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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
26/373

勝者

 準決勝第2試合はこれまで対戦相手をほぼ圧倒してきたラウルと、あれよあれよとするするっと勝ち上がってきたネージュの対戦となった。

 どちらも、準決勝まで進む実力は充分に示してきているため、茶化すような真似をする者はいなかったが、それでもやはりネージュを舐めた目で見る者がまだ多いという気がするのはアデルだけではないだろう。

 もちろんネージュにとってはそれが有利に働くため、いつもアデルなどに見せるような不満げな表情は出さない。が、ラウルにはネージュのクラスが《暗殺者》であるということを明かした後であり、さらのその片鱗となる戦闘を見せているので、恐らく油断は期待できないであろう。

 そして、本来騎乗戦闘を得意とするラウルと、翼による三次元機動による戦闘を至上とするネージュでは共に全力が出せないため地味な戦いになるかもしれない。そう思っていた時期がアデルにもあったのは事実だ。

「はじめ!」

 ブラバドの合図で試合が始まる。まずは両者にらみ合いだ。ラウルを中心としてネージュが弧を描くようにゆっくりと移動する。1対1の戦闘に於いて座標という考えはあまり意味がない。1on1に限って言えば、前後左右どう動いても相対距離は“間合い”とよばれる1軸のみである。もちろん、ジャンプ攻撃を行えばその限りではないのかもしれないが、威力を補う以外にジャンプ攻撃はメリットが少ない。

 観衆からみればネージュがただ弧を描いて隙を窺っているようにみえるだろうが、ネージュはこっそりと徐々に間合いを詰めている。もちろん、ラウルの方もそれには気づいているだろう。

 先ほどの歓声はすでに消え、完全な静寂がブラーバ亭の裏庭を支配していた。ネージュが踏む石粒の音が数メートル離れていても聞こえそうなくらいだ。

 そして、ネージュの足が止まると裏庭は張り詰めた空気に包まれる。ネージュとしては自分の有利な間合いと不利な間合いのイメージを固めたといったところだろうか。

 ネージュの初手は奇策だった。これまでのラウルの堂々とした戦いぶりを見ると、正面からの戦いでは不利と悟ったか、或いは搦め手を見せてこちらの手を読ませにくくするためか。

 ネージュは駆け出すが、初戦のそれとは違い明らかにラウルの正面とは軸をずらしていた。横を走り抜けるように接近すると、右腕を伸ばしショートソード(相当の木剣・以下略)で首筋を狙う。

 ラウルはネージュの動きに合わせて上半身を横を向けると、伸びた剣筋を確認して上体を反らす。今回は防具を付けていないので、剣の風圧を首に感じられるくらいのぎりぎりの位置で難なく躱す。

「ぬっ!?」

 横を抜け、剣を振りぬいたところでネージュはステップで一気に距離を詰め左手、右手と2段攻撃を放つ。

「うおっ……チッ!」

 ラウルの下半身がまだ上半身についてきていないタイミングでの追撃にラウルはやや慌てて1段目を剣で弾くと、下半身を安定させ2発目を剣で受けた。

「初見だったら相当やばかったな……」

 そう呟き、お返しとばかりに両手持ちの剣で素早く2段攻撃をする。ネージュは1段目を左手で弾く、がその剣撃は想像以上に重く、又、木剣には普段使うマンゴーシュの様なガード部分がついていない為受け難く、思った以上に押し込まれる。2段目を避けて懐に入ろうとしたが、避けるに精いっぱいで結局押し出されてしまった。

(うーん。カウンターカウンター難しそうだなぁ)

 ネージュはそう考え、一度間合いを取った。

 その後、数合双方当たればKOを取れるくらいの鋭い牽制を挟みあうと、再度ネージュが間合いを取り一度膠着した。体力にはそれなりの自信があったが、圧の違いか自分の方が消耗したように感じる。

(勝負が終われば治療してもらえそうだし、左手犠牲にして勝負掛けちゃおうか……)

 普段の武器なら受ける必要も心配もない怪我になるので癪だが、一時的な痛みと勝利を比べれば例え余興の試合とは言え勝利の方が価値があると思うのがネージュだ。アデルなら迷わず逆を選ぶだろうが。

