異世界でもIPO
加賀谷は深く頭を下げ、静かに礼を述べた。
その動作ひとつが、場に誠意を伝える。議場の空気が、協調と期待に変わっていくのが分かる。
その後ろで、ミロがもう一枚の魔導投影を展開する。そこには、第一号企業の構想図が描かれていた。社名はまだ仮のものだが、事業内容、初期資本、所在地、そして運営予定の人材が記されている。
「第一号企業は、このヴェステラにて設立予定です。事業内容は――魔導輸送と情報通信の一元化。名を『ルミナリンク社』と仮称しています」
ざわめきが広がる。
この都市の急成長を支えてきた、魔導路と転送点、それに連なる通信網。誰もが便利さを実感していたが、それを“事業”として切り出す発想は、まだ斬新だった。
「これまで国家やギルドの枠組みに依存していたインフラを、一企業として独立採算で運営する。そのかわり、利益と成長は投資者全体に還元されます。──まさに、新時代のモデルケースです」
議場の前方。ティグラット連合のレオンが再び口を開く。
「……その企業の株を、俺らにも譲渡できるということだよな?」
「もちろんです。議決権の範囲や、初期保有比率は調整しますが、連合としての出資も歓迎します」
レオンは腕を組み、ふんと笑う。
「いいだろう。うちの若い衆にも“金が働く仕組み”ってやつを学ばせてやるさ」
その横で、ゼルハ・トゥーラの代表が静かに手を挙げた。
「では、我らも少額ながら出資しよう。……一口に、砂漠に光の道を通せるかもしれんからな」
次いで、港湾都市メルフィリアの代表が頷く。
「港にも、情報と輸送の網は必要だ。出資だけでなく、港の一角に拠点を提供しよう。広域運営の実験地として、我が街を使え」
次々に、前向きな声があがる。
この瞬間、ひとつの理念が制度となり、制度が現実へと踏み出したのだった。
加賀谷は、壇上で静かに目を閉じる。
(ここから先は、ただの制度導入ではない)
それは、“誰もが未来の担い手になれる”という、希望の可視化だった。
資本は、差別の道具にもなり得る。
だがそれを“共有する力”として扱うなら、人は生まれや境遇に関係なく、夢を持てる。
壇上の彼の横で、ミロがそっと囁いた。
「れ、れいしゃちょー……設立申請書の署名、よろしいですか……?」
「……ああ。ありがとう、ミロ」
彼女が差し出したのは、一枚の契約書。
それはこのヴェステラから始まる、“未来への最初の出資証明”だった。
加賀谷は羽根ペンを手に取り、一文字ずつ、確かに名前を書き記す。
その筆跡を読み取るように、魔導投影が光り、議場の中央に“企業設立”の証と、その名が浮かび上がった。
──ルミナリンク社。
この瞬間、異世界に初めて“上場企業”が誕生した。
加賀谷零、ミティア公国大公にして、CEO。
彼にとって、これは人生で二度目の上場だった。
今度は異世界の地で。
だが――
その意味は、かつての比ではない。
これは一国の希望を背負った、“民の手で育てる国家”という夢への第一歩だった。




