新年祭
王都の章第2部という感じになるかと。
年が明けた。周辺は朝も早くから慌しく過ごしていたが、どこ吹く風とアデルとネージュは昼前まで惰眠をむさぼり、ブラバドが言っていた少し遅めの昼食まで自分達の部屋で寛いでいた。
メインストリートから2本ばかり奥まった通りにあるブラーバ亭からは、2階と言えどもパレードの様子をうかがい知る事は出来ない。
やがてパレード見物から戻ってきた者がちらほらと店の食堂に増え始めた頃にはアデル達も食堂に降りてくる。新年の祝いにブラーバ亭では所属冒険者全てに料理を振る舞ってくれると言う話なのだ。長期の仕事で出払ってる者は仕方ないが、それ以外のブラーバ亭に所属する冒険者が一同に会するという。流石、元英傑が主人を勤めるブラーバ亭である。所属する冒険者の数は結構な数の様だった。食堂には通常よりも多めのテーブルが詰めて並べられ、店の裏庭にも特設席が設けられていたが、次々とテーブルが埋まっていく。アデルら新人勢は店員によってその裏庭の方に誘導された。
普段から他の冒険者も見かけはしたものの、今迄こうして意識して他のパーティを観察する機会はなかった。
裏庭に集められるのは、所属から2年以内の新人だそうだが、それでも40人くらいは集まっていた。アデルはロゼの姿を探してみるが、こちらには来ていないようだ。もともと冒険者と言うよりも神官として仕事をしているようであったし、そちらに行っているのかもしれない。むしろ王都の神殿という話なら、今頃ひっきりなしに訪れているであろう参拝客の応対に追われていたとしても不思議はない。
ブラーバ亭の新人冒険者は、予想はしていたが大多数が男だ。年は皆アデルより上の様である。会話を盗み聞くに、大半はパレードに参加した王女さまや貴族のご令嬢の話題だった。
(そうか、この国屈指の美姫勢がタダで見れるのだから、見に行かない手はなかったな……)
などと少し後悔する。来年は忘れずに見に行こうと心に誓ったその時である。
「ここ、相席させてもらっていいスか?」
そう声を掛けられてアデルは我に返った。
「え?ああ、どうぞ。」
声を掛けてきたのはアデルと同年代の男。体格はアデルの方がすこしガッチリしているだろうか?身なりはいい物を身に着けているようだが、何となく品がない印象を受ける。所謂“輩系”である。
テーブルは6人くらいが向き合って食事をとれる大きさの物で、だいたいがパーティごとに埋まる。そんな中、2人だけで座っていたアデルのところに相席が申し入れられたのである。
向い合う様に座っていたネージュを自分の隣に移動させ、彼らを迎え入れる。男がある方向を見て手招きしてみせると、それに応じて3人がやってくる。男2人と女性が1人だ。男2人は話しかけてきた男と同じ印象。女はなんというか……儚げというか幸薄いというか、そんな第一印象をもつ彼らだった。
「パーティでいると目立っちまってなぁ。」
「そうなのかい?なんかやらかしたとか?」
「まあ、そんなところだ。」
男はニカっと笑った。笑顔を見ると、気の良さそうな冒険者という感じの表情なのだが。
「俺はラウルだ。こっちがブレーズとジルベール。そしてこっちがブランシュだ。ひと月前からここの店の世話になってる。」
最初に声を掛けてきた男が自分たちを紹介した。
「俺はアデル、こいつが妹のネージュだ。こっちにきたのは3月程前かな?そのあと、依頼でグランを往復してきたからここ2ヶ月は空けてたな。」
「妹?」
ラウルはアデルとネージュを何度か見比べながらそう尋ねる。アデルの髪色は艶のある黒。対してネージュの髪は絹のような白髪だ。
「まあいろいろと。」
質問に対する答えにはなっていないが、ネージュの角を見つけると、『ああ、なるほど』と勝手に察してくれたようだ。鬼子は先祖返り。近い家族と似ていなくても不思議はないというのが今の世の認識だ。
「初めて見たわ。綺麗な髪ね……」
そう言いながらネージュの隣に座ったブランシュがネージュの髪を手に取って流しながらそう言う。
「もう少し銀が強かったら良かったんだけどね。逆に目立って少々困ってるんだ……」
「あら、そうなの……」
アデルがそう返すとブランシュもネージュの角には気付いた様で、適当に言葉を濁して別の話題に移る……と、思いきや。
「少し触るわね。」
そう言いながらネージュの側頭部の髪を纏め、角を隠すようにくるくると器用に巻き上げ二つの御団子状にする。
「これなら目立たなくていいんじゃない?」