(終わったら、武器に関して抗議しなきゃ。来年までにガード付きの木剣用意しろと……ってゆーか刃を潰したマンゴーシュでいいじゃん……)

 考えている間に何かラウルのアクションがあるかと思ったがその気配はない。実際守勢に回ると不利なのはネージュであるし、ラウルがわざわざ冒険をする必要はないのだろう。

(カウンターカウンターしかないかぁ。さて、何を出させて何を返すか……)

 展開を何パターンか想像し、一番すんなりと収まるパターンを選ぶ。

 ネージュは再度間合いを詰めるべく駆け出すと、一度身体を沈み込ませて――

 飛んだ。

「何!?」

 流石のラウルも若干怯んだ。それもそうだろう。ネージュの本気のジャンプはまだ見ていなかったのだから。

 ネージュが踏み込んだのはラウルの長剣のリーチの倍、約3~4m地点からだ。走り幅跳びを考えれば、別にそれくらい不思議はないと思うかもしれないが、浮き上がった高さが違う。

「うっそだろ!?」

 え?なんて思っている間にはすでに2m先、高さも2m付近からの急降下が始まっている。上に羽織っていたパーカーがバサバサとはためき、巨大なムササビが飛び込んできているかのような感じを受ける。

(突くか弾き返すか……)

 ラウルも一瞬迷ったが、相手の一撃の持つ質量と、双方の武器の長さを考えて突くことにした。

 ラウルが突き出した剣をネージュは右手の剣で払うと、体を回転させて軌道を変える。

(仕方ないか……)

 出来ることならここで翼を展開し、軌道を一気に変えてラウルの肩を踏み台に背後に抜ければ簡単なのだが、アデル指導と観衆の手前そうはいかない。この世の中、残念ながら翼なしでの2段ジャンプは実装されてはいないのだ。

 ネージュは身体を縮めた状態で着地するとそのままラウルの脇を抜ける。もちろんラウルもそれに反応し払い抜けざまの攻撃を剣で受ける。

(!?)

 ガードした剣に軽い衝撃を感じた瞬間、ラウルは実戦でも今まで感じたことのないような寒気を覚えると、体が勝手に反転し飛び退いていた。

 ほんの一瞬の出来事の筈なのに、ラウルにはそれがスローモーションのように状況が見えた。後方へ下がっていく自分の身体、視界の死角と化していた位置に移動していたネージュが体を反転させながらヘッドスライディングのように身体を伸ばしショートソードを突き出しきていたのが見える。咄嗟の飛び退きがなければ今頃体のどこかに突き刺さっていたであろう。しかし、ラウルは自分でも意外なほど冷静に、否。無意識のうちにそれを確認すると、その軌道を一歩で躱しここぞと剣を片手に持ちその腕を目一杯伸ばす。


「ギャッ」

 ラウルが伸ばした剣がネージュの後頭部を上から叩くと、猫の尻尾を踏んでしまった時のような声が上がる。

 ネージュはそのまま地面に落ちると動かなくなっていた。

「勝負あり!」

 驚愕の沈黙の中に響いたブラバドの宣言に周囲は一気に大歓声に変わった。

「ぬう。」

 ラウルは慌ててネージュを助け起こそうとしたが、ネージュは自力で起き出し立ち上がる。

「世の中ままならん。」

「は?」

 兄の口癖を真似て溜息をつくと、「負けた負けた」と身体を伸ばしてアデルの所に戻っていく。

(意外とさっぱりしてるのか)

 ラウルはそう感心してその背中を見送るが、ネージュの“いつかぶちのめすやつりすと”に自分の名が刻まれたという事実を知る由はなかった。

 ちなみにそのリストに名前が刻まれたのは先日のナミの護衛アサシンについで2人目、あまり嬉しくない栄誉であった。

「超本気出せば勝てたんだけどなぁ。後は任せた。」

 アデルの所に戻ったネージュはそう悔しがった。

「実戦以外でわざわざ手の内を全部見せるのはむしろ馬鹿だよ。」

 兄はこういう奴だった。腹黒い。






 歓声がようやく一息ついたというところで新人の部の決勝戦が開始される旨が宣言された。

 決勝の舞台に立つのはアデルとラウルだ。双方、最も信頼している仲間を打ち負かされての対戦だ。祭の余興の席とは言え両者には張り詰めた空気が漂っている。

(スタイル的には俺が守りを固めてカウンターを狙うのが筋か。まあ、序盤はそれで行こう。)

