冒険者時代はパン屋御用達の冒険者として有名だった
一部修正しました。
北の大陸に渡って→北の大陸中を
「何か、面倒な事になっとるのう」
ゴルズのじいさんが辺境伯軍に届けられた毒入りと思われる酒樽を持って中央軍のフスカ男爵の天幕にやってきて最初の一言がこれだった。
天幕内には念のため下着一枚の姿で椅子に縛り付けられて、グラウに後ろから頭を固定されながら、ノックスがペンチで毒入り奥歯を抜いている偽従兵と、すでに抜かれて痛みで目が虚ろな偽従兵に、自分の番を体が動かせないから目だけ動かしつつ恐怖に震えながらまつ偽従兵。
その横では死体と剥ぎ取った服とその持ち物を検査しているメイドのシャロに、天幕内で見つかったあれこれを机の上に広げて調べているランデル。
バセット兄弟は他に手がかりがないか探索するために匂いを記憶している最中で、いつの間にかやってきたミリカが目を輝かせて魔道具を分解中。
そのさらに横では傷が悪化しないよう治癒の力を使っているメラニアの前で足を射ぬかれた監視役の男の身ぐるみを剥いで持ち物を確認しているシュライザーとアベイル。
ちなみに俺はフスカ男爵を尋問中。
「ゴルズのじいさん、やっぱり毒入りだったか?」
「お前さんの言う通りじゃったわ。その辺で捕まえた野良犬に飲ませたらすぐに血を吐いて死におった」
まったく、酒に毒をいれるなんざ酒の神アルオーネス様のバチが当たるぞと言いながら酒樽をフスカ男爵の横に置いた。
毒を盛られた事よりも酒に毒を入れられて飲めなかったほうがムカついているらしい。
「それで、どういう状況なんじゃこりゃ」
俺のざっとした説明に、ゴルズのじいさんは怒りを通り越して呆れ返っていた。
「結局こいつらは自分達が毒を盛る前にシャロちゃんのあの薬で動けなくなったところを無抵抗で捕縛された、と。で、あそこで猿轡噛まされとるのがパルダス侯爵家の放っていた監視役で、ランデル殿が調べているのが証拠の山じゃと?なんちゅーか一網打尽じゃな。しかしあっけなさ過ぎて本当にシャハルザハルの目って奴らは一流の暗殺者なのか疑わしくなってくるのう」
「一流ですよ。ただ、俺は過去にやりあっていて手口を知っていたから、しかも自分達のホームだからあっさり対処できたってだけです」
冒険者時代、貴族の護衛依頼で敵対した時もとにかく毒殺を狙ってきて、逆にシャロに紅の騎士団に使用した遅効性の下剤を盛られて移動出来なくなったところを追い詰めたら自殺されたんたが。
だから今回はそんな事がないように動けなくなる薬を使って生け捕りにしたわけだ。
「それで、フスカ男爵は何か吐いたのか?」
「いやーそれが薬が効きすぎでまだ喋れないみたいで。証拠は山ほど出てきてますよ」
これとかです、と言いながら書きかけの手紙をゴルズ男爵に渡す。
「何々、愛しの君へ?ふむ、ふむ、ふむ?んん?これはまた、なんともけったくそ悪い内容じゃのう」
手紙を読み終えたゴルズのじいさんはフスカ男爵を睨みつけながらそう吐き捨てた。
「俺も同感ですよ。ホリビス伯爵家次男を殺る目的は口封じもですが、ホリビス伯爵家におそらく自分の子どもを養子に出して、内部から乗っ取りを企んだのでしょう。パルダス侯爵家だけでは飽きたらずに」
「パルダス侯爵家の第一夫人の実子は長男次男以外に五男がおったはずじゃ」
「詳しいですね?」
「うちの工房に実子用にとミスリルの剣を依頼してきおったからな」
「第一夫人はかなりのクソババアですね。まさか自分の実の弟の子どもを殺して、その後釜に自分の子どもをおさめようなんて」
「ホリビス伯爵家はネットラン港を領地にもつこの国有数の金持ちじゃ。パルダス侯爵家は過去に宰相も輩出した文官の名家じゃが、金、という点では遥かに劣る。第一夫人は金遣いが荒いともっぱらの噂じゃからの、それにな、父親のホリビス前伯爵の死に第一夫人が絡んどる、という噂もあったんじゃ」