「え、ああ、そうなの?」
「鏡がないと自分じゃ見えないか。ちょうど角が隠れる感じにしてくれてある。それなら今日はフードなしでもいいかもな。」
「そう。」
「あとでやり方を教えて上げるわ。鏡があったらその前で練習してみるといいわね。それかお兄ちゃんが覚えるか……」
「善処します。」
アデルがそう言うと、あとは和気あいあいとなった。テーブルにも続々と料理が並び始め、彼らの鼻腔をくすぐる。
そして、ブラバドが『今年は忙しくなるかもしれんが、死なない程度にがっつり稼いでくれ。』という感じの挨拶をすると宴の開始だ。
「パレードは見て来たかい?」
ラウルがそう尋ねてくる。
「いや、つい寝坊しちまってなぁ……今は後悔している。」
「そりゃあ、もったいない。今年は一番上のリリア様から下のサラ様まで王女様勢揃い踏みだったのに……」
「今年地方の開拓村から出て来たばっかりでね。その辺のマナーがわからないんだが……王女様をそんなにジロジロ見ても問題ないのかい?」
アデル達にはパレードのマナーがわからないというのも見物をパスした理由の一つだった。普段なら王侯貴族が目の前を通るとなれば平民は平伏低頭するのが少なくともテラリアでは地方民でも知る常識である。王族のご尊顔を繁々見るなどと云う事はありえない話だ。
「そうなのか。普段はいろいろまずいかもしれんが、そもそも機会がないな。で、新年祭に限っては大丈夫だ。お目当ての人が通り掛かる時に名前に様をつけて呼びかけながら勢いよく手を振ると、運が良ければこちらをみて手を振り返してくれるぞ。俺は今日、マリアンヌ様に手を振って貰えたぞ!」
少々興奮気味に答えてくれたのがジルベールだ。
「気のせいだろ……マリア様がわざわざお前なんぞ振り返ったりするものか。」
「いや、あのタイミングは間違いなく俺だったね。」
ブレーズの言葉にジルベールが力説する。
「来年は忘れず見に行かないとなぁ。そのマリアンヌ様ってのが一番お綺麗なのかい?」
「お前……まさかマリアンヌ様を存じ上げないとかどんだけ田舎で育ったんだよ……いいか。一番上がリリアーヌ様。魔具研究の第一人者で、リリア様が開発した収納の魔具で大分暮らしが便利になったって話だ。で、次がマリアンヌ様だ。王女の身でありながらも優れた神聖魔法の使い手で、北部や西部の紛争に参加して負傷した兵士たちを慰問し身分を問わずに傷を癒して回っているらしい。まさしく聖女様だ。あとはロゼール様とサラ様だが、どちらもお美しい方だぞ。」
(最後2人がだいぶおざなりになった気がするのは気のせいだろうか。)
「なるほど。ジルベールがマリアンヌ様推しということはよくわかった。ラウルたちも?」
アデルがそう返すと、ラウルとブレーズが顔を見合って苦笑いをする。
「俺は、ロゼール様が好みかなぁ。芯が強くて凛とした感じがたまらん。まだ実績は残されていないが、きっと何かを成してくれると思う。」
そう答えたのはブレーズだ。
「俺も……まあ、そうかな。ジルベールが年上好みってのは前からの話だし。」
「年上なのか……」
「マリアンヌ様が17、ロゼール様が15だったかな?ロゼール様は今年まで学校に通いながら奉仕活動をされていたと聞くが。」
(王族が奉仕活動って……どこかの皇族とは大違いだな……)
内心でそう呟きながらも驚くアデル。
「……来年は忘れず見に行かないとな……」
改めてそう強く決意するアデルに他3人の男が生暖かい笑みを送った。
「で、目立つって何やからしたんだって?」
アデルが話を変えると、ラウルが予想に反して得意げに返す。
「ちょっとばっかりでかい賊を締めあげてきたのさ。」
「ほう?どこで?」
「フィンとの国境付近だ。あの辺は毎月1度は賊討伐の依頼が出るそうだぜ。」
「なるほど。それで?」
「ワラキア侯が編成する討伐隊に参加してな。俺たち3人で拠点の一つをぶっ潰してやった。」
「そりゃすげぇな。規模は?」
「俺らが担当したのは50人くらいの場所だったな。」
「3対50!?」
「いやいや、違うよ。討伐隊10人と他の冒険者10人くらいと一緒に……だったけどさ。俺達だけでそいつら尻目に30は屠ってきた。」
アデルが驚いて見せると、ラウルはちゃんと修正してきた。誇張するかと思いきやその辺は真面目らしい。
「それでも大したもんだ……俺らなんて、50の賊をなんとか追い返したのがせいぜいだったぜ。」
「2人じゃないよな?」
