第3話 妙な異変.....?
レオポルド殿下が幽閉されてから、三日。
王都には、ようやく平穏が戻りつつあった。
元王太子による襲撃未遂。
隣国への密使。
そして、それに関与していた側近たちの逮捕。
わたくしの周囲では、連日その話題でもちきりだった。
もっとも――。
「エヴァンジェリン様は、本当にお強い方ですわね」
「ええ。まさか、元王太子殿下の襲撃まで予測していたなんて」
「しかも、ご自身を囮にされたのでしょう?」
「まあ……! 恐ろしいですわ!」
どうやら噂というものは、三日もあれば原形を留めなくなるらしい。
わたくしが単身でレオポルド殿下を捕らえた、などという話まで出回っている。
もちろん、そんな事実はない。
衛兵の皆様がいなければ、わたくしは今頃、優雅な令嬢ではなく、庭園で大変情けない悲鳴を上げる令嬢になっていた。
「……皆様、少々わたくしを買いかぶりすぎではありませんこと?」
朝食の席でそう呟くと、向かいに座っていたヴィンセント様が紅茶を口に運びながら答えた。
「いいえ。むしろ、控えめに伝わっていると思いますよ」
「あら、どういう意味ですの?」
「あなたがどれだけ無茶をしたか、皆様にはまだ半分も伝わっていませんから」
「まあ」
「私は今でも思っています。あの時、衛兵が一分遅れていたらどうするつもりだったのか、と」
「一分くらいなら、どうにかなりましたわ」
「どうにかする方法を聞いても?」
「……気合いですわ」
「最も信用できない答えが返ってきましたね」
思わず頬を膨らませる。
「ヴィンセント様、最近わたくしへの扱いが随分と雑ではありません?」
「親しくなった証拠です」
「それ、便利な言葉ですわね」
「お気に召しませんか?」
「……少しだけ、気に入りましたわ」
ヴィンセント様が小さく笑った。
その笑顔を見ていると、妙に胸が落ち着く。
つい数日前まで、彼とはあくまで協力者という関係だったはずなのに。
今では、こうして朝食を共にすることにも、すっかり慣れてしまった。
――けれど。
その穏やかな時間は、長く続かなかった。
「失礼いたします!」
突然、扉が開くと、飛び込んできたのは、ヴィンセント様の部下だった。
「どうしましたの?」
男は息を切らしながら、一礼する。
「緊急の報告です。王都周辺で、穀物価格が急激に上昇しています」
「穀物が......?」
ヴィンセント様が立ち上がる。
「はい。特に小麦です。昨日だけで、通常価格の二割以上も値上がりしています」
「原因は?」
「現時点では不明です」
男が差し出した書類をわたくしも横から覗き込む。
小麦。
大麦。
豆類。
主要な食料品が軒並み値上がりしている。
「不作ではありませんわね?」
「今年の収穫量は例年並みです」
「街道も?」
「.......問題ありません」
「では........買い占めでしょうか?」
「その可能性が高いかと......」
ヴィンセント様が答える。
「複数の商会が、ここ数日で大量の穀物を買い集めています」
「どこの商会ですの?」
「それが……」
男が一瞬、言葉を濁した。
「.......すべて別々なんです」
「別々?」
「はい。王都でも大手の商会から、中規模の商会まで。互いに繋がりがないように見える商会ばかりです」
わたくしは書類を受け取った。
ざっと目を通す。
――妙だ。
あまりにも妙すぎる。
商会同士に繋がりがないのなら、これほど同時に買い占めが起こる理由がない。
誰かが裏で指示している?
なら、その目的は?
「買い集めた穀物は、どこへ運ばれていますの?」
「それが分かっていません」
「……分からない?」
「帳簿上では、それぞれ別の倉庫へ運ばれています。ただ、その倉庫を確認すると、実際にはほとんど使われていないのです」
わたくしは顔を上げた。
「つまり、帳簿だけが存在している?」
「はい」
ヴィンセント様と視線が重なる。
彼も同じことを考えているらしい。
「誰かが、意図的に食料を市場から消している」
「ええ」
わたくしは頷いた。
だが、そこで一つの疑問が浮かんだ。
(……こんなイベント、ありましたかしら?)
前世の記憶を探る。
『白百合の誓い』。
わたくしが何度も何度も遊んだ乙女ゲーム。
主要イベントは、ほとんど覚えている。
この時期なら、王立学園の祭典。
コーラリーが攻略対象たちと距離を縮める場面。
その後に起こる舞踏会。
そして――。
王太子レオポルドとの婚約破棄。
そこから先は、隠しルートを除けば大きな事件など存在しない。
ましてや、王都の食料不足など.......
そんなイベントは――。
「……ありませんわ」
「何がです?」
ヴィンセント様が尋ねる。
「この事件です」
わたくしは書類を握りしめた。
「わたくしの知っている『白百合の誓い』には、この事件が存在しません」
「……」
「これまでの出来事なら、ゲームの筋書きからある程度予測できました。コーラリー様の行動も、レオポルド殿下の末路も」
けれど.......
「これは違います」
胸の奥が、嫌な音を立てた。
「わたくしの知らない事件ですわ」
ヴィンセント様はしばらく黙っていた。
やがて、静かに尋ねる。
「私は今、あなたさまが言っていることの半分も理解することができていないと思います。なので端的に一つだけお聞きしたいことがあります。それは……危険なことなのですか?」
「ええ、とてもね」
わたくしは即答した。
「それは.......なぜなのですか?」
「なんと言ったって......」
わたくしは、書類の数字を指でなぞった。
「わたくしが未来を知っているという前提が、崩れるわけなのですわ」
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