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公女への凶刃再び

 フィーネの朝は早い。

 広場に白い光が差し込み、兵たちが整列し、馬車の列が出発の時を待っていた。


 リィナは軽く息を吐くと、連邦側の代表たちに一礼し、愛馬へと乗り込んだ。

 ミロとノアがその後ろにつづく。

 同行していた護衛団もまた、静かに隊列を整えた。


 「……では、失礼します」

 最後にもう一度、リィナは振り返る。


 その視線の先で、建物のバルコニーから見送っていたのは、イーリスとヴァネッサだった。

 視線が合うと、イーリスは微笑のかわりに、軽く片手を上げて答えた。

 その仕草は、軍人というよりは、どこか母親のようだった。


 リィナが去っていくと、ヴァネッサが隣で肩をすくめた。


 「……ずいぶん、入れ込んでますね」

 「なにを今さら」

 イーリスは苦笑しながら、コーヒーを口にした。


 「最初から、調印には前向きだったのよ。あの子を試していた。それだけ」


 ヴァネッサの瞳が細くなる。

 「というと、議会の説得も?」


 「ええ。あらかじめね」

 イーリスはさらりと返す。

 「彼女が“信に足る者”だった場合、すぐにでも応じられるよう、準備はしておいたの。

  条文の草案も、合意内容の予算計上案も、すでに一部州とは摺り合わせ済みよ」


 「抜かりない」

 「当然よ。相手が誰であれ、国家の命運を賭けるなら、賭け方にだって誠意が要る」


 ヴァネッサは腕を組んだまま、少し顔を伏せた。

 「ただ……帝国との摩擦を恐れる州が出てきそうですね」


 「事実よ。そこは否定しないわ」


 イーリスは手すりに寄りかかりながら、遠ざかっていく公国の使節団を見送る。


 「でもねヴァネッサ。帝国の靴を舐めるだけじゃ、何も変わらない。

  圧制者に屈しないという“理念”を、この国は旗に掲げてきた。

  ならば、その旗を折らずにいられるかどうかが、いま問われてるのよ」


 「そのために、公国と共に立つと?」

 「ええ」


 少しだけ風が吹き、イーリスの軍服の裾が揺れた。


 「本当は、羨ましかったのかもしれない。……あの子のように、何かに心から懸けて進んでいく生き方が」


 「過去のあなたが、そうだったのでは?」

 「だったわ。けれど、今の私は違う。責任を持つ者として、熱よりも冷静を優先しなければならない」


 イーリスは小さく息を吐いた。


 「でも、心のどこかで……きっと、あの子に託したかったのよ。私たちの“あの日の志”を、もう一度燃やせるならって」


 遠く、馬蹄の音が消えていく。

 夜明けの光は、連邦の街を真っすぐに照らしはじめていた。



 


◆ ◆ ◆


 


 夕焼けに染まる草原を、馬車が静かに進んでいた。


 フィーネの都を出て一日。レーナ連邦と公国を結ぶ南街道は、開拓と交易の往来が絶えず、今や公国の品々を求める商人たちで活気づいていた。


 そんな往来から少し外れた小道にて、リィナたちは小休止を取っていた。


 「ノア、水、いる?」

 「……いえ、大丈夫です」


 薄暗くなりはじめた林の影。風が草葉を鳴らす中、リィナはそっと馬のたてがみを撫でていた。ミロは草むらに腰を下ろし、ルーメ感知装置の端末を点検している。


 「なんか……少し、寂しいですね」

 ミロがぽつりとつぶやいた。


 「無事に調印まで終わって、肩の力が抜けたんだよ」

 リィナは微笑みながら応じた。


 その時だった。


 ――カサ、と草むらが音を立てる。


 ノアが眉ひとつ動かさず、音の主に目を向けた。


 「……出てきなよ。隠れるの、下手すぎ」

 その瞬間、二人の男が躍り出た。


 粗末な革鎧と短剣。目つきの悪い一人が、にやつきながら言った。


 「なんだ、姫様ご一行ってのは女だけか? ちょろすぎんだろ」


 「身包みはがして、馬もいただこうぜ」

 「誰にも気づかれずにやれるってのが、田舎道のいいところよ!」


 リィナとミロが息をのむ中、ノアがひとつだけため息をついた。


 「……ほんと、なめられたもんだね」


 次の瞬間には、すでに抜刀していた。


 草を蹴る音、金属のぶつかる鈍音、そして悲鳴――


 あっという間に、男たちは地面に転がされていた。


 「ぐ、ぐあっ……な、なんで……」

 「お前、どこの傭兵だ……」


 ノアは短剣を男の首元に突きつけたまま、冷静に問いかける。


 「誰に頼まれたの?」

 「言え、言えば命は助かる」


 怯えた男が震える声で吐き出す。


 「……こ、こっちの姫様だけじゃねぇ……連邦の首相も……ざまぁ、ねぇや……!」


 「なに……?」


 その言葉に、リィナの表情が変わった。


 「イーリスさんが狙われてる?」


 「まさか……」とミロが呟いたと同時に、リィナは馬に駆け寄っていた。


 「急ぎ戻らないと! 今から向かいます!」

 「お、お待ちを……!」


 「置いてかないから、すぐ乗って!」


 ミロも素早く馬に飛び乗った。ノアが男の襟元を離して剣を懐にしまい、三人の馬が草原を蹴った。


 夕焼けが赤く空を染めていた。

 その下を、少女たちの影が風を裂いて駆け抜けていく。


 その胸にあるのは、恐れではなく――信頼だった。


 信じた相手が、まだ生きていると。

 自分たちが間に合うと。








◆あとがき◆

毎日 夜21時に5話ずつ更新予定です!

更新の励みになりますので、

いいね&お気に入り登録していただけると本当にうれしいです!


今後も読みやすく、テンポよく、そして楽しい。

そんな物語を目指して更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします!

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