「それは初耳ですね?」
「お前はその頃国外じゃったからの。ホリビス伯爵が父親を暗殺した、という噂がでた時に、それに協力したのが歳の離れた姉の第一夫人じゃったと。しかしパルダス侯爵が動いてすぐに沈静化したみたいじゃが」
「火のないところにはなんとやら、ですね。しかし、年月がたって第一夫人は弟と手を組むだけでは満足出来ずに実家も手に入れてやろうと考えた。その考えを吹き込んだのはあんたみたいだがな、フスカ男爵」
体が動かせないから目だけは逸らすフスカ男爵を、俺は頭を掴んでこちらから逃れられない距離まで顔を近づけた。
「てめえは欲を出しすぎたんだよ。実の兄貴にどんな歪んだ感情持ってたか知らねぇが、兄弟喧嘩だ不倫だなんざ身内の恥で済ましとけば良かったもんを、金と権力欲しさにまわりの迷惑を省みず戦争で騎士団の目が緩くなったのをいいことにここまで話をでかくして、せっかくの和睦に水差して、第三騎士団に喧嘩売ったのは許さねぇ。てめぇも紅の騎士団同様、二度と外を歩けないようにしてから処刑台へ送ってやる」
フスカ男爵に至近距離から殺意をぶつけると、目から涙を溢れさせながら、ぐるんと白目をむいて、失禁しながら失神した。
「あ、やりすぎた」
これでは尋問が出来ない。
「気持ちは分かる。しょうがあるまい。こやつの尋問は後回しにして、別の奴の尋問を先にすればよいじゃろ」
ゴルズのじいさんの言う通り、まだまだ尋問対象は沢山いるからなぁ。
俺は全員の奥歯の処置が完了した偽従兵ことシャハルザハルの目どもと、手が空いたのでやっとノックスから止血の処置を受けてる監視役を見て、まずは監視役からかなと決めた。
「よう、足を射ぬかれた気分はどうだ?」
「くたばれ」
監視役はどうやらまだまだ元気そうだ。
一見すると普人に見えるが、髪の間から見えた耳の先は尖っていた。それを見て、こいつの正体を察する。
「そうツンケンすんなよ、お前さんはまあまあ優秀な方なんだろが、うちの騎士の矢は一キロ先の葉っぱを射ぬけるくらい飛び抜けて優秀だからな、逃げられなかったのもしょうがない」
「ふん、俺は何も喋らん」
「まだ何も言ってないんだがな」
「……………」
「だんまりか。まあ良い。こっちで勝手に話をしよう。俺はな、実はこう見えてパンが大好きなんだ。シンプルに食パンも好きだし、惣菜パンも甘い菓子パンも大好きだ」
監視役とゴルズのじいさんは、何を言い出すんだという表情になる。
「ただ好きなだけじゃない。俺は自分で作ったりもするし、美味しいパン屋の話を聞けば他国だろうと足を運ぶのも厭わないし、仲良くなったパン屋に頼まれて材料を探しに行った事も何度もある」
冒険者時代はパン屋御用達の冒険者として有名だった。
「そんな俺は冒険者時代にある時珍しいジャムの話を耳にした。なんでもそのジャムはとある地域でしか生えていない特殊なベリーを使ったベリージャムで、その味は並ぶもののない旨さだという。当時の俺は新製法によりもっちりフワフワ食パンを作る事に成功したパン屋の食パンを毎日食べていたのだが、シンプルにそのまま、焼いてバター、目玉焼きのせ、そして各種ジャムを塗って食べていた。しかし、その珍しいジャムの話を聞いて、どうしてもこの素晴らしいパンにその珍しいジャムを塗って食べたくなった。その衝動を抑えきれなかった俺はその日のうちにジャムを探しに旅立つ事にした」
「即日探しに出おったんか」
「………………」
ゴルズのじいさんは呆れた顔を、監視役は無表情に徹しようとしているが、まだ若いな、目が落ちつきなく動いている。