 ネージュの攻撃を難なく捌き、奇策で強引に死角に潜り込んでも対応されてしまう。そんな思いがアデルにはあった。一方ラウルの方も、準決勝の最後は自分であてにできる実力ではなくまぐれ。厳しい騎士としての修業と運が勝手に体を動かせたもので、同じ事がもう一回出来るかと聞かれれば『難しい』と答えるしかないと思っている。

 開始の合図が成されても暫くは双方動かなかった。

 一分弱ほど睨み合った所でラウルの方が足をじりじりと前に滑らせていく。一方アデルはラウンドシールドで左から正面の上半身を隠し、いつでも突き出せる態勢で槍を構える。もしこれがタワーシールドとパイクであったならまさに“騎馬殺し”の態勢に見えただろう。ラウルの方の緊張も徐々に高まっていく。

 先に攻撃をしたのはアデルだ。相手の動きを見極め鋭い突きを突き出す。が、これは誰がどう見ても牽制だ。ラウルはロングソード(相当の木剣・以下略)を片手で握りその突きを弾く。模造武器と言え、その重さは実際の金属製の武器と比べれば遥かに軽い。その気になれば片手でも余裕に振り廻せる。が、型や慣れと言うものを考えればそれが正しい選択とは限らない。しかし、ラウルの右手は明らかにそれに“慣れ”ているようだった。

「左手にタワシでも持てば難攻不落って感じになりそうだけどな……」

「ああ、今ちょっとだけ後悔してるぜ」

 アデルの呟きが聞こえたのか、ラウルが苦笑でそう返してくる。

 つまりはラウルもその気になれば楯を扱えると云う事だ。

「妹も、ありゃまだ何か隠してたみたいだしな?」

「……そりゃ、“双方が”命を賭けた時の最終手段だからな。」

 ここまでのネージュの動きを見てまだそう言う判断が出来る様だ。今日はそれほどぴょんぴょん跳ねてた訳でもないのに大したものだとアデルは思った。

「そりゃ見たいような見たくないような……まあ油断はないぜ。“お兄ちゃん”?」

 言外ではあるが、ラウルはネージュよりもアデルの方が上であると見ているようだ。

 レベルこそアデルの方が3つ上ではあるが、基本クラスと上級クラスとではその要求量が違う。単純に“狩り”ではなく“戦闘”の経験であるなら、“村人”のアデルよりも、戦闘部族の“雑兵”であるネージュの方が過酷な戦闘をこなしてきている筈だ。アデルとしては自分がネージュに勝るのは腕力と人間社会での知識くらいだと思っている。

(さて、どうしたものかね)

 ラウルは自分で宣言するだけあって油断も隙もない。アデルが確実に有利な点を挙げるとすれば相手の初撃を受け止め易いというところだ。

(槍と盾って存外相性いいのな……)

 ラウルの攻撃を無難に楯で受けながらアデルはそう感じた。1対1の場合、相手の攻撃を楯で受け止められればあとはその相手の体の位置を判断して適宜槍を突き出すだけで相手はそれを回避しようと体をずらす。

(こうなるなら、俺ももっと連続攻撃の練習をしとけばよかった。)

 アデルの日頃の訓練は、素振りの他は『間合いと呼吸』についてと『如何に相手の嫌な所に高速の突きを出せるか』というところに重点を置いていた。初撃を見せてから相手の行動を見たり読んだりして連続攻撃を繰り出すという派手な闘技はネージュが好んで練習している。結果は負けたが、その成果は先ほどの準決勝でも遺憾なく発揮されていた。勿論その練習相手はアデルである。

(もうちょっと派手に攻めてみるか。)

 アデルはラウルの攻撃を楯で受けると、今度は軽いが速い突きをまずラウルの脇腹を狙い放つ。ラウルもそれを難なく躱すが、そこへ2段目の突きを繰り出すと流石に間合いを取りにバックステップで離れる。アデルはそれを追う様に一歩踏み込むと今度は腿から脛を狙った突きを放つ。突然の下段攻撃だが、ラウルは難なくそれを躱した。

