八章-1
「すっかり忘れてたけど、 ここに住む上でのルールな」
ケンジがイツキとルイビの二人に目線を向けて話す。
「っても当たり前なルールが多いんだけど
・部屋に入る時は必ずノック
・風呂は時間管理をしっかりと(男女混合寮なため)
・料理は基本当番制。 料理が出来ない人は洗い物(料理の特訓はサポートする)
・風呂場の掃除も当番制
・部屋の掃除は個室は各自。 フロアは一人が一フロア担当
まあ、 こんなところかな」
「それだけ守っていれば良いのかな?」
「基本これだけ。 あとはまあ、 常識の範囲内ということで」
ケンジはそれだけ言うと、 残りの夕飯を口にする。
「洗い物と言っても、 食器洗浄機に入れるだけですわよ?」
「え、 食器洗浄機付いてるんですか? ここ」
「何でも、 学園長のご実家にも付いているらしくて、 ご自分が使ってみてとても楽だと感じたから。 と仰っていました」
アカネ、 カスミ、 ルイビの会話。 その間にもケンジは食べ終わり、 食器をシンクに置く。
「別にルール自体は難しくないし、 人数も寮としては少ないから、 片付けもそんなに物自体が多い訳でもないしな」
ケンジは台所から離れると、 リビングでテレビを点ける。
「風呂の時間は俺が入る時に声を掛けるから、 その時に女子がみんな居ればそのまま入る。 居なかったら待つ。 俺が入ったら三十分は時間欲しいかな」
「OK。 じゃあ、 今からケンジ君はお風呂に入るのかな?」
「うん」
ケンジはそう言って、 着替えを取りに行こうとする。 ケンジの部屋は玄関から一番近い部屋だ。
「じゃあ、 私も入ります!」
「話聞いてたか!?」
勢い良く手を挙げるルイビに驚くケンジ。
「聞いてましたけど、 効いてません!」
「そんな言葉遊びは要らねえよ!」
このままではどういう意味かは置いといて、 やれると考えたケンジはそそくさと風呂場に向かい、 結界で扉を閉ざした。
全員が風呂に入り、 風呂掃除も終わり、 全ての家事が終わったのは二十時を過ぎたところだった。
「思ったよりも早く終わったな」
ケンジは、 自室に入り、 明日の準備を済ませると考え事でもしようかと椅子に座っている。
「ルーシア……だったけか」
ルーシア、 それはアカネと初めて出会った際に聞いた名前。 リンカの姿を騙っていた相手。 《フレグランス》の一員。
「フレグランス……flagrance。 そのまんまだよなあ。 『凶悪』って」
ルーシアとの戦闘を思い出す。 ルーシアは身体を変形させて戦う相手だった。 考えてみれば、 この学園に入学してから、 あの様な戦い方をする者とは会っていない。
そもそも、 ルーシアの実力は、 よくて、 魔導長の下辺り。 あの時のアカネは、 まだ自分に自信が無かった。 本来であればルーシアなんかは相手にもならないだろう。 だから、 だからこそ
「俺が異空間に移動したと全く気付かなかった程の移動魔法。 ルーシアの魔法なのか? 本当に」
ケンジの考えは果たして、 正鵠を得ていた。
「ルーシア、 来なさい」
何者かの声が、 空間にこだまする。 やけに暗い部屋だ。 周りには数本のロウソクしかない。
「は。 ルーシア、 ここに」
そこに現れたルーシアの身体は、 全身に包帯が巻かれ所々には血が滲んでおり、 肉の腐った匂いを周りにまき散らしていた。
「無惨ですね。 そこまでやられましたか」
「申し訳ございません。 相手の実力を見誤っておりました」
そんな身体でも、 ルーシアはその場に跪く。 ルーシアの身体が震えているのは、 痛みによるものか。 それとも、 相手の重圧によるものなのか。
「まあ、 確かに見誤った。 だが、 それだけでは無い筈です」