「いや、一緒の依頼を受けていた冒険者4人パーティとだな。他にも護衛隊と戦力になりそうな隊商員30位は別動隊でいたかな。ちょうど最後尾を固めてた俺らが対処したけど。」
「それなら実質6人といってもいいだろ?なかなかやるじゃないか。」
ラウルがそう言う。
「クラスとレベルを聞いても?」
ジルベールが興味深そうに尋ねてくる。
「俺が《戦士:22》、妹が《暗殺者:19》だ。」
「《暗殺者》?なんだその物騒な奴は?」
「《戦士》《拳闘士》と《斥候》のハイブリッド職らしい。俺も知らなかったが、ネージュを見た前の店の店主が勧めてくれたんだ。もともとは《拳闘士》志望だったけど、いかんせんこの体躯じゃ打撃力不足でな。興味あったら店主に聞いてみると良い。」
「別に……武器があればどれもふつーに使えるし?」
アデルの説明の少々不満だったのかネージュが頬を膨らませる。
「知ってるぞ!《Ninja》ってやつだな?実在したのか!」
「いや、《Assassin》な。どこの言葉だそれ?」
興奮気味に声を上げるジルベールにアデルが静かに返す。
「何となくだが、1対1に特化した感じ?」
「ああ、そんな感じなのかもな。俺が目一杯賊の目を引き付けてる間に、こっそりとリーダーを始末してもらった。あとは、一緒にいた別パーティのファイアボール2発で奴らが潰走ってところだ。」
「ほうほう。余興があるらしいし、ぜひ手合わせしようぜ。」
「余興?」
「新人同士の試合だそうだ。賞品も結構いい物が出るらしいぞ。」
「ほほう。そりゃ楽しみだな。で、そっちのクラスとレベルは?」
「俺達3人が《騎士:16》、ブランシュが《神官:5》だ。ブランシュは……まあ、その賊討伐後にパーティに入ってくれることになった。」
「《騎士》3人に、駆け出しとは言え《神官》か……そりゃ強いわけだ。」
(こいつら、いいとこの御曹司かよ……とはいえ、すでに上級職レベル16ってことは実力も十分あるんだろうな。)
アデルはそう思いながら彼らの実力予想を上方修正した。レベル5とはいえ、神官を確保できたのは少々羨ましい。
「ブランシュさんはパーティ専属な感じ?」
恐らく年上だろうと感じるブランシュにはアデルも少し丁寧な口調で聞いてみる。
「ええ。私は彼らによって救い出されました。そのおかげで道が開けたのです。神聖魔法はその折に賜ったのです。」
(賊の拠点制圧後に救い出された……つまりはそういうことか)
アデルの表情を見て取ったか、ブランシュが儚げに笑う。
「色々悩みましたが、神殿で“清め”てもらった折、レア様のお声を頂きました。同じ様に悩む女性に少しでも光をと。」
「清めて?」
「おいおい。」
ラウルがその話を止めようとするが、ブランシュは構わず続けた。
「無理やり望まぬ種を仕込まれた場合に限り、神殿でその異物を取り除いてくれるのです。だから心配はいりません。もし、今後、あなた達がその様な人達に出会い、生死を少しでも悩む人がいたら私の事を伝えてください。このご時世、死のうと思えばいつでも死ねます。少しでも迷うのであれば可能性のある道を選ぶようにと。」
「……わかりました。必ず伝えましょう。」
アデルが神妙な顔でそう言うとブランシュは笑顔を見せる。その傍らでラウルがため息をついたのが見えた。
(ラウルはブランシュに気があるのか……王女の話にも積極的に加わってこなかったしな。この年でレベル10台後半の《騎士》ということは少なくとも貴族の出だろう。その思い人が“傷モノ”であるとは知られたくない筈だ。)
「しかし……ラウルたちは何で冒険者を選んだんだ?そのクラスと実力なら、エリート軍人も可能性があったと思うんだが?」
「俺達みんな三男坊以下でな。家を継ぐことはないし、かと言って兄貴共の下っ端として仕えるのも半端な気がしてなぁ。どんなに頑張っても家の、兄貴の手柄になっちまう。そこはやっぱり自分の力で何か成して自分の名前を売りたいじゃん?」
話題の切り替えにラウルが積極的に乗ってきた。スタート時点の差で俺らから見たらあんたらも半端ないんだけどな……とは流石に言えない。
「最近はそういう人が多いらしいな。こっちはまず生き抜くことに精いっぱいだぜ。」
「そりゃ、死んじまったら何にも残らないからな。」
アデルを茶化すわけでもなくラウルがそう言った。
その時、店内から顔を見せた店員が間もなく余興が始まると告げるのであった。余興が始まると裏庭の会場は片付けされるらしい。新米たちは慌ててテーブルの上の残り物を(腹に)片付けるのであった。