 が、攻撃に転じる気配がないと踏んだアデルは、軽くしゃがみこみ身体ごと回転させてリーチの長い足払いを放つ。

「おおっと」

 回避は困難と踏んだラウルも膝下を庇うようにしゃがむと、剣を縦に構えてそれをガードする。そこへ間髪を入れずに顔面目がけて槍の穂先が伸びてくる。


「HAHAHA」

「ウソだろ……」


 形勢が逆転していた。アデルが攻め時とばかり連続攻撃を繰り出したのだが、ラウルは空いていた左腕の伸ばすとそのまま左手で槍の柄に当たる部分を掴んでいたのだ。

 沈黙していた周囲から感嘆の吐息の後、大歓声が上がる。

 ラウルはニヤリと笑うと、左手に力を込め、ひねる様に回しながら槍を払いのけると、しゃがんだ状態からのバネを活かして一気にアデルに接近し剣を振り上げた。



「!?」

 カーンという、木が木を打ちつける音が盛大に鳴り響くとその歓声が止んだ。


 静寂の中、ブラーバ亭の裏にはに集まった者たちが目にしたのは……


 尻餅をついたラウルの額に槍を突き当てているアデルの姿だった。



「勝負あり!優勝はアデル!」

 ブラバドの宣言に周囲は再度歓声に包まれたが、最後に何が起きたのか理解できた者は新人組にはいなかった。尤も、当事者以外それを気にする者もいなかった訳だが。

「足癖悪いのも兄譲りらしくてなぁ……」

 アデルは困ったように頭を書きつつラウルに言う。

「……ああ、色々困りもんだなこれは……」

 ラウルは苦笑して立ち上る。

 最後に何が起きたのか。ラウルの切り上げを楯で受けたアデルはそのままの態勢でラウルの足を蹴りで払ったのである。騎士同士の決闘であったら大顰蹙請け合いの行為だが……これはそんな名誉ある決闘ではない。

「参った参った。同世代に負けるなんて久しぶりだぜ……」

 ラウルは立ち上がりそう言うとアデルに握手を求める。

「立場が違う同世代がいなかっただけだろ?」

 アデルも肩を竦めつつも快くそれに応えた。

 立ち上がるとラウルの仲間3人全員が駆け寄ってくる。ブランシュはもちろん、ブレーズやジルベールも最後に何が起きたのかはわかっていない。

「負けちまったぜ。」

「お怪我は?」

「大丈夫だ。」

 ラウルは笑って答えるが、他の3人は未だにラウルの負けが信じられないのかやや呆然としている。そこへネージュが駆け寄ってきて溜息をつく。

「ん?」

「お兄ちゃん……余興?試合?始まる前になんて言ってたっけ?」

「…………あー、あー何か言ったっけかな……」

 もちろんすぐに思い出したが敢えて忘れた事にする。

「何て言ってたんだ?」

 その様子を見てラウルがネージュに尋ねると……

「うちら長剣使いいないから短剣狙うぞって……」

「はぁ?」

 ラウル、ブレーズ、ジルベールの3人が呆れたと云う様な声を上げる。

「ショートソード楽しみだったのになぁ?」

「それは何か?俺の負けを期待していたと?」

「名より実とかドヤ顔で言ってたの誰だったっけ……」

「勝負事ってままならんよな!」

 アデルがそう惚けるとラウルが助け舟(?)を出す。

「せっかくの武器を寝かせておくのも勿体ないし鍛冶屋や店主に失礼だろうしな……そういう事情なら交換してやってもいいんだが?」

「…………じゃあ、余興が終わったらそうしてくれ。後日ブラバドさんに尋ねられたらそう答えておくから。」

「え?マジで?いいのか?」

 言ってみただけというラウルにこちらから頼む風にアデルが申し出ると、ラウルは予想してなかったのか慌てて聞き返す。

「おう。売る訳にもいかんだろうしな。」

「言ってみるもんだぜ……」


 これが後々になってラウル達の命を助け、アデルに厄介事が舞い込むきっかけになろうとは誰しも予想できなかったのである。



1on1の展開考えて文章化って難しいですね。

久しぶりに格ゲー復帰しようかしら……(MIPフラグ)

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