「まず最初に俺にそのジャムの存在を教えてくれたパン好き仲間の宿屋の女将さんにそのジャムはどこに行けば手に入るのかと尋ねると、正確な場所はわからないが、寒い地方で作られていることは確かだと教えてもらった。詳しいことを知りたいならアーバン商会を訪ねたらいいよとアドバイスを受け、俺はアーバン商会を訪ねた」
「ちょっと待て、アーバン商会ってあのアーバン商会かの?北の大陸一と言われる大商会の」
「そのアーバン商会です。本部ではなくクルンヴァルト支店です。ともかく俺はアーバン商会を訪ね、珍しいジャムを取り扱ってないか聞いた。店員はいくつかのジャムを持ってきてくれたがどれも食べたことのあるジャムだった。俺は自分が探し求めているジャムは北方でしか作られない特別なベリーを使用したジャムだと説明したが、店員は申し訳ないがそのようなジャムは在庫にもないし、聞いた事がないとの返答だった。俺はがっかりして商会を後にした。もうこうなったら北の大陸中をしらみつぶしに探すしかないかと思っていたら、先ほどの店員が俺を追い掛けてきて、お探しのジャムについて知っている店の者がいる、と言われて慌てて引き返した」
「北の大陸をしらみつぶしに探すって、あの大陸はバーランディア大陸より広いって話じゃぞ。そうはならなかったみたいじゃが」
「店に戻ると年輩の男性店員がニコニコしながら出迎えてくれた。そのまま応接室に通された俺達は、年輩の店員が淹れてくれたお茶をいただいた。ベリーのフレーバーティーで、今まで飲んだことのない美味しさのフレーバーティーだった。年輩の店員はこれがお探しのベリーを使ったフレーバーティーだと言った。俺はお茶のお礼を言い、このベリーを使ったジャムはどこで手に入るのか教えてほしいと頭を下げてお願いした。年輩の店員はこのベリーはホワイトハニーサックル、別名北方エルフのハニーサックルだと教えてくれた」
「北方エルフか。いることは知っとるが見たことないのう」
「………………」
監視役の顔色が目に見えて悪くなってきたな。
「このベリーは北の大陸の北方エルフの住んでいると言われているカムユラ山脈の、越えた先の北側にある小さな平野部でしか採れない貴重なベリーで、たまに偶然北方エルフと出会った者が、物々交換で手に入れられるだけだという。彼自身もたまたまカムユラ山脈の麓の村に行商に行ったら何十年かぶりに北方エルフが村に交易のために来ていて、ホワイトハニーサックルの実とジャムを香辛料等と交換して手に入れた。その美味しさに感動した彼はこれを定期的に交換したいとお願いしたが、断られてしまった。まず、単純にカムユラ山脈は越えるのが厳しい山で、春のこの時期の天候がよい日しか往き来出来ない。それにホワイトハニーサックルは日持ちがしない実で、山を迂回して運ぶと実が溶けてしまうらしく、さらに数が採れる物ではなく、定期的に交換できるほど用意が出来ないと言われた。彼は落胆したが、それでもまたいつか彼らがこの村にやって来た時のために春になるとその村に足しげく通うようになった。そのおかげでその後二度、北方エルフと再会し、ホワイトハニーサックルの実とジャムを手にいれる事が出来た。だが、流石による年波には勝てず、今は毎春孫の一人に村まで行かせているが、三度目までには自身の命は持たないだろうと思っている、と語った」
「どれだけ間のあく交易なんじゃ」
「………………」
監視役は頭を下げて表情が見えない。
「そこで、この春も孫の一人を村に行かせようと思っていたが、俺にその護衛をしないか、さらに出来るのならカムユラ山脈を越えてホワイトハニーサックルを手にいれてきてくれないか、同好の士よ、と頼まれた。その瞬間、俺と彼の間には確かに友情が生まれ、気づいたら硬い握手を交わしていた。俺はアーバン商会の協力を得て、ついにカムユラ山脈へと旅立つのだった!」
「まだ続くんかの、これ」
「………………」




