番外編「幼馴染からの、恋人関係とは②」
一旦リビングに行き、私はコップに炭酸水を入れる。
そして戻る頃に、電話の向こう側からどこかの扉を閉める音がした。
『ごめん、待たせて』
「もしかして、お邪魔だったかな?」
私は渚ちゃんにニヤける顔を抑制しつつ、わざと煽るような口調で言う。
『そ、そんなんじゃないから……! もう……変な方向に持っていこうとしないでよ』
「いや~、ごめんごめん」
私への対応に慌てながら頬を真っ赤に染め上げる渚ちゃんが想像出来てしまう。
いいねぇ~、青春だね~。こんなにも初々しい感じが残ってるなら、これからも無茶させない程度に煽り倒せそうかな!
「でも、バカにしたわけじゃないよ? ただ、付き合いたての恋人関係だとしても、曖昧にならずに、今までからこれからになるような進歩が1番いいって話!」
『……どういうこと?』
「うーん。簡単に言うと、幼馴染って結構曖昧な関係だったりするからさ。お互いのことを知っているだけに、遠慮しちゃう。それが貴女達でしょ?」
『ゔっ……。そ、そうだけど、そんな直球に言わなくてもぉ』
「ごめんって! ……でも、渚ちゃんと凪宮君のやり取り聞いてたら、少し思ってね」
『ど、どんなことを?』
「私も、恋人関係っていう1つの関係性だけじゃない。普通の、あいつの幼馴染としてあいつのとこ行けば良かったかなぁー……って思って」
実際のところ、渚ちゃんと凪宮君みたいに互いを意識するものの一気に幼馴染をやめるのではなく、これまでと同じように――そして、これまでを残したまま新しい関係になっていく。
凪宮君のその考えは正しいと思う。
いきなり恋人関係になろうとしても、これまでの関係性は簡単には消えやしない。だから――少しずつ慣れていけばいい。その行動は、渚ちゃんのためなのだろう。自分のことも踏まえた上かも知れないけど。
『……佐倉さんは、藤崎君と一緒じゃないの?』
「……あのね? カレカノの関係になると、これまでみたいにホイホイいくわけじゃないの。寧ろ付き合い出してからが本番なんだから」
『そういうもんなの?』
「そういうものです。渚ちゃんと凪宮君みたいなのがレアケースなの。……まぁでも、2人の進み方も悪くないかなって思うけどね」
そう、これは間違っていない。
幼馴染で恋人関係となると、今までみたいに“常に一緒”という幼馴染の概念から抜け出せなかったり、変な意識を持って逆に“今まで”がわからなくなったりするものだ。
……実際、私と透みたいなのがそう。
あいつは私のことを『ツンデレ』と呼ぶけれど、私自身はまったくそうじゃない。単に恥ずかしくて……空回ってしまうだけで。
だから羨ましいと思う。――渚ちゃん達は、幼馴染としても接せられていて。
『うぅ~ん。……それって、悪いことかな?』
「えっ……?」
『確かに、私と晴斗って産まれてからずっと一緒だし、親同士も仲が良いから今までずっと絡んできた。だから余計に、幼馴染か恋人か、わからなくなったりもするよ。でもさ――もし迷っても、偶には後退してみてもいいんじゃないかな?』
「こ、後退って……それ、本気で言ってるの?」
『うん。……迷うなんて当たり前だし、寧ろ私ばっかが意識してて晴斗がそれに気を遣ってくれてるって感じなんだ。そんなのばっかりだから、進展しないのかもしれないけど。……でも、幼馴染であった頃のことを無下にする必要は、どこにもないんだと思う。それに――こんな考え方が出来るのって、幼馴染の特権かなって思わない? 相手をよく知ってるから、ずっと側にいたからわかること。それを活用出来るのって、いい特権だと思うな』
「…………参ったなぁ」
尤もなことを、恋愛経験のれの字すら実行させることにも怪しそうな渚ちゃんに言われるなんて……。
でも、そっか。特権……か。
前に進ませることばかりをアドバイスしてたせいか、自分もそうしなくちゃいけないって焦りがどこかにあったのかもしれない。
――幼馴染であることに変わりはない。どんなに関係性が上書きされようと、透の幼馴染として過ごしてきた時間も思い出も、全部……無くなったりしない。
だから、慌てる必要なんてどこにもないんだ。
偶には後ろを見たって、後退してみたって――それも歩みであることに違いはないのだから。
「……何て言うか、凪宮君に負けた気分。前は私がアドバイスしてあげたっていうのにいつの間にか成長してるし。ちょっと嫉妬するんだけど?」
『だ、ダメ!! は、晴斗は私の――』
「はいはい、惚気は要らないよ。大体話脱線したらそんな思考に行き着くの」
『そ、そうかもしれないけど……い、今のは佐倉さんが勘違いさせるようなことを――』
「ありがとう――……」
通話の向こう側では必死に弁解を求める渚ちゃんの声が聞こえるが、私はそれに構わず誰にも聞こえない声で、そっと呟いた。
『え、今何か言った?』
「別に何も。けど少し……元気貰ったかも。勝手にかけておいて何だけど、そろそろ切るね」
『そっか。……それじゃあ、またね』
「うん、じゃあまたね!」
私はスマホの通話を切って、椅子から立ち上がる。
……何だか、恋愛歴だとこっちが先輩なのに負けた気分だなぁ。相手のことを信頼する力が、私には足りていなかった。
私と透との関係は、決して変わらない。
――恋人という関係が新しく出来ただけで、幼馴染であることは何1つ欠けない。
少し新しくなるだけなのだと、渚ちゃんに気づかされた。やっぱ、幼馴染歴は違うか。あっちは産まれてからだもんね。……その辺は、私は後輩かな。
部屋の鍵を閉めた後、私はそのまま隣の家の扉を無許可で開ける。幼馴染だし、おばさんからは許可貰ってるし大丈夫。
あいつの部屋へと入ると、夕方だというのにも関わらず、相も変わらず好きな読書をしている透がベッドの上で横になっていた。
私はそんな彼の元に普通に歩いて近づき、おでこを突っついた。
「――少しは動け!」
「いったぁ……。ちょ、わざわざ叩くことないだろ。読んでる本に傷でも付いたらどうするつもりなんだ?」
「それは安心していいわ。本より、あんたを叩く方が価値があるから」
「どういう価値観だよそれ……。オレのこと一体何だと思ってるわけ?」
何だと思ってる……ねぇ。
そんなの、1つに決まってるのに。
透が私のことを、え、エッチ……するときにも大事にしてくれるのと同じように――私も、透のことが《《幼馴染としても恋人としても大事なんだってことを》》。




