若人の世のために
――緊張、というよりも、期待に近い。
そんな張り詰めた空気が、学院応接室を満たしていた。
ジル・クラーヴェはソファに軽く腰掛けながらも、内心では胸が高鳴っていた。
(この場に呼ばれたってことは──俺の答え、刺さったんだろ?)
彼の回答は、正直“問題児”すれすれの斜に構えた論理だった。けれど、それでも加賀谷は自分を選んだ。その事実が、妙にうれしい。
ミュリル・フェーンは逆に、背筋をきっちり伸ばしたまま一言も発さず、目線だけで相手の表情を追っていた。
(想像してたよりも、“実地”だ……)
試験で見せたのは、分析と数字に偏ったプラン。それが実地に通用するか、不安は少しだけあった。
けれど、加賀谷が語る“国家ファンド”の姿は、まさに現場と机上をつなぐ本物だった。
そして、レーネ・アステリアはと言えば、ふと膝の上で手を組んだ。
(こんなに早く“ここだ”と思える場所に出会うなんて)
彼女が目指していたのは、誰かの背中をただ追う場所ではなく、自分の選択で道を切り拓ける場所。その入り口が、今、目の前にある。
加賀谷は、三人の顔をゆっくりと見渡してから、静かに口を開いた。
「まず、今日ここへ来た時点で、君たちは“前に出た”存在だ。その覚悟は、十分に伝わってる」
緊張がほんの少し和らぐ。
「けど、実際にこの国家ファンドに加わるとなれば、ただの名誉職じゃない。本気でやるなら、こちらも全力で迎える。――ただし、問うよ。“本気”の覚悟を」
ジルは、口角を少しだけ上げた。
こんな真正面な大人、初めてかもしれない。けど……だからこそ、面白い。
「たとえば、投資の成否ひとつで誰かの生活が変わる。利益が出なければ、未来がつながらない。“見捨てた”って言われることもある。だから、学びながらじゃなく、“責任を背負いながら”学んでもらう」
その言葉に、ミュリルの胸がひりついた。
(……こっちが“見られる側”でもあるってことだ)
「でも、君たちがその覚悟を持って挑むなら、俺も全力で支える。育成も、実地も、資金も惜しまない。ここには、未来を作るための舞台がある」
レーネの中で、何かが明確に輪郭を持った。
(挑んでいいんだ。ここは、“間違えないための場所”じゃない。間違えても、また進める場所)
沈黙。
けれど、すぐにレーネが口を開いた。
「やらせてください。私、自分の目で、未来を選びたいんです」
ミュリルも続く。
「責任を伴う現場を、知りたい。……お願いします」
ジルは笑いながら両手を広げた。
「今さら逃げたらダサいでしょ。乗ります、カガヤ閣下」
加賀谷は、三人を見渡し、小さくうなずいた。
「ようこそ。“未来を作る側”へ」
そして、窓の外ではいつの間にか風が吹き始めていた。
それは、若人の覚悟を表したかのような爽やかな風だった。
✼✼✼✼
――時を同じくして公都の南部
屋根の葺き替えが終わったばかりの建物の前に、リィナ・ミティアは立っていた。
視察だというのに、いつの間にか作業着の裾が泥にまみれている。
「いいの。これくらい」
傍らの補佐役が気にして声をかけてきたが、リィナはさらりと応じた。
ここは公都の南部にある小さな孤児院。
数ヶ月前まで屋根は雨漏りし、壁はひび割れていた。それが今、国家ファンドの出資によって──少しずつ“希望の形”を取り戻している。
中から子どもたちの笑い声が聞こえてきた。
リィナはそっと目を細める。
(“出資”って、こういうことなんだ)
財務会議で机上に並べられた数字とは違う、湿った土の匂いや、頬に当たる風の感触。
それらは、確かにこの街の“今”であり、“未来”の種だった。
「公女様、この後の行程ですが──」
「もう少し、見ていくわ」
リィナは、あえて事務方の声を制した。
この孤児院を、ただの“投資案件”で終わらせたくはなかった。
建物の裏手に回ると、若い女性が子どもたちに読み聞かせをしている姿が見えた。
その女性は、ふとリィナに気づいて慌てて立ち上がったが、リィナは手を振って制した。
「そのままで」
子どもたちが夢中で絵本を覗き込む光景に、リィナの胸が温かくなる。
ふと、頭に浮かんだのは加賀谷の言葉だった。
──“人の数だけ、未来の形がある。それを信じられないと、国なんて運営できない”。
(あなたが見てる“未来”に、私はどこまで並べるだろう)
内政を任される身として。
そして、国の“顔”として。
リィナはそっと、屋根の陰から空を見上げた。
そこに浮かぶ雲が、ほんのすこしだけ春めいているように見えた。




