないわ。そんなに高額な物でもないし。」
そう言って、年季の入ったペンダントをくれた。補助材と言うのは文字通り魔術を行使する時のサポートをしてくれるアイテムである。専門で高級な杖だと、魔法の威力を底上げたり、集中力を上げたり、魔力の回転効率を良くしたりと様々な効果が付くらしいが、それは大きな魔法を使う時に必要になってくる物で、初級~中級くらいの魔法なら、それ用の加工が施されている者なら何でもいいらしい。人によっては武器などに加工を施して貰う人もいるようだ。その辺は、魔術師ギルドか鍛冶師ギルドに相談すると良いとの話だった。
アデルは魔素と言う概念についてはなんとなく掴んでいるので、体内での魔力の流し方からレクチャーが始まる。
ソフィーは手取り足取り、時にはアデルの手をソフィーの体に当てさせながら口頭と実践でレクチャーしてくれた。綺麗なお姉さんに手を引かれながらのお勉強は中々良い物だ。と、時には邪念が入りかけたりもするが、今まで以上に、過去最高レベルと言ってもいいくらいにアデルは勉強に精が出た。
そうこうして、2日目の夕飯前には魔力の使い方が何となくわかり始め、3日目、夜営を始める前にはなんと、数回の失敗はあったものの、丸暗記の詠唱で武器に火炎を纏わせる“火力付与”を成功させることができた。
「ね?簡単でしょ?」
「お、おう……」
「大したもんだな……」
ソフィーの笑顔に、アデルは戸惑いつつ、ディアスは感心したという声を上げた。
「真言の文法とやらはまったく理解出来ていませんけどね……」
「それは仕方ないわ。少々複雑だし、それこそ数日で理解されたら魔術師ギルドも魔術の教員も仕事がなくなってしまうわ。」
本来、魔術を教師に教えてもらおうとすると高額な報謝が必要になったはずだ。
「魔力を使うセンスはある程度必要だと思うけどね。初級魔法1つくらいの詠唱なら暗記できないこともないし、“火力付与”なら制御も暴発もそんなに考えなくていいし。
「なるほどな。そんな感じでソフィーが魔術教師になったらギルドに目を付けられかねんな……」
「もぐりの教師もいるにはいるけど……流石に街の中じゃできないわね。」
アデルにはこれだけ判り易く教えられるなら、これだけでも十分やっていけるだろうと思ったがその辺りは世の中が許してくれないらしい。
「でも間に合ってよかったわ。明後日にはうちに到着するし……あとは成功率が7割くらいになったらネージュちゃんに教えてあげれる様に頑張ってね。まあ、無理して魔力使い過ぎると肝心なところで集中が切れたり、頭痛が起きたりして大変になるからその辺は安全に注意してね。」
「わかりました。」
「そこから先は、いよいよ魔術師の領域ね。例えば詠唱と真言をもう少し理解して、炎の部分を氷や雷にしたり、熱の部分を反転させたりすれば違った魔力を付与する事が出来る様になるわ。魔力の流し方もちょっと変わって来るけど。その辺はその本をみながら地道に勉強してね。」
「有難うございます。」
こうしてアデルは短い期間ではあるものの、魔術師としての基礎と一点物の魔法を修得出来たのである。
(何も金だけが特別報酬って訳じゃないんだな……)
アデルは改めてブラバドの配慮と、ディアス達の厚情に感謝したのであった。