相手の眼光がルーシアの身体を貫く。 いや、 実際に何かが貫いた。 それは、 触手だった。 見たことも無い触手。 ヌメヌメしていて、 その身体をビクンビクンと小刻みに震わせている。
「かは……っ!」
「貴女の力が弱いから。 それが一番の理由です」
ルーシアの身体を貫く職種は数を増やし、 今は八本が貫いている。
「故に、 その身体は改造しなければなりません」
「か、 改造……!」
「痛みを感じるのも余計ですね。 排除しましょう。 全身の感覚も無くしますか。 それなら動き続ける筈です。 感情も要りませんね。 その口も動く必要がありません」
「お、 お待ちを……」
「不愉快です。 まず先に口を閉じますか」
触手の先がルーシアの口に迫る。
「ジャ」
それがルーシアの最後に残した言葉となった。
ケンジはいつもの様に学園生活を放課後まで過ごすと、 カスミ、 イツキの二人と共に部活見学をしていた。
「あと残ってる部活が、 オカルト研究部と、 格闘サークルか」
「どっちも目的の人物に会いにくいねえ」
「? そうなのか? オカ研はわかるけど、 格闘サークルも?」
「忙しいからね、 あの子は」
そんな話をしていた時、 前から歩いてくる人物が目に入った。
赤毛の髪、 金木犀の瞳、 背が高く、 胸だけは大きく見えるが、 全体的にバランスのいい体つき。
「貴女は……范先輩?」
「覚えていましたか」
相手の女性。 范リンスもケンジを見て挨拶する。
「あれ、 ケンジくんもう会ってたんだ」
「ああ、 うん。 あの一昨日の夜に会って、 ちょっと手合わせしたんだけど」
「正確には昨日の午前二時ですね」
リンスが真面目に時間を正す。
「でしたか。 うん? 『もう』って?」
ケンジがイツキの言葉に疑問を感じ、 目を向ける。
「ケンジさん、 この方はですね」
カスミが説明しようとすると
「大学部生徒会会長兼学園生徒会長そして、 最強の魔導長と言われてます。 范リンスです。 宜しくお願いします」
リンスが笑顔でこちらに手を出しているところだった。
「はあ……まさか貴女が探していた相手だったとは……」
ケンジとしては、 もう既に会っていたのかよという脱力感があるところだ。
「へえ、 もう手合わせしてたんだね。 どっちが勝ったの?」
と聞くのはイツキ。
「時間による引き分け。 朝日がもう出て来てたから」
「そう、 私にはそれが残念で。 なので、 今日、 リングでまた戦いたいなと」
そう言うのはリンス。
「? つまり、 また戦えると?」
「そうです。 着いてきてください」
リンスの案内で、 三人は格闘サークルの部室へと移動していく。
部室内は、 本当にジムのように、 周りはミラー真ん中にリング、 傍にはサンドバッグ。
「これは、 凄いな」
ケンジはその雰囲気に飲み込まれそうになる。 部員は、 全員が汗を垂らしながら、 一心不乱にスパーリングしている。
「部屋はここ以外に、 あと四つあります」
「そんなに? 金かけてるんだあ」
ケンジのありのまま過ぎる感想に、 カスミはもう慣れたのか特に反応せず、 イツキは「へえ〜」という面白そうな反応を返すのみ。
「ここは第一室。 私は基本的にここに居ます」
リンスはそう語りながら、 服装を変えていく。 戦うための服装に。
「では、 ケンジさん、 私とここで戦ってください」
リンスの雰囲気が変わった。
ぞわっと、 全身を襲う鳥肌。
自然と拳に力が入る。 爪がくい込みそうになる感触に気付き、 手を解放する。
「やりますか」
それだけでいい。 その一言だけでいい。 それだけで、全ての準備が整う。
やってやるさ、 存分に。
ケンジとリンスの視界に、 お互い以外の存在が、 入らなくなった。
お久しぶりです
久々の投稿です